その目的は

第29話

 火星を背に佇む戦艦、巡洋艦、駆逐艦の群れ。

 船首がひしゃげていたり舷側に幾つもの穴を抱えていたり船底が捲れていたりする艦艇も見受けられる。

 戦場という嵐をくぐり抜けてきた船団はいま、穏やかな海域へ辿り着いたとばかりに静かに寄り添いあっていた。

 宇宙空間という深遠な海はただただ波も立てずに見守っている。


 艦隊旗艦【グローリー】。

 祝勝会の翌日。

 一番巨大な戦艦の中はまだ勝利の美酒の余韻が残っていた。

 通路にはお菓子の袋や缶、コップが散乱している。

 電志が起床して自室から出てくると、散らかり放題の通路に思わず顔をしかめた。

「こりゃあ今日の任務は掃除になりそうだ」

 ハメを外しすぎだ。

 そう思う反面、こんな時だから仕方ないかとも思う。何せ、十年間も耐え忍んできたんだもんな。抑圧による反動だ。みんなずっと溜めてきたんだ。エリシアみたいに割り切ろうとしたり、ある者は娯楽に打ち込んだり、またある者は平気な振りをしたり。でも、根本的なところでは蓄積し続けていたんだ。俺だって例外じゃない。狭い牢獄に押し込められていたのが解放されだだっ広い草原に降り立ったような感じだ。圧倒的な開放感。自由を手に入れたという思いが内側から湧き出てくる。


 しばらく散らかった有様を眺め、それから歩き出した。

 すると何歩も行かない内に聞き慣れた声に呼び止められる。

「そこの鬼畜だけど優しいお兄さん、待ちたまえ」

 芝居がかった声は可愛さと凜としたものが混ぜ合わさった不思議な魅力を含んでいた。

 電志は考える。鬼畜? まあここにはそんな奴いないな。

 無視してまた一歩踏み出した。

 そうしたら即座に声の主が訂正する。

「じゃあ優しいと言われると思わず恥ずかしさで否定する高二病の少年、待ちたまえ!」

 電志は頬を引きつらせたがまだ無視を貫いた。クソが、誰が高二病だ、誰が。

 肩をいからせずんずん進む電志はかなり速い。

 そうすると背後にいる声の主は完全に置いていかれるわけで。

 焦ったような声が追いかけてくるのだった。

「ちょっ待ってよお電志! ボクのくちびるを無理やり奪ったのに冷たいじゃあないか!」

 そこで遂に電志はギロリと振り返った。

「人聞きの悪いことを言うな」

 視線の先には類稀な容姿を持つ美少女、愛佳が立っていた。

 茶の髪を躍らせてぱたぱた駆けてくる。

 そしてわざとらしくはあーとため息をつき疲れたアピールをした。

「人聞きの悪いことを言わないと電志が止まらないからじゃあないか。ということは電志がボクに人聞きの悪いことを言わせているんだよ。電志が全部悪い」

「普通に呼べば俺は最初から止まるんだが」

「ボクは最初から普通に呼んでいる」

「お前は普通に人を呼ぶ時『鬼畜』という単語を使うのか?」

「割と流行りの単語だよ」

「流行りのわけが無い」

「それより電志、どこへ行くのさ」

 急に話が変わるのは愛佳の特徴だ。いや、愛佳に限らず割とそんなものか?

 こうした流れにも慣れてきたので電志もそれまでの話題を放置して流れの移ろいについていく。

「〈DDCF〉だよ」

「〈DDCF〉?! 電志……」

 そう言って愛佳は衝撃を受けたかのように驚きの表情を作り、散らかった通路を指し示した。

「……見てみなよ、誰もいないじゃあないか。今日くらい行かなくて良いやってみんな思ってるんじゃないの?」

 確かに通路を見渡してみても寂しい限りの状態。

 規則正しく並んだ扉に味気ない彩色。

 機能的に特化した眺望は【アイギス】よりも簡素である。

 見方を変えれば打ち捨てられた廃墟。

 そこで取り残された二人が緊張感もなく会話しているようにも映るだろう。

 今日くらい行かなくて良い。

 そうかもしれない。いや、その通りだ。今日と言わず、もう、ずっと。


 新しい機体を設計する必要がなくなった。

 既存の機体の調整もする必要がなくなった。

〈コズミックモンスター〉を倒したから。

〈DDCF〉の役目は、終わったのだ。


「行かなくて良いっちゃ良いんだけどな」

 電志は苦笑を浮かべる。

「そうだろう? なら何で、いつも通り起きていつも通り〈DDCF〉へ向かおうとしているんだい?」

 そうだなぁ、と電志は頭を掻いた。

 どうしていつも通り起きていつも通りの道を行こうとしているのか。

 その自分を言語化するのなら。

「居場所、だからかな」

 これに対し愛佳は沈黙で返した。

 続きを話して、というサインだろう。

 電志は頭を整理するようにぽつぽつと語る。

「〈DDCF〉で過ごした日々が体に染み付いていて、急にそこから放り出されてもどうしたら良いか分からないんだよ。そうなった時、とりあえず〈DDCF〉に行けば安心するんじゃないか……って考えるんだ。だから、安心する場所=居場所って感じかな。そう言う倉朋だってどうしたんだ? いつも通りここに来て」

 すると愛佳はニッと笑みを見せた。

「ま、ボクにとっても〈DDCF〉は居場所だってことさ。良くも悪くもね」


 そうしていると、ぽつりぽつりとあちこちの扉から人が出てくる。

 きっと、彼らも行くのだ。

 自分たちの居場所へ。

 そんな光景を見て二人は笑い合った。

「みんな考えることは同じだな」

「同じようだね」

 まばらな人通りには朝のけだるい空気が流れる。

 しかし先ほどまでの寂しさは塗り替わり、温かみを宿していた。

「これから俺達、どうなるんだろうな」

 電志が呟くと、愛佳はあっけらかんとして言った。

「考えてもしょうがないよ」

 愛佳の微笑は普段通りで、それでいて魅力的だった。

 それをちらりと見ると電志は肩を竦めた。

 二人は歩き出した。


〈DDCF〉にやってくると最初は殆ど人がいなかった。

 それでも三十分くらいすると大半の者が集まってくる。

 口々に何となくここへ来てしまったと零している。

 そうしていると、全員〈コンクレイヴ・システム〉を見るように指示が出た。

 皆で腕輪をいじり、宙に画面を出現させる。

 総指令グランザル・タボフの演説が始まっていた。


 正式な勝利宣言。

 タボフは右手を振り上げ全員で掴み取った勝利を讃えた。

 約三十分続いた演説が終わると、部長から発表があった。

 今後の体制は上層部が考えている。

〈DDCF〉が解体されるのかどうか、まだ何も決まっていない。

 次の指示があるまでは自由にしていてよろしい。


 要約すると、しばらく遊んでいてくれ、だ。

〈DDS〉だけは修理で忙しいみたいだが、〈DDCF〉や〈DRS〉は本当にやることがなくなった。

「来てみたものの、やることが無いのに変わりはないんだよな」

 電志はだらけきった室内を見回し、呟く。

 居場所として機能するから安心は得られるものの、やはりもういつも通りではないのだ。

 そうすると愛佳が指を立てた。

「じゃあディベートをしよう!」

「ディベートしてどうするんだよ」

「すること無いんだから良いじゃあないか」

「だってもう設計する必要無いならディベートしても意味無いだろう」

「一見意味の無さそうなものも実はあったりするものだよ。伏線というやつだ。いや意味など求めるものじゃない。意味は最初から……そこにあるものさ」

「名言ぽく言っているが重みが感じられない」

「それは電志がまだ子供だからだよ。大人になればきっと分かる。てことでディベートをやろうじゃあないか」

 のらりくらりという感じで最終的にディベートに話を持っていこうとする愛佳。

 こうした時の彼女は粘り強い。

 というか、しつこい。

「お前とディベートすると疲れるんだよなぁ……」

「本当は嬉しいくせに、シャイなんだからもう」

 そう言って愛佳は小悪魔的な笑みを浮かべた。

 もう全く引くつもり無し、か。

 しょうがねぇ……と電志は相手をすることにした。

 そしていつも通り愛佳をねじ伏せた。


「ねえ電志、反則は良くないよ。ボクは再戦を要求する」

 愛佳はぶすくれてそんなことを言い出した。

「俺が反則をしたことは一度も無いんだが」

「そうやって屁理屈をこねるところが反則なんだよ。議論というのは屁理屈を言ってちゃあいけない。論理で戦わなくちゃいけないんだ」

「おかしいなあ、その言葉は俺がいつも言っていることに酷似しているんだが」

「音楽業界とかでは多少似ててもしょうがないと言われているよ」

「いいやお前のはパクりだ」

「海賊版と言ってくれたまえ」

「言い方変えてるだけじゃないか」

「ボクのボキャブラリーが活性化しているんだよ。それより本当にやることが無いとこのままディベートフルマラソンしかないね。どうしようワクワクしてきたよ」

 目を爛々と輝かせるディベート好きな少女に電志は頭を悩ませた。ディベートで終業時間までマラソンするのはとてもではないがご免だ。さてどうするかね……

 そこで良いことを思いついた。そうだ、やることが無いならへ行けば良いじゃないか。

「どうせ暇なんだからさ、〈DDS〉の手伝いに行ってみないか?」

「ゴルドーたちのところかぁ……ボクたちに手伝えることなんてあるのかな?」

 愛佳が顎に指を当てて考える。

 確かに、電志たちには機体を設計した実績はあっても開発技術があるわけではない。

 工具を駆使する彼らの足手まといにしかならないのではないか。

 だが電志がゴルドーに通話要請してみると、思いのほか喜ばれた。

「今すぐ来てくれ、こっちは猫の手も犬の手も神の見えざる手も借りたいところだ!」

 そう言ってゴルドーが映像の中で背後を指し示していた。

 ゴルドーの背後では何十人もの技術者たちが顔を汚し汗を飛ばし働いていた。

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