第53話
艦隊が火星を離れ、数日。
帰還軌道を順調に航行しているようだ。
電志たちの極秘任務も順調と言えた。
調査によって地球のイメージががらりと変わり、少しずつ【黒炎】が地球の空を飛ぶ姿が現実味を帯びてくる。
未知のことが分かっていく過程というのは、電志にとって喜びと言えた。
カイゼルほど研究に傾倒しているわけではないが、設計士も機体が実際に飛ぶ環境を思い描きながら行うものだ。
多かれ少なかれ『知りたい』という欲求を心の中に飼っているのだろう。
しかし、日数が進むにつれ別の問題が出てきた。
夕方になり電志はエリシアと〈DDCF〉を出ていこうとするのだが……
「ねえ電志、エリシアさんと二人でどこへ行くのかな?」
愛佳が露骨に不機嫌を表明する。
シャバンが愛佳の足止めをしていたのだが、それを振り切って電志たちを追いかけてきたのだ。
「どこへって……〈DUS〉だが」
電志が何食わぬ顔で答える。
こうした事態に備え、あらかじめ『〈DUS〉へ書類作業の手伝いに行っていることにしよう』と口裏を合わせてあるのだ。
愛佳は目を細めて電志の顔を覗き込んできた。
「でも、エリシアさんと仲良く二人で出ていくことはないんじゃあないかい?」
「一緒に呼ばれてるんだから一緒に行くのは当たり前だろう」
「……帰りは? 帰りもエリシアさんと二人っきりなの?」
「いやらしい言い方するな。帰りは別々だよ」
「ふうーん……? いやボクは別に良いんだけど? 帰りにエリシアさんとちょっと遊びに……とか、ちょっとご飯に……とか、そんな感じでエリシアさんに強引に連れ回されているんじゃないかと思ってね?」
一つ一つを強調するように口にする愛佳はエリシアのことを牽制しているようだった。
電志は頬を掻いてどうしたものか、と思う。エリシアの心の中にはクローゼがいる。俺のことをどうこう思っているはずがないのだが。まあ、極秘任務と別の方向に勘違いしてくれているのは良いのだが、これはこれで困ったな。
うまい言葉を形成できないでまごついていると、エリシアが小突いてきた。
視線を合わせると、『任せて』と言っているように見えたので任せることにする。
エリシアは腰に手を当てて言った。
「仮にそうであったとしても、それはあなたが悪いんでしょう?」
言われた愛佳は巨大なダメージを受けたがごとく目を見開いた。
「なっ……! エリシアさん、そそそれはいったい、どういうことかなあ?!」
電志は慌ててエリシアの背中を小突く。おい、なに変なこと言ってんだ!
するとエリシアからは指で『今の内に行け』とドアを示された。
電志はくそーと思いながら指示に従い、そそくさと出ていく。
頭の中が不安と焦りでいっぱいだった。くそ、何が『任せて』だよ! 変な風にこじれさせやがって!
お陰で抜け出ることはできたのだが、これはあんまりだ。後でエリシアには誤解を解いておくように念を押しておこう。
セシオラは走った。
息を切らせて走った。
心臓がバクバクいっている。
奇妙な高揚がある。
足は自然と〈DUS〉へ向かっていた。
あの人に会いたい。
報告したいことがある。いつもは引っ込み思案だけど、今なら何でもできそうな気がする。
用も無いのに〈DUS〉の扉をくぐり、なんだなんだとみんなが見ている中、目的の人へ一直線、お話しにきたと宣言してしまおうか。
浮かれているのかもしれない。
いっぱい汗をかいてしまっているのがちょっと気になる。
〈DUS〉に到着する前に、目的の人物は見付かった。
七星はセシオラに気付き、きょとんとする。
セシオラは勢いそのままに抱き着いて、報告した。
「言えました……!」
気分の高揚が止まらない。
セシオラは震える手で七星の背中をしっかり掴み、彼の胸へ顔をうずめた。
そして、もう一度、はっきり報告した。
「ちゃんと嫌われるように、酷いこと、言えました……!」
高揚が止まらなくて。
それと同じくらい罪悪感で押し潰されそうで。
浮かれているようで、気が変になりそうで。
無限に落下していくような感覚。
その中で唯一しがみつける支えが七星だった。
この手を離してしまったらもう落下が止まらなくなる。
別れ際のネルハの顔が忘れられない。わたしに酷いことを言われて、裏切られた……という表情が。目に涙を溜めて堪えていた様子が。
七星は何があったか理解すると、悲しそうに微笑んだ。
「そうか。よく頑張ったな……」
そうして、大きな手でセシオラの頭に手を置いた。
ゆっくり、幼子をあやすように撫でる。
しばらくして休憩所へと移動した。
「『友達』って何ですか?」
セシオラはココアのカップを抱え、疑問を投げかける。
二人はこの前のようにベンチに腰掛けていた。
「そりゃまた難しいことを訊くな」
七星が目の前に広がるどこかの海の映像に目を向けながら返す。
「今でもわたしはあの子の友達なのかな、友達と言えるのかな、と思って……お互いに思ってなくちゃ意味無いじゃないですか、友達って。わたしが酷いこといっぱい言って、それなのに相手はわたしのことを友達だと思ってくれるなんて、そんな都合の良いこと無いですよ。でもわたしは、あの子のことを友達だと思いたいんです……」
セシオラは情けなくなった。なんてわがままなんだろう。自分で壊してしまった友情を、まだ美しいものだと思いたいなんて。
グイッとココアを呷る。
温かい波動が喉やお腹から全身に伝わっていく。
「俺は君と相手の子の関係をよく知らないから迂闊なことは言えないんだが……まあ君の話しぶりからすると、とっても良い友達なんだな。それなら、そうだな……『縁』っていうのは不思議なものだ、と言っておこう」
七星は妙なことを話し出した。
「縁ですか?」
セシオラはよく分からなくて、首を捻る。
すると七星は頷いた。
「小学校で大喧嘩して絶交した奴がいるんだが……不思議なことに、大人になってからひょんなことで再会したら仲直りできた。その頃互いが互いをどう思ってたか、なんて本音を語り合ったりしてな。それから高校の友達なんて、半年くらいつるむと腹立って縁を切るんだが……一年くらいするとまた連絡とったりし始める。そんなことが何度も続いているよ。不思議なことに……縁は切れそうで切れないことがよくある。というか、切ってもまたなんかの拍子にくっつくのかもしれないな」
それは、ありがちな安い励ましの言葉ではなかった。
セシオラはそんな話し方をする七星に強烈に心惹かれた。
「不思議ですね」
ネルハとの縁は切れてしまったかもしれない。
でもまた何かの拍子にくっつくのかも。
もしくは、切れそうで切れていないのかも。
そう思うと張り詰めていた気持ちがだいぶ楽になった。
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