第68話

 セシオラは七星のところへ行き、休憩所でお話することにした。


 ベンチに座ると、そこいらに投影されているどこかの海の景色を眺める。

 何回来ても癒しの効果があるな、とセシオラは思った。

 BGMとして流れる控えめな波と風の音、時々海鳥の声。


 充分にそれを堪能したら、ズバッと本題を切り出した。

「ジェシカさんとは付き合わないんですか?」

「またそれか!」

 七星が苦い表情でそう返す。

「また?」

「いや、気にしないでくれ。最近、別の奴からも同じことを言われてな」

「そうなんですか?」

「ああ。何でかねえ、周囲からは俺とジェシカがそういう風に見えるのか?」

「見えます」

「……そんな即答するかね」

「だってパンツまで洗ってもらってるじゃないですか」

「えっ何で知ってんの?! あああれはただ、やってくれるって言うから頼んでるだけで……」

 あからさまに狼狽する七星は弱ったように言い訳を吐き出した。

「じゃあわたしにやらせて下さい」

 セシオラはツンとして事務的な言い方をしてしまう。

 面白くない。

 七星のこの反応が、面白くない。

 理由は明白だ。

 七星とジェシカの絆の強さが見えてしまうから。

「いや、そうは言っても君くらいの女の子にやらせると色々とヤバめな気が」

「別に、ついでに洗うだけじゃないですか」

「でも慣れてる人にやってもらった方がさあ」

 のらりくらり、だ。

 セシオラは溜息をつき、ジト目を向けた。

「本当に二人には何も無いんですか?」

「ないない」

 軽い調子で否定する七星。

 しかし引きつった笑顔になっているのをセシオラは見逃さなかった。

「本当に?」

「本当に」

「本当の本当に?」

「……」

「やっぱりあるんですね?」

 問い詰めていくと、遂に七星が折れた。

 頭を掻きながらぼやくように言う。

「あるっちゃあるが……あれはノーカンだ。酔った勢いでジェシカがキスしてきたことがあるんだが、覚えてねーって言うんだよ。祝勝会の時だが、随分飲んでたからな。だから、これははっきり『ある』とは言えないんだ」

 その声には複雑な心境が滲み出ていた。

 聞いているこっちまですっきりしない。

「それって……大人の恋ですか?」

 セシオラは冷めた声色で訊いた。大人の恋とはもっとこう、洒落た感じというか、ワインのグラスを持ちながら語らい、娯楽のように駆け引きを楽しむものだと思っていた。それなのに、この人達はまるでドラマのような青春じゃないか。そういうのってわたし達の世代がするものじゃないの?

 七星は精悍な表情を崩し、眉尻を下げた。

「そいつは弱ったな。まあ……大人になるほど臆病になるんだよ。それに、これは恋じゃない。そこまで発展しえないんだ」

「地球に旦那さんがいるから? 離婚しているのに?」

「離婚は形だけだ。帰って元通りになるのが一番良い」

「うー……なんか正論なんですけど、煙に巻かれている気がします。これで良いのかなって、思うんです」

「良いんだよ。たとえ俺が死んでも、あいつは無事に地球に帰す」

 それは穏やかな口調だったが、静かな決意を秘めているように感じられた。



 意外な発見は、誰かに教えたくなる。

 中には自分の中に秘めて主義の者もいるかもしれないが、愛佳はそうではない。

 たとえ関係が無いとしても電志に言う。

 今回は関係があるので電志に言う。

 どちらにしろ電志に報告するのだ。

「というわけなんだよ」

 愛佳が得意気にそう締めくくると、電志は平坦な調子で返した。

「まだ何も話してないな」

 休憩所の作り物の木に二人で背を預け、いつも通りな感じでお喋り。

 それは重大なことを発表するとしても同じだった。

「少しくらいはしょっても良いじゃあないか」

「少しというか、まだ何も話してないな」

「そこは感じとってほしい」

「俺は愛佳の思考ほど分からないものはない」

「ボクは電志の思考ほど分からないものはない」

「俺のは論理で考えているだけなんだから分かりやすいだろうが」

「ボクのは気の向くままに考えているだけなんだから分かりやすいじゃあないか」

 電志がそろそろ面倒臭そうな表情になってきた。

「それで、何が『というわけ』なんだ」

「話を元に戻さないでおくれよ」

「どちらかというと俺は元に戻したいんだが」

「急がば回れという言葉がある」

「もう充分過ぎるほど回り道をしたと思うんだ」

「ミリーさんと一緒に取材に行ったんだ。ミリーさんの好きなアニメの監督って人に。そうしたらとんでもない情報が出てきたんだよ。七星さんって、昔は仲間と地球侵攻プランを立ててたんだって」

 愛佳は急に話を本筋に戻した。

 メルグロイからミリーの話を聞いた後、行ってみたのだ。

 そうしたらミリーはアニメのことを語り始め、監督の話に行き着いた。

 監督は昔、七星の取材をしたことがある……それなら監督に話を聞いてみようということになった。

 そして話を聞きに行ったら、とんでもない情報が出てきたのだった。

「……は?」

 電志は突然のことに驚いたのか、それとも地球侵攻プランに驚いたのか、遠くへ目を向けていたのを愛佳へ向け直した。

 愛佳は注目を得たことを確認すると、指を立てて説明した。

「本当だよ。昔は『コズミックモンスターを倒したら、次は地球だ』ってよく言っていたらしい。写真もある」

 そうして監督からもらった写真を画面に表示させた。

 写真では肩を組んで豪快に笑う男が二人。

 一方は七星、もう一方は仲間の男。

 それからテーブルには酒らしきものが並び、端には紙束があった。

 紙束にははっきりと『地球侵攻計画』と書かれていた。

 愛佳は七星でない方の男を指差した。

「この人は

 すると、電志の目が泳いだ。

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