大弥奔帝國だいやほんていこく永久京都とわきょうと天上区に夜はない。もう数百年もの間、絶えずに輝く不夜城だという。そんな街をぐるりと囲む高い高い壁沿いの、東の端の一軒家がカサマシの住処であった。小さな部屋の中で、本と紙とが積み重なっている隙間に座り、文字を書くのが仕事である。爆発的に売れているでもなければ、食うに困るほど仕事が無いでもない。知られている、と言うのが世間の評価だ。

 また、彼には趣味があった。座敷屋という巨大な遊郭で、『クグメ』と呼ばれる娼婦を買っては、酒をやりながら一晩遊ぶのを長く繰り返している。それも、取材と嘯いて数回に一度は経費で落とすというケチな男である。


 ある日、家まで原稿を取りに来た醍醐夕雁だいごゆうがなる青年が、次の書き物のネタにでもと提案したその時から、この趣味は少しばかり変化する事となる。

「カサマシ先生、座敷屋へ、幻燈を観に行きましょう」

「突然なんだ、醍醐。らしくないじゃねえか。お前、女遊びなんてからきしみたいな顔をして、案外だな」

「いえいえ、私自身はまだ、あそこは、話に聞いたくらいしか……それでですね、その幻燈というのが、聞いたところによると、随分と悪趣味なものらしくてですね」

「それで、悪趣味なおれに紹介してみたってか。いいだろう。受けて立ったらあ」

さすが、と指先だけのいやらしい拍手をした後、醍醐は胸元から端末を取り出し、背中を丸めて電話を掛け始めた。カサマシはその様子を横目に見ながら、座敷屋の光景を思い浮かべる。

 座敷屋は遊郭のふうをしているが、見世物小屋としての一面もある。カサマシは大抵、吹き抜けの構造をしている建物の、二階入り口に立ち塞がる番台でその日にいるクグメを尋ね、買って、その部屋に入るだけであったが、そこから少し見える一階のからはいつでも、人のなきごえと、やんややんやの大喝采が聞こえていた。大方あの辺りの事だろう、と予想している。悪趣味の展示会のようなものだ。

「先生、今晩の二十二時です」

ぴ、と電話を切った醍醐は、やや興奮した口調でそう告げた。

「随分といきなりだな」

「それが、中々人気のクグメのようで。なんでも、相当な年寄りで、年に数回しか出来ないとか」

「へえ、益々気味の悪い。楽しみにしてるぜ」


 予定の時刻より半刻程早く着いたカサマシと醍醐は、番台で受付を済ませ催事場へと降りて行った。一階に下りるのは初めてだったが、なるほど、建物中に焚かれた香の匂い、よりも更に強く臭っていた。どんよりと甘い臭いは、そこら中に展示されている裸の男や女や、小さな子供から発せられたものだった。

「大丈夫か」

「はい、いえ……嘗めてました……」

既に醍醐は死にそうな顔になっている。端に待たせて、何か飲み物でもないかと辺りを見回すと〈酒呑童子〉と腹に書かれた子供が立っていた。

「水はあるかい」

子供はこくりと頷いた。袖を引かれて行った先には、同様に文字の書かれた女が数人、台の上で並んで股を開いていた。腹の中に水風船を幾つか貯えているらしい。そうじゃない、とカサマシが頭を抱えると、子供は残念そうに水道へ案内した。


 ややあって、入場開始の放送が鳴り響いた。やたらと重厚な、しかしよくよく見ると所々に粗の目立つゴチック造りのテナントに入り、席を確認すると、縦横十人程度の座席の殆どが埋まっている。後ろの三列は磨りガラスで目隠しがされていて、音だけを聴くことが出来るようだ。二人の予約した座席はちょうどその目隠しの手前、前から六番目の端だった。その場にいる老若男女全て、爛々とした目で何もない舞台を眺めている。

「醍醐、幻燈ってのは、歌か何かか?」

「まさか、この座敷屋で、そんな生ちょろい事だとお思いですか……いえ、秘密にしていた僕が良くない。先生、人殺しのショーです」

口元をハンケチで押さえながら続ける。

「僕は具合が悪いので、途中で席を立つかもしれませんが、堪忍してくださいね。先生もだめになったら、退場は自由だそうなので、外の世界で会いましょう。ここは特別イカレています」

「上等だ。イカレているのがカサマシヰバルの世評なんだ。おれは絶対に出て行かねえぞ。先に帰るんなら、番台にでも言付けておけよ」

じりりりと警報器のようなベルが喚いた。と、同時に部屋の電気がガタンと落ちて、スポットライトが右の端を照らした。


 盛大な拍手に出迎えられ舞台に出てきたのは、ぬらりと背の高い老人だった。その風貌も怪しく、恐らく男の様だが、シノア襟の白いドレスを着ている。髪は掠れた、金とも茶色とも付かない色で、お世辞にも綺麗とは言えない。舞台のめくりを己の手でばらりと捲ると、〈老人が若者を食う社会〉と書いてあった。

「やあやあ、お寒い中、ようこそお越し下さいました。こんばんは。やあやあ」

声は思ったよりも穏やかである。が、提げた鞄からは何やら金属の音が鳴り、また、舞台の袖からはくぐもった声が聞こえた。

「何やら本日は何処ぞの物書きさんがいらしているとお伺いしたので、をして参りました。もしも私の事について書く時には、頭に必ず『可愛らしいお嬢さんが』と付ける方が、きっと具合が良いでしょう。服だけならば、写真映えもしますから」

突然名指しをされたカサマシはぎくりとした。これは厄介だ、と思ったが、怖いもの見たさと持ち前の意地っ張りが作用して、かえって肝が据わった気分であった。その場で踏ん反り返り、老人を睨み付けると、はん、と鼻で笑う音が聞こえた。

「では早速取り掛かりましょうか。精々ちびらないように。おむつは穿いて来ましたか?嘔吐袋の準備は出来た?悪夢を見ないおまじないは?……それでは、世にも醜いフリィクスショー、どうぞごゆるりと、お過ごし下さいまし」

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