6 オープン戦の魔術
三月一日。
マリンズのオープン戦がスタートする。他球団はその前週からオープン戦に突入しているので、少し出遅れた感がある。しかしそれも作戦のうち。『なるべく手の内をみせない』のが風花の策である。一方、他チームの分析は綿密に行われていた。昨年までは各チームに一人だったスコアラーを今キャンプから異例の十人態勢にし、交流戦でのみ戦うナ・リーグのチームにも各五人ずつスコアラーを付けた。計八十人の雇用が出来て社会に貢献しましたなあと上島オーナーが嫌味を言うほどの多さである。また、クルリント本社自慢のスーパーコンピュータをフル稼働させて過去五年間における他チーム全選手の成績を出来る限り細かく分析。その長所短所を丸裸にした。いやーん。
午前八時。
初戦を前に全体ミーティングが行われた。
「いいかい、これらのデータを丸暗記する必要はないけど、状況に応じて使えるように自分で必要なところはどんどん吸収して活用してください。データは活用して初めて有益なものだからね」
と風花は広辞苑の机上版ほどの厚みに膨らんだデータ集を選手に見せた。
「じゃあ、皆さんに配りますよ~」
風花が嬉しそうに言う。選手たちは、
「あんな重たいもの持って帰れないよ」
と引き攣っている。すると、
「君たちアナログだねえ。こんな重いの持ち歩けないし、だいたい紙でみんなの分作ったら東南アジアの森林消えちゃうよ。ねっ、丘田君」
風花がエリート出向社員の丘田真純君にふる。
「その通りです。皆さんにはこのデータを入れた携帯タブレットを貸与します。多分使い方がわからないと思いますのでこれからレクチャーします。なお、くれぐれもこの器械を他人に渡したりしないように。また変なサイトを閲覧するなど本来の利用目的以外では使用しないでください。最悪、刑事告訴しますので選手生命にかかわりますよ!」
丘田君の脅しに選手たちは青くなった.
午後一時。
ミーティングと携帯タブレット使用説明会を終えたマリンズナインはバスでN市に移動。こちらでキャンプを張っていたナ・リーグの札幌ベアーズと戦う。ベアーズは昨年こそ三位に沈んだが、過去五年で三回のリーグ優勝を誇る強豪である。チームを率いる昼間監督は日本では珍しく、現役時代に一軍での試合出場の記録がないボンクラ選手だったが引退後アメリカのマイナー・リーグで指導者としての経験と実績を踏み、チームが東京の文京スタジアムから札幌に移転した六年前に、球団GMの高見沢繁蔵氏に請われて監督に就任した。以後アメリカ的なビッグスタイルのベースボールと日本的なスモールベースボールを融合した《昼間スタイル》を確立して道産子たちを喜ばしている。年齢は三九歳。風花より一つ年下である。
「ああ、どうも」
と昼間は王者の風格を湛えながら、風花に握手を求めてくる。
「ど、ども、ハジメマステ……いや、はじ、初めまして」
完全に委縮する風花。早くデパ●錠を飲んで!
「マスコミはあなたを《素人》と蔑んでいるようですが、私だって一軍に上がったことのない者です。それにあのコーチ陣編制や、キャンプの内容をスポーツニュースで拝見する限りユニークかつ魅力的だ。期待してますよ。出来たらジャパン・シリーズで再会したいものです」
昼間は風花を煽てあげた。
「あ、ありがとう存じます。き、期待に沿えるよう、ガンバの大冒険……じゃあなくてガンバます、いやがんばりなす」
あまりの緊張で日本語も覚束ない風花。早くデパ●錠飲めって!
昼間監督と何とかご挨拶できた風花はその足で責任審判の伊能の元へ向かう。
「伊能さん」
風花は両手をクネクネさせて伊能を呼んだ。
「風花監督どうしました?」
審判歴二十年、審判部部長の伊能が尋ねる。
「あのう……ドーピングの事でお伺いしたいのですが?」
「ほう? で、どのような?」
伊能が聞き返す。
「はい……監督にもドーピングってあるのですか?」
軽くコケる伊能審判。
「そ、それは基本的にはないでしょう。まあ、法律で禁止されている覚醒剤だとか違法薬物なら問題外ですがねえ」
風花はそれを聞くとほっとした顔になり、
「僕、パニック障害と社会不安症でお薬をもらっているのですが、試合前や試合中に頓服として飲んでいいですか?」
と伊能に確認をした。
「まあ、病気の薬なら構わないでしょう。ただ、その薬を選手に飲ませたりしないでくださいよ。精神安定剤は規制の対象ですから。でもまあ普通選手が使用するのは興奮剤ですけどね」
伊能は笑いながら答えた。
「ああ、一安心した。これでデパ●錠が飲めるぞ。誰かお水持ってきて!」
風花は叫んだ。ドーピングが怖くてデパ●錠を飲まなかったのか。この小心者!
午後二時。
試合開始。
ベアーズの先発は《ふんどし王子》こと
対するマリンズの先頭打者はお馴染み、強心臓の持ち主、スイッチヒッターの元町商司だ。得意の決め打ちで出塁頼むぜ。
土方、振りかぶって第一球。ど真ん中のストレート。元町の真骨頂初球打ちだ……と思ったらバットが出ない、ストライク。あれれと思ううち第二球。今度は外角に逃げるシュート。これも見逃しボール。
「早打ちの元さん、どうした? 年取って目が悪くなったか?」
ベアーズのベテラン捕手、木村洋三が元町を茶化す。しかし元町は相手にせず、
「ふん、こっちにも事情があるんだい!」
とつぶやいて土方の方を睨む。
「こわ……」
ビビりながら土方が投げた三球目は胸元に食い込む直球。元町は身を翻してかわす。
「悪い悪い」
木村が謝るが、元町は無視し、
「あと二球、あと二球」
と念仏を唱える。
「なんだ?」
木村が首を傾げる。
続く四球目はまたしてもど真ん中の直球。これにも元町手を出さず。
「お前、バットの振り方忘れたか?」
ささやき続ける木村。
「あと一球、あと一球」
元町の念仏も続く。
そして五球目。またもボンクラなストレート。
「アカン」
木村が目をつむると、
『ボテッ』
と鈍い音がしてボールは一塁側スタンドに飛び込むファール。
「ははは、あんなの打ち損じるなよ」
木村が嘲ると、元町は、
「やったぜ、グーッ!」
と親指を突き立てて自軍ベンチを見た。するとベンチにいた風花も、
「グーッ!」
と同様なポーズで笑ってる。
「なんだ?」
木村が戸惑ううち、元町は六球目のカーブを打ち損じてセカンドゴロ。あっさりと殺された。しかし、マリンズベンチは、
「よっしゃ―」
とハイタッチで元町を迎える。
「マリンズは去年の倍以上おバカになったか?」
木村は混乱した。
続く二番打者の富士もフルカウントからショートゴロ。これもハイタッチで迎えられる。そして三番、宗谷も六球粘ったが結局空振り三振。三者凡退だがマリンズベンチはお祭り騒ぎだ。ベンチに引き揚げた木村は、昼間監督に、
「マリンズは今年もダメそうですね」
と言い放ったが昼間は、
「さて、どうかな?」
と答えて虚空を見つめた。
一方、マリンズベンチでは、
「監督、六球粘りましたよ」
と元町らが小躍りしている。
「よしよし。次も五球以内に凡打で倒れたら一万円の罰金。六球投げさせたら賞金千円。十球以上粘ったら一万円の賞金ね。資金はクルリントから出るから安心だよ」
と風花が胴元になってバクチをやっている。あきれたもんだぜ。
一回の裏。
マリンズの先発は長身の日吉慶。浮島コーチ期待の右の本格派だ。一方ベアーズのトップバッターは明石外野手。俊足・好打に大きいのも打てるナ・リーグきっての核弾頭である、背番号1。
さて、日吉投手振りかぶって第一球。伸びのあるストレートだ。
「うぬっ」
明石、手が出ず1ストライク。時速百五十キロ出ている。
「ウォー」
ベンチでうなる風花。しかし、その後日吉はスピードこそ出るがコントロール定まらず四連続ボールで明石を出塁させてしまった。ガクッ。
続く二番宮永には初球送りバントを決められ1アウト二塁のピンチ。三番福永にコントロールを気にしすぎて棒球になったストレートをセンター前に持って行かれ、あっさり先制を許した。あまりの事に、
「なにやってんだあ」
と風花はマウンドまで巨腹を揺らして突っ走り、あろうことか日吉の頭をメガフォンで連打した。日吉は屈辱で顔を真っ赤にしている。
「監督、暴力はいけません」
船木ヘッドが注意すると、
「メガフォンで叩かれたって痛くないや。それより喝を入れた方がああいう素質だけやって来たタイプには根性入っていいと思いますよルルル……」
最後は鼻歌でごまかす風花。その言葉通り、日吉は闘志むき出しの表情で四番イパッチ、五番森中を連続三振に斬って取った。
「よっしゃ、その調子!」
今度は賞賛の意味で風花は日吉の頭をメガフォンで連打した。日吉は憤懣やるかたない表情でベンチ奥に下がる。
二回の表、マリンズの四番は新外国人アンカーの登場。真の四番候補、秘密兵器のトラファルガーと枯木はG市に残り沖合コーチの指導で弱点強化と柔軟なバッティングを研鑽中である。怪我の台場は二軍にいる。
さてアンカー、右打席に入ると、ほとんどピッチャーに正対するほどの開きっぷりで構える。
「おいおい、剣道でもヤル気かい?」
キャッチャーの木村がまたもぼやくが、もちろんアンカーには通じない。
「これじゃあ、外角は打てないよな」
木村が土方にサインを送り第一球外角低めのストレート。すると、アンカーは開いた姿勢をぐっと内側に戻して右に掬い上げる。
『カキーン』
快音を残してボールはライトスタンド一直線。同点ソロホームランだ。
「ウソー」
木村は茫然。逆にマリンズベンチは大騒ぎ……と思ったら、
「監督! アンカーの奴、初球打ちましたよ。ルール違反、ルール違反」
と元町たちが文句を言っている。
「外国人はいいの。打つのがお仕事だから。あと四五六番は五球ルール無しだから」
風花の言い訳に、
「なんか差別」
と元町はブーたれた。
五番は不発の長距離砲、葦村。四五六は五球ルール無しと聞いて、
「よし、打つぞ」
と気合いを入れたがあえなく三球三振。
「小田原(二軍)行きかな?」
と風花は嫌味を言う。なんか結構厳しい監督振りだな。あとで選手にボコボコにされそうでちょっと心配。
六番の錨は五球ルール除外にも関わらず十球粘り、賞金1万円ゲット。さらに十一球目をセンター前に弾き返し好打者振ぶりをみせる。
七番、甲板も球数を投げさせられ疲れの見えてきた土方を、さらに痛めつけるように粘って粘ってフルカウントから四球で出塁。1アウト一、二塁のチャンス。ここで八番、正捕手候補の黒舟は功を焦って初球をショートゴロ六、四、三のダブルプレー。罰金一万円徴収。結局一点止まりに終わった。
ベアーズ先発の土方は二回までで四十一球も投げさせられ、早くも限界。この回限りでマウンドを二番手の小出に譲った。《ヨウちゃん》今年も道民の期待を裏切るのか?
二回以降、日吉は順調に強打のベアーズ打線を抑え込み五回を一失点。先発入りに期待を繋げた。一方、ベアーズの小出も三、四、五回をマリンズ打線に粘られながらも無失点に抑え、昼間監督を喜ばせた。
マリンズ二番手は左腕の網元。神戸バイソンズから移籍してきた昨年は二勝十一敗の惨憺たる成績。七年連続最下位の超A級戦犯扱いされ、当初は風花構想から外れていた。しかしキャンプに入ると、昨年の汚名を返上しようと猛アピールして貴重な左腕の先発候補に躍り出てきた。さあ、結果はいかに?
六回の裏、ベアーズの攻撃は九番、永井、右打者だ。網元はセットポジションから第一球、大きく落ちるカーブ。
「ストライーク」
永井、手が出ず。第二球、今度はストレート。
「ストライーク」
またも見送り。頭をひねる永井。
そして三球目は外角に逃げてボール。続けて第四球は内角を突く直球。
「わあ」
永井、必死によけてカウント2―2。
勝負の第五球。網元はふらふらっとしたスローボールを投げ込む。
「チャンス!」
喜び勇んだ永井のバットは白球の上を素通り! ああ、ナックルボールだ。空振り三振。
「うぬう、網元、一昨年、去年とは違うだや」
空振りして尻もちを着いた永井がうなる。
その後、一番、明石をショートゴロ。二番、宮永をセンターフライと簡単に打ち取った。網元正午、大復活だ。
「やったぜ!」
ベンチの風花は小躍りして喜ぶ。左の一角に目途が付いたのだ。
「甘夏さん。網元はどうしてこんなに良くなったのですか?」
風花がベンチにいた甘夏投手コーチに聞くと、
「去年までのアイツは投げるとき、身体にタメがなっかったのです。簡単に言えば『イチ、ニッ、サン』で投げていたんです。ワシはそれを『イチ、ニーのサン』と、『の』を入れさせたんです。これは理屈では分かっていてもなかなか難しい。意識的にやると『二段モーション』と見られ、ボークを取られる危険性がある。しかし、アイツは天性の呑み込みの速さで会得していった。それだけ、器用なんですわ。だから新球、ナックルボールも習得できた。アイツは今年、やりますよ」
と素晴らしい解説をしてくれた。
網元は六、七、八回を無難に抑え、九回はクローザー大陸の登場。ベアーズ打線を軽く抑えた。しかしマリンズ打線はベアーズの三番手、和久井、四番手、熊谷を打ちあぐね、結局一点止まり。試合は一対一の引き分け。風花は初陣を勝利で飾ることは出来なかった。だが、試合後の記者会見では、
「オープン戦で勝っても一文にもなりましぇーん」
と下手くそな武田鉄●の物真似で記者たちを煙に巻いた。まあ、負けるよりは良かったのだろう。
翌三月二日。
マリンズ今度はT市に移動。同一リーグの名古屋カーボーイズとのオープン戦に臨む。
試合前、三塁側にある選手控え室にマリンズ関係者が報道陣シャットアウトで集合した。
「では、風花監督より重要なお話しがあります」
今や、球団の実質的なマネージャーとなった、《クルリント》の有能社員、単なる通訳担当の丘田君が佐藤智子女史や船木ヘッドコーチを差し置いてミーティングを采配している。よろしいんでしょうかね?
「さて……」
思わせぶりに語りだす、風花。
いつ、ギャグが入るかと身構えるナイン。
「ええー、今日から同一リーグとのオープン戦となる訳ですが……」
まだ、笑いの要素はない。
「同一リーグには勝っちゃだめ! 以上」
ガクっ、言葉全体が強烈な一発だった。
凍り付くナイン。
「監督! オレ達に負けろって言ってるんですか!」
強心臓の元町が喰ってかかる、。
「バーカ! 誰が『負けろ』っていったよ。『勝つな』っていったんだ!」
ムキになって言い返す風花。
「同じことだろ!」
横須賀たちも黙ってはいない。
そこへ、
「おう、負けん気が強うてええな!」
と河東コーチが割って入ってきた。
「みんな、冷静に聞いてくれ」
次いで、ナインからの信任厚い船木ヘッドコーチが口を開く。
「これは、監督だけの思いつきではない。コーチ陣全員の合意で決めたことだ。つまり、監督の真意はこういうことだ。オープン戦で本気出して、万が一、勝ってしまったら、相手は『今年のマリンズは違う』と思って、公式戦でムキになって戦ってくる。それよりは、先日、みんなに渡したデータが正しいのかを検証するため、ピッチャーは打者の得意コースに投げてみたり、バッターは相手の釣り球に手を出して凡打し、相手を油断させてやる。これを一言に凝縮すると『勝っちゃダメ』になる……」
船木ヘッドは汗をかきながら熱弁を振るった。その横で風花は、
「これは水島先生の作品で小次郎君が使った手だ!」
とパクリをバラしてニヤツイている。
「漫画かよ!」
ナインはひっくり返った。
さて、本日の相手名古屋カーボーイズは、昨年まで沖合コーチが監督を務めていたチームである。過去八年にわたりチームを一度もBクラスに落とさなかった彼はなぜ? チームを追われたのか。それは、
『ファン・サービスの悪さ』
である。しかし、これは元来から照れ屋で奥手な性格とファンよりも選手が大事という根本の考えから来る結果である。果たして、プロ野球は勝つことが大事なのか? 集客が一番なのか? 究極の答えは永遠にでない。
それはそうと、名古屋経営陣は集客のため、人気のある山羽元内野手か、四十四歳現役の日野外野手を次期監督とするため、《ツナギ》に御年七十一歳の
そんな爺さんが《素人監督》など認めるはずもない。恒例の試合前の挨拶も拒絶! 早くも不穏なムードが球場に溢れる。
「クソジジイ! 礼儀も知らねえな! 公式戦になったら右手のバットで首を叩き斬って、左手のグローブで冥土へ強引に送って差し上げるぜ!」
風花はベンチ裏のトイレで泣きながら叫んだ。
でもオープン戦は勝たないお約束。
なのに、先発の船頭を初めとした投手陣が踏ん張って、また引き分けちゃった。二戦連続引き分け。勝たずに済んだが、善戦しちゃったら意味なくない?
まあ、いいか! それよりも重大な事態が起きる。
「さあ、大変だ!」
試合終了とともに、風花、智子、ギャーギャーは荷物を抱えてT港へ向かった。三日後のベイサイドスタジアムでの初練習、翌日の埼玉ザウルス戦までに、陸路で横浜へ帰らねばならない。さあ、走った、走った。
その莫迦姿を見た元町は、
「あれだけ、パニクるなら、飛行機のほうが楽じゃないの? 睡眠薬でも飲んどきゃいいじゃん」
と独白した。
三月五日。晴れ。
新生横浜マリンズナインが久しぶりに本拠地、ベイサイドスタジアムに帰ってきた。真新しい、白地にマリンブルーの縁取り、そして背後にサンダーボルトを灯台の灯りに見立てた黄金の後光に輝くMarinesの紺碧のロゴ。それが陽光に照らされて、みんなが光の戦士に見える……なんて大袈裟!!
今日は本拠地今期初練習。そして、ここから一軍の椅子を奪い合う熾烈な攻防が始まるのだ。
まず投手陣。先発五枚のうち、エース横須賀、船頭、日本丸の右腕三人はキャンプから調子もよくまず決定的。あとは故障の心配だけだ。で、残り二枚を右の日吉、左の網元、ベルーガが争う。オープン戦次第だが、風花は日吉とベルーガを選び、網元は中継ぎに持って行こうと思っている。あとは尾根沢コーチのまとめ方にかかる。
その中継ぎは左を網元に未来、港あたりが良いかな。そうそう、問題児古井戸は調整不足で小田原行きを通告された。六月くらいに戻っておいでやす。
右は案外手薄で(なんでだ! いっぱいいるのに)深海、岸辺、灯台の三人しか使えそうにない。競争も何もないな。
抑えはもちろん大陸。
でもそれに風花は砲をくっ付けようと思っている。ある種のプレッシャーとしてである。精神的に弱い大陸に闘争心を植え付ける。それによって砲も育つ! 一石二鳥である。
次は打撃陣と守備位置。
打順、守備位置を両方とも決めているのは遊撃手、一番の元町と二塁手、二番の富士公平だけだ。一塁はオープン戦では宗谷だが、台場の怪我の状況次第では入れ替えもある。それに堅守の白瀬も捨てがたい。三塁手はアンカーで良いが打順は四番でなく三番か五番にしたいなあ。すると四番は思い切ってトラファルガー使っちゃおうか? いや、いきなりは荷が重いかな? 外国人選手は最初が肝心だ。慎重に行こう。それに潜水や枯木、さらにベテラン錨や甲板も忘れてはいけないし……意外と野手は揃ったな。やっぱりあとは投手陣だ! なんで去年のドラフトで即戦力投手を指名しなかったのか? ますます怒りがこみ上げる、風花であった。
翌三月六日、午後二時。
対埼玉ザウルスとのオープン戦が開催された。今期、本拠地初登場である。先発はエース横須賀。受ける捕手はFAで獲得した亀岡。一塁・宗谷、二塁・富士、三塁・アンカー、遊撃・元町。外野は左翼・錨、中堅・甲板、右翼・潜水とちょっと開幕構想とは違う陣容で臨む。
打順は、
一番・元町
二番・富士
三番・アンカー
四番・宗谷
五番・潜水
六番・錨
七番・甲板
八番・亀岡
九番・横須賀(DHは使わず)
である。理想のジグザク打線とはならず。残念!
試合の方は、結果からいうと投手陣は今日も快調。自主トレから『今期はやる!』と張り切る横須賀は、六回を散髪床屋さんではなくて、散発三安打無失点で大合格。ブルペン陣も無失点で完封。しかし、打撃陣がひどく、ザウルスのエース白桁に富士の内野安打一本に抑えられる大不振。風花の思いとは裏腹な結果だ。そいでもって今日も引き分け! 勝率計算不可である。
報道陣は風花に『引き分け連続はワザとか?』と詰め寄ったが、勝ち負けにこだわっていない彼は逆に『どうしたらワザと引き分けに持ち込めるの?』と真剣に逆質問して監督インタビューは強引な幕引きとなった。
しかし、それでは終わらない。
一旦帰浜したあと、地方を点々と移動するオープン戦において横浜マリンズは、
《全試合 引き分け》
という前代未聞の珍事を起こしてしまう。もし、残り二試合の対東京キングで引き分けたりしたら、
『勝率なしの最下位』
というわけのわからない●島漫画になってしまうのだ!
『いやあ、せめて勝率.000の最下位になりたいっすねえ』
試合後、記者団からの質問にインタビューに風花はそう答えた。
「いやあ風花はん、おもろいことやってくれますなあ。このまま、あと二戦も引き分けましょ」
上島オーナーが大声で監督室に入ってくる。
「イヤですよ。結果なしならやらない方がましです。きっちり、キングに連敗して最下位発進いたします」
つまらん意地を張る風花。
三月二十日午後十二時、キングダムドーム。
ついに復活した強化皮膜のもと、東京キングと横浜マリンズのオープン戦が行われる。今日と明日でオープン戦は終了。六日後の二十六日(金曜日)にア、ナ両リーグ一斉にナイターで開幕戦が行われる。なので、この二戦は本番に向けた最終調整である。
しかし、風花の基本方針は変わらない。
『同一リーグに、勝っちゃダメ!』
である。しかも、
『引き分けもヤー!』
と、いうヒステリック状態である。
いつもなら、
「俺達に八百長させる気ですか!」
と怒るナインも、あまりの引き分け三昧に、
「負けとかないと、バチが当たるんじゃないか?」
とか、
「気味が悪いな。こう続くと」
などと、はっきりしないこの成績に不安感が広がり、覇気がない。
「さあ、今日こそ思いっきり負けてこいや!」
河東コーチの喝が入り、ナインは、
「オー!」
と雄叫びをあげたら……なんと、勝っちゃった……十対一で。気づいたときには途轍もない点差で、上手く逆転負けなんか出来なくなっていた。キングさん、しっかりしてよ。風花、涙の遠吠えが、キングダムドームに轟く。
しかも、翌日のベイサイドスタジアムでのキング戦は突然の豪雨で中止。必然的に勝率十割で横浜マリンズ、オープン戦優勝である……。
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