第4話 起源という名の即売会

 週末の事務局の時間を経験してしまうと、なかなか学校の退屈さが際だってしまう。

 孤立派である事を差し引いても、多分あれだけの刺激的な空間は学校では作れない気がする。

 一時期は知り合いが増えた事で登校へのモチベーションもそれなりに上がっていたものだが、慣れてしまった現在、結局学校にいる時間は適当に流すようになってしまった。終業し次第帰宅して録画しておいた深夜のアニメをチェックしたり、ベルトさんやのっちさん達に薦められた漫画を読んだりする事を最優先にして過ごしている。少しでも彼らと会話が出来るように、気に入った作品の制作者についてもスマホで調べられるだけ調べたりしている。

 少し調べ出すといろいろな事がどんどんわかってくるのが面白い。

 自分の好きな作品の監督が、子供の頃に好きだった作品に関わっていたとか、意外なキャラクター二人を同じ声優が演じていたとか、そういったつながりがどんどん増えていって、知れば知るほどきりがなくなってくる。

 これらの情報を全部覚えて会話の中で遅延なく出してくるあの人たちの知識量はどれだけのものなのだろうか。

 特に三条さんは同い年なのに、年上の人たちが見ている作品についても造詣が深く、普通に会話に混じっている。わからないジャンルなんてないんじゃないかというほど、どんな話題でもついていけるのは凄い。

 そこまでいけるかどうかはともかく、知識を増やしていく事そのものが案外楽しいので、しばらく続けていこうと思う。

 そんな日常を送っているうちにあっという間にゼストオリジンの日がやってきた。

 しかしよく考えたらこのイベントは創作ジャンルオンリーだから今日まで覚えてきた知識はほとんど役に立たないのではないだろうか、と気づいたのはもう会場入り口が見えてきた頃だった。

「おはようございます。早かったですね」

 会場入り口には、言われていた通り黒埼さんが待っていた。いつもの凜々しいスーツ姿だ。隠しきれない豊満な胸部も相変わらずだ。事務局ではわりとラフな服装が多いのであまり気にならないのだが、整ったスーツが描く、腰できゅっと収束する、本来ありえない曲線の方が、その存在感をいやでもマシマシにしてくれているように思う。

 単純に自分がそういう趣味なのかもしれない。

 うん、あまりこの件は考えないようにしないと事務局にいるとき一人で気まずくなってしまいそうだ。やめよう。

 胸はともかくやっぱり事務局とは少し纏っている空気が違う気がする。もう慣れたけど、最初の頃はこのモードの時はちょっと話しにくかったもんな。

「徒歩ですから、ちょっと余裕を持っておこうかと思って」

「それは良い心がけですね。そらちゃんにも聞かせてあげたいものです」

「あれ、まさか今日も……?」

「ええ……。無理矢理起こして着替えさせましたが……」

「ああ……、お疲れ様です」

 入口の周りには他のスタッフは誰もおらず、タクシーが一台停まっているだけ。集合時間はもう少しあととはいえ、そんなにギリギリで大丈夫なのだろうか。

「スタッフはみんな搬入用の入口に集まっているんですよ。ちょっとわかりにくいので、ここで待ち合わせたんです」

 あまりに僕が不安そうにキョロキョロしていたのに気付いて説明してくれた。こういう時の黒埼さんのフォローは物凄く早くて助かっているが、これは彼女がよく気付いてくれているのか、僕があまりに挙動不審すぎるのか。

「それじゃ、こちらに来て下さい」

 言われるままについていくと、入口を無視してそのまま壁沿いに歩き出し、駐車場のロータリーも超えて小さな駐車場のあるスペースに到着した。

「おはよー!」

 到着するなりのっちさんに挨拶された。見ればスタッフが駐車場に停まっているワゴン車から荷物を取り出しているところだった。

 ベルトさんやベンツ先生、委託四天王といった、顔見知りになった人も大体いるし、それ以外にも何人かゼストで見たスタッフが手伝っている。

 うん、早く名前覚えるようにしよう。

「どこから会場入るんです?」

「会議室の搬入はこのドアから入るんだよー!」

 のっちさんがそういうと指差した所にあった白い壁が突然右に動き出し、奥に空間が出来た。中は数メートル四方の狭い部屋で、奥にも扉があるように見える。まるでダンジョンの隠しドアのようだったが、要するにエレベーターが外壁に直結した構造になっているようだった。

「かっこいいなこれ……」

「秘密基地の趣がありますな!」

「はいはい、荷物入れますよー!」

 今回のイベントの荷物は委託販売関連と、カタログや本部で必要な小物類がメイン。机や椅子、看板などの大きなものはほとんど会場にあるものを使うという事なので、荷物はワゴン車一台分と少ししかなく、エレベーターの往復も数回で終わった。

 会場となる会議室は絨毯が敷かれた床と高い天井が、さっきまでのエレベーターや通路とは違って格調高そうな雰囲気を醸し出している。ゼストの会場とは比べるまでもなく狭いが、それでも学校の教室だったら二つくらいは入りそうな広さがある。

 奥から出して来た机を、配られた図面にあわせて並べ、椅子を置く。スタッフの人数は少ないものの、机の数も少ないのでそれほど大変でもない。

 入口では黒埼さんと三条さんが受付周りの準備を行い、阿賀野先輩は音響の準備にかかっている。隣の部屋では委託コーナーを展開しているそうで、四天王は全員そちらで準備中。

 結果、この部屋はほとんどが男しかいない空間となってしまった。

 いや、うん、別にどうでもいいんだけど。

「いやーしかし、オリジンはコスプレがないのでカメラを持ってこなくて良いのは楽ですぞ」

 楽なのそこだけなんだろうか。

 そしてベルトさんは変身ベルトを今日も装着しているのだが、これはコスプレに入らないのだろうか。

「ん、我が輩のベルトのことでござるかな? ヒーローたるもの、常に備えなければならないのですぞ! まあ今回は平成ライダーの中でも初代のクワガーですからな、普通のベルトに見えない事もないですぞ?」

「えーっと、最近の奴から比べれば、ですけどね……」

「ちなみにこの頃のベルトは前半分が硬質の樹脂で半円状に固まっている構造なので改造には苦労したものですぞ……」

 ああ、やっぱりこれベルトさんの体型に合うように改造してるんだ。


 その後、チラシ配りなどの作業を経て会場内の準備はほぼ完了。一旦入口に集まり、この後の説明があった。

 オリジンはコスプレもなく、日中にやらなければならない作業がほとんどないため、大半のスタッフは一般参加者、またはサークル参加者とほぼ同じように過ごせるらしい。時折委託四天王や受付の交代を要求される事があるくらいなので、その辺となると僕はほぼ戦力外。会場をブラブラして同人誌を読んでみたりしようと思う。

「鳥屋野くんは、これが初めての同人誌との出会いになるのかな」

「そうかもね。色々見てみるよ」

「今日置いてある同人誌は、どれも作者のオリジナルだからね。気に入るものがあるといいね」

「うん、楽しみだ」

 どんなものが読めるのか、全く見当もつかないが、せめて一冊くらいは買ってみたい。

「あ、そういえばオリジンはもうひとつ大きな企画があるんで、その辺も手伝ってもらうからね」

「ああ、どんな企画? すぐにやるの?」

「もうすぐ来るよ」

 来る?

 ゆるキャラ祭りでもやるのかと思ったら、三条さんが指差した先に居たのは一人の女性だった。女性というか、女の子だった。

 身長百四十センチくらいの小柄な体格で、着物姿で大きな旅行鞄を引っ張りながらやってくるその姿は、鞄の大きさと相俟って実にミスマッチな光景だ。家出少女のように見えなくもないが、衣装が着物なのが違和感を増大させる。

「待たせたね、そら」

「おはようございます、先生!」

 三条さんが敬語な上に先生と呼ぶ。という事はきっと凄い人なんだろう。

 見た目は小さな少女だが、その雰囲気は年相応に見えない。川口さんも年上には見えない外見の持主だが、この人はさらに小さく、そしてさらに年齢不詳だ。

「鳥屋野くん、こちらが加賀先生。ワークショップの講師を担当してくださっているの」

「あ、は、はじめまして。鳥屋野です」

「ああ、貴方が。そらから聞き及んでおる。よろしくの」

「加賀先生はプロの漫画家さんで、今は大学の講師もされてるのよ」

「へぇー大が……え? 大学?」

「そう。京都の大学で漫画の描き方を教えてらっしゃるの」

「まあ、たまたま暇だっただけじゃて」

 そんな凄い人がなぜこんな田舎で漫画を教えてくれるんだろうか。というか、義務教育を受けてる最中くらいの外見の人が大学の講義で教えているというのだろうか。ちょっと見てみたい。

「そらのお父上には大変世話になったのでな。頼まれたら断れんのじゃ。全く、人使いの荒さは血を争えんわい」

「いつも頼りにしてますからっ!」

「まあ、こんな可愛らしい娘に頼られたら、頑張ろうというもんじゃ」

 そう言いつつも優しく三条さんに微笑む姿は、まるで母親のような慈愛を感じる。三条さんとの身長差は二十センチくらいあるのだが、それでも母親……ともすればおばあちゃんくらいの貫禄がある。たぶん、今それを口に出したら僕は生命活動を突然停止させられるだろうが。

 しかし、実際この方はおいくつなのだろうか……。

「あ、ワークショップっていうのはね、ゼストオリジンの目玉企画なの。参加者が当日持ち込んだネームとか原稿とかをここで直接見て添削してくれるのよ」

 プロの先生、それも大学で講師をしているような人に直接見てもらえるというのは、多分漫画を描いている人にとってみればかなり凄い事なんじゃないだろうか。こんな地の果てでは、そういった機会は普通はないし、見てもらいに行こうとすれば時間もお金もかなりかかる。

「直接見てくれるっていうのは凄いね」

「そうなの。東京の本家オリジンは講義だけで終わっちゃうから、添削はここだけしかやってないのよ。まあ、人が少ないからやれるんだけど」

 ちなみにネームというのは漫画を実際に描く前に別な紙やノートに描く、下書きのさらに下書きのようなもの、だそうだ。同じ絵をそう何度も描いてて飽きないもんだろうか。

「このワークショップ目当てに東京とか県外からも参加者が来てるくらいなんだから」

「まあな、儂に出来る手伝いといったらそれくらいのもんじゃからな」

 加賀先生はしばらく三条さんと話した後、そのまま会場へ入っていった。それ以外にも荷物の多い人が続けて会場に入ってくる。彼らがサークル参加者なのだろう。

 ゼストと違う所はいくつかあるが、一番大きな違いは、会場周辺に列がどこにもないところだ。入り口の前に本部受付が設置されているが、サークル入り口と一般入り口は区別されておらず、このエントランスにも特にたくさんの人が開場を待ち構えている様子もない。

「ゼストと違って、列とかないんだねえ」

「そうね。スペースも少ないけど、一般参加者もそんなに多いわけじゃないわ」

「それなら、ゼストだけでいいんじゃないの?」

「そうかもね。でも、オリジンを続ける意義っていうのも、多分あると思ってるんだ」

「意義?」

「うん。別にジャンルの価値に差を付ける気はないけど、創作は、数ある中ジャンルの中でも根源とも言えるのよね。だから、時流とか流行に流されないように、地方でもちゃんと守るべきなんじゃないかなって思うの」

 大昔、小説や俳句の表現者達がその作品の発表の場を求め、自費出版を行ったのがはじまりと言われている同人誌だが、漫画でも同様で、プロを目指す若手が集まって作っていたという。

 当然、その時の漫画は二次創作ではなく、作者のオリジナル作品。そういった経緯があるため、そもそも同人誌といえば創作同人誌を指すものだという人もいるそうで、なるほど根源たるジャンルというのもそれほど大げさなものではないようだ。

「衰退しないように保護する事が即売会の役割の一つ、って感じなのかな」

「わたし達はそう思って活動しているわ。大げさかもしれないけど、きっと必要なことだと思ってる。同人も大事な漫画文化の一つだから、誰かが続けていくべきだと思ってる。……変かな?」

 話が大きくなってしまったのでちょっと恥ずかしくなったのか、自信なさげに聞いてくるが、こんな凄い事をしているのに恥ずかしがってはいけないと思う。他に誰もやらない事を継続していくというのはきっと凄いエネルギーと信念が必要だ。そしてそれは三条さんは両方とも、十分すぎるほど持っている要素だろう。

「全然変じゃない。改めてすげえって思った。三条さんも、ゼストも」

「いや、そんな、すごくはないけど……」

「僕、今までそんなに真剣に何かやった事ってあんまりないから、皆が本当に真剣にいろんなものに向き合ってるの見て、本気ですげえって思ったんだ。僕も、何か出来ることないかなってちょっと思ってる」

「鳥屋野くん……」

 やばい、僕今ちょっと格好良い事言ったかもしれない。

 三条さんの視線がちょっとだけ優しくなったような気がする。惚れるか。僕の時代来るか。

「今度パソコン覚えようねっ!」

 来なかった。

 そういえばこの笑顔は僕に仕事をさせる時の笑顔だ。

「そらちゃん、そろそろ開場時間ですので、お願いしますね」

「あ、はーい!」

 三条さんは阿賀野先輩からマイクを渡され、開場の挨拶をはじめた。ゼストの時と違ってテンションはあまり上げずに、場内アナウンスのような落ち着いたしゃべり方だった。相変わらず上手な喋りだ。

「それでは、ゼストオリジン、開催いたします!」

 会場内から拍手がおこる。

 ゼストの時とは比べものにならないレベルの音量。開場と同時に入る一般参加者の列もほとんどないに等しい。コスプレもないので会場の華やかさも全然ない。

 しかし、これこそが、この会場で誰かの作った漫画を読むだけの空間こそが、もともとの同人誌即売会の姿なのかもしれない、というのは大げさか。見たことないしな。

「あ! おはようー!」

「遅れてしまって申し訳ないわ……」

「ううん、いつも来てくれてありがとう!」

 きれいな女性二人組が三条さんと挨拶をかわしている。どこかで見たことがあるような気がするんだが、どこでだろう。前回のゼストでもほとんど人とは会っていないし。

「とりあえずスペースの準備してきますわね」

「行ってらっしゃい」

 手を振って二人を見送るので、とりあえず一緒になって会釈しておいたが、誰だかまだ思い出せない。そんなに女性と知り合う機会なんてないんだけどな。

「ごめん、あの二人どなただっけ……」

「気付かなかった? 高田姉妹よ」

 あ。

 私服姿の印象が薄くてわからなかった……。一応、ゼストの撤収後に見てるはずなんだけど。

 二人とも私服もそれなりに露出のあるドレスで、テレビでよく見るセレブっぽい衣装というか、どことなくコスプレっぽく感じてしまう。

「あの二人って、同人誌出してたんだ」

「そうよ。東京でも名の知れた大手さんなんだから」

「そんな人がなぜこんな田舎で……」

「そりゃあ、地元だもの。出るでしょ」

 そういうもんなのか。東京で有名になってるなら、わざわざ地元で活動する必要はもうないんじゃないだろうかって思ってしまうんだが、そういうものでもないらしい。三条さんが言っていた、地方の創作ジャンルを守ろうという信念に賛同してくれているのかもしれない。

「じゃ、ちょっと会場の中見てきていい?」

「うん、行ってらっしゃい」


 三条さんや黒埼さんらに見送られて、オリジン会場に入った。

 会場内は、入っていく数を見ていたので予想通りではあるが、人は多くない。百近いスペースの中でも、一般参加者が立っているのはあまりおらず、ゼストから考えるとかなり寂しい。

 もっとも、人は少ないものの、参加している人は実に楽しそうにサークル参加者の人と話したりしているので、暗いというような印象はない。

 回ってみると、漫画以外のものを置いてあるところが意外と多い。二次創作ではないもの、という括りを考えれば、確かに漫画でなければならないという縛りはどこにもない。小説やイラスト集を出しているところもあったし、評論なんてのもあって、これが意外と多い。

 評論というのは、たとえば自分が観た映画の評論をまとめて本にしていたり、オリジナルの料理のレシピをまとめていたり、ミリタリー系の兵器をまとめたりと、様々なものを批評したり、感想を書いたりするようなものを指すらしい。僕が興味を持ったのは、実在するおかしな形状の銃を集めた本だった。まさかゲームで見たことのある「剣と合体した銃」が実在するとは思わなかった。装填数は一発だけで、剣が当たると本人の意思にかかわらず暴発する事があるという、ゲームで見た格好良さとは全く違う意味で恐ろしい銃だった。

 他にもたくさんの奇妙な銃の情報が満載で、大変面白かったのだけど、あんまり立ち読みしているのも悪いので、意を決して買うことにした。

 本屋と違ってレジに置けば精算してくれるというものではない。ちゃんと声をかけなければ買えないので、ハードルは高い。知らない人に声をかけなければいけないというのがどれほど大変なことなのか、なかなか理解してもらえないのが残念だ。

 勇気をふりしぼり、相手の顔……の口元から顎にかけてをチラチラ見ながら、精一杯の声量で声をかける。

「あ、あの、これ、これを……」

「あ! ありがとうございます。四百円になります!」

「あ、じゃ、じゃあ、これで」

 もちろん用意周到な僕は、値札を見て財布からお金を出した状態で声をかけていたので瞬時にお金を渡し、立ち去ろうとしたのだが……。

「ありがとうございました! 銃とかお好きなんですか?」

 まさか声を掛けられるとは……ッ!

 そりゃあそうだよな。こんなマニアックな本買いたがる奴、銃とか好きに決まってるだろうし、どんな奴か聞いてみたくもなるよな。

「あ、え、えーっと、そん、詳しくはないですが……」

 うん、微妙に返答になってない感じな上に目が泳いだ。何も悪いことしてないのに何故だ。

 しかし相手はまるで気にせず、むしろ軽く微笑みながらも会話を続けてくれた。

「そんなに詳しい人じゃなくても、こういう変なものって面白いですよね」

「え、あぁ! そう、ですね。面白かったです」

 自分で変なものって言っちゃうんだな。しかし女性なのにこんな銃に詳しいというのはなんだか意外だなあ。

「実は私、とあるゲームで銃と剣が合体した武器が出てきたのを見て、あんなの実在するのかなって思って調べ始めたのがきっかけで……」

「ああ! それ! 多分同じゲーム好きです!」

「ああ、嬉しい! 凄く素敵でしたよね。今でも大好きなんですが、最近じゃ銃の方に目が行くようになっちゃいました」

 少し恥ずかしそうに、照れた笑いを見せてくれた。その後しばらくゲームの話をして盛り上がり、礼を言って立ち去った。

 マニアックな知識の持ち主も、出発点は案外そんな所からなんだなと思うと親近感が沸いてくる。知識の対象にも、それを描いた作者にも。

 初めて買った同人誌がまさか漫画でも小説でもなく銃の評論本というのは自分でも驚いたし、後で周りのスタッフにも驚かれたが、とても良い出会いだったと思う。

 いや、本との出会いですよ。

 その後、しばらく会場を回ってから、最後にあの二人のスペースに立ち寄ってみた。

「あら、いらっしゃい、鳥屋野くん」

「あ、ど、どうも」

「来て頂いて大変嬉しいんですけど……、ウチの本は鳥屋野くんにお見せするわけにはいきませんの……」

「え、ど、どうしてです?」

 とても困ったような顔をされた挙げ句僕には見せられないとか言われるとは思わなかった。ちなみに表紙はとても美しいイラストで、二人の青年男性が描かれていた。色も綺麗で、デザインも普通の漫画本のようにしっかりしているし、とてもうまいと思う。出来が悪いから、とかそういった謙遜なら全然気にしないのだけど……。

「私どもの本は、完全に女性向けに描かれたものでしてよ、鳥屋野くん」

 もうそこまで言えばわかってもらえるよね、とでも言いたげに、僕を見つめながら諭すように話しかけてくる姉。甘ったるい声と話し方は見た目にも負けない魅力を放ち、本とかどうでもいいのでしばらく滞在していたくなるくらいだけど、言われた事をちゃんと聞いて理解すれば、あまりこの辺にいるべきではないことは明白だ。

 彼女らの描く漫画は、男同士の恋愛、いわゆるBLの類いだ。男が見て面白がるタイプのものではない。実際に読んだことはもちろんないが。

 しかも表紙には十八歳未満の閲覧禁止マークがついている。もし僕が女性だったとしても、結局読めない。

「ああ、これはしょうがないですね……」

「ごめんなさいね。こればかりは私達もどうしようもないの。このジャンルしか置いてありませんし」

「いや、気にしないでください。失礼しました」

 あの二人とはもっと話をしていたい、というか声を聞いていたい気がするが、完全にお邪魔なので早めに退散した。買うわけでもない人間が真ん中にいたのでは販売の機会損失だ。

 しかし、最初に気付かなかった僕が言うのもなんだが、高田姉妹は私服でも変わらないんだな、というのを今日思い知った。まさかイベントでもない普段着までもがあんなドレスだとは思っていないが、気合い入れた服の時は、やはり自分たちのアイデンティティをしっかり自覚して、実行しているんだなあと思うとなんだかとても尊敬に近い感情が芽生える。

 平たく言うと二人の驚異的な胸囲についてはコスプレでなくてもいつでも遺憾なく発揮されているんだなという事ですよ。眼福。


 一通り回ってから受付に戻ると、スタッフが何人か集まって深刻そうな顔で何やら話をしている。中心にいるのは三条さんと加賀先生。そして黒埼さんやベンツ先生など、主要と思われるスタッフがほとんど集合しているようだ。

「あ、あの、どうしたんですか?」

「おお鳥屋野殿。少し問題が発生しましてな」

 これだけの面子が揃っている上に、三条さんまでもが曇った顔をしているのだから、結構な問題が発生している事は容易に想像出来る。

「加賀先生のご家族の方がお怪我をされたらしく、帰らなければならなくなりました……」

「ええっ?」

「いや、家のモンが事故に巻き込まれたそうでな、詐欺かと思ったが金は無心されなんだわ」

 意外と余裕あるな、とか一瞬思ったが、皆を心配させまいとして無理に笑っているのだろう。

「しかしまあ、さすがにそばにいてやらんと後で何かあった時に化けて出てこられても面倒じゃて、申し訳ないんじゃが今日だけは帰ろうかどうしようかと悩んでおったんじゃが」

「いやもう何言ってんですか帰りましょうよ帰らせますよ!」

 のんびりしたテンションとは正反対に三条さんは大変慌てた様子で、心無しか顔色も悪い気がする。とにかく一刻も早く帰ってもらいたい事は端から見ても十分伝わるが、加賀先生はそれを理解してなお、のんびりとした態度で居続ける。

「ワークショップがなあ……」

「何とかしますから! お願いだから帰りましょう!」

「なんじゃいそんなに儂を帰らせたいのかい」

「冗談言ってる場合じゃないでしょ!」

 急に三条さんが大きな声を上げてしまったので周囲もただならぬ雰囲気に気付いてしまった。遠くから伺う人、周囲のスタッフに声をかけてくる人、いろいろな反応だが、入り口周辺のサークル参加者も含めて、周りから注目を浴びてしまっている。

「家族は……ッ、家族はっ! 家族を大事にしないと……後でっ……」

 顔を真っ赤にして怒り出したのかと思ったが、話していく内にだんだん声量も減っていき、次第に涙を浮かべた表情に変化していった。話す言葉も嗚咽が混じりだして普通に喋れなくなってくる。

「会えなく……なるの……、なると……後悔……」

 涙をこぼしながら顔に手を当て、ぐしゃぐしゃになった顔を隠しながら懸命に話そうとするが言葉より嗚咽の比率が上回るようになって、そして、全て言い終われないまま膝から崩れ落ちてしまった。

 そういえば、三条さんのお父さんは亡くなったんだったか。

 いつ頃、どんな風に亡くなったのかはわからないが、彼女にとってはとにかく大事だったのだろうし、もしかしたら納得のいかない別れ方だったのかもしれない。長いつきあいじゃないとはいえ、彼女が人前で泣いたり落ち込む姿を見たことがなかった。珍しい姿に驚くと同時に、きっと彼女にとってこの事がどれほどのウェイトを示しているのかという事もなんとなく理解できた気がする。

 加賀先生は、崩れ落ち静かに泣く三条さんを優しく包むように抱きしめ、嗚咽がおさまるまでしばらくそのままの姿勢で背中をさすっていた。

 僕たちは何もなすすべもなく立ち尽くすしかなかった。黒埼さんやベンツ先生達は周囲の人に心配しないようにと声をかけたりして騒ぎが大きくならないようにしてくれていたが、僕はもう本当にただ見てるだけだった。

 やがて嗚咽もおさまり、気持ちも落ち着いてきた頃合いを見計らって、加賀先生は三条さんをゆっくりと立たせ、ハンカチを渡した。

 ハンカチで顔を覆った三条さんを改めて抱きしめる。立ち上がってしまうと体格差があるので加賀先生が抱きつくような感じになってしまうが、それでも母親が子を包み込む姿に映る。

「すまんかったな、そら。言葉に甘えさせて頂くことにするよ」

「はい……。そう、してください……」

「では、先生は我が輩が責任を持って駅までお送りいたしますぞ! ヒーローたるもの、要人警護くらい出来なくてはなりませんからな!」

 加賀先生は荷物をまとめてベルトさんと一緒に会場を後にした。いったん三条さんも顔を直すと言って化粧室に移動し、急ぎの用の無いスタッフはそのまま待つことにした。先生がいなくなった事は仕方が無いとして、ワークショップをどうするのかについては結論が出ていないままだからだ。

 代わりの企画を立てようといっても準備時間はほとんどない。

 スタッフの中でも色々と話は出るがなかなかまとまらない。

 僕は何が出来るのかがそもそもわからなくて話に加わりようがないので集団から離れ、ワークショップ会場になる予定になっていた委託販売会場に足を運んだ。それで何かが解決するとは思わないが、いても役に立つわけじゃないし、そもそも知り合いがいないから話に参加できない。

「あー鳥屋野くん! どうしたんすか?」

 委託販売会場には四天王が配置されていた。ゼストに比べて規模は小さいため、四人で十分回せると言われていた事もあってこれまで立ち寄らなかった。

 入ってみると、部屋の左側に並べられた机の上に整然と同人誌が並べられ、何人かの一般参加者が同人誌を手に取ったりして回っている。右側には四天王が二人並んで座り、一人、ピンク色の服を着た女子が入り口で案内として立っている。

「あ、どうも。えーと、豊栄さん」

「覚えててくれたんすね!」

 がんばりましたから。

 ちなみに座っている二人は松代さんと井随さん。二人で時折話しながら参加者との応対もこなしている。のっちさんは見当たらないようだ。

「のっちはお昼ご飯買いに行ってるっす! ……何か用事あった? さっきの騒ぎの?」

「あ、そうですね……。用事というか、ここがどんな感じなのか見てみたかったんだけど……」

 そろそろワークショップの準備が隅っこで行われているんじゃないかなー……と思ったんだけど……。

 ああ、本当に隅っこにいた。部屋の奥の方でなにやら機材と格闘している女子が見つかった。さっきの騒ぎでも姿を現さなかったからいるんじゃないかと思ったんだ。

「阿賀野先輩、すみません」

「ん……、ああ、なんだ鳥屋野くんか。どうした?」

「……先輩は、加賀先生の話聞いてました?」

「なにそれ」

「帰られました」

「なにそれ!」

 机の上に何かアームのようなものを設置したりして、こっちを見ずに返答してきたのだが、さすがに想定外すぎる内容に跳ね起きてこっちを睨んだ。僕を睨まれても困るが。

 睨まれながらも事の経緯を説明する。ただでさえ人と話すの得意じゃないのになんで睨まれながら話さなければならないのか。ちゃんと伝わるだろうか。

 話し終えると、ようやく視線を外して、軽くため息をついた。

「あー……、そういう流れならしょうがないか……。あの子そういうの駄目だしね」

「やっぱりそうなんですか」

「泣いてたでしょ。そういう話になっちゃうとまだ駄目だと思う」

「あのー、やっぱりお父さんの件ですか」

「そう。普段は全然平気だけど、思い出しちゃうとね。もう三年くらい前だけど、お父さんの死に目に会えなかったのは今でも後悔してるみたい」

「そんな事が……」

「んー、まあ、しょうがないかなー……」

 大きくため息をついて、持っていた工具を机に置く。ここまでどのような準備がされていたのかわからないが、この機材が無駄になってしまう事は多少なりともショックだろう。

「昼ご飯食べてくるわ」

 意外と平常心をお持ちで。

 昼ご飯といっても、もう一時間もしないうちに閉場となってワークショップの時間になってしまうのだが、大丈夫なのだろうか。そもそもこれ、なんなんだろうか。

「あのー、これって何なんですか?」

「あー、これはね、机の上の原稿用紙とかネームとかをカメラで撮って、プロジェクターで大写しするのよ」

 アームの先にビデオカメラが付けられて、その映像をパソコンに表示して、その画面をそのままプロジェクターに映す事で、机の上で絵を描いたり、添削する作品を皆にも見られるようにする、という事らしい。アームの調整や配線などをしかかっていた所だったそうだ。

「じゃあここで絵を描くと、画面にでっかく出るわけですね」

「そうだね。一端パソコン経由するようにしてるから、パワーポイント使ったりも出来るようにしてあるよ。したことないけど」

 そもそも、ワークショップの流れとしては、参加者の持ってきた作品を机の上において、それをスクリーンに大写しにして皆も見られる状態にして、加賀先生が添削をする、というものだそうだ。たまにその場で見本を描いたりもするので、ビデオカメラで流しっぱなしにするようになったらしい。

「あ、じゃあこれで、例えば机の上とか、パソコンで絵を描くとそのままスクリーンで表示されていくんですよね。昔テレビでそういうの見たことあるな。ライブなんとかって」

「ライブドローイングかな。普通は壁面に大きな絵を描く事が多いと思うけど、確かにこれならそれっぽい事も出来るだろうねえ。そういやそんなのやったことなかったな」

 とりあえず設定は大体終わってしまって、あとは机を片付けた後にプロジェクターの位置の調整くらいで済むようなので、使うかどうかはさておき、おおよそいつでも使える状態。

 そしてこの機材はまるごと阿賀野先輩が買って来て勝手に設置しはじめたのが始まりだそうだ。「他の参加者にも添削している作品が見えた方が良いでしょ」と何気なく言うが、一式でどれほどの金額になるのかはちょっと想像つかない。


 機材についてはなんとなくわかったので入り口の受付に戻ると、落ち着きを取り戻した三条さんが戻ってきてスタッフと話をしていた。結論はまだ出ていないようで、イベント時間を延長する派と代替企画に差し替える派、その企画に関しても具体的な案をどうするのかで意見がわかれていた。

 一番楽なのはこのまま即売会のイベントの開催時間をワークショップの時間まで延長してしまう事。しかし、楽だからという理由以外に何もない事から、スタッフではこの意見に賛成する人は少ない。

 代替企画は参加者に対して代替するほどのメリットがこの短時間で用意できるのかというところが焦点になっていて、なかなか良い意見が出てこない。

「そもそも設備も何もないんだから、今出来る事を再確認するところから始めましょ」

「あのー、その件なんだけど……」

「え、なんかあるの? どんな?」

 目を輝かせて聞かれるような事じゃないんだけどな……。なんで全員がこっち向いて同じような目で僕を見るのかな……。僕が発した言葉は「私に考えがある」とか「いいアイデアがあるんだけど」的な言葉じゃなかったよね? 質問かもしれないよね?

「いや、あの、ライブペイントってあるじゃない」

「うん、あるけど……?」

 うわあ、「お前は何を言っているんだ?」って顔してる。全員が。これが四面楚歌ってやつか。

「あ、あのさ、隣の機材でイラストの描き方みたいなのを大画面でやって、描き方を教えるみたいな奴やったら、一応教室っぽくはなるし、どうかなって……」

 現状の機材をそのまま使った教室っぽいものというと、もうそれくらいしか思い付かなかった。一部では軽く歓声が上がったものの、三条さんはまだ微妙な表情を崩さない。

「それを、誰がやるのかっていう事なんだけど」

「だよね……」

 今から先生を呼ぶ時間はないので、誰か参加者とかにプロの人がいたりしないかなって思ったんだけど、甘かっただろうか。

「それは、やはりそらちゃんがやるべきでしょうね」

「えっ?」

「そらちゃんが、この場合は一番適任です。それは、間違いありません」

 黒埼さんの意見に対し、驚いたのは僕と三条さんだけで、他の人はほとんどが普通に納得している。周囲を見渡し、完全にそういう流れになりつつあるのを見て、これが四面楚歌って奴かと呟いていた。

「うん、イラストの画面構成とか色彩設計とか、ちゃんと区切れば十分やれるんじゃないか」

「ソフトの使い方の小ネタなんかもあってもいいかもね」

「やってみる価値はありますぜ!」

「三条さんがやるなら私も見たい!」

 スタッフからも様々な意見が飛び出し、本人の困惑の表情をよそに話はどんどん進んでいく。

「やー、加賀先生無事に送り届けてまいりましたぞ!」

「あ、ベルトさん! ちょうど良いタイミングで帰って来て頂けました」

「お、我が輩に何か重要任務ですかな?」

「事務局に行って来て頂けますか?」

 戻ってきた途端にそんな事を黒埼さんに言われて、地面に両手をついて跪くベルトさん。うん、帰ってきていきなりそんな事言われたらねえ……。

「お、おお……ヒーローたるもの、ここで挫けてなどいられませんぞ! どんな逆境にも何度でも立ち上がるものこそが真のヒーロー! 任せたまえ!」

 しかし見事に立ち上がって決めポーズで言ってのけた。男前すぎるだろ。

 事務局に行くのは三条さんが普段絵を描くのに使っているペンタブレットを持ってくるためだそうだ。往復でどんなに急いでも三十分はかかるという事で、休憩も取らずにサンドイッチをいくつか受け取ってすぐに出て行った。

 阿賀野先輩もパソコンの設定の変更が必要だと言って、また部屋に戻っていった。

 残り時間はあまりない。それぞれが変更した内容にあわせて迅速に動き出す。

 今一番戸惑っているのは、僕と三条さんの二人だけだ。

「さ、三条さん、大丈夫なの?」

「うーん、まあ、いいんだけど……。今更わたしがやっていいのかな……」

「大丈夫ですよ。そらちゃんなら、参加者もみんな納得してくれます」

「そうかなあ……」

 人前で何かを行うという事自体は、おそらくそれほどの問題ではないはず。どちらかと言えば絵を描くという事についてだが、周りが満場一致で賛成していたのだからそれはもう相当な腕前だという事なのだろうが……。

「黒埼さん、三条さんって、えっと、そんなに凄いんですか?」

「ああ、鳥屋野さんはそらちゃんのペンネームご存知ありませんでしたね。彼女のペンネームは、京ヶ瀬ソラといいます」

 え?

 その名前には……聞き覚えがあるぞ。

「それは、もしかして、ドラファンの……」

「そうですね。一番有名なのは、ドラゴンファンタジーシリーズのキャラクターデザインとパッケージイラストですね」

「ええええ?! マジで?」

 目の前の女の子が大好きなゲームの絵を描いていた人だったとか、そんな事……!

 子供の頃から好きだったゲームを作った人の一人が目の前にいるという事実を脳が素直に処理出来ていない。こんな田舎では、芸能人や有名人なんて直接見る機会なんてなかったのに、こんな身近に凄い人がいるとは……。

 さっきからこっちを見ようとしない三条さん。気持ち顔が赤いような気がする。スタッフはほぼ周知の事実だったようなので、触れられたくない過去という程でもないようなんだけどな。

「……忙しいから最近はほとんどそれしか仕事してないんだもん……」

「え、でも僕がガキの頃からドラファンの絵って京ヶ瀬ソラじゃなかったですか」

「彼女は小学校の頃から既にデビューしてましたから。天才美少女絵師って触れ込みで」

「やめてよもう!」

 そういや昔、ゲーム雑誌でそんな話を見た気がする。とても若いというような事は書いてあった気がするが、まさか同い年だったとは思わなかった。

 ドラファン以外にも様々なところで京ヶ瀬ソラの絵は見ていた。一時期は本当に彼女の絵で溢れていた事があったくらいで、ファンタジー小説の挿絵や、雑誌の表紙などでも見ていたと思う。熱心なファンという訳じゃなくてもよく見かけたくらいだ。

 なんだか実感が全然わかないが、とにかく京ヶ瀬ソラなら誰も文句言わないだろう。

 ワークショップが諸事情により中止となった事を場内放送で伝えた時は会場中が騒然としたものの、かわって京ヶ瀬ソラのイラスト講座を行うと続けたところ、軽い歓声と拍手が起こった。

 委託販売会場は一端片付けられ、のっちさんの指示で机の配置を変更。阿賀野先輩と三条さんでスクリーンやパソコンの調整を始める。

 調整が終われば講座内容の打ち合わせを阿賀野先輩や四天王と始める。手順や説明する所を確認しているようで、スクリーン上にはラフな絵がその場で描かれている。ああ、確かにあれはドラファンの京ヶ瀬ソラの絵だ……。


 二時半になり、即売会閉場のアナウンスや告知などを行って、片付けや準備の続きを行い、ベルトさんもなんとか間に合って、予定通り三時にはイラスト講座が始まった。

 開始時間になる前に参加希望者が次々に訪れ、用意していた椅子は全て埋まり、立ち見が出るほどになってしまった。普段もそれなりに参加者はいるのだが、ここまで多くの人が見るのは珍しいのだとか。

 三条さんが席に座り、珍しく少し緊張した面持ちで京ヶ瀬ソラとして挨拶を行い、そしてパソコンで絵を描き始めた。白い壁面にその様子が映る。

 色々な説明をしながら描いていて、僕は聞いていても何を言っているのかさっぱりわからないのだけど、参加者はみんな熱心に聞いていて、中にはメモを取っている人もいた。

「あれは、僕は全然わかんないんですけど、いい事言ってる感じなんですか」

「そうだねえ。基礎部分からしっかり踏み込んでいるからね。特にレイアウトや色彩の話は、嬉しい人は多いんじゃないかな」

「ベンツ先生も絵を描かれるんですか?」

「ちょっとだけね」

 ここのスタッフの謙遜はたぶん当てにならない。

「ほら、人物のイラストに骨格から踏み込んじゃったよ姐さん。これ長くなるぞ」

 ベンツ先生のいう通り、イラストと関係ない別なファイルを開いて人物画の基本を話し始めて、そこから簡単な色彩学の話などを経て、話は終わりを見せないまま時間が過ぎていく。さらに途中で挟まれる質問タイムも長引き、さらに時間は延びていく。

 結局全てが終了したのは会場の借りられる限界ぎりぎり、夜七時だった。

 終了後、ほとんどの人が最後まで残っていて全員で大きな拍手が起こった。

「今日は急な予定変更で済みませんでした。次回はちゃんとワークショップを行います」

 拍手が終わり、参加者は全て会場から出始める。出て行く参加者の顔はほとんどが嬉しそうな表情で、聞こえる限りは肯定的な意見ばかりだったので、ちょっとほっとした。


「お疲れ様でした……」

「おつかれー」

 疲労困憊の状態の三条さんが、受付の所でスタッフを前に挨拶を行っていた。

「いやー、やってみて思ったけど加賀先生ってやっぱ凄いわ……」

「そらちゃんもすごかったよー!」

「加賀先生は人の作品見て添削しながらやるんだよ……。私はただ知ってることダラダラ話してただけだもの」

 あれだけ知ってれば十分凄いと思うんだが。

「まあ、とにかく皆お疲れ様でした。ワークショップ用の荷物の撤収をお願いしますね」

 スタッフが人の居なくなった会場に舞い戻り、撤収作業を開始した。

「あ、鳥屋野くん! どうだった?」

「よりによって一番絵に疎い人間に何を聞く気なの」

「んー、いや何となく」

「格好良かった。内容はわかんなかったけど、すごく楽しそうだったし、聞いてる皆も楽しそうだった。僕は人前で喋るなんて無理だから、すげえと思うよ」

「ありがと。でも、人前で喋るのはそんなに難しい事じゃないよ。知ってる人の前で話すより、ずっと楽」

 そういうものだろうか。誰と喋るのも難しい僕にはよくわからん。とにかく四時間もの長時間ずっと笑顔で喋り続けるとか常人のなせるわざとも思えないのだが。

「いやぁー素晴らしかった! さすがです女池先生!」

「……いたんですか。どうも」

 馴れ馴れしく会話に割り込んで来た濃いグレーのスーツ姿の男性。ベンツ先生ほどではないが長身で、スリムな体型。オールバックにきっちり固めた髪型と眼鏡は、普通にサラリーマンっぽい。しかし日曜日の同人誌即売会でその恰好は逆に違和感を覚える。

 何より三条さんが全然笑顔で接しない辺りがもう妖しげなアンテナが立ちまくる。

「いやもう先生、毎回講座やられたらどうですか。客増えますよきっと」

「加賀先生のワークショップの方が有意義ですから」

「美少女絵師のイラスト講座! いいねえー客入りますよコレ。なんなら金取れますよ」

「そういうイベントじゃありませんので。それから客じゃありません。参加者です」

 あきらかにむっとした顔で返答するが、意にも介さないどころかそれを見て少し喜んだ気配すらある。なんなんだこの人。

「どうでもいいじゃないですか、細かい所は。しかしどうですオリジンもゼストもなかなか苦戦しておられますが……」

「あ、ああんた、ちょっと、なんなんですか失礼じゃないですか」

「ん、君だれ?」

「え、えっと……」

「ウチのスタッフの鳥屋野くんよ」

 がんばって声を出した所までは良かったんだけどねえ……。なんで人にフォローされちゃうかな。やっぱり知らない人と話すのは難しいよ。

「やあトヤノくん初めまして! 僕はこういうものでして」

 そういって満面の笑顔で名刺を差し出してきた。なんというか笑顔が全然さわやかに思えない。営業スマイルってこういう感じの事を言うんだろうか……。

「株式会社パイレーツ……、魚住さん」

 コミックジャーニーの時に話題になったのはこの人か。

「よろしく。全国でコミックパイレーツというイベントや各種オンリーを運営しているんだ。僕はこの辺の地域の担当でね。やー、なかなか成果が上げられない、駄目社員だよ」

「あ、ど、どうも」

 フレンドリーというよりは、馴れ馴れしいという感じがする。何だか妙に見下されているような感覚さえ覚える話し方。身長差のせいで見下ろされているのは間違いないが、そういうものとは別な不快感を覚える。話していると周囲の空気に粘度が増していくような、肌にまとわりついてくるような、そんな居心地の悪さがある。

 あんまり初対面から人の事を悪く言いたくないが、三条さんが露骨に迷惑そうなのも相俟って、すこぶる印象が悪い。

 しかしこちらの印象など意にも介さないように、魚住さんは話し続ける。

「前からね、彼女には言ってるんだよね。もう昔のようなゼストにはならないんだからさ、僕らパイレーツと一緒にやらないかって。共同開催って感じで、さ」

「ウチは単体でなんとかやってますから」

「なんとか……、そう、なんとかだよねえ。一応続いてるけど、このまま大丈夫なの?」

「……大丈夫です」

「そぉ。そういう風には見えないけどなあ。お客さん、増えてないでしょ」

「お客じゃなくて、参加者です」

 さっきまで三条さんの講座を褒めていたはずなのに、急にゼストの事を心配するような発言。心配というか、むしろ栄えて欲しくないかのような物言いに聞こえてしまう。

「ああごめんごめん。参加者さんだね。参加者さん、満足してるのかなー?」

「撤収がありますから、これで」

 話を切り上げようと、僕の手を引いて移動しようとするが、魚住さんに回り込まれてしまい、勝手に話を続けて来た。

「まあまあそう言わずに。前にも話したけど、共同開催の件、そろそろ本決めして欲しいんだよねえ。ウチのイベントと共同なら、お客さんも満足してくれるし、きっと盛り返せるんじゃないかと思うよ?」

 またお客さんと呼んだ。

 彼にとっては自分の意見が譲れないというよりは、多分僕たちの意見がどうでもいいんだろう。彼が話す度に、彼女が握る手首の締め付けが強くなる。

 イベントの共同開催についても、考えて欲しいというよりは、早く決定の判子をくれとだけ言っているようにしか聞こえない。話し合いたいんじゃなくて、言う事を聞かせたいだけ。

 ずっと顔を伏せて目を合わせないようにしていた三条さんも、キッと彼の方を向き、正面に見据えて話し出した。

「貴方達のイベントは凄いと思います。完璧なマニュアルで、誰が担当しても同じ対応が出来てる。どのジャンルも、どの街の会場も全て同じ内容で行われるから参加者も安心出来ます」

「素晴らしいでしょう。皆が安心して参加出来るイベント。いつでも参加出来るイベント。理想的だよね?」

 ゼストとオリジンしか知らないので、他がどういうものなのかはわからないが、少なくともパイレーツはゼストとは真逆の方向性で運営されているようだ。

「それはそれで一つの形だとは思います。それを求める人もいると思います。でも、私は、同人イベントも一つの創作物だと思ってます」

「はあ? イベントはイベントですよ。主役はお客さん。サークルと一般の人達でしょう?」

 やっぱり彼にとっては参加者はお客さんという認識が完全に固定されているんだな。

 それにしても魚住さんの話し方、僕に話しかけているわけでもないのに妙にイラっとする。いちいち煽るような話し方をしてくるせいだろうか。

「それはそうです。でも、それだけじゃありません。サークルさんと同じように、イベントを運営している人もまた、同じオタクで、同じく作品達を愛してる」

「イベントの運営に愛なんかいらないでしょ。客商売だよ客商売。正しい判断と正しい応対さえ出来ればそれでいい。それでお客さんは満足してくれる。僕、何か間違ってるかな?」

「どちらが正しいって話じゃなくて。あなたがそう思うんならそれでかまいません。満足する人もいるでしょう。ただ、私は、私達は、最初の同人作家さんたちが持っていた魂を引き継いでいきたいんです。みんなで作って行くもの、一緒に楽しめるもの、スタッフも、サークルも、一般も、みんな同じイベントの参加者という理念は崩したくありません」

「金を取っておいてそれは驕りでしょうよ! 払った分のサービスを要求されるのが今の時代でしょう? それ相応の対価を払えるんですか? 満足してくれるんですか? してくれてないから今の状態なんでしょう? 放っておいたらこのまま下降線ですよ?」

「させないように努力はしています……」

「その結果が今のサークル数ですよね? 今、おいくつですか?」

「……六百」

「全盛期は二千を超えていたじゃないですか! 三分の一にも満たない!」

「……っ!」

 一番痛い所を突かれてしまい、さすがの三条さんも表情が曇り、思わず顔をそむけてしまった。手首を握る強さも弱くなっていく。参加人数が増えていないのは事実だけに、辛い。

「顧客が離れてるという事は、つまり存在価値がないって事でしょう?」

「そんな事は……! 地方でのイベントは、お金のない若い子達の受け皿として……!」

「少子化の昨今でその言い訳がいつまで通用するでしょうねえ!」

 ずいぶん嬉しそうにテンションを上げて話すもんだ。そんなに相手を言い負かすのが楽しいんだろうか。楽しいんだろうな。

「参加者の裾野は広がってきています! 気楽に参加出来るような工夫もしてきています! そのうちに回復を……!」

「そのうちっていつなんです? 来月? 来年? まさか十年スパンの話を今している訳じゃありませんよね?」

「それは……その……」

「せめて千くらいは超えてもらわないとねえ! だってゼストって看板背負ってる訳ですから! 会場側も全館使用できないイベントには貸したくないってぼやいてましたよ!」

 懸命に応戦はするものの、完全に分が悪い。参加者数に関しては事実だし、彼のいい分はわからないでもない。三条さんの悔しさは、僕の手首から十分に伝わってくる。彼女の心の痛みはこの痛みの、何倍か、いや何十倍だろうか。

 だが、彼は煽る事の気持ち良さに酔い過ぎて、話の方向性が逸れている。

 煽る事で相手を感情的にさせ、判断力を鈍らせるのが作戦なのかと思って聞いていたが、単純に言い負かして相手がうろたえる様を見ていたいだけの人のようだ。そういう奴はたくさん見てきたので、なんとなく区別は付く。さらに特定の性癖の持主なら、その対象が美少女というこの状況は、それはもう興奮しない方がおかしい。実際、彼の顔色は軽く紅潮しているようにも見える。

 もし、そうだとすれば、手はあるかもしれない。

「なあ、せ、千を、超えればいいのか?」

「鳥屋野くん……!」

「さ、サークル数が次のゼストで千を超えれば、存在価値はあるってことでいいのか?」

「はぁ?」

「あんたが言ってた通り、サークル数を増やすよ。せ、千を超えればいいんだろ」

「なあ、君、自分で何言ってるのかわかってる?」

 わかってる。わかってるよ。無理してるよ。自分でもなんでこんな事言い出したのかわかんないよ。隙があるとか言ったって、現実にそんな上手く行くかなんてわかんないし。

 心拍数は尋常でない速度に高まる。鼓動の音は大音響で耳に響いてくる。背中は汗で濡れてしまって見せられやしない。足が震えそうだ。震えてるかもしれない。怖くて確認出来ない。

 無理をしているのは相手からすれば丸わかりだろう。横から話しかけられた時は甚だ不機嫌な顔をしていたが、僕の顔を見るなり表情を軟化させ、醜く歪んだ。新しい玩具を見つけた子供の顔が一番近いだろうか。

 真っ赤な顔で、汗だくの少年がなんだか格好付けているのだから、嗜虐的な思考の人間なら食いつかずにはいられまい。そういう奴は、沢山見てきた。いつも、飲み込まれてきた。

 でも、隣で好きな子の心が無惨に傷つけられているのに、何もしないで黙っていられる訳がないだろ! そう、ヒーローたるもの!

「価値がないと思われて、サークル参加者数が減少傾向だったイベントに、いきなり二倍近いサークル数が集められたとしたら、それはまだ価値はあるって事だよな。あんたの話からすれば」

「ハハッ! 出来ると思ってるの? 君が?」

「で、出来るさ。僕たちなら」

 もちろん根拠は今の所まったくない。極度の緊張で喋るたびにどもる。怖過ぎて相手の目を離す事が出来ない。こんな弱いヒーロー見た事ない。

 ただ、今はそれがきっと有利に働く。相手にとって、取るに足らない相手だと思ってくれれば油断してくれるだろうし、条件を急に変えたりもしてこないはずだ。

 ひとしきり笑った後、ぞくりとするような冷たい目で僕を見つめた後に、もう一度いやらしく、邪悪な笑顔を見せた。玩具を三条さんから僕にシフトした合図だ。

「……ふうん。じゃあ八月のゼストで参加サークル数が千を超えたら、今回の話はなかったことにしてもいいよ。まあ、千を超えられなかった時は、もう話し合いの余地はないよね」

 いやらしい笑顔で僕たちを見下ろして、完全に馬鹿にしたような口調で約束を口にした。もっとも彼にとっては別に約束でもなんでもない。確定事項が揺らぐとは思っていないだろう。

「約束は守るさ。……いいよね、三条さん」

「え、あ、はい! 約束します!」

「ハハハ助かったよスタッフくん! 君のおかげで話が早く終わりそうだ!」

「そうだといいね」

 精一杯、彼を睨みつけてやる。早く去ってくれ。

 あとは彼が素直に去ってくれれば終わりだ。

 僕たちを何度か見回したあと、ようやく満足したのか、意気揚々と会場に背を向け歩き出した。

 よかった。まだ上機嫌だ。勝利の余韻に浸っているかのように悠々と歩いている。

 ここの通路はちょっと長くて、視界から消えるまでちょっと時間がかかるのが厄介だ。早く消えてくれ。

 彼の後ろ姿を確認しながら、次第に周囲の視界が真っ黒になっていくのを感じた。

 意識をなんとか集中させて、彼の姿だけが見えるように気合いを入れて立っていたが、エスカレーターで降りて視界から消えた所で、自分の視界も全てが真っ黒になって、そこでついでに意識も途切れた。

 遠くで誰かが呼んでいたような気がするが、よく覚えていない。


 気絶から回復した時に眼前に広がるべきものは、やはり女の子であるべきだと思う。

 特に今回のような、一応端から見たら女の子を守って戦った風の状況においては、その相手が「鳥屋野くん! 鳥屋野くん!」って涙ながらに一生懸命呼び覚まそうとするシーンがあるべきだと思う。

 しかし、今、僕が意識を取り戻した時に視界に広がっていたのはスキンヘッドでサングラスのおっさんの顔だった。涙が出そう。

 そうだね、こういう時に医者がいると便利だよね。

 でもベンツ先生の顔は急にアップで来られるともう一度気絶したくなるからあんまり近づかないで欲しいな。

「気がついたか! 鳥屋野くん!」

「ち……」

「ち? 血か、出血はないから安心してくれ!」

「チェンジ……」

 もう一度気絶したら三条さんにチェンジしてくれないものだろうか。

「ああっ鳥屋野くん、大丈夫?」

 その三条さんが声をかけてくれた。よかった。この世界に僕とベンツ先生しかいなくなったわけじゃなかった。

 周りを見渡すと残っていたスタッフが全員で取り囲んでいた事に気付いた。

 うわあ、なんか、よくわからんけど恥ずかしいなこれ。

 とりあえず地面が絨毯だった事も幸いして頭も強く打っていないようだ。慌てて立って無事をアピールする。

 緊張し過ぎて気絶とか、もう恥ずかし過ぎて死にたい。穴があったら入りたい。そのまま引きこもりたい。

 しかも冷静になってみれば勝手な約束を取りつけて、失敗したらゼストは事実上終了となるというのに、何一人で恰好つけて気絶とかしてんだろう。冷静に対処して口喧嘩に勝ったつもりでいたけど、思い返せばどの台詞も恥ずかしい。ああもう。周りのスタッフの顔を見るのが怖い。怖いよママン。

「あ、あのー……」

「まあ、ヒーローたるもの、いつか通らなければならなかった道ではありますぞ」

「そうは言いますけど、あと一ヶ月で申込〆切がございますし……」

 やはり、あまり良い空気ではなさそうだなあ。

「大丈夫? どこか痛いところない? 平気?」

「あ、ああ、うん。大丈夫みたいだ」

「急に崩れ落ちるから、本当にびっくりしたんだから……!」

 空気も読まずに過剰に心配してくれるのは、昼の加賀先生の話があったからだと思う。守ろうとした相手に心配されてしまうのは、なんだか本末転倒だな。

 ラブコメならここで肩を抱き寄せ、彼女の涙を拭ってあげるところだが、あいにくそういう展開はなかった。

「ごめんね、ごめん。なんかもう、自分でもよくわかんなくなってた」

「うん、無事でよかったけど、無茶しないでよね!」

「三条殿、この後どうするつもりですぞ?」

 珍しく不安そうにベルトさんが聞いてくるが、三条さんは真っすぐ、短く、しかし力強く

「うん、頑張る」

 とだけ答えた。

 それは、全てを受け入れた、決意の言葉。

「あ、あの、すみません。僕のせいでこんな事になっちゃって」

「鳥屋野くんのせいじゃないわ」

「あの、でも、僕ほんの短い間しかスタッフやってないですけど、ゼストって、皆ってホントすげえって思ってます。だから、なんか、守りたいなって。何か、出来る事ないかなって、その……」

 しどろもどろで辿々しい。

 力強くもない。

 そもそも新米が言う事でもない。

「鳥屋野くんに言われちゃあなあ」

「君が言うかって感じだよねえ」

 うう、そうですよね。偉そうですよね……。

「鳥屋野くんにそこまで言われちゃ、僕たちもやるしかないだろ、常考」

「ですな! ヒーローたる我が輩の人脈もフル活用して集めますぞ!」

「具体的な案についてはまた後日相談させて頂くかもしれませんね」

「じゃあ、あのは虫類男に目に物くれてさしあげましょう」

 あ、やっぱりあの人気持ち悪がられてんだ。

 魚住さんの悪口を一部言い合いながらも、とりあえずは空気が変わったように思う。

 少し明るく、前向きな雰囲気に。そしてみんなの目が、三条さんと同じ目になった気がする。

 ゼストのスタッフは打倒魚住、サークル千突破を目標に改めて動き出す事になった。

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