第46話

 通路をきびきびとした靴音が移動していく。

 そのリズムに隠れるように二人の会話が交わされていた。


 電志も七星も前を向きながら口を動かす。

「どうやって見付からないようにするんです?」

「場所を用意した」

「今から行くんですか?」

「そうだ」

「設計期間は?」

「限界は一ヶ月と一週間。だが一ヶ月というつもりでやってくれ」

 一ヶ月か……電志は思案する。その期間は長いようでそうでもない。地球内部の環境を調査しなくてはならず、大気圏突入のことも考慮しなければならない。宇宙とは勝手が違う。カイゼルが制御プログラムを作成してくれるとはいえ、こちらも地球に関する知識が追い付かなければ設計ができないのだ。互いに密に連携してやっていかなければならないだろう。

 しかし、あのを本当に地球内部で運用できるだろうか。あれは厳密には戦闘機でなく小型艇に分類される。戦艦や駆逐艦と並ぶ『艦艇』なのだ。地球生まれからすれば『空中戦艦』と言えるだろう。

「アレは地球内部に侵入した後、地表との間に納まりますかね? 地表と大気圏の間は何センチあります?」

 電志の思い描く地球は、大気圏という見えない天井に覆われた大地だった。

【アイギス】の光景と重ね合わせ、天井だけ透明になったイメージ。

 これでは【黒炎】が侵入した途端に地表にぶつかってしまうのではないか、と思ったのだ。

 そんな電志の言葉に七星は苦笑した。

「大丈夫だ。センチで表すほど空は低くない。アレが自由に遊泳できるくらいにはな」

 電志はうーむと考え込むしかなかった。空ってなんだ。イメージできない。七星さんは地球を知っているから良いよな。

 やはり地球に行ってみたい、と思った。【黒炎】よりもまず地球と【アイギス】を行き来する連絡船の設計の方が先じゃなかろうか。いや待てよ、それは艦艇を設計する部署があったな、そっちの方でやっているのか?

 いまいち上層部の考え、とりわけ【アイギス】の今後についてが見えない。あまり〈コズミックモンスター〉を倒した先のことまでは考えていなかったのだろうか。


 階段が見えてきて、それで上のフロアへ移動する。

 そこは〈DUS〉などが入っているフロアで、通路を歩いている者の年齢層も高めだ。

 電志は率直な疑問を口にした。

「人目につかずにたどり着くことってできるんですか?」

 すると七星は軽く頷くだけだった。

 しかしその意味がすぐに判明する。

 幾つかの通路を曲がったところでエリシアが待っていたのだ。

 七星が事情を説明してくれた。

「見張りをつけてある。ここから先はもう人目が無い。じゃあエリシア、頼んだぞ」

「分かりました。電志、早く行きなさい」

 そう言ってエリシアは得意そうに胸を張る。

 電志は手を振って歩き始めた。

「ああ、

 そうして電志と七星が先へ進んでいくことしばし、後方から騒がしい声が聴こえてきた。


『あら、愛佳じゃない! どうしたのこんなところで?』

『あれ?! やあやあこれはエリシアさんじゃあないか! キミこそどうしたんだい?』

『それよりもあなたね、ちょっとだらけ過ぎじゃないの? ちょっと言わせてもらって良いかしら?』

『え? いやボクはちょっと急ぎの用が……』

『この先に用事? いったいどこへ?』

『え?! そそそりゃあもうボクの助けを待っている色んな人が……』


 エリシアがうまく愛佳を足止めしてくれたようだ。

 電志はほっとする。

 少し前から愛佳に尾行されていることに気付いていたのだ。

 だから七星に『人目につかずにたどり着くことができるか』と訊いたのだった。

 用意周到だ、と電志は感心する。

『極秘任務』という言葉が実感を伴ってくる。しかし困ったものだな。なまじ〈DDCF〉が暇だから愛佳のやつ、今後も尾行しようとするだろう。今の時点で何かに気付いているとは思えないが、この先ずっと隠し通せるだろうか? 〈DDCF〉で何か課題を出した方が良いかもしれないな。〈DDCF〉ですることがあれば、あいつも尾行しようという気も起きないだろう。

 それからまた通路を曲がり、水質・空調管理の部屋へ入った。

 幾つものよく分からない機械が立ち並び、係の者が点検している。

 係の者以外立ち入り禁止の部屋だが、係の者はちらと電志たちに目を向けるだけで特に気にした風でもなかった。

 きっと俺達以外が入ってきたら叩き出すのだろう、と電志は推測する。

 そして部屋の奥には更に扉があり、その中に入ると見知った顔が迎えてくれた。

 カイゼルにシゼリオが作業の手を止めて笑顔を見せる。

「やあ電志! 秘密基地へようこそ!」

「電志、待っていたよ」

 その他、知らない顔も一つだけ存在した。

 丸太のような腕の、ずんぐりした男性だった。

 電志は記憶を漁る。確か、開発はゴルドーの代わりに『ゲンナ』という人が担当すると七星さんが言っていたな。その人だろう。ドワーフみたいな外見と言っていた気がするが、まあそんな感じと言えなくもないな。

 七星が男性を示して紹介する。

「彼がゲンナだ。開発は最後の工程になるんだが、早い段階から色々とイメージを膨らませておいた方が良いだろうということで今日から参加してもらう。俺と同じでゲンナも地球で生まれているから、お前たちも色々と教えてもらうと良いだろう」

 紹介されたゲンナは腕組みして椅子に座っており、そのまま小さく頷いた。

「よろしく」

 電志も簡単に挨拶を返し、部屋を見まわした。

 二十人程度が何とか入れる中規模会議室といった感じだ。

 机は向かって右側に壁沿いに設置されており、向かって左側は宇宙機のシミュレーターマシンが鎮座している。

 シミュレーターマシンがあるために、作業スペースとしては今集まっている人数でもやや手狭に感じられた。


 電志も空いている椅子に着くと、七星が説明を始める。

「これで全員だ。その他見張り役とか協力者はいるがな。ここにいるメンバーで【黒炎】を地球内部で運用できるように調整しなければならない。きっとこのメンバーなら問題なくやれるだろう。これから【グローリー】を旗艦としたこの艦隊は二ヶ月をかけて【アイギス】へ戻る。設計を一ヶ月間、開発を二週間として進めてくれ。どんなに遅れても【アイギス】到着までに完了させる」

 宇宙から地球へ。

 全く違う環境下への挑戦となる。

 カイゼルも、電志も、シゼリオも、ゲンナも、楽観的な表情をした者は一人もいなかった。

 それぞれが深く考えこむような、神妙な顔つきになっていた。

 そんな面々を見て七星は宣言した。


「極秘任務『【黒炎】仕様変更』開始だ……!」

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