理想の■■生成機<後編>

(あと、恋人として付き合うからには、外見だけじゃなくて、中身もやっぱり重要だよな。どういうのがいいだろう。中身が魅力的な女性っていうと……。


 そうだな。とりあえず、男を顔や財力や学歴でジャッジする女なんてのは、当然ながら論外だ。そういう打算的な女に、恋人に対する本当の愛情なんかあるはずもないし、こっちだって、そんな女はとてもじゃないが好きになれない。


 恋人にするなら、男の外見や表面的なスペックじゃなく、ちゃんと男の中身に価値を見いだすことのできる女性でないとな。で、その中身ってのも、「積極的に人助けができる」とか「細やかな気遣いや心配りができる」とか、「話し上手、聞き上手で会話するのが楽しい」とか、そんなわかりやすい上っ面なものじゃあなくて――……たとえば、多少口下手でも、不器用な性格でも、暴力を振るわないとか、犯罪をおかさないとか、そういう表に現れにくい長所を見抜いて、そこを評価してくれる女性でないと)



 要約すれば、「俺みたいな男に好意を抱く女性こそが、美しい心の持ち主である」ということだった。


(加えて、理想というなら……。そうそう、今までに他の男と付き合ったことがなくて、一度好きになった相手にはとことん一途で、他の男になんか見向きもせずに、生涯ただ一人の男だけを愛し抜ける女性……! うん、これも大事な条件だ。そういう女性を恋人にできたら、こっちだって、その子を一生大切にしよう、って思えるもんな)


 一生――。

 何気なく思い浮かべたその言葉に、男は自分でハッとする。


(そうか……。「理想の恋人」は、将来的に結婚して妻になる女性――って考えていいよな。となると、ますます不備のないように、きちんと設定しておかなくちゃ。


 ええと、理想の妻だったら、どういう設定が必要だろう。まず、家事全般が得意なことは最低条件として……ああ、財産を共有するんだから、金遣いの荒くない女性であること、ってのも大事だな。俺は、あんまり稼ぎがいいとは言えないし。だから、うん。金遣いが荒くないというか、質素な暮らしに不満を持たない女性、ってのがいいか。ブランドものとか宝石とかには興味がなくて、化粧品や美容院も安いとこで事足りて、金のかかる趣味とかも持ってなくて――……そもそも、家庭に入った女に、趣味なんてもんは要らないよな。趣味にかまけて家事をおろそかにされても困るし。それに、今は夫婦共働きでないとやってけない時代なんだから、趣味に割く時間があるなら、もっと仕事増やして稼いでこいって話だし。


 あ、でも、料理とかお菓子作りとか、生活に役立つ趣味なら歓迎だけど。あと、編み物とか裁縫とかもな。子どもが生まれたら、その子に手作りのおやつとか、服とかバッグとか作れるような、そんな母親になってほしいもんな。子どもだって、既製品をただ買い与えるだけの母親よりも、いろいろちゃんと手作りできるお母さんのほうが、愛情を感じられてうれしいに決まってるしさ。


 子どもかあ……。子どもは何人がいいかなあ。少子化の緩和のためにも、少なくとも三人は産んでほしいところだな。妻が20歳のときに第一子誕生、くらいかなあ。


 で、妻は育児中でも家事の手を抜かず、子育てにかまけて夫をほったらかしたりすることなく……。子育ては大変だろうけど、それでも、仕事で疲れて帰ってくる夫に、当然のような顔で家事や育児まで負担させようとするのは、言うまでもなく妻失格、母親失格だ。いや、もちろん、夫婦二人の子どもなわけだから、俺だって、できる範囲で子育ては手伝うけどね。妻があんまり疲れてるようなら、家事だってちょっとは手伝ってあげてもいいし。休日には、余裕があれば家族サービスもするよ。理想の妻を手に入れられたなら、そのくらいはがんばろうって気にもなるさ。


 だから妻は、そうやってがんばってる夫に対して、常に感謝の気持ちを忘れちゃいけない。その感謝の気持ちは、毎日のあたたかい笑顔とあたたかい食事で示してくれれば、それでいいんだ。特別なことは望まないさ。


 とにかく、男と結婚して、妻や母親って立場になった女は、何よりも家庭を第一に考えてくれなきゃな。家のことをほっぽり出して、女友達と昼間っからランチやショッピングに行くなんて、俺は許さないぞ。うん、そうだな。理想の妻に、友達なんて余計なものは要らないんだ。いや、考えてみれば、恋人の時点でそれは要らないな。女友達との約束があるから今日はデートできない、なんて言われたら、腹が立つしな。女同士の友情なんて、どうせ薄っぺらくて取るに足らないものだろうし。友達がいなくたって、彼氏や夫、あとは子どもさえいれば、それで人生幸せなのが、女って生き物だしな。女の幸せは、恋愛、結婚、出産、子育て――って、どこでもそう言われてるんだから。


 結婚して、子どもを産み育てて……そうこうしてたら、妻も歳を取っていく。悲しいことだけど、いくら若くて美人な女性を恋人にして、妻にしたところで、その魅力は一生続くわけじゃないんだよな。完璧な「理想の恋人」も、いずれは30、40になって老け込んでしまうわけだ。


 そうなったら、そのときはさすがにこっちだって、若い女と浮気の一つもしたくなるだろう。若い女に惹かれるのは男の本能なんだから、それを責められたらたまったもんじゃない。いくらもとが美人だろうが、若さを失った女は、もはや女としての魅力が衰えたことをいち早く自覚して、身の程をわきまえてもらわないと。――「わたしはもうこんなおばさんだから、夫が若い子と浮気するのも仕方ないことだわ。こんなおばさんが、若い女の子と〈女としての魅力〉で張り合ったって、かないっこないんだから。それならせめて、夫の心を繋ぎ止めるために、心安らげる家庭を作ることを、これまで以上にがんばらなくっちゃ。それができないなら、夫に捨てられたって仕方ないもの」――ってね。そんなふうに考えられる女性であってこそ、「理想の妻」ってもんだよな。


 あとは……そうだな。俺の両親を、彼女自身の両親よりも大事にしてくれる女性――……将来の結婚を考えるなら、この条件もはずせない。お互いの両親が年老いたときに、妻の親と俺の親と、同時に介護が必要になったとしても、俺の親の介護を優先してくれる妻でなきゃ、困るもんな。もっとも、夫と子どもと舅姑の世話は、嫁の務めなんだから、当たり前のことだけどさ。うん――……)



 そこまで考えて。

 男は、満ち足りた気持ちで、ふうと溜め息をついた。


(まあ、だいたい、こんなところかな。俺の「理想の恋人」「理想の妻」――。ああ、本当に、こんな女性を手に入れられたなら、俺はその女性を、死ぬまで絶対放さないぞ……!)


 そして、男は、ゆっくりと再び目を開けた。


 マシンの画面を見る。

 すると、そこには、一人の女性の姿――らしきものが、映っていた。


「くそっ、やっぱりマシンの調子が……」


 マシンの画面は、はじめに〈理想の■■生成機〉の文字を映していたときと同じく、いまだバグのように表示が崩れている。「設定」した理想の女性が、たぶん今、この画面に映し出されているのだろうが、これではなんだかよくわからない。


 どうしよう。

 けっこうな金額を、すでにこのマシンに注ぎ込んでしまったのに。もし万一、ここで「設定」を失敗してしまっていたら――。


「ええい……このっ!」

 一声叫んで、男は苛立ち混じりに、思わずマシンを蹴っ飛ばした。


 画面の表示が、一瞬、ぐにゃりと歪む。

 その直後、パッとノイズが消し飛んだ。


 表示が直り、鮮明になった画面の中――。


 そこには、一人の若く美しい女性の姿が、映し出されていた。

 それは、まさに男が今しがた、ヘルメットを装着した頭の中に思い描いた、「理想の恋人」の姿、そのものだった。


「か……完璧だ……!」


 男は、嘆息を漏らして、画面の中の女性にうっとり見とれた。


 どこから見ても非の打ちどころのない、男の好みをあますことなく反映した美少女。

 こうして、姿形がちゃんと「設定」されているということは。この「理想の恋人」の中身もまた、先ほど思い描いたイメージどおり、完璧に「設定」されていると考えていいだろう。


『設定を、完了しますか?』


 感動に浸る男に、マシンが問いかける。

 さっき蹴飛ばしたおかげで、マシンの不調はすっかり直り、画面だけでなくアナウンスからもノイズが消え、その声は鮮明に聞き取れるようになっていた。


『設定を完了し、この設定に基づいて「理想」の生成を開始する場合は、右手にある赤いボタンを押してください』


 そのアナウンスを、ぜんぶ聴き終えるより速く。

 男は、迷うことなく、指示されたそのボタンを押した。


 テコリン テコリン テコリン


 明るい電子音が響いて、画面の背景が、ゆっくりと色とりどりのグラデーションを描き出す。

 同時に、画面の中に映る「理想の恋人」の隣に、文字が浮かび上がった。


 それは、はじめにこのマシンの画面に映っていたのと、同じ文字のようだった。画面の表示が崩れていたとき、潰れて読めなかった真ん中の二文字も、今は問題なく読み取ることができる。




 18歳の美少女の隣に映し出された、その文字は。


【理 想 の 自 分 生 成 機】


 だった。




「……え?」


 頭の中で、その文字を読み上げて。

 男は、一つ声を漏らしたきり、絶句した。

 呆然とする男の耳に、マシンのアナウンスが淡々と響く。


『このたびは、本機【理想の自分生成機】をご利用いただき、まことにありがとうございます。それでは、これより、マシンの前に座っている〈、決定した設定に基づく〈理想のあなた〉の生成を、開始いたします』


「――な」

 そのアナウンスに、男はギョッと我に返った。


 男は、慌ててマシンの前から逃げ出そうとする。しかし、マシンとコードで繋がったヘルメットが、どうやっても頭から脱げない。短いコードは、男がその場から動くことを不可能にしてしまっていた。


 ヴィンヴィンヴィンヴィンヴィン……


 ヘルメットから、電気刺激にも似た感覚が、螺旋を描いて男の中に流れ込む。

 男の肉体が。意識が。

 青白い光を放ちながら、粒子へと分解されていく。

 これから生成される、設定どおりの「理想」を形作るための、原材料として。


「い……嫌だっ……助けてくれえ!」

 男は必死に悲鳴を上げる。しかし、カーテンの外に漏れ出たその声は、誰に届くこともなく、ひと気のない地下通路にむなしく反響するだけだ。


 徐々に薄れゆく意識の中。

 男はもはや、さっき自ら設定した「理想」を思い返して、限りなく絶望を深めることしか、できはしない。


 分解され、これから「理想」として再生成される「自分」。

 その「理想の自分」が歩んでいく、この先の人生。


 十二分な若さと美しさを備えながら、本来釣り合うべきレベルの高い男たちには目もくれず、なんの取り柄もない男に夢中になり、その男と将来を誓い合い――。

 やがてその男と結婚し、子どもを産み、家庭を離れた趣味や交流はいっさい持つことを許されず、妻が歳を取ったら浮気する気満々の夫に人生を捧げて尽くし、そんな夫との間に産まれた子どもたちに母として尽くし、そんな夫を産み育てた舅姑に嫁として尽くし――。

 そうして、自分のための楽しみなど何一つ持たないまま、そんな妻を「理想」として望む夫の元から、死ぬまで逃げることのできない人生なんて――。


 そんなの……そんなの……。


「そんなの、ただの地獄じゃないかああああぁぁぁぁ――――…………!!」



          +



 近頃この街では、美しい女と冴えない男が、仲睦ましく連れ添って歩いている光景を、不思議なほどによく見かける。

 繁華街では、今日もそんなカップルたちが、そこここで幸せそうな笑い声を上げていた。


 その中のひと組は、つい先日に出会ったばかりで、男に一目惚れした女からの申し出により、すぐさま付き合いを始めたという男女だった。まだ20歳にもなっていないその女は、一回り以上年上の、女と何一つ釣り合うところのない男の横で、その美しい顔に、心からの幸福溢れる笑みを浮かべていた。

 女の長くしなやかな黒髪が揺れると、髪の毛の下から、滑らかな白い首筋が覗く。その首筋には、QRコードにも似たモザイク模様が一つ、刻印されている。


 モザイクを付けた女の前方から、三人組の女のグループが歩いてきた。

 その体のどこにも、モザイクの刻印を持たない彼女らは、女同士でお喋りに興じながら、モザイクを付けた女と擦れ違った。


 モザイクを付けて男の横を歩く女と、そうでない彼女らの、それぞれに楽しげな笑い声が、交差する。




 街は、今日も平和である。




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