友だちクジ <後編>
「鈴を返してあげてもいいけど……。その代わり、この大事な鈴を、鈴屋さんの持ってるほかの鈴のどれかと、交換してくれない?」
そう言って、トモコは、くるりと鈴屋さんのほうに向きなおった。
鈴屋さんは、トモコの言葉に、戸惑った顔で問い返した。
「タダじゃあ、鈴を返してくれないってのかい?」
「そうよ。だって、わたしが拾わなきゃ、この大事な鈴が、そこの川に落っこちちゃうところだったのよ? お礼くらい、してくれたっていいじゃない」
本当は、トモコが拾う前に、鈴は川の手前で勝手に止まった。でも、そんなこと、鈴屋さんは知らないのだ。
鈴屋さんは、腕を組んで、うーんとうなった。
そして、少し悩んでから、「仕方ないなあ」とため息まじりにつぶやき、背中にしょった木箱を地面に下ろした。
木箱の中から、鈴屋さんは、二つの鈴の根付を取り出した。
サクランボくらいの大きさの二つの鈴は、どちらも同じ形をした、色違いのものだった。片方は、きらきらと光る銀色の鈴。もう片方は、にぶく光を照り返す、かすかに青みがかった黒い鈴だ。
「これは、幸運を呼ぶおまじないの鈴だ。こっちがしろがねの鈴で、こっちがくろがねの鈴。この鈴を鳴らすと、その音が幸運を呼び寄せる。ひとたびオレのもとから離れれば、そのあと鈴を鳴らせるのは、たった一度きりだがね」
言いながら、鈴屋さんは、二つの鈴を順番に鳴らしてみせた。
しろがねの鈴は、ちりん、ちりん、と涼やかな音を鳴らして揺れた。
くろがねの鈴は、ころん、ころん、と丸みのある音を鳴らして揺れた。
「おじょうちゃんには、たしかに大事なものを拾ってもらったからね。特別に、この幸運の鈴のどっちか一つを、お礼にあげよう。さあ、どっちの鈴にするか、選んでおくれ」
そう促されて、トモコは、二つの鈴をじっと見つめる。
それから、鈴屋さんの顔を見上げて、こう尋ねた。
「しろがねの鈴と、くろがねの鈴は、どう違うの? どっちも、幸運を呼ぶ鈴なのよね。ただ、色と音色が違うだけ?」
「いいや、そんなことはない。しろがねの鈴とくろがねの鈴とでは、それぞれ呼び寄せる幸運の大きさが違う。しろがねの鈴は、大きな幸運を呼び寄せる。くろがねの鈴は、それよりもささやかな、小さな幸運を呼び寄せる。おじょうちゃんは、どっちの鈴がほしいかね?」
それを聞けば、何も迷うことはなかった。
ささやかな小さな幸運よりも、どうせなら、大きな幸運のほうがいいに決まっている。
「しろがねの鈴がいいわ。そっちをちょうだい!」
大きな声でそう告げると、鈴屋さんは、「そうかい」とうなずいた。
鈴屋さんは、木箱から短冊状の紙の束を取り出し、そこから取った一枚の紙切れを三つ折りにして、しろがねの鈴の底の隙間に押し込んだ。鈴屋さん以外は一度しか鳴らせない鈴だというから、使うときがくるまで、勝手に音が鳴らないようにするためだろう。
そうして、鈴屋さんは、トモコにしろがねの鈴を渡した。
それと引き換えに、トモコは、鈴屋さんにこがねの鈴を返した。
「ありがとうよ」
こがねの鈴を受け取り、鈴屋さんは、木箱を背負って立ち上がる。
「なあ、おじょうちゃん。鈴を拾ってくれたことには感謝する。けどな、何事も、あんまり欲ばってると、ろくなことにはならねえぞ」
立ち去りぎわに、鈴屋さんは、ぽつりとそんなことを言い残した。
けれど、幸運を呼ぶ鈴を手に入れて、すっかり浮かれ気分になっていたトモコは、鈴屋さんの言葉などまったく気にも留めなかった。
+
次の日。トモコは、うきうきとした足取りで、いつもの駄菓子屋へとやってきた。
店に入って、いつものように、まっすぐレジの横のクジ引きコーナーに向かう。
でも、今日のトモコは、いつものトモコではない。だって、鈴屋さんにもらった、幸運を呼ぶしろがねの鈴を持っているのだから。
しろがねの鈴の音色は、大きな幸運を呼ぶ。
この鈴を鳴らして友だちクジを引けば、なかなか当たりの出ないこの店のクジでも、きっと当たりを引けるだろう。もしかしたら、今まで誰も引いたことがないような、大当たりの友だちが手に入るかもしれない。
期待を胸に、トモコは、店主のおばあさんに百円玉を渡した。
そして、しろがねの鈴から紙切れを引きぬき、ちりん、ちりん、と鈴を鳴らしてから、友だちクジの箱に手を突っ込んだ。
しろがねの鈴があるからと、今日は迷わず、いちばん最初に手に触れたガムをつかんで、それを引く。
どきどきしながら、ガムを包んでいる銀紙を、ゆっくりと破る。
はたして、中から出てきたのは、赤でも青でも緑でも紫でもない、はじめてこの目で見る、真っ白いガムだった。
「おや、おめでとう。白いガムは当たりだよ。運のいいおじょうちゃんだね」
店主のおばあさんが、そう言ってにっこり笑った。
トモコの顔にも、知らず知らずのうちに、にやけた笑みが浮かんでいた。
やった。ついにやった。夢にまで見た当たりの白いガムだ。しろがねの鈴は、間違いなく幸運を呼んでくれたのだ。
トモコは、引き当てた白いガムを、すぐさまその場で口に入れた。
もぐもぐもぐ。はやる気持ちを抑えながら、しばらくじっくりガムを噛む。そうして、じゅうぶん柔らかくなったガムを、ぷうーっと思いきり膨らませる。
すると、ガムのフーセンは、どんどんどんどん膨らんで、あっという間にトモコの背丈よりも大きくなった。
そのフーセンがパチンとはじけると、割れたフーセンの中から、一人の女の子が現れた。
水色のワンピースを着た、トモコと同じくらいの歳の女の子。
その子は、髪が長くて、肌が白くて、とてもかわいらしい顔立ちをしていた。トモコのほうを向いて、にこりとほほえんだその顔は、明るくて、優しくて、頭だってよさそうに見えた。
こんなすてきな子が、今から、わたしの友だち!
わたしだけの、親友!
トモコはもう、どうしようもないくらいにうれしくなった。
女の子に笑い返して、トモコは、少し照れながら口を開く。
「あの、わたし、トモコっていうの。あなたの、お名前は?」
ところが、女の子は、それには答えなかった。
女の子は、片手で口元を隠しながら、ちょっと待ってね、というようなしぐさをしてみせた。
かと思うと、その子は口をもぐもぐと動かして、その口の中から、ぷくーっと白いフーセンガムを膨らませた。
大きく大きく、女の子の背丈をも越えて膨らんだフーセンガムが、パチンとはじける。
割れたフーセンの中からは、また一人、トモコと同じ年頃の女の子が現れた。
その子は、オレンジ色のシャツを着た、髪の短い女の子だった。水色のワンピースの子とはぜんぜん雰囲気が違うけれど、こっちの子も、やっぱりとてもかわいらしい顔立ちの、明るくて優しそうで、頭のよさそうな女の子だ。
ぽかん、とあっけに取られているトモコに、店主のおばあさんが、にこにこと笑ってこう言った。
「おや。おじょうちゃんは、ものすごく運がいいんだねえ。おじょうちゃんの引いたガムは、大当たりのガムだよ。大当たりが出たから、特別にもう一人、友だちをプレゼントだ」
それを聞いたトモコは、手に持っていたしろがねの鈴を、ぽとりと床に落とした。
そんなトモコの前で、フーセンガムから出てきた二人の「友だち」は、お互いに顔を見合わせてほほえみ合った。
それから、いっしょにトモコのほうを振り向くと、
「これから、どうぞよろしくね。三人で仲良くしようね、トモコちゃん」
と、声をそろえて言った。
三人で――。
ああ、と、トモコは力なくうなだれる。
その人数に、トモコもう、今からいやな予感しかしなかった。
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