※王宮※
魔法王国の首都オーキスの中心に位置する、大魔導師メルセラの住まう宮殿。
美しい青の宝石と水晶で飾られた白亜の城内では、現在、ちょっとした騒ぎが起きていた。
最初に動いたのは、メルセラの三番目の弟子、豊かな銀の髭に鼻から下をすっぽり覆われた老賢者マイコス。
マイコスは、日当たりのいい窓辺で日課の髭のブラシかけを鼻唄まじりに行っている最中、強大な魔導の発現を察知し、ビクリと肩を震わせたかと思うと、使い込んだ飴色の琥珀の柄の馬毛のブラシを髭の顎の辺りの部分に差し込んだまま、わなわなと戦き、素早く部屋を飛び出した。
長い廊下を抜け、宮殿の真ん中にある手入れされた庭園に駆けつけた老賢者に、噴水前に置かれた遊戯机で碁を楽しんでいたメルセラ四番目の弟子…丸い頭を綺麗に禿げさせたシシル老人と、五番目の弟子…松の葉にも似た硬い黒髪を刈り上げた筋骨隆々の若い男…チャレコフがその手を止め、毛の塊のような同僚を見つめた。
「いったい、どーうしたの、ですかなー?」
にこにこと、白いシャツと肌色の股引きの上に腹巻きを着け、茶色の半纏を羽織ったシシル老人が黒縁の老眼鏡の奥で皺だらけの目尻を細める。
「どうしたもこうしたもないわい!たーいへんじゃあ!」
マイコスが髭をモグモグ言わせながら両腕をばたつかせると、チャレコフが厳つい顔に似合わぬ慈愛に満ちた微笑みで、目礼をしつつ老賢者の髭の上で踊る琥珀のブラシをすっと抜き取った。
マイコスの髭は、綿毛のように柔らかく艶やかなのだ。
ブラシを賢者の手にそっと握らせて、チャレコフが頷く。
「先程発現した魔導ですね。我々も感知いたしました。」
「おまえさんー、慌ててくるじゃろうからー、まっとったんじゃー。」
シシルが呑気に湯飲みを傾けつつ笑い、チャレコフに茶を薦められてようやく落ち着いたのか、器用に髭の中にカップを差し込み茶を啜りながら、マイコスはため息を吐いた。
「とりあえずメルセラ様にお会いせんとのう。しっかし、あれほどの魔導の使い手我ら『メルセラの七人の弟子』以外に、今のカザに存在していないはずじゃがのう…」
一番目の光の賢者ルルウは五年前、二番目のササラは二年前に寿命で亡くなり、六番目は魔導を自ら封じて放浪の旅に、七番目はどこぞの島に隠居している。
先程発現した魔導は、レミアスの波動を持っていた。
メルセラの七人の弟子達の中で彼の呪文を発動できたのは、メルセラ以外ただ一人、光の精霊に最も愛された男、光の賢者ルルウだけだ。
他の賢者達もそれぞれの資質に応じた高位魔導を発現できるのだが、何よりレミアスの呪文はリスクが多すぎる。
周囲に害を為すような邪法とは違い、性質そのものは真っ当な正法だ。
邪な力を消し去り、傷ついた精霊を癒し安定させ、術者以外を傷つける事無き奇跡の御業。
しかし、何よりその奇跡の呪文を司る精霊が厄介なのだ。
気まぐれで面食いな光の王。
その機嫌を損なえば、時と空間の狭間に閉じ込められ、永遠に死ぬことも生まれる事も出来ない儚い何かになってしまう可能性すらある。
基本的にメルセラの弟子クラスの資質が無ければ精霊に届きはしないはずだが、曲がり間違っても事故が起きることの無いように、『彼の術はみだりに唱えてはならない』と、魔導学校では最初に習わせていた。
危険極まるこの厄介な魔法を、一体、誰が何のために発動したのか。
早急に調査する必要がある。 あるのだが。
「最近、あの方は退屈しているからなあ…」
嫌な予感がして、老賢者は胃を押さえた。
高位魔導を身に付けた者は、長寿である。
シシル老人などはマイコスより五百年程歳上であるが、メルセラときたら惑星の文明と同じ年月を生きているので、退屈も計り知れない。
魔導の腕を認められ、研鑽の中でメルセラの弟子と呼ばれ、長い時を偉大なる魔導師と過ごしてきて、解ることは。
この事件を、自分たちの師は見逃さないだろう。
という事だった。
「しーばらく、仕事がふえそーですなあー」
「嵐が来ますね…」
三人の賢者達は、確実に歪められた未だ知らない何者かの運命に、深く同情しつつ、溜め息を吐くのだった。
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