これを貼るだけで、どんな本の中身もバッドエンドに!

バッドエンド・ラベル<前編>

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 世の中にあふれる ハッピーエンドの物語に

 うんざりしている そこのあなたへ。


 この魔法のラベルを使って 

 この世のありとあらゆる物語を

 バッドエンドに書き換えよう♪


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 商品名:バッドエンド・ラベル

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「バッドエンドの本って、どれですか?」


 ある休日の昼下がり。

 散歩の途中、ふらりと立ち寄った路地裏の古本屋で、少女は店主にそう尋ねた。

 レジで暇そうに雑誌を読んでいた老店主は、ゆっくりと顔を上げ、皺だらけの顔に埋もれた小さな目を、少女へと向けた。


「おじょうちゃん、バッドエンドが好きなのかね」

「ええ、大好き。ハッピーエンドなんかよりも、ずっと面白くて、楽しくて、ワクワクするもの。だから私、書店に行っても、図書館に行っても、いつも店員さんや司書さんに『バッドエンドの本はどれですか?』って聞いてるの」


 少女が答えると、老店主は、小さな目をますます深く皺の中に埋め込み、喉の奥でかすかな笑い声を立てた。

          

「なるほど、筋金入りだねえ。変わった趣味のおじょうちゃんだ」

「変わった趣味? そうかしら。人の不幸話が好きなのって、私に限ったことじゃあないと思うけど。それに、幸せな結末って、刺激がないじゃない。ハッピーエンドっていうのは、要するに、その物語がもっとも刺激を失った状態で収束するってことよ。それのどこがどう面白いのか、私にはさっぱりわからないわ」

 唇を尖らせてそう言い返してから、少女は、再び老店主に問い直した。

「それで、この店に置いてある本の中で、バッドエンドの本って、どれ? 作品のジャンルや年代は問わないわ。小説でもいいし、漫画でもいい。とにかく、結末がバッドエンドでありさえすれば、なんだってかまわないから」


 身を乗り出す少女に、老店主は「ふうむ」とうなずいた。

「そうだねえ。バッドエンドの本を、いくつかおすすめしてもいいんだが……。それよりも、おじょうちゃんには、いいものがあるよ」

 老店主は、にやりと笑い、レジの横にある金網へと手を伸ばした。そこには、何やらシールのような商品が吊るされている。それを一つ手に取って、老店主は少女に差し出した。


「これは、〈バッドエンド・ラベル〉というものでね。このラベルを貼ると、どんな本でも、その結末をバッドエンドにすることができるのさ」

 老店主の言葉に、少女は、驚いて目を丸くした。

「何、それ。そんなすてきなアイテムがあるっていうの?」

「ああ、見たことも聞いたこともないだろう? うちのオリジナル商品だからね。ほかじゃあ手に入らないよ」

「そ、それがあれば、本来はハッピーエンドが書かれてる本でも、そんなことは関係なく、どれもこれもバッドエンドにできるってこと?」

「そういうことさ。おじょうちゃんにはぴったりだろう?」


 少女は、差し出された〈バッドエンド・ラベル〉を見つめて、ごくりと喉を鳴らした。


 どんな本の結末でも、バッドエンドにすることができるラベル――。


「その話が本当なら、是が非でも欲しいところね。でも、もしも嘘だったら、承知しないわよ」

「嘘じゃあないさ。なんなら、何か一冊買って、ここで試してみてもいいんだよ。それでラベルの効果がなけりゃ、本のお代もラベルのお代も、この場で返金するからさ」

「ふうん……」

 そこまで言うのであれば、ここは信じてみてもよさそうだ。


「それじゃあ、その〈バッドエンド・ラベル〉を一つ、いただくわ」

「はいよ」

 老店主は、ワックス紙の薄っぺらい紙袋にラベルを入れて、袋の口を折ってセロテープで封をした。


「おまけも入れといたから、よかったら、そっちも使ってみるといいよ。まあ、おじょうちゃんは、あんまり気に入らないかもしれないけどね。要らなけりゃ、誰かほかの人にあげて、ついでにうちの店を宣伝しとくれよ」

 そして、老店主は、商品を入れた袋を少女に手渡しながら、こう言った。


「そうそう……一つ注意しておくが、このラベルは、一度貼ったら二度と剥がすことはできないからね。大事な本に貼るときは、その本の中身が、本当にバッドエンドになってもいいのかどうか、よく考えるんだよ」


 老店主の忠告に、少女は、笑ってこう答えた。

「そんなの、心配いらないわ。バッドエンドじゃない大切な本なんて、私は一冊も持っていないもの!」



     +



 帰宅した少女は、本棚のある自分の部屋に入るなり、さっそく古本屋で買った〈バッドエンド・ラベル〉を、袋から取り出した。

 透明なシートの上に並んだ、絆創膏ほどの大きさのラベル。一枚の台紙上にあるラベルの数は、六枚×二列で、合わせて十二枚。ラベルには「BAD END」の文字と、それを取り囲む蔓模様の枠線が印刷されている。


 一見、ただのシールと変わりない。

 でも、あの老店主の言葉が本当ならば。


「とりあえず、一枚使って、試してみましょう」

 独りごちて、少女は本棚へと向かい、ちょうどいい本がないかどうかを探す。

 しかし、少女の部屋の大きな本棚に並ぶ書籍は、小説にしろ漫画にしろ、そのほとんどが、そもそもからしてバッドエンドの本ばかり。そうでない本となると、探すだけでもひと苦労だった。


 しばらく探したのちに、少女はようやく、二重本棚の奥に埋もれていた一冊の本を取り出した。

 それは、少女が小さい頃に親から貰った、童話集だった。


「子ども向けの童話集だし、これなら確か、結末が『めでたしめでたし』で終わる話ばっかり、収録されていたはずだわ」

 そのため、バッドエンド愛好家の少女にとっては、てんでつまらない本だった。親からプレゼントされた手前、一応ひととおり目を通してはみたものの、それきり読み返す気にもならず、本棚の奥へ押しやったまま忘れていたのだ。

 ラベルの効果を試してみるには、うってつけの本である。


 少女は、念のために童話集をざっと読み返して、その中身がやはりハッピーエンドの物語ばかりであることを確認し、

「うん、つまらない!」

 とうなずいて、本を閉じた。


「さあ。このつまらない童話集が、ラベルの力で、いったいどんな本に変わるのかしら?」

 少女は、シートから〈バッドエンド・ラベル〉を一枚剥がして、それをペタリと、童話集の表紙に貼り付けた。


 その途端。

 貼り付けたラベルは、「BAD END」の文字だけを薄く残して、溶け込むように、本の表紙と一体化してしまった。

 少女は「あっ」と声を上げた。

 二、三度続けてまばたきしたあと、表紙の上に残った「BAD END」の文字を、目を凝らして見つめ、その周りを指でさすってみる。しかしそこには、どれだけわずかな凹凸さえもありはしない。軽く引っ掻いてみても、爪の先は表紙の上をつるつると滑るだけだった。


「なるほど。一度貼ったら二度と剥がせないっていうのは、こういうこと」

 納得して、それから少女は、おもむろに童話集を開き、また最初から読み始めた。


 すると、どうだろう。

 本の中身が、本当に、先ほどまでとは変わっている!


『ヘンゼルとグレーテル』の物語は、お菓子の家の人食い魔女を倒して、命からがら我が家に逃げ帰った兄妹を待っていたのは、優しい父親ではなく、竈に突き落として焼き殺したはずの人食い魔女で、台所で鍋を沸かす魔女が二人を振り返ってニヤリと笑い、バッドエンド。

『三匹の子ぶた』の物語は、レンガの家の子ぶたが、煙突から侵入してきたオオカミを湯の煮えたぎる鍋に落として撃退したあと、レンガの家の周りを取り囲む何十匹ものオオカミの群れが現れ、それに気づかない子ぶたが食糧を探しに家の外に出てくるところで、バッドエンド。

『白雪姫』の物語は、毒リンゴによって倒れた白雪姫が、倒れた際に顔に大きな傷を負い、その傷のせいで王子に見初められることなく、やがてその傷から腐り始めた白雪姫を入れたガラスの棺が、小人たちの手によって土中に埋められ、バッドエンド。


 少女は、夢中でページをめくり続けた。

 読んでも読んでもバッドエンド。ただひたすらに、バッドエンドの詰め合わせ。「この物語が、つまらないハッピーエンドだったらどうしよう」という懸念など、微塵も抱かなくてすむ安心感。

 こんなにも面白い童話集は、初めてだ!


「すごい。すごいわ、〈バッドエンド・ラベル〉……!」


 そうして、ラベルを貼った童話集を読み終えた少女は、心から満足した溜め息と共に、本を閉じた。


「なんてすてきなラベルなの……。これは、もっともっと、いろんな本を試してみなくちゃね」

 呟いて、少女は再び本棚へと向かった。

 本棚の奥を探って、埋もれていた何冊かの本を引っぱり出す。

 それらは、タイトルや作品紹介文からバッドエンドを期待して買ったものの、実際読んでみたら、少女にとっては期待外れの結末だったという、そんな本たちだった。


 ペタリ。ペタリ。ペタリ。

 シートから剥がしたラベルを、少女は、目の前に並べた本の表紙に次々貼っていく。

 ラベルはたちまち本と一体化し、その本の結末を捻じ曲げる。


 さきほどの童話集は、ラベルによって、いわばバッドエンド短編集になったわけであるが、長編作品のバッドエンド化もまた、楽しく面白いものだった。


 表紙と作品紹介の雰囲気の暗さから、てっきり不幸な結末の物語だと思い込んで買った本は、いざ読んでみれば、生い立ちだけ不幸な主人公が着実に困難を克服していき、人間関係にも経済的にも恵まれた幸福な人生を手に入れるという、実にくだらない結末の作品だった。だが、そんなハッピーエンドの物語も、バッドエンド・ラベルを貼れば、このとおり! 幸福への道を歩んでいた主人公は、最後の最後で思わぬ落とし穴にはまり、恋人も友人も家族も金も仕事もすべてを失い、絶望に立たされてバッドエンドを迎える物語となる。


 あるいは、たいていバッドエンドの作品を書く作家だからと信頼して新作を買ったものの、その本に限ってハッピーエンドで物語が終わってしまった、残念な本。思わず投げ捨てたくなったそんな本も、バッドエンド・ラベルの力によって、これぞ求めていた結末という物語に生まれ変わる。もとの内容ではハッピーエンドへと向かうためにあった分岐点を、ラベルを貼られたあとの本の主人公は、ことごとくもとの内容とは反対にたどっていき、その結果、転げ落ちるように不幸になっていく。主人公の人生はもはや何をやっても悪いほうへしか進まず、その不幸が最高潮に達したところで物語が終わり、バッドエンドとなる。


 ラストでどんでん返しがあって、それまでの成果がすべて無になるパターン。主人公を取り巻く状況が悪化し続けていった果てに、ひと欠けらの救いもないまま物語が終結するパターン。――何冊か試してみた結果、長編作品のバッドエンド化は、だいたいこの二つのパターンのどちらかになるようだった。


「うん。いいわね、長編も……」

 短編作品とバッドエンドの相性の良さは自明であるが、長編作品のバッドエンドもまた、長編ならではの読み応えがあってすばらしい。一冊読み終えるたびに、少女はうっとりと至福の溜め息をつく。


 そうして、少女はその日、明け方までバッドエンドの物語を読みふけったのだった。

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