第59話

 ナンパに見せかけるというのも考えものだ。

 もう少しマシな手段は無かったのだろうか、とメルグロイは思う。

 しかしパッと思いつくのがそれだったし、別に頑張って考えるのも面倒臭かった。

 こういうのは人が少ないところではだめだ。

 人が多いところで声をかけた方が警戒されない。

 もっと言えば、一人じゃない時……友達と歩いているような時の方が良い。


 雑踏と独特の熱気が辺りを漂う。

 店の主が張り上げる呼び込みの声やそこらじゅうで交わされる世間話のBGM。

 食べ物を扱っている店が並ぶエリアでは食欲を元気にさせるような匂いが鼻腔をくすぐる。

 そこは全ての条件が整った場所だった。

 そんな蚤の市をぶらついてミリーを見付けた時は、なんて運が良いのかと思った。

 ミリーは友達らしき女の子を連れてショップを眺めていた。

 そこはイラストやアニメを販売しているショップだった。

 眼鏡をして後ろ髪を縛った男性が店主のようで、ニコニコして商品の説明をしていた。

 展示されているのは大半が画面に映された電子データで、残りの幾つかは本物の紙に描かれたイラストだった。


 メルグロイは軽い足取りで近付いていき、店で流しているアニメを指差して声をかけた。

「ミスター七星はこうしたアニメにも出演したりしているのかい?」

 そうしてそれとなく隣に並んだミリーへ視線を送る。

 容姿はバッチリ写真で見せてもらったものと一致した。

 大きな胸と眠そうな目。

 確かに同学年の男子などは彼女が近くにいるだけでざわつくだろう。エミリーが俺を心配するのも無理はない。だが俺は残念ながら容姿より性格優先らしい。何人か付き合ってみたが、エミリーくらい口うるさくないとダメみたいだ。いやそれに、エミリーは容姿も悪くない、と思う。

 最初は軽く無視されてしまうだろうか、と思っていると。

 思いのほかミリーは眠そうな目をキラリと輝かせて食いついてきた。

には、無い」

「…………え?」

 メルグロイは咄嗟に反応できなくて聞き返した。彼女の言いたいことが分からない。公式には無い? 何だそれは。あるのか無いのか読み取れない。非公式なら、あるのか?

 何か彼女の言葉には沢山の言外の何かが隠されていそうだった。

 彼女は七星が好きだということなら、『無い』なら残念そうな顔をするはずだ。

 しかし彼女はご満悦な顔をしている。

 これは『ある』の反応に見える。こちらがどう出るのが正解なんだ?

 せめてアニメに詳しければ分かったのかもしれないが、とメルグロイはしくじった気持ちになった。

 するとミリーはニヤリとした。

「同人なら、二六本」

 はて、とメルグロイは思ったが、そこへすかさずミリーの隣にいる女の子が付け足した。

「大雑把に言えばアマチュアの作品だと思って下さいー。それよりも二六本のうち一三本は一八禁なんですよー? ミリー先輩はそれら全てチェックしてますー。こう見えて、というかこの通りエロエロなんですー」

 能天気な声でこの女の子はミリーの胸を指差した。

 ミリーはジト目で女の子を注意する。

「シャノ、

 シャノと呼ばれた女の子は途端に顔を青くして言い直した。

「ミリー先輩はあくまで七星さんの研究をするために一八禁もチェックしてるですー! だからアレだけは公開しないで下さいー!」

「いったい何があったんだい……?」

 独特な雰囲気の二人だな、と思いつつメルグロイが尋ねるとミリーが口の端を持ち上げた。

「シャノがした動画」

「それ以上はダメですー! ミリー先輩は七星さんの最高の弟子ですー!」

「よく分かってるな」

 ミリーは満足そうに頷いた。

『七星の弟子』というキーワードが出た。

 ここだ、と思いメルグロイはすかさず本題に切り込む。

「ほう、七星の弟子なのか君は。七星は【アイギス】の救世主なんだってね?」

 効果は劇的だった。

 よくぞ聞いてくれた、とばかりにミリーが再び目を輝かせた。

「そうだ。見るが良い……!」

 店先で腕輪から画面を出し、そこにアニメを流し始めた。

 そうしたら店主が慌てて横やりをいれた。

「ミリーさん堂々とシェアして観るのは困るよぉ」

「ふん、なら一人分追加料金を払う」

「いや、そこのお兄さんもそうだけど、シャノちゃんもいるから……」

「じゃあその分も払う」

「さすがミリーさん! お客の鑑だぜ!」

「次作も期待しているぞ、監督」

 どうやらミリーはこの店の常連のようで、店主とは顔馴染みといった風に見えた。

 ミリーは気を取り直し、アニメを流す。

 メルグロイはどんなものか、とまじまじと見つめた。


『七星は実は女性だった!』


「ええっ?!」

 メルグロイは人目もはばからず驚愕した。そんなバカな! こんな情報ウチの国も掴んでいないぞ?!

「それは設定だ、気にするな」

 ミリーが説明するのでメルグロイはほっとする。何だ、設定か。


『しかも七星は異世界の地球からその時の記憶を保ったまま転生してきたのだ!』


「ええっ?!」

 そんなバカな! 異世界?! 映画などでたまに出てくる『パラレルワールド』のことだろうか? そんなところが本当にあったのか……? だから七星は【光翼】なる超兵器を生み出せたのか?

「それも設定だ」

 なんだ、とメルグロイは拍子抜けしてしまった。全部フィクションか。そうすると、参ったな。これは情報収集になるのか……?

「これは史実は出てくるのかい?」

「これはいかに七星師匠のキャラを変質させるかが肝だ」

「でも、これは……随分と奇抜というか」

「『盛り過ぎ』と批判する勢力もいる。だがこの手の系統に手を出すなら大胆に行かなければ中途半端になってしまう」

 ミリーは作戦会議室で隊長がするように、神妙に説明した。

 メルグロイは内容は半分も分からなかったのだが、妙に説得力があるな、と思った。

「そ、そうか? じゃあ勉強だと思って観てみるか」

 するとミリーは隊長が隊員の活躍を褒めるようにメルグロイの肩に手を置いた。

「スジがあるな」

「あ、ああ……ありがとう」

 これは、成功……なのか? 妙に誤解されてしまった気がするが。


 その後ミリーの作品解説が止まらなかった。

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