入蜀

 ある意味魯粛の方が周瑜より手ごわい。何度も劉備の元へ足を運び、益州には何時出兵するのかと訊いてくる。つまり荊州を早く渡せという事だ。

 

 そんな折、新任の襄陽県の県令が仕事もせずに酒浸りという報告が上がってきた。孔明は視察に出ていて留守なので、劉備は、

「翼徳(張飛)よ、孫乾と共に見てまいれ。だが、短気を起こしてはならぬぞ」

と言って、送り出した。張飛は自分より下に見た者には容赦しない性格だった。

 やがて、酔っぱらってむさくるしい県令を伴って帰ってきて言うことに、

「兄者、この方は確かに仕事もせず酒を飲んでおったが、咎めるとわずか半日の間に一カ月分の仕事を終わらせてしまった。常人では無い」

 張飛を感心させた男は、劉備にかしこまる事もせずにやにやしている。そこへ、演習から子龍が帰ってきた。男を認めると、駆け寄った。

「龐士元殿ではありませんか。よくいらして下さいました」

 子龍は嬉しそうに礼をした。劉備は驚き、

「あなたが鳳雛、龐士元先生でしたか。知らぬこととはいえ、ご無礼致しました」

と言って礼をした。

 龐統は面食らった。江東ではこのような扱いは受けたことが無い。孫権は魯粛が紹介しようとしても遠目で龐統を見ただけで、会おうともしなかった。周瑜は龐統を用いはしたが、正式な臣下には加えなったのだ。

 劉備は龐統の前に膝を折った。子龍も張飛も周りの者は皆、それに倣った。

「龐士元殿、どうかこの劉備にお力添え下さい。我が軍を指揮して頂きたい。お願い致します」

 龐統は慌てて劉備を起こし、

「わ、わかりました。承知しました。わしは命を懸けて劉皇叔にお仕え致します。お約束します」

と、しどろもどろに言った。


 視察に出ていた孔明が帰って来た時、龐統は副軍師に任ぜられ、尊敬を集めていた。孔明の弟子、馬謖が言った。

「まだ何の働きもしていない方を副軍師にして良いものでしょうか」

 孔明は厳しく諌めた。

「目に見えるものだけで判断してはならぬ。今までの苦労がわが君を得てやっと報われたのだ」

 馬謖はそれから龐統の事は口にしなかった。馬謖はこの時二十歳そこそこで、兄の馬良と共に劉備陣営に召されていた。才を孔明に見出され、次期軍師として学んでいた。五人兄弟の末っ子のせいか気が強い。


 孔明は龐統と益州攻略を考えていた。益州は今二派に分かれている。代々益州牧ぼく劉璋りゅうしょうに仕え恩を感じている忠臣達と、益州を守る為には暗愚な劉璋を廃し新たに君主を迎えたい能吏のうりらである。その能吏の中に、法正ほうせいという者がいた。孔明は法正に密書を送った。

「そうか、やはり法正は反応したか」

龐統の居室である。孔明は言った。

「打てば響くように返事がきた。劉璋への不満は相当なもの。しかし、今のうちに曹操に下るべきという輩もいて、益州の地図を持ちだして張松ちょうしょうという者が、曹操にご機嫌伺いに行ったとか」

龐統はにやりとした。

「おぬしの事だ。とっくに元直(徐庶)に手配しておるのだろう。ならば、頃合いを見て張松を迎えに出ねばな。盛大に持て成してやろう」

孔明もにっこり笑った。


 徐庶がどのような手を使ったのか、張松は曹操に追い返され、恨み事を言いながら帰路に着いたが、益州を出る前に法正が劉備を気に入っていたことを思い出した。荊州を通って劉備の噂でも聞いてみようと州境まで足を延ばすと、白馬に乗った美丈夫の武将が、

「益州の張殿とお見受けする。わが君主がぜひお招きしたいと仰せです」

と明朗に言った。張松は驚いて、

「君主とはどなたですか」

と問うと、

「荊州を預かる劉玄徳公です」

と答えた。ならばこの将が趙雲かと納得した。

 張松はそのまま子龍に続くと、次に待っていたのは関羽だった。噂以上の風格に驚く。

 そして次には劉備自身が、左に孔明、右に龐統を従えて迎えた。 

 城に着けば張飛が、兵を整列させ出迎えた。張松はこの歓待ぶりに感激して、その日のうちに劉備に益州の地図を差し出した。

「あさはかにも曹操に下るところでした。あんな男に益州はやれません。民の為を思えば、劉皇叔に益州の主となって頂きたい」

 劉備は困った顔をした。

「劉(璋)季玉きぎょく殿とは縁戚になるのです。追い出すようなことは出来ません」

 孔明は、またかと思い目を伏せた。これまで劉備に仕えてきて判ったことは、ということだ。劉備は漢室の再興を唱えていても、自ら皇帝になろうとは思っていない。荊州に留まっているのは戦の足がかりが要るからで、領土が欲しい訳ではない。戦をするのも曹操の義に反したやり方を諌め、世に正道を示したいからである。献帝を取り戻し漢帝国を立て直したいのだ。

 城だの領土だの覇権だのと言っているのは周りの臣下達であり、劉備はその望むところを叶えようとしているに過ぎない。

 劉備に望みは無いが、戒めはある。正道に反する事、義に背く事は断じてしない。今がその事態である。

「少し話し合う必要があります。永年殿、今夜はごゆるりとお休みください」

と孔明はやんわりと言い、張松を寝所に案内させた。


「わしには理解できぬ。何のために策を弄し張松を引き入れたのだ。益州を取るためではないのか」

と孔明の居室に入るなり、龐統が言った。

「そうです。だが、決して自ら益州を取るとは言われまい」

 劉備は馬鹿では無い。このまま荊州に留まるには限界がある。江東を本気で怒らせる前に荊州を渡しておくべきである。やはり益州は欲しいはずだ。

「……益州に招き入れてもらうのだ」

と、龐統が呟いた。孔明も目を見開いて頷いた。

「劉璋がわが君を必要とすれば良いのだ」

 龐統の頭の中では瞬時に計略が出来上がった。

 この時益州は漢中の張魯ちょうろから狙われていて、劉璋の本来の意向は曹操に庇護を求める使者として張松を使わせたのだった。それを空振りに終わらせたことで張松を介し、劉璋に劉備を推薦させた。曹操に無視されたのだから、渡りに船だろう。

 実際、張松からこの話を持ちかけられた劉璋は、忠臣達の反対を押し切って劉備に使者を送ることにする。忠臣達は徐州・荊州と渡りいつの間にかその地に根付いてきた劉備を警戒していた。そこで、臣下の中で最も才長けた者を選ぶべきと進言した。その使者は、内心劉備を君主に迎えたいと願っている法正だった。


「お目にかかれて、恐悦至極にございます」

 法正は一目で劉備に心酔した。ところが劉備は、

「劉季玉殿のご期待に沿えるように、尽力致します」

と言った。法正は違和感を覚え、孔明を見た。孔明は法正を見据え、

「わが君は、龐士元を軍師とし、西蜀へ出兵致します」

とその場を収めた。

 その後、孔明と龐統は法正を訪れた。

「わが君は同じ劉氏である劉璋を討つ気は無いのです。あくまでも張魯を退ける為に出兵するおつもりなのです」

 法正は張松が言った通り、劉備の義がゆるぎないものであることを悟り、

「時間がかかりそうですが、やはり益州に来て頂きたい。取りあえず葭萌関かぼうかんに陣を構え張魯を牽制してください。その間に臣下たちを出来る限り調略いたします」

と言った。


 劉備は龐統、魏延、黄忠を従え出兵した。北の曹操に備え、関羽を襄陽に置き、南郡には孔明、張飛、子龍が守りとなった。


 問題は残された孫仁茗である。益州出兵の間までも、劉備の足は遠のいていたのである。いつ帰るかわからない出兵には大いに不満だった。仁茗は劉備と一緒にいることだけを願っていた。愛していたのである。

 しかし、幼く一途な新妻に対しても劉備は今までの妻たち同様の扱いだった。妻子は取り換えのきく衣である。それを理解していたそれまでの妻たちは、何度劉備に見捨てられても、自らの足で戻って来た。だが、蝶よ花よと育てられた仁茗には到底理解できるものでは無い。

 仁茗は気晴らしに、腰元達と遠乗りしたり薙刀を振り回したりしていた。

 呉(江東)は劉備がやっと益州に足を向けたので安心した。だが、今までのらりくらりと荊州を渡さなかった劉備を信用できず、劉備が留守にしているこの機に仁茗を呉に連れ帰り、攻めやすくしておく事にした。そして、太子の阿斗を連れ出し荊州と交換する人質にしようともくろんだ。


「阿斗や、おばあさまに会いに行きますよ。こちらにいらっしゃい」

 いつになく優しい口調で仁茗が呼びかけてきた。めったに声をかけられないが、阿斗は仁茗が嫌いではなかった。華やかな姿で薙刀を振るう姿は、踊りを見ているようで楽しかった。

「はい」

と返事をして抱かれた。仁茗に抱かれたのは初めてだった。

 仁茗は阿斗を肩掛の下に隠し馬に乗り、いつもの遠乗りのように腰元達と門を出て行った。子龍は調錬場からそれを見て違和感を覚えた。馬の足取りが皆、重そうなのだ。急いで奥殿に行き女官らに、

「何か変わりは無いか、すぐに調べよ」

と言い渡した。

 長坂坡以来、子龍は甘夫人に気に入られて奥向きを任されていた。甘夫人亡きあと劉備も子龍を用いた。

 間もなく、

「阿斗君がいらっしゃいませぬ」

と女官の叫び声が響いた。続いて、

「奥方様の品々が無くなっております」

という声もした。

 昨日、呉国太から使者が来ていた事を考えると、呉に帰るつもりだろうか。孫権は阿斗を利用出来ると考えているのだろうが、子龍は劉備が簡単に阿斗を捨てると知っている。

 子龍は焦り、孔明の元へ走った。

「奥方様が若君を連れ去った」

 孔明はこんな子龍の慌てぶりを初めて見た。立ち上がり子龍の肩に手を置いた。

「泊に早船がある。大丈夫だ。すぐに追いつけるだろう」

と言って微笑んだ。子龍は一息ついて、頷くと走って出て行った。孔明はすぐ、

「張翼徳将軍に陸から追わせよ。油江口ゆこうこうから遡るように」

と、馬謖に行かせた。

 子龍の慌てぶりに何かあったと察した兵達も数人船に乗り込んだ。赤壁で呉軍に対抗するには水練が欠かせないと学んだ劉軍は、すでに巧みに船を操れるようになっていた。

 間もなく前方に呉の船を見つけた。子龍は横に船を並ばせ、

「趙子龍である。船を止めよ」

と呼ばわった。すると船上の男が、

「何者も呉王の船は止められぬ」

と言い返した。子龍は長い涯角槍を渡し、ひらりと船に飛び移った。男は驚き剣の柄を握ったが、すでに槍の切先が喉元に当てられていた。

すると、

「私は母上が病と聞いて見舞いに行くだけです」

 船内から阿斗の手を引いて仁茗が出てきて言った。子龍は槍を収めて、

「呉国太様が御病気とあらば、わが君もお許しになりましょう。しかし、若君を連れて行かれては困ります。お返し下さい」

と、仁茗に向かって言った。仁茗が、

「阿斗はわたしの息子です。一介の将軍ごときが口を挟む事では……」

と言いかけた時、先程の男がさっと阿斗を抱き取り船首へ走った。子龍が追いかけようとしたが、

「寄るな」

と、阿斗を盾に剣を突き付け威嚇しながら、船の舳先まで後ずさりした。

「趙将軍、お引き取りを。さもなくば……」

と、阿斗の身体を川面に差しだした。仁茗が思わず、

「やめなさい、阿斗を殺してはだめ」

と叫ぶと、男は阿斗を船上に下ろしたがなおも子龍に、

「さあ、気が変わらぬ内に船を降りられよ」

と言ったかと思うと、突然どっと前に倒れた。

 男の首の後ろには槍が深く刺さっていた。阿斗は転がるように子龍めがけて駆けてきて、子龍は膝まづきしっかと抱きしめた。男の立っていた向こうには張飛の率いて来た三艘の船が並び、真ん中の船から張飛が飛び移ると呉の船がかしいだ。男の首から蛇矛を引き抜き、

「勝手は許さんぞ。兄者に申し開きできん」

と、大声で仁茗に言った。仁茗はうるさそうに顔をしかめて、

「わが子を何処へ連れて行こうが構わぬでしょう」

と言った。張飛は目を見開いて、

「わが子とは笑止。この若は生まれる前からわが甥子。呉に帰るならそなたは兄者の奥方ですらあるまい」

と言った。子龍は阿斗を抱いて立ち上がり、

「奥方様、今ならまだ荊州に戻れます」

と優しく言ったが、

「殿が直々に迎えに来られなければ、荊州には戻りません」

と、言いそっぽを向いた。子龍は張飛と顔を見合わせ、

「ならばここでお別れです」

と、阿斗を連れ張飛と共に呉の船を降りた。


 ともあれ阿斗を連れ帰り、孔明は一部始終を葭萌関の劉備に報告した。無論劉備は呉に対し、何の反応もしなかった。仁茗は劉備が迎えに来てくれると思っていたので後悔したが、もう二度と劉備には会えずいずれ自ら命を絶つことになる。


 仁茗が腰元達と呉に帰り、君主も不在の奥殿はいささか寂しくなった。阿斗も五歳になりやんちゃな年頃だ。長坂坡の記憶はさすがに無いが、船上で子龍に助けられた安心感は、おそらく生涯忘れないであろう。子守の目を盗んでは子龍の調錬場によく訪れた。

「皆、剣や槍で何をするのだ」

 子龍の膝の上で阿斗が訊いた。

「戦に備えているのです。敵が攻めてきたら戦わねばなりません」

 子龍は兵達を眺めながら答えた。

「あれで突いたら痛かろう。血が出るのではないか」

と眉をしかめて子龍を見た。子龍も阿斗を見た。

「若君は痛くありません。皆でお守り致しますから」

「でも皆は痛いのであろう。誰でも痛いのは嫌じゃろう」

 子龍は阿斗を理解した。この太子に戦はそぐわない。片腕で阿斗を抱き上げ立ち上がった。

「では、誰も痛い思いをせぬ様な国づくりを致しましょうや」

 そこへ高い童の声が聞こえてきた。

「待て、そっちへ行っちゃだめだ。だめだったら……」

 見ると四、五歳の阿斗と同じくらいの童が、柵をくぐり抜けこちらに駆けてきた。阿斗を抱き上げている子龍の後ろにまわり込んだ。その後ろからもう少し年長の童が追いかけてきたが、子龍を見て顔色を変えた。その場にひれ伏して、

「すみません。弟が……弟が御無礼を致しました。どうかお許し下さい」

 額を地面にこすり付けて言った。今迄遊びのつもりで兄を翻弄していたのだろう。弟は兄の様子にぽかんとしていた。

 子龍が阿斗をそっと下ろし、言葉を掛けようとしたが、その前に阿斗は兄の前にしゃがんで言った。

「やめよ。顔が土だらけだぞ」

 兄は思わず顔を上げ阿斗を見た。阿斗は袖で顔に付いた土を払ってやりながら、

「われも汚して女官に叱られる。女官は時に恐ろしいぞ」

と言ってにっこりした。

 子龍は弟の手を取り、兄を立たせ弟の手を握らせた。

「兄の手を離してはならぬぞ。言うことをよく聞いて仲良くするのだ」

と言ってきかせた。弟は大きく頷いた。

 またよたよたと駆け寄って来たのは、厨の老人であった。

「おお、これは子龍将軍に若君、この者らに何か無礼がございましたか……」

 息も絶え絶えに訊いた。

「心配無用。遊んでいて迷い込んだだけだ。それより、この童らはあなたの身内か」

 怯えながらも言葉正して詫びた兄の様子には武者の気配があった。

「いいえ。この者らは長坂で民の警護をしていた兵士の遺児でございます。母も病死し、身寄りが無いので厨に置いて、出来る手伝いをさせているのです」

と老人が答えた。その間、阿斗と弟はすぐに打ち解け、走ったり、はしゃいだりを始めていた。子龍はおろおろしている兄にむかって、

「そなたは父を覚えているか」

と訊いた。兄は顔を引き締めた。

「はい。父上は強くて優しいお方でした」

 子龍は重ねて訊いた。

「父のようになりたいか」

「はい。強くて優しい武者になって、わが君のお役に立ちとうございます」

と返ってきた。


「そうですか。良い事と思います」

 子龍はあの兄弟を養子にしたいと、孔明に打ち明けた。

 寝台に寄り添って、お茶を飲んでいる。湯呑の湯気を見ながら、子龍がそっと言った。

「あなた方兄弟の事を思い出しました。しっかり者の兄がけなげでいじらしかったな」

「わたしはもうけなげでもいじらしくもないですが」

と言って孔明は子龍の肩に頭を乗せた。

「あなたの心を受け継ぐ二人の童に名を送りましょう。兄に趙統、弟に趙広。いかがですか」

 その時初めて子龍は、孔明が自分の出自を知っていた事に驚いた。統は亡き兄の名、広は兄の子の名である。

「なぜ……」

 孔明はそのまま穏やかに言った。

「夏侯蘭からあなたの話を訊き出し、元直(徐庶)に調べてもらったのです。趙王の記述が漢室の史記にあったそうです。あなたは七年王位にいてわが君に仕える為に甥に後を託してきたのでしょう」

子龍はふっと笑って、

「あなたにはすべてお見通しなのですね。その名をありがたく頂戴致します」

といった。


 統と広は劉備にも許され、しばらくは阿斗の側付きとなり奥殿で共に養育される事になった。いずれ阿斗を守る将になる。


二一三年

 劉備が葭萌関に構えて三年が過ぎた。張魯がくれば追い払っていたが、劉璋は次第に劉備を軽んじ始め、兵糧も滞りがちになってきた。劉備もさすがに不満に思い、龐統の進言を入れ成都せいと(益州の首都)に進軍することにした。

 だが、まだ劉璋を討つ程の心構えは無く、ただ待遇の悪さを訴え牽制する為だった。孔明は龐統が何か策を講じると思ってはいた。だがそれは孔明に予想出来ないものだった。


 星降る夏の夜、子龍は長江を望む崖の上に向かった。何故か心がざわついて落ち着かないので、夕涼みに来たのだ。崖の上に見知った影を見つけた。

「孔明……」

 子龍の声に気付いたようだが振り向かない。子龍は横に並び顔を見た。泣いていた。

 孔明は目を閉じて言った。

「士元が死んでしまった」

 子龍ははっとした。


 出陣の前に、龐統は子龍に言った。

「おぬしやわが君に出会えて、わしは幸せだ。こんなに幸せでいいのかと思うのだ」

 壮行の席で酒も入っていた。子龍には周瑜を思って出た言葉に聞こえた。

 

「わが君は一気に成都に向かうのをためらわれ、雒城らくじょうへ行こうとし、そこへ向かう道中士元は谷間に入る前、的盧を借り先陣を買って出たのだ。崖の上にはわが君を恐れた劉璋が配した伏兵がいて、士元をわが君と思い矢をかけた。魏延が防ぎわが君は無事だったが、士元には無数の矢が突き刺さり亡骸はその谷、落鳳坡らくほうはに置いていくしかなかったそうだ」

と言って孔明は涙をぬぐった。

「落鳳坡……鳳凰が落ちるところ……まさか」

 子龍は胸が締め付けられた。孔明は頷いた。

「死に場所を決めたのだ。これでわが君も覚悟を決められよう。忠臣の命と引き換えの願いを無下には出来まい」

 孔明が目を開けた時、今度は子龍が泣いていた。

「士元殿は、時を待っていたのか……周瑜の元へ逝く時を」

 悲しくて止めど無く涙が落ちる。孔明は子龍の背を優しくさすった。

「周瑜の毒を吐きだす事は出来なかったのだ。……それでも自分の命を最大限に生かし、死してわが君の恩に報いた。見事な最期だ」

 子龍が泣き終えるまで、孔明はずっと背をさすり続けた。


 劉備は龐統の意思を理解し益州攻めを決意、孔明を召喚した。

 孔明は張飛と子龍を派兵することにし、荊州を関羽に任せるしかなかった。関羽の名声と威力があれば、魏と呉を押さえられる。だが一つ不安があった。

 劉備と長く離れていると、不安定になることだ。それは、関羽だけではなく、張飛も仁茗もそうだった。劉備は周囲に暖かい日差しを注ぐが、それの届かぬ所に行ってしまうと、より寒さが身に凍みて心の影を浮き彫りにしてしまうようだった。

「北は曹操を防ぎ、東は孫権と和合して下さい。髭殿の威厳を持ってすれば容易たやすい事と思います」

と孔明は関羽に言った。すると殊勝にも、

「死んでも荊州を守り抜く所存」

と答えたが、孔明の不安は拭えなかった。馬良を付けてよく報告するように言い渡した。

 いよいよ出陣する。張飛、子龍には別道を通らせ、道々の城を下らせながら合流するという合理的な策で、成都を外から攻略しにかかった。


二一四年

 ここに別の馬一族がいる。一族と言っても残っているのは二人だけだ。馬超ばちょう(孟起もうき)と馬岱ばたい文起ぶんき)である。従兄弟同志だった。

 「孟起、どうかしているぞ。三日も張飛と討ちあい死ぬつもりか」

と戻ってきた馬超に向かって、馬岱が言った。馬超は虎の頭をかたどった兜を取りながら、

「それもいいが、どうせなら関羽や趙雲ともやりたいものだな、はははっ」

と笑った。

 馬超は漢族の馬謄ばとうきょう族の母を持つ混血で、周瑜にも劣らぬ美しい容姿をしている。生来明るい性格で、一族の長子として皆に可愛がられた。

 馬岱は早くに父を亡くし、叔父の馬謄の元で馬超と共に育った。馬岱の方が年上だが、一族の長として馬超を立てて従った。何より、この美しく真っすぐな従兄弟が好きだった。

 この時馬超らは曹操にさんざん大敗したあげく漢中の張魯に身を寄せていて、葭萌関の劉備を討つように張魯に命じられていた。馬超は張飛との立ち合いに夢中になり、三日も経っていた。

「張魯が撤退しろと言ってきている。引かねば謀反ととらえると」

と、馬岱が言った。馬超は水を飲むのをやめ、

「謀反など……何なんだ急に。訳が判らん。葭萌関を攻めろと言ったのは、張魯だろう」

と憤った。

「たとえ言う通りにして漢中に帰っても無事でいられるかどうか。何かありそうだ」

と、馬岱が言う。

「……もう嘘や策略はたくさんだ」

 馬超は呟いた。そして声を大きくして、

「文起、おまえは今夜のうちに逃げてくれ。俺は明日張飛とやってけりを付ける。曹操を討てなかった事が心残りだが、張飛という英雄に討たれれば本望だ」

 これが今の馬超の本心だった。曹操に父も弟達も同志も妻子まで殺された。頼りにしていた父の義兄弟、韓遂かんすいとも曹操の計略によって信頼を失った。復讐を誓い何とか生きてきたが、それを成し得たとしても失った者は帰って来ない。馬超は今になって深く後悔していた。思うまま向こう見ずに戦ってきた自分こそが、一族を滅亡させたと気付いたのだ。死んでも良かった。むしろ死を望んでいたが、ずっと側にいて支えてくれた馬岱を一人に残せなかった。

 張飛と討ちあっている間は何も考えなくて良かった。強いから思い切り討ちあえる。くたくたになるまで討ちあえば、夢を見なくて済む。


―――雪の上で寝ていると、唸りながらたくさんの虎が寄ってきて馬超の身を食らい始める。転がりながら逃げ惑い、辺りを見れば父や一族の食いつくされた亡きがらが雪を赤く染めている。何とか虎を振り切り逃げる。息を切らして辿り着いた所には、自分の居城があった。しかし門は固く閉ざされ城壁は果てしなく続いている。

 その城壁の上から何かが投げられた。足元に転がって来たのは、血まみれの妻と三人の子の首だった。悪夢ではない。妻子はそのように殺されたのだ。―――


 そこへ伝令が駆けてきた。

「劉備から使者が来ました」

 二人は顔を見合わせた。馬岱は頷いて、

「取りあえず話を聞いてみよう」

と言った。馬超も頷いた。

 入って来たのは背の高い仙人のような男だった。手には羽扇を持っている。

「劉公の下に仕えております。諸葛孔明と申します。御相談があって参りました」

二人は驚いて立ち上がった。今や孔明の名を知らぬ者はいない。

「軍師自ら……」

と、馬岱が思わず言った。孔明は軽く頷き、

「張飛もそろそろ根を上げています。もうすぐ趙雲が来るでしょうから、それまで停戦しませんか」

と言った。二人はぽかんとしたが、すぐに馬超が、

「そいつは結構。趙雲を待とうじゃないか」

と言った。すると馬岱が小声で、

「何を言ってる。張魯が何とするか」

と言ったが、馬超は、

「構うものか」

と突っぱねる。その様子に孔明が、

「劉公に帰順なされば、趙雲といつでも手合わせ出来ますよ。趙雲もぜひ、きん馬超と交えたいはずです。いかがか」

と言った。そして懐から竹簡を取りだすと、馬超に差し出した。

「わが君からです」

 馬超は眉を寄せながらも受け取って読んだ。

『あなたの勇猛な戦いぶりに感服し、ぜひ我が軍に迎えたく、張魯に策を用いました。益州を分割し財宝を山分けにしようと持ちかけたのです。張魯は金品・高位に目が眩み、あなたを捕え引き渡すと言ってきました。そのような者に従うべきではありません。たとえ我が軍に下らなくても、張魯などの為に働いてはならないのです。

 あなたが張魯以外の処へ行くのなら、退路を確保しましょう。だが、もし我が軍に来て頂けるのなら、二度と惨めな思いはさせません。

 曹操を討つ同志として、共に世に義と正道を示しましょう』

 馬超は上を向いて馬岱に竹簡を渡した。馬岱は一読して馬超を見た。涙が頬を伝っていた。

「いいか」

と、馬超が頬をこすって問うた。

「いいさ。おまえが生きていける処があるなら、わたしは付いていくだけだ」

 馬岱はそう言って笑ってみせた。

 孔明が言った。

「わが君がお待ちです。参りましょう」


 馬超は劉備に目通りし、初めて君主の風格が何たるかを知った。決して威圧的では無く、柔らかな眼差しに心が安らいだ。仕えるべき主をやっと得られたのだ。

 さっそく成都に進軍すべく、子龍・黄忠が下した綿竹城めんちくじょうへ入城した。出陣前に挨拶代りのささやかな酒席が設けられた。子龍は馬超と隣合わせに座った。初めての対面である。

「翼徳殿と三日に渡り戦われたとか。いずれわたしもお手合わせ願いたい」

と、子龍が微笑んで言った。

 馬超は盃を一息で空けると、

「味方同士となれば、怪我をさせてもいけません。翼徳殿ほどの腕がおありか」

と言って、にやっと笑った。子龍は馬超に目を合わせ、

「さて……それは判りませんが、わたしの身体には長坂で受けた矢傷が一つだけ。怪我の心配は無用かと思う」

と、同じように笑った。

 そこへ伝令が走り込んで来た。劉備の左右に並ぶ諸将の前で膝を付いた。

「報告します。ただ今劉璋配下の劉晙りゅうしゅん馬漢ばかんがこちらに向かって出撃してきております」

少しざわついたが、すぐに子龍が立ち、

「綿竹城の守りはわたしが仰せつかっております。まだ酒も口にしておりませんので参ります」

と言った。孔明は劉備を見て頷いて、

「では趙将軍、行かれよ」

と言った。子龍はその場で礼をしながら馬超に、

「すぐに戻るので席を空けておいて下さい」

と言って、出て行った。馬超は再び盃をあけて、

「お手並み拝見」

と、呟いた。


 子龍はほんの五十人程の精鋭を連れ出て行くと、

「我は趙子龍。綿竹城はすでに落ちている。無駄な戦いは止め、帰順されたし」

と、問いかけた。しかし劉晙は

「相手にとって不足はない」

と言って、一騎まっしぐらに突進してきた。子龍はやむなく白竜を走らせ、あっと言う間に討ち取った。それを見た馬漢、

「突撃せよ」

と号令をかけたが、付いて来たのはわずかな騎兵だけだった。皆、子龍の早技に恐れをなしていた。馬漢は将軍として引くに引けず、ままよと子龍に向かって来た。子龍はこれも定めと一刀両断に斬り捨てた。もう後に続く者は無く、五千の兵が膝を折り帰順した。


 綿竹城では孔明以外、まだ誰も子龍の事を気にかけてはいなかった。これから本腰を入れて呑もうかという空気だった。

「趙将軍がお戻りです」

と、伝令が声を張った。あまりに早い帰城に座が静まりかえった。子龍は二つの首級の包みを片手に下げ、酒席の将の間をつかつかと劉備の前に進み出た。首級をそっと置き、膝まづいて言った。

「帰順を促すも応じず向かってきましたので討ち取りました。劉晙、馬漢でございます。後の兵は帰順致しましたので、五千を連れ帰りました」

 劉備はさほど驚いたようでもなく、

「立派であった。誰かこの二将をねんごろに弔ってやりなさい」

と言うと、側仕えの者がさっと首級を持ち出した。劉備は子龍に笑いかけ、

「喉が渇いたであろう。もう存分にうるおしなさい」

と言った。子龍が、

「はい」

と言って馬超の隣に座った時には、すでに元の酒宴の賑わいが戻っていた。

 馬超は子龍に向かうと改めて礼をした。

「お見それした。長坂の武勇は半信半疑だったのだ。申し訳ない」

と、素直に詫びを入れた。そのすがすがしい態度が子龍には好ましかった。馬超に酒を注ぎながら、

「孟起殿は酒が強いのだな。じつはわたしは弱くて、いつも酒席には側に水の銚子を置いているのだ」

と目配せした。馬超は子龍が見た銚子を持ち子龍の盃に注いだ。

「そなたのような武将にも苦手はあるものなのだな」

と、笑った。その日のうちに二人は旧知の仲のように打ち解けた。


 そして次の日、馬超は劉備に言った。

「昨日は子龍殿に教えられました。犠牲を少なくして勝利するには、この馬超が劉璋を囲み降伏を呼び掛けるのがよろしいかと思います。劉璋はわたしを虎のように恐れておりますので」

 孔明は劉備を見た。

「良い心がけだ。わたしも季玉(劉璋)殿を討ちたくはない。頼むぞ、孟起」

 劉備はそう言って馬超を向かわせた。

 もちろん孔明に抜かりは無く、馬超の後方には劉備の本陣を置き、さらに左右は張飛と子龍に固めさせた。威圧の意味では無く、劉璋の威厳を損なわないように名将を並べたのである。馬超は使者をたて劉璋の説得に当たった。忠臣の中には徹底抗戦を望む声も上がったが、劉璋は降伏を決意した。二十年間治めて来た益州(成都)を戦場としなかった事は、劉璋が益州牧として行った最良の決断だったろう。

 劉備は龐統という大きな犠牲をはらい、やっと益州を得てしょくを建国した。

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