8 事後処理

 最初に異変に気付いたのは、佐藤智子だった。

「ダメ監督、開幕セレモニー始まりますよ……か、監督!」

 監督室の扉は開いていた。

「もう、試合直前なのに、サボってる」

 そう言って佐藤智子はノックもせずに監督室に入った。

 後に続くのは「キャー」の悲鳴である。そこへ悲鳴を聞いたのか、上島オーナーが走って現れる。

「……」

 事態を察した上島の行動は迅速だった。

「佐藤君、動揺している暇はない。まず丘田君に言って、報道陣を監督室から遠ざけろ。それから舵取さんと吊橋さんに連絡して『風花監督急病に付き、船木ヘッドコーチを監督代行にする』とコミッショナー事務局に伝えさせるんだ。もちろん、選手、コーチ達への説明も忘れずに」

 上島は完全にトップビジネスマンとして、危機管理能力を存分に発揮していた。

「それよりなにより、分かっていると思うが」

 深刻な顔で上島が口を開いた。

「至急、救急車を呼びなさい」

「はい」

 佐藤智子は目に涙を浮かべて監督室を飛び出した。

 一人きりになる上島。

 彼は机の上に残った白い箱の残骸を見つめた。

「ただのクラッカーじゃないか……選手の誰かの悪戯だな。タチが悪い」

 そう言うと彼は残骸をゴミ箱に捨てた。

「こんなことをする暇があったら練習しろ」

 そして倒れている風花の足元にボールを置いた。

「風花はん、落ちてたボールにけつまずいて転んで、後頭部強打するとは、不幸な事故でんな」

 寂しそうに上島は呟いた。


 午後六時。

 試合開始の時間になると責任審判の伊能がバックネットに近づき、マイクを受け取った。

「えー、スタンドの皆様にご報告いたします。横浜の風花監督、急病により船木ヘッドが指揮権を持ちます」

 スタンドから、大ブーイング。たまたま、観戦に訪れていた、今出川・セレーヌは、

「風花! 敵前逃亡かよ〜」

と、飲み干したビールの紙コップをスタンドに投げ込んで、警備員に注意されていた。

 そんな騒然とした中、先発の大陸広志は、

「監督、俺は必ず期待に応えます」

と心に近いロージンバッグを叩き付けた。

 プレイボール!

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