第二部

プロローグ2

 見上げれば無限を体現したような星空。

 宝石の粒を惜しみなくまぶした宇宙が広がっている。


 その果てしない向こう側へときおり手を伸ばしたくなる衝動に駆られる。

 あまりの遠大さに包み込まれ、船の中にいるのか外にいるのか曖昧になる。


 外に生身で漂っている姿を想像する。

 想像の中ならどこへでも行ける。

 この太陽系から飛び出て、別の恒星系へも。

 この天の川銀河から解き放たれ、別の銀河へも。

 そうしたら、知りたいという欲望が活性化する。

 中性子星、クエーサー、ブラックホール……

 間近で見たら、どんなだろう。

 どれだけ俺を満たしてくれるのだろう。


 電志は思わずそれらの神秘を孕む宇宙へ手を伸ばしそうになった。

 そうして思いとどまる。

 そして、自覚する。俺はずっと子供のまんまだな。中二どころか小学生の時の好奇心がいまだに納まらない。冒険とかすっげえしたい。きっとあれだ、生まれた世界がファンタジーとかだったら、絶対冒険者になってる。危機としてダンジョン攻略に向かうだろう。

 ガラス張りの天井から視線を船内に移していく。

 四列シートが通路を挟んで二組、前方からずらりと並んでいる。

 座席に納まる人々。

 満席。

 ある三人はじゃれあって笑い声を上げながら真ん中の男子を両脇の男子がくすぐっている。

 ある女子八人は前の列の四人がシートの背もたれに顎を載せて後ろの列の四人と誰が誰に告白したと話し合っている。

 またある男女は二人だけの空間を作るように女子が男子の耳元へ手を添えてひそひそと話している。

 総じてショッピングモールくらいの賑やかさがあった。

 壁や床はオレンジを控えめにした色合いで座席は青系を明るめにした彩色。

 ガラス張りの向こう側に広がる黒とのコントラストが印象的だ。


 小型艇による〈コズミックモンスター〉の巣の調査。

 そうした名目で電志たちはやってきていた。

「ねえ電志、その『オレ、人間観察が趣味です』みたいにクールぶるのカッコ悪いよ?」

 隣に座る愛佳が小憎らしい茶々を入れてくる。

「クールぶってない」

 電志は簡潔に返した。

「じゃあ何ぶっているんだい?」

「俺は何も仮面を着けていない」

「そうとは限らないんじゃあないかい?」

 愛佳は糸口を見つけたとばかりに不敵な笑みを見せた。

 面倒くさい会話。

 いつものことだ。

 そして。

「『人は誰しも仮面を着けて生活している、それも、幾つもの仮面を』って話か? それは意識する、しないの問題じゃないのか? 無理矢理仮面を付け替えて生活していると思わなければ良い」

 面倒くさい会話が大好きな美少女の話に乗るのも、いつものことだった。

「ふぅむ……これは、

「お前ほんとミステリー大好きだな。しかも意味ありげに言うな。何も謎なんか無いだろ」

「何言っているんだい電志、日常は謎だらけだよ」

「倉朋の会話が一番のミステリーなんだが」

「ミステリーじゃないよ、『ミステリィ』だよ」

「そんな語感なんてどうでもっていてぇっ! 足踏むな!」

「ボクは語感にうるさい女なんだ」

「特殊過ぎるだろそれ、需要あんのかよ」

「…………少なくとも、一人には……あるんじゃあないかい?」

 そう言って茶の髪をいじって愛佳は恥じらうように上目遣いになった。

「っ……」

 電志は思わず目を泳がせてしまう。突然何を言い出すんだこいつは。みんながいるんだからはまずいだろう。


 二人の気持ちは触れ合った。

 だが電志は大っぴらにするのは恥ずかしいのだ。

 いつも公衆の面前でじゃれあっているカップルを見てうんざりしていたので、自分がそうなってしまっては何だかブレているようで癪に障るのである。

 そこは自分に課した掟みたいなものだ。

 だから、みんながいる前では『倉朋』と呼ぶのに変わりは無い。

 その掟に愛佳は不満があるようだが、なんとか説き伏せて納得してもらっている。

 それに、がらりと変えるのは難しいのだ。

 人は一度慣れたことを変えるのはなかなか腰が重くなってしまう。

 仕事とプライベートでオンオフをはっきりさせるためにも、この方が良いのではないかという見方もできる。

 そうした理由からも、人目がある時は今まで通りを装うことにしたのだ。装う……これは仮面だろうか。まあ、どうでも良いか。こいつの会話はそもそも答えを欲していないということが最近分かってきたしな。俺は会話を始めると解答へ向けてどう進んでいくかってことをまず考えるんだが。つくづく真逆だ。


 電志がそんな頭の中をうまく言語化できないでもどかしく思っていると、首に腕を回してくる男子が現れた。

〈DRS〉のカイゼルだ。

「やあ~電志、酔ってるかーい?」

 陽気に頬を寄せてくるこの研究部男子は本当に人懐っこい。

「酔ってない」

 普段通り電志が返すとカイゼルは指を立てた。

 そしてその指がすすっと動き、愛佳に照準が合う。

「レディ愛佳に酔っているだろう?」

「つまらないジョークだな」

 電志が軽く溜息をつくとカイゼルはこの世の終わりとばかりに頭を抱える。

「そんな、まさか……! オゥ電志は何と冷たい男だ! 隣にこんな素敵なレディがいるというのにっ……君の血管には血液の代わりに樹液でも流れているのかい? そう思うだろう愛佳?」

「そうだそうだ! クールぶってるだけのくせに!」

 愛佳が心底楽しそうにカイゼルの話に乗った。

 電志は自分の青みがかった髪をかき上げた。ああもう、二重に面倒臭くなった。相乗効果というのはなにも良い意味ばかりじゃなかったんだな。新発見だ。

「はあ……カイゼル、お前はここで油売ってて良いのか? もうは目の前だろう」

 そうして電志は顎で前方を示す。

 その先に広がっていたのは、目的地。

〈コズミックモンスター〉の巣の、残骸。

 この調査のメインは他でもない〈DRS〉、カイゼルたちだ。

 電志たちはオマケで空いた席に便乗させてもらっているだけなのである。

 全てが謎に包まれた〈コズミックモンスター〉。

 その調査は何にも増して最重要課題。

 小型艇はゆっくり止まり座席の背もたれに埋め込まれたモニターがこれから行う船外活動について説明を始める。

 それを見てカイゼルは険しい表情になった。

 これが彼の仕事モードなのかもしれない。

 と、思いきや。

「ううむ、これは愛佳が次くらいに重要そうなミッションだね。というわけでを聞かせておくれ!」

 全然仕事モードではなかった。

 電志は殊更苦い顔をする。

 

 愛佳の息遣いまで間近で感じた二人だけの時間が思い出される。

 約束の内容を知っているカイゼルは、恐らくその後の二人の関係に予想がついている。

「さっさと仕事に行け」

 電志が邪険にするとカイゼルは満面の笑みを浮かべた。

「僕はドMだから冷たくされると燃えちゃうよ!」

「そりゃ研究者に必須スキルなこった。一の成功のために万の失敗に耐えなきゃならんからな」

「ふふん、まあ約束は果たされたと見て間違いなさそうだね。僕の人生に悔いなし! じゃあ遊びの次に重要そうなミッションに行ってくるよ!」

 陽気な研究者は手を振り振り離れていった。

 まったく……と溜息をつき電志はシートに頭をうずめる。何故こうもおしゃべりな奴が周りに多いんだ。俺が喋らない代わりに周囲が喋ってるのか? そうすりゃバランスは取れるが。まあそうか。そんなもんかもしれないな。

 そして隣のお喋りな美少女が黙っているのでちらりと目を向けた。

 すると、彼女は指をもじもじさせてこちらを見ているではないか。

 どうした、と電志は目で訴える。

 だが視線の先はなかなか口を開かない。

 しばらく待っていると、妙なことを言い始めた。

「はは、カイゼル、『どうだったか』だって」

「ん? ああ、そんなこと言ってたな」

 それから愛佳は耳を貸せという仕草をした。

 電志が耳を向けると、彼女が耳打ちしてきた。

「ど、……?」

 愛佳はすぐに離れると、顔を上気させて目を回していた。

 それから手をわたわた振って訂正する。

「いい今の忘れて! 無し!」

 忙しい奴だ。

 自分で言って、恥ずかしがって、それでは自爆ではないか。

「何言ってんだ、まったく……」

 電志は頬を掻いて乱暴にシートにもたれかかった。

 どう? って……

 良かったに決まってるじゃないか。


 小型艇からは各自二人乗りのバイクみたいな物に乗り換える。

〈DRS〉の面々が出払った後、電志たちも船外の見学へ出た。

 巣の残骸は滅茶苦茶になっていた。

 そこかしこにハチの巣色の残骸が漂っている。

 進んでいけば全周も上下も残骸の広がりに覆われる。

 ここで、が作られていたのか……

 今までの敵の姿を思い出し、不思議な感覚に襲われる。

 いったい〈コズミックモンスター〉とは何だったのか。

 これもこれで生物だったのか。

 彼らなりに生存権争いで攻撃を仕掛けてきたのか。

 だとしたら、

 ハチのように巣を分けて繁栄する習性があるのだとしたら……?


 そんなことをつらつら考えていたが、バカらしいと一蹴した。

 電志の目が鋭さを帯びる。

 思考が深くなる。

 生物の枠に当てはめるべきか。いや、否ではないか。やつらは、もっと人工的だった。そんな気がした。だから、もっと有力な線がある。

 

 自分たちよりも遥かに高度な人工知能を制作できる者達がいたとする。

 そしてその者達がとする。

 そこで、

 もちろん飛ばす先はあらかじめ厳選した上で、だ。

 生存可能な候補を選び出し、移住前に偵察を行う。

 競合相手がいたのなら、。その者達からしたら先住民ってわけだ、俺達は。

 意思疎通を図るつもりが無いのは、共存の選択肢が無いから。

 同レベルの知的生命体なら、争いの歴史から導き出しているハズだ。

 共存より殲滅の方が遥かに楽だ、と。

 考えていると、言いしれない焦りが生まれてくる。

 ある日〈コズミックモンスター〉を放った主達の艦隊が現れ、一日もかからず地球軍を殲滅する。

 圧倒的な科学力の差を見せつけられる。

 そんな未来。

 いや、これは妄想だ。

 まだ何も分かっていない。

〈コズミックモンスター〉が生物か否か、それについて否である可能性の方が高いと見当をつけているだけだ。

 そうしていると、〈DUS〉に所属する七星に手招きされた。

「電志、ちょっと来い」


 こうした呼びかけは、単独で来いという意味。

 愛佳にはそこら辺を適当にぶらつくように言って、電志は七星のところへ行く。

 七星は注意深く人気の無いところで残骸に降り立つ。

 電志もその隣へ降りた。

「ようやく〈コズミックモンスター〉も片付いたな」

 七星は周囲に視線を巡らせて言った。

「七星さんが頑張ってくれたおかげですよ」

 電志がそう応じると七星は肩をすくめる。

「何言ってやがる、お前が最後に作ったバケモノのおかげだろう」

「七星さんが初代部長として道を切り開いてくれなかったら今はありません。それに俺も七星さんの情熱が無かったら、あの時助けてくれなかったら、〈DDCF〉に入っていなかったかもしれない」

「嬉しいこと言ってくれやがる」

 そうして七星は電志の肩を小突いた。

 電志の視線は火星へと向いた。

 この位置なら、はっきりと、大きく見える。

 それから視線を色々な方へ向けてみる。

 ここからでは地球も月もどれだか分からない。

【アイギス】からならはっきり見えていたのに。

 宇宙は不思議だ、お隣の星がこんなに遠いなんて。

 こんなに広いのだから、狭苦しいと勿体ない……そういう意思が働いているのだろうか。

 それとももっと大きな視点で見たのなら、このくらい遠くない、という感覚なのだろうか。

 こんな風に宇宙に思いを馳せることもなかなか無かった。

 これも敵がいなくなったからか。

【アイギス】へ戻ったら。

 地球へ、降りてみたいな。

 遥か向こうに浮かんでいるであろう星に心を弾ませた。


 そうしていると、七星が急に強張った表情になった。

 どうやら本題に入るようだ。

 呼び出したのだから、何かしら重要な話があるハズだと思っていた。

 電志も聞き逃すまいと集中する。

 すると、七星はいつになく重苦しい声で、言った。

「お前に極秘任務がある」

「何ですか? 敵もいなくなったしやること無いので何でもやりますよ」


「【黒炎】を……地球でも運用可能にしてほしい」


 電志は呆然とした。


 超重防御突撃機【黒炎】を、地球でも?


 敵はいなくなったのに。

 何故……?

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