寝言だけを集めて作ったCDです。

寝言CD

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ふしぎなふしぎなこのCD


人恋しい 夜の眠りのお供にZzzzz……


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 商品名:寝言CD

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 あ、気になりました? 「寝言CD」の話。


 ええ、まあ、その名のとおりって感じですね。そのまんま、寝言だけを集めて作ったCD、だったんですよ。そう。人の寝言を録音して、それをCDにして販売しているもの――だと。少なくとも、パッケージの説明書きには、そう書いてありました。

 えっと。買った場所は、別に……近所にある、普通のCDショップでしたね。ええ。もうほんと普通に、店の棚に並んで売られてましたから。んーと、ラジオとか朗読とか効果音とか、その辺の棚でしたかねえ……。


 いや、その場では買わなかったんですよ。

 はい。もちろん、私だってめちゃくちゃ気になりましたけど。でも、つまんないもんだったらやだなーって、警戒心もありましてね。

 試聴はねえ、あいにく、できないCDだったんですよ。

 だから、買ってみないことには、中身がわからない。

 迷った末に、まあ、ここはいったん保留かなって。


 で、家に帰ってから、一応調べてはみたんですけどね。ネットで検索して。けど、それらしい情報ってのは、どうも見つからなかった。

「寝言CD」ってキーワードで引っ掛かるものは、あるにはあったんですけどね。それは、単にタイトルに「寝言」って単語が入った楽曲のCDだったり、あるいは、アニメだかゲームだかのキャラクターの、ボイスCD? っていうんですか。そんなやつばっかりで。ショップで見たあのCDとは、どう考えても別物だよなあって。


 だから、まあね。

 はい。買いましたよ、結局は。


 もう、店から帰ったあと、ずっと気になって気になって、仕方なくてね。日が経つにつれて、好奇心は落ち着くどころか、ますます募っていくばかり。

 買って後悔するかもしれない。「なんだ、こんなもんかよ。くだらねえ」って、CD投げ捨てたくなるような、クッソあほらしいものかもしれない。

 それでも、ね。

 CDの中身が、たとえどんなものであれ、こうなったらもう、とにかく一度聴いて確かめてみないことには、どうにもこうにも気持ちが治まらない。そんな状態にね、なってしまったわけでして。買わずに後悔するよりも、買って後悔するほうが、ずっとマシだと。そう思ったんですよ。


 ふふ、わかりますよね。あなたも今、そのCDの中身がどんなものなのか、気になって気になって、仕方ないでしょう?

 もし私が、ここでこの話を切り上げたら……やっぱり、怒ります?

 あ、冗談ですよ、冗談。いやあ、ハハハ。

 ええ、もちろん――ご心配なく。こうして話し始めた以上は、ね。


 あー、でも、あれですね。

 たとえばですよ? 私がここで、この鞄からくだんのCDをおもむろに取り出して……「このCDの中身、ご自分の耳で確かめてみたくないですか?」――とかね。

 なんか、そんな商法って、実際ありそうですよね。


 あ、いや。私は別に、物売りじゃあないんで。

 それに――。

 CDは、今、もう手元にないんですよ。

 ええ、ないんです。だって、そのCD――……。


 ふぅ。

 ちょっと、のど渇きましたね。何か、注文しません?


 えっ、いえいえいえ。別にそんな、ここを奢ってもらおうとか、そういう魂胆ってわけじゃ。いや、本当に。……そうですよねえ。行きずりのあなたに、こんなふうに、いきなり馴れ馴れしく話しかけちゃって。不審に思われるのも、そりゃ仕方ないかもですが。でも、ほんと、他意はないんですよ。私はただ、おしゃべり好きな人間ってだけなんで。こうして話を聞いてもらえるだけで、こっちは嬉しいんでね。お気になさらず……。


 第一ねえ……。

 うーん……。


 この話に、お茶を奢っていただけるほどの顛末って、ないんですよね。いやあ、ここまでもったいぶっといて、申しわけないんですが。

 まあ、そうはいっても、中途半端なまま終わらせるのもなんですし……。

 話を戻しましょうかね。

 ええと。その、「寝言CD」をね。結局は、我慢できずに買ってしまって……ってところまで、話しましたっけ。

 はいはい、その続きですね、肝心なのが。


 CDを買って帰って。……ええ、もちろん、家に着くなり、さっそく聴いてみましたとも。


「寝言CD」の中身。

 それがいったい、どんなものだったか?

 それは――……。


 ハハッ、ごめんなさい! 実は、私も知らないんです!

 あはははは……。


 いやいや、からかってるわけじゃないですって。まあ、そんな顔しないで。もうちょっと! もうちょ……っと、話の続き、聞いてくださいよ。……ね?


 えー、どういうことかっていいますとね。

 そのCD、再生して、聴いてはみたんですよ。

 ところがですね。CDの最初のほうは、ただ小さなノイズが聴こえるだけで、それ以外には人の声も、音楽も、何も入ってなかったんです。CDの内容は、一時間以上ある長いトラックがただ一つだけで……妙なことに、そのCD、早送りもできなかったんです。だから、仕方なく、しばらくの間、そのノイズが流れるだけのものを聴いていたんですが……。


 そのノイズを聴いているうちに、なんだか、急に眠気が押し寄せてきましてね。

 どうにもこうにも、眠すぎて……。

 もう、ベッドに移動する余裕もないくらい、激しい眠気に襲われて。

 そのまま、その場でカクッと――ええ、寝落ちしちゃったんですよ。


 それでね。ハッと目覚めたときには、一時間以上経ってまして。CDは、最後まで再生が終わって、とっくに停止してました。


 だから、わからなかったんですよ。あのノイズのあとに、何があったのか。ずっと同じようなノイズが流れ続けてただけなのか。あるいは、あのあと、ちゃんと何かの音声が――……パッケージの説明書きにあったのが本当なら、それは、「人の寝言」ってことになるんでしょうが。それが、ちゃんとCDに入っていたのかどうか。CDの途中で眠ってしまったせいで、どうなのか、ぜんぜんわからなかったんです。


 ――ええ。そりゃあ、もちろん。

 そのあとも、何度も何度も、CDを最後まで聴こうとしてみましたとも。

 だけどね、できなかったんです。何度挑戦してみても、いつもかならず、冒頭のノイズの途中で、我慢できずに眠りに落ちてしまうんです。


 不思議ですよねえ。CDから、何か、強力な催眠電波でも出てたんでしょうかね?

 いや、催眠電波ってなんだよって、私も思いますけど。ほら、よくあるあの、「あなたはだんだん眠くな~る……」みたいな? そんな効能のある電波的なものが。んなもんCDのデータに組み込めるのかどうか、知りませんけどね。でも、ほんと、そうとしか思えないくらいに、眠っちゃうんですよ。あのCD聴いてると。


 まあ、ある意味、いいCDではありましたよ。

 なにせ、究極の快眠CDですから。再生するだけで、三分と経たずに絶対眠れるCD。これはこれで、すっごい便利でね。なんだかんだで、私も夜の睡眠に愛用しちゃったりして……。そのCDさえあれば、不眠になんかなりようがないですから。おかげで、CDが手元にあったその期間、ちょっと健康な生活送れましたよ。


 ――と、そんなこんなで。

 CDを買った当初の目的とか、わりと忘れ気味に、日々を過ごしていたわけです。


 でもね……。

 そうやって、「寝言CD」を流して夜眠るようになってから、しばらく経った頃。

 夜中にね。ふと……眠りの浅くなる瞬間が、一晩に何度か、訪れるようになったんですよ。


 で。その、眠りの浅くなる瞬間にね。

 私……誰かと、おしゃべりしてたような気がするんです。


 それは、すごーくおぼろげな感覚で……眠りから覚めたら、おしゃべりの内容とかは、ぜんぜんまったく、思い出すことできないんですけど。自分が喋ったことも、相手が喋ったことも、何ひとつ、覚えちゃいない。

 でも、おしゃべりしてたって感覚は、目が覚めたあとも、確かに、自分の中に残ってるんです。その感覚は、なんだかやけに生々しくて……夢とはまた違う。そんな感じなんですよ。

 おしゃべりの相手は、一人じゃないっぽかったですね。一対一じゃなくて、何人かで、わいわい会話しているような――。


 んー……。

 そうですねえ。

 いや。でも、気味が悪いっていうよりは……。

 不思議とね。けっこう、心地良かったんですよ。「眠ってる間に誰かとおしゃべりしてる」、その感覚が。


 おしゃべりの内容は、思い出せないですけど。たぶん、楽しく会話してたんじゃないでしょうかね。話しながら、相手も私も、よく笑ってたような気がします。そういう、会話の雰囲気っていうか。そのくらいは、なんとなーく、目が覚めたあとも、覚えてるんです。


 でね。

 やっぱりそれ、夢って感じじゃあないんですよ。

 眠ってはいるけど、夢の中でおしゃべりしてるわけじゃない。そういう状態。

 そのとき、私はね。実際に、声に出して喋ってたんじゃないか……って、思うんですよ。


 つまり――。

 CDを聴きながら、私は、寝言を喋ってたんじゃないかな、と。


 だからねえ。それでもし、本当に、あの「寝言CD」に、誰かの寝言が録音されていたんだとしたら。

 私は、眠ってる間に、CDんですかねえ。


 ふふふっ……。

 なんだかねえ、それって。ほんと、なんなんだか。

 どこの誰とも知らない人の寝言と、自分も寝言で、楽しくおしゃべりしてたなんて。まあ、あくまで想像でしかないっていえば、そうなんですけど。でも、そうやって想像すると、おかしくなっちゃいますよ。……なっちゃいません?

 え。……やっぱり、気味が悪い?

 そっかなあ。話だけ聴いてるぶんには、そんなふうに思えちゃいますか。んー。体験した本人としては、今もけっこう、ほんわかした気持ちで思い返してるんですけどねえ。


 まあ……。

 要するに、ね。

 そういうCDだったわけですよ。あの「寝言CD」ってやつは。


 と、いうわけで、ね。これで、話は終わりです。

 どうでした?

 ハハ、困った顔してますねえ。いや、でも、話の途中で、ちゃんと言っといたじゃないですか。この話に、お茶を奢ってもらえるほどの顛末なんてないですよ、って。いやあ、まったく、お時間取らせてすみませんでしたね、ハハハ……。


 ――え? なんですか?

 ――あ、そっか。そういえば。

 そうそう、そこをお話しするの、忘れていましたね。


 ええ。

 CDが、今はもう、手元にないっていうのはですね。――それは。


 売ったり、捨てたり、誰かに譲ったりしたってわけじゃあ、ないんですよ。私、あのCDを手放すつもりなんて、ありませんでしたから。……それなのに。


 ある日、仕事から帰ってきて、部屋に入ると。

 CDプレイヤーのそばにずっと置きっぱなしだった、「寝言CD」のケースが、なくなってたんですよ。家を出る前は、確かにそこにあったはずなのに。

 それでね。

 あれ? と思って。もしや、と、CDプレイヤーの蓋を開けてみたんです。

 そしたら、案の定というか。プレイヤーの中に入れっぱなしにしてた、CD本体も、ケースといっしょになくなってたんです。


 どうして、なくなっちゃったのか。心当たりがさっぱりでねえ。CD をプレイヤーから出した覚えもないし、部屋から持ち出したりなんか、どう考えてもしてないはずだし。私は一人暮らしですから、勝手に部屋に入ってCDを持ってっちゃう家族なんかも、いませんし……。


 まあ、確かにね。そういうのって、たいてい。

 たんなる勘違い、記憶違いって考えるのが、妥当なんでしょうけども。

 でもね。そのあと、家中をいくら探しても、あのCDはやっぱり、とうとう出てこなかったんですよ。


 それ以来、私、CDショップに行くたびに、あれと同じCDがまた売ってないか、探してみてるんですけどね。でも、見つからないんです。あのCDを買った店に行っても、ほかのどの店に行っても。店員さんに聞いても、あのCDについては何一つわからなくて。手掛かりさえつかめないんですよ。


 それでも、ね。

 きっと、あのCDは、どこかでまた売られているんじゃないかって。そんな気がするんです。


 ……と。

 そういえば、なんですけど。

 あのCDに入ってた寝言って、どこから、どうやって集められたんでしょうかね?

 私、それがなんだか、気になっちゃって。そのことに関して、いろいろ考えたんですよ。

 それでね。

 考えてるうちに、ちょっと、こんなことを空想しちゃいまして。


 あのCDに録音されてたのは、私の前に、あのCDを買った人たちの寝言なんじゃないか……なあんてね。


 あのCDを聴くと、誰でもかならず眠ってしまって、その睡眠中に、かならず寝言を喋ってしまう。自分でも知らないうちに、CDに録音されてる寝言と、おしゃべりしてしまう。

 あのCDは、そういうCDで――そして。

 その寝言のおしゃべりは、なんらかの形で、どこかで録音されているんですよ。

 で、ある日、こっそりCDを回収しに来たどこかの誰かが、こっそり録音していた、そのときのCDの持ち主の寝言を、CDといっしょに持っていく。

 その寝言は?

 ―――そう。

 回収された「寝言CD」の中に、取り込まれるんです。


 あのCDは、そうやって、次々に新たな寝言を取り込んで、寝言のおしゃべりを、どんどん賑やかにしていくんですよ。


 ……ふふ。

 まあ、もちろん、ただの空想ですけどね。

 でも、どうです? こんなふうに考えると、心がくすぐられません? どこの誰ともわからない人たちと自分とが、一枚のCDと寝言を通じて、奇妙な形のつながりを持っているかもしれないなんて――……。


 ねえ。

 あなたがいつか、どこかの店で、あの「寝言CD」を見つけて買うことがあったら。

 そのときは、あなたと私がCDを通して、寝言でおしゃべりできるかもしれませんよ。





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