第60話

 趣味を話題にして近付く、という手法自体に間違いは無かった。

 そのハズだ。

 人は趣味を共に楽しむ友を自然と求めてしまうものだ。

 そうした『誰かに分かって欲しい』欲求を満たしてあげれば警戒心は一気に薄れていく。

 話術のテクニックとして様々な本で紹介されているし、実際に効果は高い。

 だが、ミリーの食いつきようは予想外だった。


 蚤の市の飲食スペースで延々と上映会が続く。

 メルグロイは新鮮な経験に本気で楽しんでいる部分もあったが、情報収集という任務をどうこなすかも考えていた。

「これは一話あたりが短いね。俺が子供の頃見ていたアニメは三〇分で一話だったんだが」

「一話五分だ。三〇分だと労力がかかりすぎる」

「そうなのか?」

「かける人数が違う」

 言われていることは分からないが、とにかくそうなのだろう。

「なあ、これは全体でどれくらいのボリュームがあるんだい?」

「一三七話まであるから、あと一二五話分」

「そ、そんなに?!」

「あの監督は歴が長いから」

 これではだめだ、多少機嫌を損ねてでも流れを変えなければ。

「七星のことがよく分かるような作品は無いのかい?」

 今流れているのは彼女オススメの作品のはずだ。彼女にとっては全部観てほしいものだろう。それをお断りされたら『なんだよ』と思うものである。

 だが、ミリーは意外にも納得したようだった。

「ふっ……王道か」

 彼女の隣に座るシャノも一緒になって頷いている。

「わたしもいきなりディープなものに行くより王道が良いと思いますー」

「もっとディープなものもあるんだが……まあ良い」

 そう言いながら画面の操作を始めるミリーは若干恥ずかしそうにした。

 いったい今のよりディープとはどんなものなのだろう。

 そう思ったがメルグロイは訊かないことにした。

 これだこれだ、とミリーは作品を見付けたようだ。

「これが一番王道で、硬派な作品だ。これも追加料金を払っておこう」

 その時メルグロイは気付いた。さっきの作品の分もそうだが、これって、この娘に奢ってもらっているんじゃないのか?

「いや待て、待て。むしろ俺にみんなの分を払わせてほしい」

 慌ててそう言った。ナンパを装うかどうかに関わらず、こちらが声をかけているわけだから支払いはこちらが持つべきだ。

 それがメルグロイの考え方だった。

 紳士的な意味ではなく、ギブアンドテイクの意識が強いのだ。

 だがミリーは自信満々に首を振る。

「布教活動だから問題無い」

「えっ……布教?」

 布教活動って、これは宗教なのか? アニメだけど宗教?

 意味が理解できずにメルグロイが固まっていると、ミリーが支払いも済ませてしまった。何となく据わりが悪いというか、奢らせてしまったことが悔やまれる。借りを作るのは嫌なんだがなあ。この先返すことができるだろうか。

「これで師匠の凄さが分かる」

 そうして上映が始まった。


 今度のは冒頭から戦いが描かれていた。

 火星圏が奪われ逃走する艦隊。

 執拗に襲撃してくる〈コズミックモンスター〉。

【アイギス】で始まる籠城。

 絶望的な戦い。

 聞いていた史実の通りだ。

 七星は撃墜されていく味方機を見て苦悩する。

 何が原因なのか、性能の差なのか。

 そんな中、地球からは援軍の打ち切りが言い渡される。


『クソッ……俺達を見殺しにする気か?! 俺達は単なる時間稼ぎの盾か! 俺達は同じ人間じゃないのかよ……地球の中と外では価値が違うのかよ! 許さねぇ……今この瞬間から、地球は敵だ! 奴らに復讐するまで〈コズミックモンスター〉にやられるわけにはいかねえ。絶対に生き残ってやる!』


 画面の中で七星は拳を握りしめ、立ち上がる。

 並々ならぬ決意だ。

 そうか……とメルグロイは納得する。

「復讐が原動力か。これが【アイギス】を救う力に?」

 また『設定だ』と言われるんじゃないだろうか、とあまり期待せずに尋ねてみる。

 または、演出上の誇張とか。

 だが、ミリーは全く想定していなかったことを口にした。

「そうだ。これは監督が師匠を取材して可能な限り再現したセリフだ」

「ほう、それはまた手の込んだ……」

 メルグロイは言いながら、徐々に意味を理解していく。

 そして、重大なことに気が付いた。復讐……復讐だって?!


 


 思わず笑いが漏れそうになり、咄嗟に口元を手で覆う。これは使える。てきとうに噂を作ろうと思っただけなのに、当たりじゃないか! 思った以上に地球に腹を立てていたんだな。そりゃそうか、見殺しにされたくらいだからな。

「監督も熱血な人だ。この情熱、分かるか?」

 ミリーがそう尋ね、メルグロイは顔を輝かせた。

「ああ、よこれは……!」

 本当に素晴らしい収穫だ。

 こうして混乱を招く種が生まれた。



 数日もすると電志の耳に新たな噂が入ってきた。

 秘密の部屋へと向かう途中、通路で堂々と話されているのである。

『そもそも総司令じゃなくて七星さんが地球侵攻を考えたんだってよ』『まさかあ。いやでもあり得るか。なんせ地球のせいで死にかけたんだし』『地球に恨み持ってる奴多いから、これは本当にあるんじゃね?』『おいおい、今度は人相手に戦争かよ』

 そんな会話をしている四人組の横を電志は険しい表情で通り抜ける。

 尊敬する七星が噂のネタにされているのは、いい気はしなかった。

 確かに言うだけなら『表現の自由』かもしれないが、腹が立つ。こうした反応は子供なのだろうか。大人になれば何にも腹を立てなくなるのか? まさか!

 イライラしながら部屋まで行き、その中でカイゼルやシゼリオと話す。

「七星さんが地球侵攻を考えているなんていう噂が流れている。あり得ない、全くあり得ない話だ。いったい誰がそんな噂を流しているのかね」

 カイゼルは飲み物を片手に足を組んで椅子に座り、同意を示す。

「まああり得ない話だろうね。軍の規模が違いすぎる。開戦時には性能差でこちらが善戦するだろうけど、地球側の生産力の高さに徐々に圧倒されていくだろうね。七星さんがそういった計算ができない人とは思えない」

 一方、シゼリオは慎重な姿勢を見せた。

「でも、どうやら七星さんは地球に強い恨みを持っているらしいよ。実際に十年前は『地球に復讐する』と言っていたらしい。当時のセリフを忠実に再現したアニメもあって、それは監督が七星さんに取材して作ったみたいなんだよ。僕も観てみたけど、確かにそう言っていた……」

「本当かよ、それ……」

 電志は憮然としてドスンと椅子に座った。噂なんて信じるべきでない。しかし、何だこの噂は。妙に説得力があるというか。

 そうしている内に七星も部屋に入ってきたので、この話題は終わった。

 本人のいる前では何となく、し辛い話だった。

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