第45話
友達とは何だろう?
どうであれば友達?
セシオラは飲み干してしまったココアのカップをぎゅっと握る。
ネルハは友達。友達だと、思う。親友。でも……
七星の言葉で心の地盤が揺らぐ。
大切な人だからこそ、長く傷つくようなことになってほしくない……
わたしは、ネルハの気持ちを考えたことがあっただろうか。
友達。友達だったら、考えてあげないといけなかったんじゃないのかな。
じゃあ、わたしは、友達じゃ、ない……?
セシオラは怖くなった。
空になったカップに嫌な自分が投影されるのを錯覚する。
幻の黒い水面に、小ずるい顔をした自分の姿が映し出される。
小ずるい顔をした自分が囁く。
利用したんでしょう?
違う、決してそんなことない、とセシオラは反論する。ネルハを利用して寂しさを紛らわせたなんて、絶対に、無い。あってはならない。いじめられているわたしの傍に進んで寄り添ってくれたのだ。手を差し伸べられても警戒してわたしはその手を取らなかっただろうけど、ネルハはひたすら寄り添ってくれた。対等でいようとしてくれた。こうした子はたぶん、どんなに探したって他にいないと思う。
それなら、ネルハの気持ちも考えるべきじゃないだろうか。
心の中だけでも、友達でいたいから。
「わたしは、傷ついてほしくないです。長く傷ついてほしくないです」
ネルハの傷つく総量が、だらだらと続けば大きくなる。
一回でがつんと嫌われてしまえば、総量はそこで止まる。
傷つく総量が後者の方が少ないのなら……
でも、嫌われたくない。
嫌われるのは辛い。
いや、もう嫌われているのかも?
カップを持つ手に力が入り、カタカタ震えてしまう。
胸が苦しくて背筋を伸ばしていることができなくなって、だんだん前かがみになってくる。
「でも、覚悟は、できないです……」
セシオラは搾り出すように言った。
涙がカップへ落ちた。
七星も覚悟はできていないと言った、それが分かった気がした。
成さなければならないことがあるし、そうしなければならないという気持ちもある。
でもそうすることが怖い。
そうしないことも怖い。
割り切れないのだ。
どっちも選べない、選びたくない。
七星はベンチの背もたれに肘をかけて、弱った声を出した。
「できないよなあ」
こんなにしっかりしてそうな大人でもそういうものなのか、とセシオラは思った。
【アイギス】の救世主ともあろう者が。
それなら、わたしがこんな調子でも別に悪くないんじゃないか、と妙な安心ができた。
泣き顔で、情けなく言う。
「できないですよねえ」
口に出すと、またちょっと安心できた。
同意できる人が傍にいて、同じように情けない言葉を出す……そんなことが心の重りを軽減してくれるなんて。でも、それで良いんだ。わたしはこういう性格だし、強くないから。だから、これで良い。みんなに見られていたら嫌だけど、ここには自分とこの人しかいないし。
しばらくして、七星は立ち上がった。
「じゃ、俺はそろそろ行くわ」
「はい、あの、ありがとうございました」
「辛くなった時はココアだ。ホットが良い。一人になってボーッとしているといくらか落ち着く」
「あ、あの……」
七星さんと一緒にいた方が、と言おうとして呑み込んだ。
まだ名前を訊いていないにも関わらず名前で呼べば、怪しまれる。
だから咄嗟に言葉を変更した。
「……あなたの名前を教えて下さい」
七星はきょとんとした。
単に偶然通りかかっただけの関係性だから、わざわざ互いの名前を知るまでもないだろうと思ったのかもしれない。
「まあ構わないが……イワオ・ナナホシだ」
「わたしはセシオラ・リアネケフです。また、会えますか……?」
「星の巡りが良ければ。ああこれは、俺達の言い回しで『偶然が重なれば』って意味だ」
星の巡りが良ければ……セシオラは口の中で反芻してみる。
何とも宇宙で暮らしている色合いが出ている素敵な言い回しだ。機会があれば使ってみよう。
七星が背を向けて歩き始めたところで、休憩所の入口に何者かが現れる。
それは青みがかった黒の長髪に眼鏡をした少年だった。
どうやら七星と少年は知り合いのようで、互いに挨拶をして会話を始める。
セシオラは一人休憩所に残り、受け取ったままのカップとハンカチを見つめた。
電志は休憩所で七星と落ち合った。
「来ました」
「来たか」
電志の簡潔な挨拶に対し、七星も簡潔に応じる。
簡潔であればあるほど良い、と電志は思っている。
そうすればもっと次の話ができる。そうすればもっと発展した話ができる。とってつけたような修飾や遠回りな言い回しは不要だ。そういうものは、本当に会話の空白を埋めたい時にでもすれば良い。もしくはだらだらしたい時……特に愛佳のような奴と会話する時とか。いや、あいつとの会話も徹頭徹尾だらだらしているわけじゃないんだが。設計に集中している時だけはあいつもちゃんとした会話をする。その時だけは会話が成立するので、むしろずっと設計に集中していれば良いんじゃないかとさえ思えてくる。
七星の向こうに見える少女にちらと目を向け、電志は問いかけた。
「彼女は?」
ここに来る時、七星と少女が会話していたのが見えたのだ。知り合いだろうか。でも見かけない女の子だ。地球生まれだろうか。見たところ俺達よりも年下のようだが。
「偶然出会った」
「……七星さんってロリコンでしたっけ」
「ロリコンじゃない」
「偶然出会って、会話してたんですか?」
「ああ。俺がだらだらしようと思っていたら、あの娘がぶつかってきてな。それで思いつめた顔をしていたもんだから、成り行きで慰めていた」
「と、いう設定ですか」
「設定じゃない。女の子がぶつかってはきたが、漫画みたいにトーストを咥えていることもなかったし制服でもなかった」
「へえ……思いつめていたんですか」
「そうだ。それで、『嫌われてでもやらなきゃならないことがあるのは辛いね』って話をした」
「……何ですかそれ?」
「個というものが環境起因で歪められてしまうんだよ。個が個として自由に振る舞えない。人間は残念ながら宇宙に進出しても自由になれなかったってことさ」
前後関係が分からないため、電志は曖昧に聞いておくだけに留めておいた。
あまり深く尋ねることでもないだろう。
そうして二人は歩き出す。
ここには七星に呼ばれて来たのだ。
何を話すかも予想がついている。
「例の件ですか?」
「そうだ」
七星は頷いた。
極秘任務となる超重防御突撃機【黒炎】の仕様変更。
二人の顔が引き締まった。
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