2 球団売却

 十一月四日、今も昔も文化の日の翌日、午後一時。

 横浜ベイシャラポンホテル大宴会場『昇龍の間』において、株式会社首都テレビホールディングスから株式会社クルリントへ、ジャパン・プロ野球、横浜マリンズの株式移譲によるオーナー変更、すなわち球団売却の発表が行われた。集まった報道陣の数は約五百名。近年、人気の凋落傾向が続くプロ野球ではあるが、今回の買収劇には関係者内外から多くの注目が集まり、マリンズ担当記者のみならず一般紙の経済担当や各テレビ局のレポーターなど多数が集まっている。

「それでは記者会見を始めさせていただきます」

 司会は首都テレビの人気アナウンサー、安曇野純一郎である。今日はいつものバラエティー色を薄め、ニュースでも読むような顔つきだ。

 まずは首都テレビ社長にしてマリンズオーナーである、御手呉夫(みて・くれお)氏より今回の球団売却の報告がなされた。

「えー、私ども、首都テレビは八年前に、ヨコハマ造船様より横浜マリンズ球団の後事を託され球団の発展に寄与するよう努力して参りましたが、結果として七年連続最下位という非常に残念な結果を残し、ファンの皆様、特に横浜の皆様の期待にお応え出来ず、誠に遺憾に思うとともに、『東京に本社を置く首都テレビがなんで、横浜のオーナーなのだ』や『首都テレビがオーナーになってからマリンズはさらに弱くなった』などのお叱りを方々より承り、全く持って申し訳が立たないと判断いたしまして、本日ここにおいて、みなとみらい地区に本社をお持ちの株式会社クルリント様への株式売却、オーナーの変更をご報告させていただきます。以上」

 なんとも本音を隠した発言である。当然、御手社長の表情は渋い。

 次に、株式会社クルリントの上島竜一(うえしま・りゅういち)社長が挨拶。

「どうも、こんにちはお日柄もよく……えっ? 外は大雨? ええー本日は土砂降りの雨の中、傘も差さずにお集まりいただきましてどうも、こんちきありがとう存じますう」

 なんだか大企業のトップとは思えぬ、おちゃらけたご挨拶である。報道陣からざわめきが起こり、カメラのフラッシュが一斉にたかれる。本作をご覧のみなさまはフラッシュの点滅にご注意ください。上島社長の挨拶は続く。

「ええ、私どもクルリントは主に人材派遣業及び、情報に関する様々なサービスの提供を行っております。その内容は複雑すぎて私にもわかりません。なので、今朝、インターネットの《ウィキ●ディア》で検索してみたら、私どもは『出版社』なんだそうであります。びっくりしたなあ、もう」

 報道陣一斉にズッコケる。さらに、

「クルリントと言って世間で一番に思い浮かばれるのは、ざっと二十年前の『クルリント・ホステス』事件かと思われます。あれは創業者の江頭二五十(えがしら・にごと)が人材派遣法の改正を巡り、政界に強いパイプを持とうとして行き過ぎた行為でございます。詳しくは彼の著書、もしくは新聞縮刷版か何かでお調べください。現在、当社と江頭は一切関係がございません。また現在、当然のことながら政治家に賄賂を贈ってもおりませんし、企業献金、個人献金も全くもってございません。このことは強く申し上げます。さて、話変わって、今回の横浜マリンズさんのことでございますが、私どもは一昨年、東京の千代田区からこちら、みなとみらいへと本社を移しました。税金が安いからですわ。ハハハ……みなさんここ、笑うとこですよ」

上島社長は笑顔で語るが、報道陣はドン引きしている。しわぶきだけが聞こえる。

「みなさん、そう怖い顔しないで……。話を戻しますと、本社の社長席の窓からマリンズの本拠地、ベイサイドスタジアムが見えるのです。でも、そのカクテルライトに何故か覇気が感じられないのです。球場がそう見えるのはチームに元気がない。選手に元気がない。それなら私どもが元気を注入しましょう。マリンズが元気になれば横浜が、神奈川が、いや日本が元気になる! と私、理由もなくそう思いました。だから元気な企業である我がクルリントがマリンズさんをお預かりしましょう! というわけでございます。……ここ拍手するとこですけど」

 後ろの方で2、3人が拍手している。おそらくクルリントの関係者だろう。記者たちは洒落が通じないタイプばかりのようで全く反応がない。

「では質問のある方は挙手をお願いします」

 司会者、安曇野アナが進行を進める。今日は《たっぴんこさん》(安曇野が出演している番組の人気ゆるキャラ)は出てこないようだ。つまらないなあ。

「はい」

 前列に座っていた記者が挙手をした。

「どうぞ、所属とお名前をおっしゃってからご質問をお願いします」

 安曇野が記者に質問を許した。

「毎毎新聞の中道です。御手社長にお伺いします。今回の球団売却の要因は首都テレビの視聴率低迷と関係があるのでしょうか?」

 中道記者、系列会社 (毎毎新聞は首都テレビの大株主)の人間にしては厳しい質問。

「えー、まず当社の視聴率がジャパンテレビ、湾岸テレビ、テレビサンライズに視聴率争いで負けておる、さらにはテレビトキオが尻尾に噛みついて来ているのもまあ、ぶっちゃけ事実だね」

 報道陣から失笑が漏れる。いくら、ぶっちゃけと言っても経営のトップがそこまで言ったらトップレスだ。

「しかし、それと今回の買収はあまり関係ないですね。売却額だって我々が支払った時より大幅に少ない金額だし、元は全然取れていませんよ。それより重要なことは昨今のプロ野球を含めたプロスポーツには『地元密着』が大事な要素だと考えます。だからこそクルリント様に売却するのです。これはマリンズの為の売却です」

 御手社長、後半はうまくまとめた答弁。

「はい、夕日新聞の左田です。クルリントさんは当然、スポーツ経営は未知の領域ですが、どういった経営陣、フロント、突っ込んでお聞きすれば監督人事などをお考えでしょうか?」

 今度は上島社長への質問だ。

「いやあ、鋭いツッコミ、いやご質問ですねえ。それらのこと、私、なーんにも考えておりません。とりあえず買っちゃいました的な《できちゃった婚》みたいな感じですわ。まあ、とりあえずは十二球団オーナー会議で参入を認めていただかないとお話になりませんので、まずはそこに全力投球ですわ。そうそう、昔、首都テレビさんで『た●きん全力投球』って番組やっていましたねえ、御手社長。私毎週、姉と一緒に木曜七時はあれを観ていましたわ。あのころは視聴率よかったでしょ? ねえ、御手社長?」

 おとぼけ&辛辣トークに御手社長は、

「ええ……」

と歯ぎしりしながら苦笑するしかない。

「はい、文藝夏冬、『ナンダー』編集部委託記者の綱渡です。上島社長、あなたはどこの出身ですか?」

 上島社長のへんてこ方言に戸惑っての質問がでた。

「私でっか? 私生まれはカリフォルニアですわ。十歳まであちらに住んどりました。親父が貿易商だったんです。そのあと札幌、沖縄、上海、モンゴル、大阪、シンガポール、アルゼンチン、ブラジル……ヨーロッパは二十ヶ国くらい転々としましたんで外国語ペラペラでっせ、なんてね。みんな片言で、全くものになりません。大学は神奈川国大ですわ。だから横浜には愛着あります。シューマイにはホタテの貝柱入っとらんと納得しませんし、おやつは《あるやけ》のハーパーか《豊悦屋》の鴨サブレしか認めません」

 と言いながら上島社長は茶うけに置いてあったチェリーパイをほおばった。

「闇雲新聞経済部の右手です。今回の買収について政財界のお歴々に相談したりされたのですか?」

 またしても上島社長への質問。報道陣はこの風変わりな社長にドン引きしながらも興味を持ち出したようである。

「いやあ、私、自称『一匹狼』ロンリーウルフですから、経済団体のパーティーとか苦手で出席したことないんですわ。でも、今回はいろんなところに仁義切らんといかんでしょ? おたくのナベハダさん、失礼、綿鍋さんにも挨拶せんとねえ、とりあえず、上島がよろしく言っていたとお伝えくださいませ」

「いやあ、私風情では雲上人の主筆には会えませんよ……」

 右手記者は冷や汗をかく。

「そうなの? 残念やわ。手間が一つ省けると思ったのに。闇雲さんはいまだに封建制度、いやカースト制でも布いてらっしゃるのかな。ウチんとこは上下関係なくフレンドリーでっせ。これからは若い感性が必要ですからね。なにせ、世間の移り変わりが早過ぎて私みたいなオッサンは、よう付いて行けません」

「週刊今昔の若竹です。上島社長はお幾つなんですか? それほどオッサン、いえお年を召しているとは見えませんが?」

「私、四十ですわ。不惑ですな……本当は部下たちに迷惑がられていますがね……ここも笑ってや。みんな表情硬いですわ。笑いましょ。笑顔こそ人間関係の潤滑油ですわ」

 上島社長はそういったが誰も笑わない。

「東京経済新聞の友永です。現球団社長の舵取氏は解任ですか? それと球団名は横浜マリンズで継続ですか? 企業名を入れたりしますか?」

 おっ、この友永記者こそ、舵取球団社長の知人である。

「もちろん、横浜マリンズで行きます。企業名は基本的に入れないのが不文律のようですからね。企業名いれたら『地域密着』の方針から外れて興ざめでしょう。それから舵取さんの事ですが、私は面識がないんですが、噂ではやり手の広告マンだったらしいですねえ。手放すには惜しい人材ですな。でも今のところは未定としておいてください」

「球団名に関しては東京メトロサブウェイズの例外がありますが?」

「あれは、偉大なる東京キングさんに遠慮して、わざと区別しやすくするためにそうしているのでしょ? メトロさんは公益企業だしね」

 この上島発言はマリンズファンを喜ばせた。そして、上島社長の人気も上昇し、翌年の『上司にしたい有名人ランキング』で十一位に食い込むという中途半端な偉業を達成させる事となる。

「他に質問ございませんか?」

 安曇野が報道陣に問いかける。

 シーン。挙手するものはない。報道陣は皆、上島社長の強烈キャラに当てられたようである。

「質問がなければ会見を終わらしていただきます」

 安曇野が言うと、カメラマンたちが、

「御手社長と上島社長が握手するところを撮らせてください」

と注文が出て、二人はひな壇で立ち上がり握手を交わした。満面の笑みをこぼす上島に対し、年長で企業規模も格段に大きい御手社長の笑顔は引きつっている。役者は上島社長の方が一枚上手のようだ。


 上島社長は控室に入ると、第一秘書の佐藤智子に話しかけた。

「私の会見はどうだったかね?」

 その顔は先ほどまでの笑顔はなく、目つきも鋭くなっている。

「お見事な会見ぶりでしたわ、社長」

 佐藤秘書が答える。

「ほう、どのように?」

 上島が尋ねる。

「会見に来た報道陣も、これから夕方のニュースでこの模様を観る視聴者も、社長が少し間の抜けた善人、または明るくて度量の大きな信頼に足りる人物と思うでしょう」

 と、佐藤秘書。

「うむ、まずは世間に好印象を与えられたかな」

 上島社長はそういうと、胸ポケットから煙草ヘブンスターを取り出し吸い出した。

「社長、今はいいですが、公の場では絶対煙草は吸わないようにしてください。匂いだってさせてはいけませんよ」

 佐藤秘書はそういうと社長にファブリー●を吹きかけた。

「ゴホゴホ、私に直接吹きかけなくてもいいだろう」

 上島が眉をしかめると、

「念には念をいれて。せっかく作り上げたイメージも一つの綻びで元の木阿弥ですからね。早く、禁煙してください!」

 佐藤秘書は社長に苦言を呈した。

「はーい」

 上島はお母さんに返事をする小学生のような声を出すと、

「まずは、第一関門突破だ。次は十二球団オーナー会議において全会一致で加盟を承諾させなくてはならない。その辺の手抜かりはないな」

厳しい表情で佐藤を見た。

「はい、まあ同業者の親会社はありませんので露骨に反対する勢力はないと思いますが、闇雲新聞の綿鍋氏だけは注意しないといけません。『クルリント・ホステス』事件で綿鍋氏が支持していた竹ノ内内閣を総辞職させたことを今だに恨んでいる可能性は否定できませんからね。せいぜい社長には《与太郎》キャラを演じ続けて戴かねばなりません。その後ろで我が社の特務グループが物心両方に仕掛けをかけていきます。成功の確率は極めて高いと思われます」

「うむ」

 頷くと上島はソファーに深くもたれ掛った。この男も大企業グループの社長だけあって本心は掴めない人物であったのだ。大人って恐い。


 同日、夕方五時少し前。

 国営放送と首都テレビ、テレビトキオを除く民放各局は今日のマリンズ買収会見の模様をトップニュースで伝えた。当然、あの上島社長のおとぼけ、おちゃらけ会見に注目が集まる。各局コメントテイターの発言を拾ってみる。まず、ジャパンテレビ『ニュースエブリディー』の緒鎌田実氏は、

「いやあ、型破りな社長ですわね。マリンズも型破りなチームになるかもしれません。でも無理して頑張らないのが一番ですわね。それにしても上島社長タイプやわ」

 続いて湾岸テレビ『ウルトラニュース』森村次郎氏。

「なんだか、大阪タワーズの買収会見みたいだね。彼は横浜っぽくないよ。ましては僕みたいな湘南ボーイには絶対なれないね」

 テレビサンライズ『Sニュース』キャスター田辺制躍アナウンサー。

「また、面白いキャラの人が出てきましたね。マリンズの野球も面白くなるか期待されます」

 と、賛否両論。ちなみに国営放送は七時のニュースと十二時の『ニュース24』の中のスポーツコーナーで、事実だけを報道、コメントはなし。首都テレビは夕方の『首都スタ』で御手社長と上島社長の会見風景にテロップを入れて放送。『土筆哲夫のニュース23』でも同様でキャスターの土筆哲夫氏が「新生マリンズに期待しましょう」とだけコメントした。無難なところである。ちなみにテレビトキオは夕方には『チキンチキン魔神もう食べた』というアニメの再放送をしており、夜のプライムタイムにもニュース番組がなく『いい足袋、草履、下駄』というよくわからないバラエティーを放送していた。


 同日、夜九時過ぎ。

 東京、千代田区紀尾井町のホテルニューオータム駐車場に大勢の報道陣が誰かの登場を今や遅しと待っていた。さて、誰が来るのだろう。固唾を飲んで見ていると、

「あ、来ました」

 という叫びと共に現れたのは、皆様もうお馴染みの、闇雲新聞主筆にして東京キング会長ナベハダこと綿鍋覇陀男氏である。彼のプロ野球に関するリップサービスは有名かつ面白いので、スポーツ紙やテレビ各局のスポーツレポーターは何かにつけて彼のコメントを求める。本当はそんな風に扱ってはいけない人物なのにねえ。それはともかくとして、今日の取材はマリンズ買収の件である。

「会長、マリンズのオーナー企業がクルリントになりましたが、一言お願いします」

 スポーツジャパンの東記者が尋ねる。

「ああ? オレはオーナー会議で決まってもいないことにコメントなんかしないぞ」

 と、つれない返事をするナベハダ氏。

「では、クルリントについてはどう思われますか?」

 と尋ねたのは算計スポーツの西村記者。

「オレはクルクルパーなんて企業知らんよ」

 とぼけるナベハダ。

「嘘おっしゃい。『クルリント・ホステス』事件で地団駄踏んだのはあなたじゃないですか!」

 厳しい質問をしたのはやっぱり、綱渡氏だ。

「ツナ、お前はよう勉強しているな。クルクルパーでは誤魔化せんか。たしかにあの時は政界に司直のメスが入り、売上税を導入しようとして、ただでさえ国民の不信感を一身に受けていた竹ノ内君が辞任するなど苦い思い出があるな。ただ、オレは江頭のことを有能な人間だったと今でも思っている。裸一貫からあれだけの企業を作ったのだからな。だが、出る杭は打たれるの例え通り、やつは既存の企業から徹底的に攻撃され焦っておった。だから、『クルリント・ホステス』の未公開株なんてものを政界に、ばら撒いて権力の後ろ盾を得ようとした。そこまで追い詰めた既存の大企業の力は怖いのう。本当の悪は姿を見せたりしない。ところで、今のクルリントはあのときのそれとは全く別物だろ。オレは正直、上島という男はよく知らん。だが、会見を見る限り、とんだ食わせ者じゃないかと思うぞ……もう喋り疲れた。車から離れろ! オレはもう帰る」

 そう言ってナベハダ氏は報道陣を追い払って車で去って行った。多くの夜のニュースショーはナベハダ氏の横暴な一面だけを報道して、彼を『全国民の悪役』としてスターダムに押し上げようとしているフシがある。まあ、ナベハダ氏以上に高圧的で傲慢そうなクソジジイはこの日本には見当たらないから仕方ないか。


 球団売却発表から一か月の間、まだ、正式加入が認められてもいないのにマスコミでは、新生横浜マリンズの監督人事の話で花が咲いていた。『スポーツジャパン』では、十五年前のマリンズ日本一の立役者、スーパーストッパーかつ、元メジャーリーガーの《大マシン》笹舟主計氏を最有力にあげ、『算計スポーツ』はマリンズが川崎に本拠地を置いていた時からの元エース平幕政治氏の起用を予想した。それぞれ両紙の専属評論家である。闇雲系列の『スポーツ放置』は現メジャーリーグ、ロサンゼルス・ドラマチックスの監督で、かつてマリンズに在籍していたことのあるガム・トローシー氏の招聘を確実視した。名古屋新聞系列の『金鯱スポーツ』は一面に名古屋カーボーイズの沖合洋志監督の退任をあげ、二面に元埼玉ザウルスのエースで福岡ドンタック、東京キング、そしてマリンズにも所属したことのある現役最古参左腕の九郎家康投手のプレイングマネージャー説を報じた。大阪人の愛読紙『出入~スポーツ』は辞任したタワーズ、明美監督の後任に吉本興行コーチの昇格の記事ばかり載せて、マリンズ監督人事については小さな囲み記事で、名将かつ老将でもある、此花咲也氏の起用が有力とした。此花氏御年75歳。ナ・リーグの名門、難波コンドルズ(現福岡ドンタック)の名捕手にして強打者。その後、家庭のトラブルからコンドルズを追われ、川崎アポロンズ(現、舞浜ランボーズ)に移籍。そこでも監督の金四正一(かねよん・まさいち)と対立し、最後は当時の新生球団、埼玉ザウルスに移った。その後、評論家として活躍したのち、東京メトロサブウェイズに監督として招かれ常勝軍団を作り上げ、同チーム退任後は、大阪タワーズ、仙台インパルスの監督を歴任した。日本プロ野球界でも稀なる名将である。しかし、もうご高齢。この記事はガセネタ臭い。さすがは出入~さんだ。タワーズ以外の記事はおざなりである。そして我らが地元の『横浜新聞』は一地方紙にも関わらずマリンズ関係の記事がどのスポーツ新聞より、沢山載っており、独自のスクープでもあるかと思いきや、監督人事については「曲者、上島社長、未知の逸材を招聘か?」と、結局誰だか予想も立てられないという情けない取材記事を掲載していた。ダメだなあ。


 そして、十一月三十日。

 東京千代田区の王国ホテル内会議場にて、十二球団代表者会議、続いて十二球団オーナー会議が開かれ、株式会社クルリントの横浜マリンズ買収について討論が行われ、いずれも全会一致でマリンズのオーナー企業変更が承認された。しかし、その席上において、ジャパン・プロ野球コミッショナーである、裁木公平(さばき・こうへい)元最高裁判事より、

「横浜マリンズはこの七年間、九十敗以上での最下位に甘んじており、この結果が現在のプロ野球人気低迷の大きな要因の一つとなっていることは紛れもない事実である。新オーナー企業である株式会社クルリント殿、及び同社代表取締役社長である上島竜一殿におかれてはこの現状を真摯に受け止め、チームを改革し、優勝争いの出来る集団に成長させることを第一義に考え運営されることを強く望みます」

という異例の談話がなされた。

 これにより新生横浜マリンズが正式誕生。遅れがちであった、フロント人事、監督選びが早急に開始された。

 まず、十二月一日、ベイサイドスタジアム内に設置されている横浜マリンズ球団事務所前において、新オーナー上島竜一氏より、球団社長に、解任確実とされていた舵取堅志氏の留任が発表され、報道陣より驚きの声があがった。それについて、上島オーナーは、

「マリンズ買収が決まってから、私どもは綿密な内部調査を行い、その結果、現時点では舵取さんに社長をお任せするのがベストの選択であるとの結論が出たんですわ。なにか問題でも?」

 飄々と語る上島オーナー。それに対し報道陣からは、

「プロ野球に素人である舵取氏留任は理に合わないのでは?」

 と疑問が呈されたが、上島オーナーは、

「だったら、プロ野球に素人の私がオーナーをやってはいけないということになっちゃうよ」

とオーナーは意に介さない。

「では、社長の下にプロ野球に通じたGMを招聘するのですね?」

 と報道陣が尋ねた。しかし、

「GM? アメリカの自動車でも買えっていうこと? それとも量産型のガン●ム?」

 と逆におバカな質問を返され報道陣は沈黙の集団となった。そこで、舵取社長が上島オーナーに耳打ちする。するとオーナーは大げさに頷き、

「GMっていうのはチーム編成の責任者ということね。ザッツライト。でもそれは監督の兼務でいいんじゃないかしら」

 と発言した。

「では監督の候補も決まっているのですね?」

 と報道陣が畳み掛けると、オーナーは、

「君たち、うちの本業はなんだか覚えてる?」

 と逆質問をかけた。

「ええと、人材派遣、インターネットサービス、出版事業でしたよね?」

 スポジャパの東記者が答えると、

「そう、グットアンサー。ですから、我がチームは監督を公募いたします。年齢、性別、国籍、プロアマいずれも野球の経験の有無は問いません。チームを強くする方策とマリンズへの深い愛情さえあればどなたでも結構です。奮ってご応募ください!」

 と上島オーナーは前代未聞の監督募集を公言した。ショックで言葉も出ない報道陣。

「皆さん、今の事しっかり報道してくださいよ。私はユニークで斬新なアイデアを持った人材が多数応募してきてくれることを強く希望します!」

 上島オーナーは満面の笑みをたたえてピースサインをすると球団事務所の奥へ入っていった。

「こ、これは大ごとだ」

 東記者が本社デスクに携帯電話を掛けだすと、他の記者たちも一斉に各方面に連絡を取り出した。しかし、あんまりいっぺんに携帯、スマホを使いだしたので回線が一時的にパンクしてしまった。慌てた記者たちは、タクシーやバイク、あるいはヒッチハイクで本社へとすっ飛んでいった。

 テレビ各局(テレビトキオを除く)は夕方のニュースで上島オーナーの発言を大々的に報じた。今回は国営放送も、首都テレビも同様である。その論調は総じて批判的なスタンスであった。例えば湾岸テレビ『ウルトラニュース』は野球評論家の『おてもやん』こと、御手元孟紀氏をゲストとしてスタジオに招き、

「これは、プロ野球界に対する冒涜です」

 と発言させた。

 またジャパンテレビ『ニュースエブリディー』では、同じく野球評論家の桑原和真氏が、

「お祭り騒ぎで話題を集め、最終的にはプロ経験者を監督にするのでは?」

 と論理的で常識的なコメントをした。その他多くのメディアも桑原氏と同様な意見が多かった。

 そして、例の《ナベハダ》氏は、

「やっぱり、あいつらはクルクルパーじゃないか。今からでも加入承認を取り消せないのか?」

と報道陣に大声で怒鳴った。

 いやが上でも世間の注目は横浜マリンズ監督人事に集まる。近年では珍しく日本中が野球の話題一色になったのである。

 翌日のスポーツ紙も金鯱スポーツと出入~スポーツを除いて上島発言が一面になった。しかも、各紙とも否定的な見出しで出揃っている、

スポーツジャパン『マリンズ上島暴挙!』

算計スポーツ『マリンズダメだこりゃ…』

スポーツ放置『マリンズ進水式前に沈没!』

夕日スポーツ『上島氏オーナー不適格?』

と散々であり、一般紙においても一面こそないがスポーツ面に、各紙が批判的、懐疑的な評論を展開、クルリントのオーナー企業としての適性を疑う論調が強かった。

 あまりのことにクルリント社長室では第一秘書の佐藤智子が上島社長に、

「こんなに酷く書かれて大丈夫なんですか?」

と真っ青な顔で問いただしている。それに対して上島社長は、

「始めの勝ちは嘘っ勝ちてね、だいたい高支持率でスタートしたものは落ちていく一方なのさ。最近の総理大臣を見ればわかるだろ。少しぐらい叩かれているほうが結果次第で大きく賞賛されるんだよ」

 と意にも介さない表情で答えた。

「それより佐藤君、インターネットなどで早急に監督募集を掛けたまえ。時間はないんだ。心配する暇があったら新聞広告や横浜市営地下鉄、相鉄、京急、東横、みなとみらい線に吊り広告を依頼するんだ。応募の締切りは十四日! 討ち入りの日だ!」

 と大声で佐藤秘書に喝をいれた。

 一方、マリンズの球団事務所では選手たちの契約更改が行われていた。選手たちは一様にチームの将来に対する不安を言い募り、中には「トレードに出してください」と真剣に訴える者もあった。舵取社長はそれらに「必ず、良いチームになるから心配せずに身体のケアに努めてください」と言うしかなかった。本当は舵取自身も不安で仕方なかった。全くチームの未来の展望が見えないからである。上島オーナーの強い説得で球団に残ったがそれで良かったのかどうか本人にも分らなかった。

 異常なまでに暗雲立ち込める横浜マリンズ。皆の不安が高まる中、十二月十五日、監督を決める面接会が海を望める老舗ホテル、山下公園向かいにある、ヨコハマニューグランデホテルの会議室で行われた……。

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