第47話

 今の環境から、新たな環境へ。

 一昔前、地球で生活していた人類は宇宙へ進出した。

 太古の昔は海の中で生活していた生物が陸へと上がった。

 陸へ上がった後、もう一度海に何かを見出し戻っていった生物のように。

 宇宙へ進出した人類が、もう一度地球を目指す。


 何も判明していない環境を目指す場合と違い、今回は環境が判明していることが救いだろう。

 資料は存在し、入念な調査が行える。

 さて、早速調査を……と腕輪に触れようとして、電志は動作を止めた。

 そういえば、〈コンクレイヴ・システム〉とは別のシステムで設計を行うのではなかったか。

 そうして七星の方を見上げると、彼は待ってましたとばかりに反応した。

「ここの部屋では〈コンクレイヴ・システム〉は使わないように。代わりにコイツを使う」

 七星は手の平に名刺大の赤い板を載せて、皆に見せた。

 赤い板の中央には旧時代のスペースシャトルが小さく描かれている。

 そのイラストを七星が触れると、空中に画面が出現した。

 仕掛けとしては腕輪から画面を出すのと同じようだ。

 七星は画面を指差して説明する。

「使い方は〈コンクレイヴ・システム〉と一緒だ。そこから機能を削ったものだと思えば良い。まあ削った機能が大きいんだが。これはネットワークに繋がらないから、通話もできないし他の者にデータを送信することもできない」

 一同に動揺がはしる。

 通話ができないことは特に問題とはならないだろう。

 この部屋に全員いるのだから。

 しかし、データの送信すらできないのは不便ではないのか。メモを共有したい時、設計書を共有したい時など自分で作成したデータを他の人に送信したい場面は都度出てくるはずだが。それは自分の画面にデータを表示させて相手に見せれば良いということか?

 電志が顎に手を載せて思案していると、それを見越したように七星が付け加える。

「まあデータを送信するやり方もある。この赤い板は〈プレーン〉と呼ぶんだが、自分の〈プレーン〉と相手の〈プレーン〉を接触させてやれば送受信可能だ」

 そう言って七星は二枚の板を手の上で重ね合わせて見せた。

 接触させなければ送受信できない、というのは〈コンクレイヴ・システム〉に慣れ親しんだ身からすれば新鮮だ。いったいどういう仕組みなのだろうか。

 更にこの〈プレーン〉は部屋から持ち出し禁止ということだった。

 ネットワークに繋がらず、部屋から持ち出しもできない。

 ということは、この部屋で行われている作業が部外者に漏れることはない。

 ここまで徹底した秘密主義の任務なのだ。

 最終的に人間が喋ってしまう可能性はゼロにはならないが、それはここにいる者一人ひとりが気を付けるしかないだろう。


〈プレーン〉がそれぞれに配られた。

 電志は早速画面を出現させ、どんなデータが入っているのかを確認する。

 地球に関する資料はあらかじめデータとして入ってるようだった。

 シゼリオが折り目正しく椅子に座り、真面目な表情で電志たちに問いかける。

「何から調べれば良いかな」

 そこへすかさずカイゼルが反応。

「それはもちろん、大気圏突入……の前に、地球の周りを回るデブリでしょ!」

 シゼリオが目をぱちぱちさせる。

 電志も首を傾げた。

 カイゼルは椅子の背もたれに腹をつけ、座面に膝を立てて説明する。

「デブリは『スペースデブリ』なんて言われることもあるね。簡単に言えばゴミさ、宇宙ゴミ。人類が宇宙に手を伸ばし始めた頃から人工衛星やスペースシャトルの破片を無数にまき散らしてきた。そうした破片がぐるぐる地球の衛星軌道上を回っているのさ」

 地球の周りをゴミが回っている……今まで画像で見てきた地球の姿と一致しない光景だ。

「そのデブリは……調べてどうするんだい?」

 シゼリオがよく分からないといった感じで問うと、カイゼルはさっそく〈プレーン〉の資料を漁り、画面にとある画像を表示させた。


 それは、画面中央に開いた穴と周囲に広がるヒビの画像だった。

 題名は『デブリの衝突によって人工衛星のソーラーパネルに開いた穴』。


 画像を示し、カイゼルは秘密を打ち明けるように言った。

「これは5ミリメートルくらいの穴だけど、デブリは当然。わずか何ミリメートルのデブリが衝突しただけで貫通するんだ。何故そんなことになると思う? こうしたデブリはね……高度400キロメートルくらいでは秒速7~8キロメートルで飛んでいるんだよ」

 シゼリオも電志も、ふぅん、と頷いた。

 そして何拍か置いてから、重要なことに気付いた。

 ……?

 電志は頭の中で計算を始める。

 秒速を時速に変換するには、3600倍しなければならない。

 秒速で7~8キロメートルであれば、時速に直すと……


 時速25200~28800キロメートル。


 電志とシゼリオは顔を見合わせた。

 そんな二人の様子を見てカイゼルが楽しそうに言う。

「無視できないだろう?」

「確かに無視できないな……しかしカイゼル、何故そんなことを知っているんだ?」

 電志が疑問を口にした。【アイギス】ではそんなことを気にしなくても生きていける。〈コズミックモンスター〉と戦う上でも不要な知識だ。だから学校でも教わらない。

「【アイギス】で研究の合間に地球を観察していたら、微小な飛翔体を見付けてね。これは何だろうと思って調べてみたらデブリだと分かったのさ。それからは一つ一つデブリを見付けては記録していくのが趣味になってね、えへへ……既に十五万個の正確な軌道を掴んであるんだよ!」

「要はカイゼルが変態だから知っていたのか」

 カイゼルは頭を抱えて驚きを露わにした。

「ノオオォォ! 電志、君には一個一個小さな飛翔体を見付けては記録をとっていく快感が分からないのかい?! お気に入りには愛称もつけて『次に会えるのは何時間後だね~』とか思わず語り掛けてしまう『萌え』が分からないのかい?!」

「いや……分からない」

 電志はすっと目を逸らしながらそう返した。

 そしてカイゼルはやはり研究者向きなのだろう、と思う。一個一個デブリを見付けていって十五万個になるまで続けられるその根気は才能だ。たぶん俺なら……百個いかない間に飽きる。こういうのって本当に向き不向きが如実に表れるよな。

 カイゼルは同意が得られないと悟ると今度はシゼリオの方へ向き直る。

 そうしたらシゼリオもすっと目を逸らした。

「デブリには注意が必要、ということは分かったよ」

 ここでも同意が得られないと分かるとカイゼルはゲンナの方に目を付けた。

 ゲンナは丸太のような腕を組み、ムッツリとした顔で微動だにしない。

「…………知らん」

 職人の親方といった風情でバッサリと言われてしまった。

 カイゼルは深い溜息をついてやれやれと肩を竦めた。

「萌えとは共有できないからこそ特別なのかもしれないねぇ」

 七星が苦笑しながらそこへフォローを入れた。

「まあそのおかげでデブリについて注意することができたんだ。結果オーライだな」


 こうして初日はデブリについて調査するだけで終わった。

 調べなければならないことはまだまだ沢山ありそうだ。

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