4 新監督発表

 年の瀬はさすがの友人堂・北新横浜店も繁忙期になるらしい。今出川・セレーヌ店長から、

「あんた年内ヒマなんだろ。ならウチを手伝いな」

 と言われた風花は監督内定の翌日から大晦日までフリーター生活に勤しんだ。とは言ってもやることは下働きに過ぎない。なにせ、クリスマス前にはギフト用の包装が多くなるのだが、不器用を極めた風花に出来るはずもない。レジから追放された風花は商品整理、整頓、ゴミ拾いに荷物運びと、命じられるがまま動いていた。そんな中、毎日一度は今出川・エレーヌ・結衣さんが事務所から出て来て美しい声で、

「風花さん、上島さんという方からお電話です」

と風花を呼び止める。

「はーい」

 猫なで声でお返事すると、風花はエレーヌ・結衣さんの後に続いて事務所へ向かう。美しい後ろ姿だ。風花が見とれていると、

「コラッ、エロジジイ。いやらしい目であたしの可愛い妹を見るんじゃあないよ!」

 必ずセレーヌのハリセンが飛んできた。油断も隙もあったもんじゃない。

 取りあえず電話を取る。

――お待たせしました、風花です。

――ああ、上島ですわ。儲かっとりますか。

――ぼちぼちでんな。

――口真似はよろしいがな。そいでな風花さん。

――なんでしょう?。

――FAでキングに行った浦田君のな、人的補償か金銭補償が出来るそうなんだわ。ええ業界だわ。

――はい。

――そいでどうしましょか?

――もちろん人的補償でしょう。キングだったらプロテクトから漏れていて使えそうな左腕投手の二、三人はいますよ。

――そうか、あいわかったわ。舵取君と吊橋君にリストアップしてもらうわ。ほなまた。なんかあったらよろしゅう。

 電話は切れた。

「あーい、すいまてん」

 エレーヌ・結衣さんに礼をすると風花は事務所を出た。

 その翌日も、

「風花さん、上島さんという方からお電話です」

エレーヌ・結衣さんが風花を呼び止めた。

「はーい」

 と猫なで声でお返事すると、風花はエレーヌ・結衣さんの後に続いて事務所へ向かう。

――お待たせしました、風花です。

――ああ、上島ですわ。儲かっとりますか。

――ぼちぼちでんな。

――口真似はよろしいがな。そいでな風花さん。

――なんでしょう?。

 ここまでは昨日のコピー。

――吊橋君がな、名古屋カーボーイズからFAした大池外野手と、東京キングからFAした亀岡捕手を獲れ言いますねん? どうしましょ?。

――絶対獲るべきですね。二人とも三年前に不本意な形でトレードに出された元マリンズ選手です。特に亀岡は手薄な捕手陣にとって大きな戦力となるでしょう。

――けどな金銭補償とられまへんか? 私、ケチなんですわ。

――それは大丈夫です。彼らはC級ですから補償はありません。

――そうか。C級ってことは三流かいな? まあいい、獲得しましょ。

 電話は切れた。

「あーい、すいまてん」

 風花がいつものように事務所を出ようとすると、

「このところ毎日電話が来ているけど上島さんって何者ですか? まさか闇金融の取り立てとか……」

エレーヌ・結衣さんが心配そうに見つめてくる。美しい瞳だ。

「ああ、心配ご無用です。僕は借金なんてしていませんよ。もちろん貯金もありませんけど……。上島さんは来月から働くところの社長さんですよ。なんだか僕に気があるみたいで……大丈夫! 僕には男色の趣味はありませんから。その証拠に今晩僕と夕食を……」

 バシッ。強烈なハリセンが風花を襲い、エレーヌ・結衣さんをデートに誘うことは出来なかった。セレーヌめっ。

 またその翌日も、電話があり、

――お待たせしました、風花です。

――ああ、上島ですわ。儲かっとりますか。

――ぼちぼちでんな。

――口真似はよろしいがな。そいでな風花さん。

――なんでしょう?

 というコピー&ペーストの後、

――駒込君と再契約出来たんやわ。

――おう、やりましたね。

――そいでね、アンカー内野手という3Aで三年連続三割二十ホーマー打っている白人さんと、ベルーガ投手ちゅう左腕、あんたの好きなサウスポーや。その二人を早速紹介されたんやけど、どないします? 獲りまっか?

――獲りましょう。アンカーは浦田の抜けたサードに入れましょう。ベルーガはキャンプで適性を見て先発かリリーフか決めましょう。あとは右の大砲が欲しいですね。

――アンカーではいけまへんか?。

――その成績で内野手ですから四十本とかホームラン打つのは無理でしょう。やっぱり四番を打てる右の大砲がもう一枚欲しいところですねえ。

――さいでっか。では駒込君に調べてもらいましょ。確認しますが、左ではなくて右の大砲ですな。

――はい。左は昨年のドラ一、台場選手を大砲に育てます。

――ほう、そんなに有望なのがいましたか。いやあ結構、結構。ほなまた。

 連日電話攻勢は続く。

――上島ですわ。東京キングからプロテクト除外選手のリストが届きましてね。吊橋君が言うには、若手で一軍登板はないけれど鍛え甲斐のある、浅瀬投手か、実績はあるけれど素行に問題のある古井戸投手のどちらかがいいらしいのだけど、どっちにします。

――うーん、これは難しい選択ですねえ。でも今は即戦力が必要ですから古井戸投手で行きましょうか。

――さいでっか。ほなそうしましょ。そうとうなワルガキみたいですから選手管理、頼みまっせ。

 電話は切れた。このようにして新生マリンズのチーム作りは友人堂・北新横浜店の事務所で決められていった。

 そして年末も極まった大晦日。

「風花さん。また上島さんからお電話です」

 エレーヌ・結衣さんがウンザリした顔で呼んでくる。《風花ホモ説》が店の一部で囁かれ出しているらしい。本当は相当な女好きなのにね。

――風花です。

――上島ですわ、やりましたで。あんたの帳面通りのコーチ陣全員と契約までこぎつけましたで。やあ疲れたわ。北海道から九州まで行ったり来たりでくたくたや。それに下げとうない頭下げて、大金ばら撒いて、もう財布スッカラカンや。ほんま本業に差し障りでそうや。はよ球団職員決めんと……。私と舵取君、吊橋君だけではどうにもならんわ。なんか、ええアイデアありまっか?。

――え? 三人でやっていたのですか? そりゃあ無謀だ。監督うんぬんより球団職員をまず決めるのが普通ですよ。まあとりあえず、事務方は残留でよいのではないですか。営業は現有戦力とクルリント本社からの出向でいいかな。肝心のスカウトですが、アマチュア野球に精通した人間、言い換えると、学生、社会人はもちろんのこと、リトルリーグから独立リーグまで追いかけている《野球オタク》をネットで募集したら面白いですねえ。他チームの二軍なんかは地元のスポーツ記者や地方局で解説している元プロ選手がいいでしょう。もっとも重要なスカウト部長には……上島社長は《プロ野球界の伝説の寝業師》目元睦男氏のことはご存じですか? 万年最下位だったザウルスやドンタックを管理部長として強豪に育て上げた人物ですが。

――もちろん、知りませんがな。でもその目元はんが良いのですな。

――いえ、目元さんは故人です。残念でした。でね、目元さんの薫陶を受けた《伝説のスカウト》鬼庭学氏という方がいたんです。

――「いたんです」ね、もう騙されまへんがな。その方もお亡くなりになってるんやな。くわばらくわばら。

――いいえ、ご存命です。大外れ。

――じゃあ、鬼庭氏に決定ですわ。

――残念ですがもうご老体で登用は不可能です。でね、二人を師とする直系のスカウトがいるんです。

――そういう事は、早ように言っていな。いったいなんて方です?

――竜田川満男氏です。

――彼に決定! 亡くなってたり、ボケたりしてまへんやろな。

――ええ、でも一つだけ問題があるんです。

――なんやそりゃ。勿体つけのうて、早よ言いなはれ。

――はい、実は竜田川氏……早口すぎて何を言ってるか誰もわからないんです。

――ガクッ、ぎっくり腰になりかけたわ。そしたら筆談でもして貰いまひょ。

――それも無理です。彼は悪筆で誰も読めません。しかも機械音痴でパソコンも携帯も使えないそうです。

――あのなあ……じゃあどないすんねん。そんな意思疎通の出来ない人、私のとこでは雇えまへんで。だいたいその調子でどうやってスカウトしてたんや?

――さあ、その辺は……でもね、裏ワザがあるんです。

――裏ワザ? また勿体つけて! イケズや、風花はん。

――彼の話を唯一聞き取れる人物がいるんです。

――ほらきた! その人も雇えばいいんやな。誰や有名人か? それとも奥さんかなんかか?

――竜田川氏は独身です。彼の言葉を理解できる人物は昔、神戸バイソンズで盗塁王にもなった亡命キューバ人のボルバン氏です。ただ、彼にも問題があるんです……。

――もう、問題ばっかや。なんでっか?

――はい、彼は竜田川氏の言葉を理解出来るのですが、その彼の日本語が関西弁とスペイン語がごっちゃになていて誰も理解出来ないんです。

――どこの国の話しでっか? でも、また裏ワザがあるんでしょ?

――ご名答、さすがは大企業の社長さんですね。

――世事はいいから早よ結論を!。

――はい、かつてボルバン氏とチームメイトだった沖縄生まれのプロ野球選手第一号である亜細亜壮六氏が彼の言葉を理解し、我々に伝達出来ます。ですから三人雇用しなければなりません。いかがですか?

――面倒やな。もう三人とも採用! 竜田川氏はどこにおるんや? どうやってアポとるんや?

――竜田川氏は広島です。アポはまず、沖縄にいる亜細亜氏に連絡して同行して貰って神戸のボルバン氏と面会、彼らを伴って竜田川氏と交渉ですかね。

――また出張かいな。今日大晦日でんがな。

――頑張ってください。

――それはそうと君の初出勤は一月四日の仕事初めからだからね。また、ヨコハマニューグランデホテルに来てください。間違っても自転車では来ないように。もし自信がなかったらお宅に車回すから言ってや。

――じゃあ、自信ないので車お願いします。

――即決やな。人生、路頭に迷わんように。ほな、よいお年を。

 最後に嫌味を言って、上島は電話を切った。

 さあ、新しい年の始まりだ。しかし、その前に通過儀礼がある。今出川・セレーヌ店長主催の送別会に名を借りた飲み会だ。会場はもちろん、居酒屋のんだくれ。のんだくれの店長がセレーヌに余計な気をまわして終日営業でお出迎えするそうだ。

「ああ僕、監督になる前に殺されるかもしれない」

 風花の脳裏に酒に酔って赤鬼ブリーデンになるセレーヌ店長の顔が浮かぶ。寒気がしてきた。仮病使って帰ろうか、とか思っていた時、

「風花さん」

 と誰かが呼ぶ。振り向いてみると、主婦パートの尾根沢さんがいた。

「主人に聞いたのですが、このたびはありがとうございます」

 尾根沢さんが頭を下げる。

「尾根沢さん、ダメダメ。まだ企業秘密なんだから」

 そういうと風花は、

「でも僕が先日言ったことが本当になりましたよ。少し早かったけどね」

 意味深発言をして、またゴミ拾いを始めた。


「お客様、一年のご愛顧ありがとうございました。今日は大晦日なので六時で閉店させていただきます。とっととお帰りになって家族団らんをお楽しみ下さい。独り身の方はテレビでも見て無聊をかこって下さいね。新年は四日より営業いたします。どうぞ良いお年を」

 今出川セレーヌ店長がグズグズ居残っているお客さんを追い出しに掛かっている。早く酒が飲みたいんだと店の者なら誰でもわかる。セレーヌは優しい声で居残るお客にプレッシャーを与える。とうとう耐え切れなくなった居残り客も店を出て行き無人となった。セレーヌは素早くシャッターを下ろすと、

「みんな、一年間お疲れ様! さあ、年越し会と風花ジジイの送別会を兼ねて居酒屋のんだくれに、レツゴー」

「三匹!」

 風花が茶々を入れたが反応はない。うなだれた風花を商品管理の若者A~Eが担ぎ上げ、逃げられないようにガッチリ両手両足を押さえて居酒屋のんだくれへと拉致する。

「助けてください、エレーヌ・結衣さ~ん、新島裕子ちゃ~ん。益子さん、尾根沢さん、徳大寺さん!」

 風花は美人順に女性陣の名を叫んだ。しかし返事はない。皆、家に帰ってしまったようだ。結局、いつものメンバー、セレーヌ+商品管理の若者たち、それに被害者、風花だけの飲み会が延々朝の七時まで行われた。紅白歌合戦も、格闘技、ボビー・サンジョルディ対ものぐさ太郎の凡戦も、絶対笑ってはいられない北朝鮮も観られず、年越しそばにもありつけず、除夜の鐘も聞こえず、人生(おそらく)最低な年は終わった。


 新年明けましてから四日目。社会人にとっての仕事初め。

 ついに新生横浜マリンズの全容が明らかになる日だ。会場である、ヨコハマニューグランデホテル大宴会場には開始時刻の午後一時を前にして、買収発表時の五百名を上回る、五百一名の報道陣が集まっていた。今回の記者会見の詳細は一切知らされておらず、報道陣は、独自の取材に憶測を交え、

「何か凄いことがあるらしい」

 とか、

「球界を揺るがす大事件が起きるぞ」

 などと勝手なことを言って大騒ぎしている。そのとき、

『パシッ!』

と音がして会場全体が真っ暗になった。

「停電か?」

 会場がざわめきに満ちる。すると、

『スルスル』

 と会場前方に巨大なスクリーンが降りてくる。

「なんだ、なんだ?」

 と叫ぶ報道陣。やがて厳かにスクリーンに画像が映し出された。それは、マリンズが結成された、下関時代の選手たちの白黒写真。ついで大阪時代の選手集合の写真……とマリンズの歴史を記したものであった。

 今から約六十年前、戦前より造船業が盛んである山口県下関市にあった下関造船のアマチュア野球部は戦後復活したプロ野球に有望な選手をことごとく奪われ、怒り心頭にいたる状況であった。そこへ、当時の闇雲新聞社主にして、日本のプロ野球生みの親である、《大吟醸》こと吟醸吞太郎ぎんじょう・のんだろう氏から、

「プロ野球に来ないか?」

 との誘いが下関造船社長の河豚大典ふぐ・たいてん氏に掛かった。

「いい選手を取られるよりはプロになっていい選手を取る方が面白い」

 と、快諾した河豚社長は屋号の○ふ、からとって、まるふ球団を立ち上げた。その後、毎毎新聞社のプロ参入に対する賛成、反対派の分裂からまるふ球団改め、下関マリンズはア・リーグに所属することとなる。以後、大阪、川崎と本拠地を変更していく。面白いのは球団が本拠地を変えるたび親会社も拠点を共に変更していき、社名も大阪造船、川崎造船となっていることだ。そして、ベイサイドスタジアムが完成した昭和五十年代に横浜市や市民有志団体からの強い要望から横浜を本拠地とする、横浜マリンズとなったのである。(もちろん親会社もヨコハマ造船と社名変更。カタカナのヨコハマになぜしたのかは不明である)その際マリンズに出て行かれた川崎市民が怒って当時、ジプシー球団であったアポロンズを川崎に招き入れたのだが、二十年後には千葉の舞浜に逃げられた。これが今のナ・リーグ、舞浜ランボーズである。ちなみにランボーズの大元は毎毎新聞社の作った毎毎アポロンズである。

 それはさておき、スクリーンに映し出されたマリンズの歴史は現代に戻ってきた。その瞬間!

『バリバリ!』

 とスクリーンが破かれ、中から二つの物体が飛び出した。

「ひやー」

 と叫び声が上がる。すると、

「こんにちわっしょい! ワタクシは新生横浜マリンズ広報にして本日の司会を仰せつかりました、ギャーギャー斉藤と申シュワッチ」

 とギャーギャー登場。もう一つの物体は?

「こちらは新生マリンズのマスコット・キャラクターの《マリンバ君》どぅえっす」

 ギャーギャーが白いクジラをモチーフにして水色のセーラーを纏った《マリンバ君》を紹介する。BGMは桑田靖子『もしかして・ドリーム』(わからん人は無視して良し)。ゆるキャラに精通した方ならば、北海道岩内町のゆるキャラ《たら丸》を太らせてアスパラの代わりにバットを握ったキャラをご想像ください。

「ボク、マリンバ。マリンズを応援するため太平洋からやってきたよ」

 と、ギャーギャーがいっ●く堂よろしく腹話術で話す。よく練習したようだ。しかし、彼の努力も実らず会場の報道陣はドン引きしている。

「あれれ、反応悪いっすね。では、新生マリンズの首脳陣をご紹介します。皆さんは新生マリンズのユニフォームを着用しての登場どぅえす。まずはファームからどぅえーす」

 ギャーギャーのペースで行くとこの先、長くなるのであとはこちらが引き継ぎ、首脳陣を紹介することにしよう。

 まず、二軍監督は追浜民雄おっぱま・たみお、五十八歳。FA移籍した浦田を始め団扇川、田子浦など主に右打者を多く育て名伯楽と呼ばれるが、育てた選手はことごとく他チームへ去ってしまった。不運な伯楽である。背番号86。

ヘッドコーチは白波一幸、五十一歳。札幌ベアーズの前身、文京ファイヤーズで二塁手として活躍。その後札幌ベアーズで昼間監督の元、ヘッドコーチとして手腕を振るった。背番号94。

 投手コーチ、防人丈夫さきもり・たけお、四十二歳。あのマリンズ優勝時の開幕投手であり、後年はセットアッパーとしても活躍した。背番号75。

 同コーチ、富士塚篤史ふじづか・あつし、三十八歳。主に中継ぎで活躍。背番号72。

 バッテリーコーチ、西中護にしなか・まもる、五十五歳。スカウト経験が長く七年ぶりの現場復帰。背番号83。

 打撃コーチ、春一番はる・いちばん、四十三歳。彼も優勝時にトップバッターとして活躍。引退後も人気の高いガッツマンである。背番号91。

同コーチ、表谷慶太郎おもてや・けいたろう、六十歳。打撃は一流だったが守備が全くダメで、代打の神様と呼ばれていた。DH制があるナ・リーグだったら強打者になれたかもしれないが、本人がマリンズから出たがらなかった。チーム愛、濃し。背番号85。

 内野守備走塁コーチ、岩井拓三いわい・たくぞう、四十四歳。盗涙王二回獲得の俊足であった。背番号95。

 外野守備走塁コーチ、大曾根太志おおそね・ふとし、四十八歳。これまたV戦士。チャンスに強いバッターであった。背番号81。

 フィジカルコーチ、チャリー・ターニー、四十歳。外国名だが日本国籍であり、外国語は一切喋れない。選手経験なし。陽気なちょび髭野郎で《ソロバントレーニング》という独自の調整法で選手をケアする。背番号、90。

 以上がファーム首脳陣である。多少の入れ替えはあるが大きな変動はない。報道陣も眠そうだ。

「はーい、そこの眠っちゃっているスポジャパの東さーん。追い出しちゃうシュワッチ」

 またまたギャーギャー登場。これからが本番だ。ファーム首脳陣はステージから一時退場。

「次はお待ちかね! 一軍首脳陣のご紹介どぅえーす」

 はい、またもやこちらで紹介することにする。

 ヘッドコーチ、船木幸和ふなき・よしかず、六十一歳。大和市役所職員からプロ入りした異色の人。以後、約四十年に渡り、選手、コーチとしてマリンズに尽くした男だ。これまで多くの選手を打撃コーチとして育ててきたが、今回はチームを知り尽くした重鎮である彼が新監督をサポートする。背番号88。

「あれ? 新監督は?」

  多くの報道陣がざわめいた。ファームのときは監督からだったのにいきなりヘッドコーチからの紹介だ。もしかして演出?

 続いて右・打撃コーチは……。

「右・打撃コーチ? なんだそりゃ」

  報道陣は頭をひねったが、次の瞬間、度肝を抜かれる。

  右・打撃コーチ、沖合洋志おきあい・ひろし、六十歳。前名古屋カーボーイズ監督、背番号66。

「えー!」

 会場内に衝撃が走った。あの沖合氏がコーチ就任だと。カメラマンが一斉にフラッシュを炊く。本人はいつもながら、はにかみながら登場だ。取材記者たちはすぐに質問をしだしたが、ギャーギャー斉藤に制止された。

「質問は後だ、ギャー」

 次、左・打撃コーチ、水門博光すいもん・ひろみつ、六十三歳。これまた大物、難波の強打者水門氏だ。コーチ経験はないがストイックな論理派かつ努力家である。厳しいコーチになりそうだ。背番号60。

 次はバント及びチームバッティングコーチ、河合孝一かわい・こういち、四十八歳。うわあ、次は《送りバントの神様》だあ。会場唖然茫然。背番号70。

 打撃総合コーチは、老松学おいまつ・まなぶ、六十五歳。元東京メトロ監督。背番号71。《小さな大打者》老松氏が登場。報道陣は興奮しすぎて疲れてきた模様。しかし、衝撃はまだまだ続く。

 右・投手コーチ、浮島和彦うきじま・かずひこ、五十一歳。元横浜監督。背番号72。炎のストッパー登場。しかもマリンズが最後にAクラス入りした時の監督である。

 左・投手コーチ、甘夏実あまなつ・みのる、六十三歳。背番号82。

「どうえーっ」

 会場が異様な雰囲気になってきた。大阪タワーズの元エース。そして、難波、瀬戸内、文京、埼玉と渡り歩いた、元祖セーブ王。しかし私生活に問題があって、大麻取締法違反で服役したこともあり、各球団が手を出して来なかった男の登用だ。しかし、所属した各球団で若手投手を一流に育ててきた実績がある。後半生に目を瞑ればこれほどの投手コーチはいない。

 投手総合コーチ、尾根沢昭夫おねざわ・あきお五十四歳。前横浜監督。背番号87。

「はあ?」

 先日解雇されたばかりの尾根沢氏がコーチで復帰だ。こんなの前例ないよね。報道陣はぐったりしてきた。

 さらに、バッテリーコーチ、新田敦也にった・あつや、四十五歳。元東京メトロ監督。背番号27。

 あらら、テレビでおなじみのこんな人までコーチ陣入り。

 内野守備コーチ、氷川丸男ひかわ・まるお六十歳。元横浜監督。背番号99。

 ようやく順当な人材。チームОBで守備の名手だった氷川氏なら納得。

 外野守備・走塁コーチ、座敷嵐ざしき・あらし、五十二歳。背番号61。

 これまた順当。かつて球界一の俊足でオフのプロ野球大運動会において百メートル走で毎回一位だった座敷氏。報道陣が落ち着いてくる。しかし、まだあるよ。

 盗塁及びベースランニングコーチ、湧水豊わきみず・ゆたか、六十五歳。背番号77。

《世界の盗塁王》が登場だ。走塁に関して、これほどの人材はいるまい。

 フィジカルコーチ、橘右近たちばな・うこん、四十七歳。背番号69。

 日本のプロ野球、神戸、舞浜、仙台、及びメジャーリーグ、ニューヨーク・ヘルメッツにも招聘されたことのある橘氏の起用に報道陣も納得した様子。

「そして最後は……」

 さあ、新監督、謎の男(多分)の風花涼氏の登場だ! と誰もが思った瞬間。

「ベンチコーチ、河東構造かわとう・こうぞう、六十三歳。元大阪タワーズ選手。背番号84!」

 とギャーギャー斉藤が叫び、《難波の春団治》こと大阪タワーズОB会会長の河東氏が何故かマリンズコーチに就任。しかもベンチコーチという、よく分らない肩書き。報道陣は混乱した。特に出入~スポーツの南記者は、

「河東はん、なんでや……」

 と両手を振るわせている。

「監督のご紹介は後ほどさせていただきマンボ!」

 とギャーギャー斉藤がおちゃらけて言うが、実は内心冷や汗をかいていた。それは先ほどアシスタントから、

『新監督、風花氏。ステージ登場を拒否して控室に籠城中』

という、とんでもないアクシデントが起きているとのカンペが渡されたからである。なにをしているのだ? 風花!


 風花が籠城しているヨコハマニューグランデホテル606号室のドアの前では、上島オーナー、舵取球団社長に佐藤智子秘書が懸命に説得をしていた。

「風花はん、早よ出てきてや」

「風花さん、いったい何が不満なのですか?」

 皆が声を掛けても、ドアの向こうの風花は、その昔、《ミュージックステー●ョン》をボイコットしたロシアの小娘二人組のように引き籠っている。

「せめて、顔だけでも見せてや」

 上島オーナーの必死の願いが通じ、ドアが少し開かれる。しかし、チェーンロックがされており突入は出来ない。

「どないしたねん?」

 上島が尋ねると、

「ぼ、僕、あんな大勢の人の前なんて立てません。持病のパニック起こしちゃいます」

か細い声で風花が嘆く。

「何言うてまんねん。公式戦になったら三万から五万の観衆があんたを見つめるんでっせ」

 上島が呆れたように話す。

「む、無理だあ」

 そう叫んで風花は扉を閉めてしまった。

「どうしましょう?」

 皆は頭を抱える。そこへ、

「どうしましたん?」

と河東構造ベンチコーチがやって来た。

「やあ、河東はん。実はかくかくしかじかで……」

 上島が事情を説明する。

「はあ? なんでそんなビビりを監督にしたんかいのう?」

 河東がぼやくと、

「彼は普段は小心で阿呆みたいな男なんですが、何かの拍子に突然、天才的能力を発揮しだすんですわ。私、実際その様子を見て、『これこそ、我がチームの求める人物』やと思って採用しましたんですわ。しかし、その変身のきっかけが何なのか今一つわからんのです」

 と上島が風花を評価する。

「なら、ワシが一発、発破かけましょう」

 河東はそういうと扉を叩きだした。 

「風花はん、河東ですわ。なんや緊張して出てこられないと聞きましたが、正直、なに甘えたこと言っちょりますねん。みんな、あんたが『最強のチームを作るにはまず最高の指導者を』っちゅうあんたの理想に感銘してコーチを引き受けたんとちゃいまっか? それを肝心要のあんたが、たかだか五百人程度の報道陣にビビってどないするねん。わしはベンチコーチちゅうのはみんなに喝を入れて明るくて積極的なチームにするのが役目と思うちょります。なんせ、ワシは他のコーチみたいに実績も指導力もないからな。だからワシの初仕事をここでしますわ……。風花! キン●マ付いているんだったら覚悟して出てこいや!」

 河東コーチは就任後初のカミナリを落とした。それも監督にね。

『カチャ』

 ドアの鍵を開ける音がして、風花がようやく出てきた。そして開口一番、

「河東さん。僕、あなたに活を入れられ、不安を消し飛ばすことが出来ました。もちろんデパ●錠の効き目もありますが、河東さんの言葉で《やる気スイッチ》がオンになった感じです。本当にありがとうございます。あなたは私にとって《野球のおやじ》みたいです。不肖の息子ですがどうぞよろしく」

 と感謝の言葉を口にすると、河東コーチと固い握手を交わした。

「さあ行きましょう、ステージへ。そして見せましょう、派遣社員監督の志を!」

 風花は軽く、何かをパクった言葉を発するとステージへ駈け出した。そして案の定、下り階段ですっころび、一時、意識不明の重態に。しかーし、佐藤智子秘書が持ってきた魔法のやかん水を顔に掛けられ意識を取り戻すと、また走り出した。走り出したら止まらないぜ。風花はホテルを飛び出し桜木町駅前まで突っ走り、息切れして座り込んだところでクルリントの若手社員に引き戻され、今度こそステージへと連行された。


 風花が籠城中の間、ギャーギャー斉藤は必死の思いで司会進行を行い、本来新監督登場の後に行われる予定だった新入団選手の紹介を前倒ししていた。今季の新人選手はわずか四人。しかも全員が高校生右腕投手である。

「ドラフト一巡目、北前船知己きたまえぶね・ともき、十八歳。石川県、清涼高校出身、背番号28」

 頭を丸坊主にした青年が頭を下げる。夏の高校野球大会で153キロの速球を記録した本格派投手。だが、まだ細身でプロの身体には程遠い。

「ドラフト二巡目、茅ケ崎武男ちがさき・たけお、18歳。湘南工科高校出身、背番号54」

 ちょっと絵になる湘南ボーイの登場。スリークオーターから繰り出すスライダーが武器だそうだ。

「ドラフト三巡目、足柄銅太郎あしがら・どうたろう、十八歳。愛甲高校出身。背番号56」

 今度はごっつい大男が現れる。重い速球が魅力的。しかし、ほっぺたが真っ赤で童顔な童貞くんである。

「ドラフト四巡目、三ツ境左海みつきょう・さかい、十八歳。希望ヶ丘自由学園出身。背番号57」

 長身、百九十一センチのノッポがステージにあがる。速球とフォークボールが決め球だってさ。

「以上が新人投手どうえす。ワタクシのような一流投手になってほしいっす」

 元二流投手のギヤーギャー斉藤が大嘘の激励をする。新人たちは緊張のため、このボケにツッコミを入れられない。まだまだ修行が足りぬな。

 そのころ、風花はクルリントの若手社員に逃げられないよう腕を掴まれ、上島オーナー、舵取社長、佐藤智子秘書や河東ベンチコーチに見守られるというか監視されつつ、ステージの袖に現れた。進行のスタッフや、クルリントの関係者は冷ややかに彼を注視する。四面楚歌かな。ああ、愚や、愚や……。

「いいですか、新監督。あなたはギャーギャーさんが呼び出したら、ステージ後方の階段から格好よくステージに降りてきてください。スモークを出すので、足元にあるライトを頼りにしてください」

 今回の総合プロデューサーである演出家の綾本駄門氏が風花に注意を促している。しかし、それは無理な注文だ。風花がスモークでよく見えない階段を無事に降りられるわけがない。誰か早くそれに気づいて! だが祈りもむなしく風花は恐ろしく高い場所に設置された暗闇の控え場所にて出番を待つはめになった。


「さー、誠に長いことおまんたせ、いたシュワッチ。新生横浜マリンズを指揮する風花涼監督の登場どぅえ―――す!」

 ギャーギャーの叫びと共に、ステージ全体に花火が打ち上げられた。(横浜市消防局承認済)そして五十段の大階段にスモークが焚かれ、この世の天国と地獄が現れる。(あくまでも綾本駄門氏の演出メモよりの引用)その階段頂上に今一人の男のシルエットが出現。

「風花涼は男性だ!」

 スポジャパ、東記者が速報を本社に送る。

「あっ、あの時のオッサン!」

 唖然としたのはフリーライターの綱渡氏。

「さあ、降りて来い、風花監督」

記者たちが注目する、その時、

「うわあ」

と叫び声をあげ、風花新監督が大階段を転げ落ちる。

「えー」

 たじろぐ報道陣。

「うわー、助けて」

 地球の重力に逆らえないおデブの風花は『蒲●行進曲』のクライマックスのように大階段をグルグル、ゴロゴロ転がり急速に転落している。これは、笑いごとではない。新監督が、お披露目当日に転落死でもしたら球界大事件だ。しかし、

「あ痛たた……この階段高すぎるでしょ? 僕、高所恐怖症なのに。綾本駄門だっけ? あの演出家、僕のことよく知らないでしょ!(そりゃ知らないよな)でなきゃこんな莫迦な演出しないよね。まったく、ちょっと煽てられて、いい気になりやがって。今に見ていろ。僕が先に文化勲章とってやる」

 と風花が綾本に訳の分からない文句を垂れている。しかもその音声は襟元に付けられたピンマイクから会場全体に聞こえてしまった。綾本駄門氏は激怒してステージに落ちた風花を殴りに行こうとして関係者に止められている。報道陣大爆笑。ステージはドリフのコントみたいになってしまった。

「監督、大事ないっすか? 無傷! これぞ奇跡の新監督風花涼氏でシュワッチ」

 ギャーギャーが風花を持ち上げる。本当は単に脂肪と太鼓腹がクッションになっただけなのだが。

「では、風花新監督の就任記者会見を行いまっす。ここからは、ワタクシ、ギャーギャー斉藤のおふざけ司会ではなく、元親会社の首都テレビ一のイイ男、安曇野純一郎アナウンサーが取り仕切りますので、ワタクシはおさらバッチグー」

 と、ギャーギャー退場。続いて、安曇野アナと、一軍新任コーチがステージに登場。会見席が設けられ風花、上島オーナー、舵取社長を中心として左右に着席する。

「では会見を始めます。はじめに横浜マリンズオーナー、上島竜一株式会社クルリント代表取締社長よりご挨拶がございます」

 安曇野の言葉に続いて、上島が立ち上がる。

「本日は新年早々、私とも新生横浜マリンズのお披露目会にお集まりいただきましてありがとう存じます。ご覧のように新生マリンズは最強のコーチ陣を招聘することに成功し、チームの再建を図るべく春季キャンプ、オープン戦と突き進んでいく所存でございます。どうぞ今年一年、変化するマリンズにご注目ください」

 あれ、上島オーナー、きょうはおちゃらけキャラ封印。つまらないの。

「では続きまして新監督、風花涼氏よりご挨拶がございます」

 ついに、謎の男! 風花がベールを脱ぐ。と思ったが、

「ハロー。アイアム、スズシ・カザハナ。アイライク、マリンズ。サンキュー」

 なぜか棒読みの英語で挨拶。

「…………」

 場が凍りつく。エアコンが故障したようだ。

「監督、出来れば日本語でお願いします」

 安曇野が目を泳がせながら言う。場が凍りついているのに額から汗が止まらない。

「ああ、失礼。なんかメジャー移籍した日向五右衛門投手の生霊が取り付いていたみたいでして……えー、気を取り直して、私が風花涼本人でございます。偽物の風穴ではございません。以上」

 あっさりと挨拶終了。早く質疑応答をさせろという報道陣のプレッシャーに敗けて安曇野が、

「ではご質問のある方は挙手をお願いいたします」

 と質問を請う。

「ハーイ」

 とほぼ全員が手をあげる。

「では、スポジャパの東さん、どうぞ」

 スポーツ紙きっての敏腕記者、東国春ひがし・くにはるが先鞭を切る。

「風花監督、あなたは一体誰ですか?」

 もっともな質問。

「はい、僕は四十路のフリーターですけど、なにか?」

 平然と答える風花。デパ●錠の効果で飄々としている。ほんの少し前までビビってホテルの部屋に籠城していた人物とは思えない。

「そうではなくて、経歴や野球の経験をお尋ねしているのですが……」

 東記者が当惑しながら質問する。

「ああ、そっちですか。野球経験はないです。経歴はお配りした資料に載っております。詐称はしていませんのでご安心を」

「ざわざわ」

 記者たちが資料をめくる音がする。そして、

「あなた、ただの出版社の編集者だったのですか? なんでそんな人がプロ野球の監督になれるのですか?」

算計スポーツの西村記者が声を荒げる。

「まあまあ皆さん落ち着いて。ジャパン・プロ野球の規則にはサッカーのような指導者ライセンスの必要は明記されていませんよ。だから誰が監督をやろうと問題ないのじゃありまへんか?」

 と上島オーナーが反論する。

「ですが、この経歴では……出版社は懲戒解雇。一年間の家事手伝いに離婚してバツイチ、そして書店で最低賃金のアルバイト……」

 夕日スポーツ北方記者が初めて発言。

「きみは経歴だけで人を判断するのでっか? 私はその人の持つ能力で決めますわ。能力と実際の地位がマッチしてない人なんか、この世にごまんと居ると思いまっせ」

 上島がキレ気味に反論する。

「では、風花さんがその器であるということですね?」

 西村記者はなおも聞く。

「そうですわ」

 上島がうなずく。

「では具体的証拠を見せて下さいよ。彼がマネジメントに精通しているとかMBAの資格を持っているとか……」

 しつこく絡む西村。

「え? 僕バスケットには興味ないです」

 風花がボケる。

「そらNBAですがなー」

 お笑いに強い関西人、出入~の南記者がツッコむ。さすがだ。

「すいません、コーチの方に質問していいですか?」

 フリーライター、綱渡氏登場。

「どうぞ」

 安曇野が許可する。

「皆さんの中には監督も経験されたかたも大勢いる、そんな実力者がなぜ、素人の監督の下で働く気持ちになったのでしょうか? 特に沖合さんにお聞きしたい」

 綱渡は沖合を指名する。

「それは、『私を必要としている』、と言われたから、お手伝いする気になっただけのこと」

 沖合はぶっきらぼうに答える。はにかみ屋さんの沖合はマスコミ嫌いで有名だ。本音など言うはずもない。

「河東はん、あんたはどうなんや? 大阪府民は大ショック受けちょりまっせ」

 出入~の南が叫ぶ。

「ワシかて、『あんたが必要』言われたからには、男として受けにゃあ、あかんわ」

 言葉は違えども、意味は沖合発言と同様である。

「すると他の皆さんも同じ心ですか?」

 綱渡が尋ねると、

「そうだ」

「そうです」

 とコーチ陣は同意した。

「つまり、風花氏はお飾りで、実務はコーチの皆さんの合議制ということですね?」

 綱渡は手厳しい。

「そ、それは違いますよ!」

 風花が叫ぶ。

「僕は小学生のころからマリンズを見て来たんだ。キング一辺倒の評論家や記者さんたちよりもマリンズを熟知しているんだ。だから長所も短所もわかる。だから一流のコーチの皆さんに良いところは伸ばし、弱点は克服するように、僕が、僕が指示するんだ。このコーチの皆さんだって、僕が指名して招聘したんだ。僕はお飾りなんかじゃない!」

 風花は興奮して喋り終えると、用意されていた水を飲み、気管に詰まらせ、むせ返る。苦しむこと数分。報道陣は呆れてしまい、質問は途絶えた。

 結局風花が、お笑いというか笑われ者になっているうちに会見は強制終了されてしまった。


 会見終了後、風花を始めコーチ及び新人選手一同はベイサイドスタジアムに移動し、そこで待機していたナインと合流。スタジアムの外で待ち構えている、熱狂的なファン数十人に二階デッキから挨拶しに現れた。

「新生横浜マリンズ、頑張るぞ!」

 とチームリーダー、元町商司の掛け声にナインが応える。

「オウッ―――!」

 冬晴れの下、風花マリンズがようやく船出した。長く、熱い一年が始まる。


 そのころ上島は、ニューグランデの控え室に残って一服吸いつけていた。そこへ佐藤智子第一秘書が呼ばれる。

「社長、何でしょう」

 佐藤智子が尋ねる。

「ああ、君に辞令を下す。横浜マリンズに出向し、風花君のマネージャーをやって貰おう」

 上島が無表情に答えた。

「えっ? 私がですか……」

 佐藤智子は動揺を隠せない。

「ああそうだ。君が風花を監視し、監督として本当に適任かどうか確認するのだ」

 上島が厳しい職務を課す。

「私は短気だ。彼にマリンズの再生が出来ないとわかればすぐに首をすげ替える。代わりの人材はたっぷり用意してあるからな」

 上島はニヤリと笑うと佐藤智子を下がらせる。

(もしかして風花さんは単なる話題作り?)

 佐藤智子の髪を冷たい風が撫でた。

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