第54話
心が不安定になるほど何かに依存する。
それは形有るものであったり無いものであったり、人それぞれだ。
セシオラが依存しているのは七星という有形のものか、淡い想いという無形のものか、どちらであるかは本人にも分からない。
だが、どちらにしても会ってお喋りする時間が唯一の幸せにはかわりなかった。
毎日のように足しげく七星の下へ通った。
「どうであれば大人と言えますか?」
「一日一回ぼやくようになったら、かな」
そんな七星の回答にセシオラは大いに笑った。
「何ですか、それ」
「子供ならぼやく前に立ち向かっていけるだろ? 子供の方が良いんだよ。だから早く大人になろうなんて思うな。ぎりぎりのぎりぎりまで子供でい続けろ」
「『苦しみ』って何であるんでしょう……」
「この宇宙の好物だからかもな。宇宙が何故始まったのかは分からない。もしかしたら喜びや悲しみ、苦しみをたらふく食べるためかもしれない」
「それなら喜びをもっと多くしてほしいです」
「悲しみや苦しみの方がおいしいのかもしれん。ほら、よく言うだろ? 『人の不幸は蜜の味』ってな」
七星の回答はどれもセシオラの好みだった。
セシオラは俯いて生きてくる中で、励ましの言葉がどうも嫌いになった。口当たりの良いことだけ言って中身が無い、そんな言葉が大っ嫌いだ。そんなのはよそ見してたって言える。それくらいなら、何か変わったことを言ってくれた方がよっぽど良い。ネルハみたいに本気で言ってきてくれるなら、別だけど。
「と、年の差カップルって、ありですか……?」
「別に、好きにくっつけば良いと思うぞ」
それを聞いてセシオラはすっかり気分が良くなった。
調子に乗ってこんな質問もしてみた。
「地球人は、嫌いですか?」
そうしたら、それまで朗らかだった七星の顔が急に厳しいものになった。
「ああ、嫌いだ。十年前【アイギス】は陥落寸前の酷い状態だった。それなのに地球は俺達を見捨てたからな、それは忘れない」
憎しみすら感じさせるほどの鋭い眼光。
復讐の炎が静かに揺れているような。
許さないと決めた意志みたいなものが全身から伝わってきた。
「そう……ですか」
セシオラは酷く落ち込んだ。浅はかだった。宇宙人からすれば、地球人は仇みたいなものだ。必要な時に支援をしてこなかった。そのため【アイギス】では沢山の人が死んでしまった。きっとこの人も多くの仲間を失ったのだ。
でも、理不尽だとも思う。わたしはよく知らなかったのだ。【アイギス】が大変になっているというニュースは聞かされたけど、十年前なんて本当に理解できるはずもない。小学校時代だって深刻なことはよく理解できない。中学生になってからようやく、うっすらと理解できる程度だ。だから、わたしは別に悪意があって【アイギス】を見捨てたわけじゃない。見捨てたつもりも無い。そうした取り決めをしたのはえらい人達だし……
セシオラが暗い顔をしているのに気付いたのか、七星は表情を和らげた。
「『地球人』という大枠で言えば、だ。君個人で言えば別に悪いとは思ってないよ」
「それを聞いて安心しました」
単なるフォローで言ってくれたのかもしれない。
だがそれでもセシオラは嬉しかった。
ベンチの中で七星に一歩、近付いて尋ねる。
「ところで、七星さんは〈DUS〉で隣に座っている女性と付き合っているんですか?」
ここ何日かはセシオラがお喋りしたい時には〈DUS〉へ七星を訪ねている。
そうすると決まって七星は隣に座る女性と二~三言葉を交わしてから席を立ち、休憩所へ連れて行ってくれるのだ。
七星と隣の席の女性のやり取りがどうも親密さを感じさせて、気になる。
「ジェシカと?! いや、ないない、そういうのじゃないよ。彼女とは十年前から設計士とパイロットというコンビの関係さ。俺が設計した機体を彼女が操り、100%以上の性能を引き出してくれる。当時のエースパイロットさ。今でもなまっちゃいない」
慌てふためくような感じで話す七星。
セシオラはそんな七星の様子が面白くなかった。どうも怪しい。
「ふーん、コンビですか」
「まあ、設計士とパイロットは必然的によく話すようになる。互いに協力しないと良い物が作れないからな。いやージェシカも最初は危なっかしい奴だったよ。死に急いでるのかってくらいガンガン敵の群に突っ込んでいくからさーいつも機体をボロボロにしやがって。それで『もっと良い機体を作れ』なんて言ってくるもんだからよく衝突したもんさ。それで俺がムカツイて『こいつを黙らせてやる』とか思って改良を重ねていく内にどんどん性能が上がっていった。まああいつはあいつで性能に負けないように気を張ってたみたいだし、相互作用でよくなっていった、みたいな?」
「そこまで聞いてないです」
楽しそうに喋り続ける七星にセシオラはジト目で言った。
「え? そうか、ついいらんことまで喋っちまったなーあはは」
七星は後頭部に手をやってから笑い。
セシオラは口を尖らせ、とても不機嫌になった。どうやらジェシカは敵だ。
だが、自身の体を見下ろしてみる。
これでは勝てない……大変口惜しい気持ちになった。ジェシカは大人の女性の体形だった。やはり早く大人になりたい。
年月は戻すこともできないが、先取りもできないのだった。
七星は地球人が嫌い。
それはセシオラにとって非常に大きな情報だった。
大きな情報というか、大きな障害と言っていいかもしれない。
何とか考えを変えさせることはできないか? わたしが変えさせてあげる、とか……?
または、地球人の良いところも教えてイメージアップキャンペーンをするか。
聞いたところによると、【アイギス】を見捨てるなというデモも起きていたらしいのだ。
中心になっていたのは【アイギス】に家族がいる人達。
自分たちの家族が見捨てられたらたまったものではない、という心境だったのだろう。
十年前にはそれなりの規模でデモが起こり、その後はだんだん人数が減っていった。
もしかして、七星の家族も地球にいるのか? いや、いるのが自然じゃないか。心配しながら今も待っているのかもしれない。
あれこれ考えている内に油断してしまったからか。
メルグロイに七星が地球人を嫌いであると報告してしまった。
「ふーん……どの程度?」
壁に寄りかかりメルグロイが尋ねる。
カジノの奥からちょっと通路に入った所で、人がいないのにほどよくうるさい音も聞こえてくる場所だ。
「それを話した時、怖い顔をしていたから……かなり根深いと思う」
七星と話をする分にはメルグロイは何も言ってこなかった。
むしろ七星とはどんどん話して情報を引き出せと言われている。
要はスパイ活動ということだ。
セシオラは表面上その話に乗っている。
その方が公然と会いに行けるからだ。
だが七星とは個人的にお喋りしたいだけなので、メルグロイに報告するのは言っても差し支えなさそうな情報だけ。
そのはずだった。
しかし、メルグロイは閃いたとばかりに悪い顔をした。
「それはちょうど良い……噂に追加しようか」
「え……?」
セシオラは意味が分からなかった。
「最終的に噂の筋書きを『七星が考案して総司令をそそのかした』ということにしてしまえば良い」
メルグロイは自身の案を素晴らしいと思っているのか、酷く満足気だった。
まずいことになってしまったのではないかとセシオラは不安になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます