自販機通りの夜<中編>

〈謎①・・・どうして、あんなにたくさんの自販機があるのか?〉

〈謎②・・・あの自販機では、いったい何が売られているのか?〉

〈謎③・・・あの自販機では、いくらで商品が売られているのか?〉

〈謎④・・・なぜ、自販機をあんなふうに色分けしてあるのか?〉

〈謎⑤・・・あの自販機を、どこの誰が設置しているのか?〉

〈謎⑥・・・あの自販機を、どこの誰が使っているのか?〉

〈謎⑦・・・夜中にあの自販機を使うと、何が起こるのか?〉



 ミニノートに書き記した自販機通りの謎は、図らずも、ぜんぶ合わせて七不思議になった。

 それを書き終えるやいなや、少女はもう、居ても立ってもいられなくなり、今晩やる予定だった勉強と宿題を完全に放り出し、こっそり家を抜け出した。

 そうして、家から徒歩一分半の近所にある、自販機通りにやってきたのだ。


 昼間でさえも人通りの少ない道は、この時間帯、申しわけ程度に道路を照らす街灯の下で、いよいよひっそりと静まり返っていた。時折、大通りのほうから、自動車の走行音が聞こえてくる。夜道に響く自分の足音が、何に遮られることもなく、真っすぐ周りの暗がりに吸い込まれていく。


「そういえば……。ここの自販機、昔は、こんなにたくさんあったっけ……?」

 自販機の並木の間を歩みながら、少女はふと呟いた。

 少女は、幼い頃の記憶を手繰る。してみると、やはり、その頃の自販機通りといえば、今よりもずっと距離が短かったように思うのだ。両側から道幅を狭められ、車がすれ違うことができないほどに、そこだけ道路が細った箇所。前触れもなく唐突に現れるその道のくびれは、少女がまだ小さな子どもだった頃には、確かに、こんなにも長々と続いてはいなかった。


 いつの間に、ここまで増えたのだろう――自販機。


 あるとき一気に自販機の数が増えたのだとしたら、いくらなんでも気がつくはずだ。

 きっと、長い月日をかけて、徐々に増えていったのだろう。それなら、なまじしょっちゅう通る道であるだけに、気づけないのも無理はない。ちょっと前までは、ここの自販機の数なんて、いちいち意識して通ってはいなかったのだから。


 自販機が最後に数を増やしたのは、はたして、どれくらい前のことなのか。何年も前なのだろうか。あるいは、最近になってからも、まだ増えたりしているのだろうか。これからも、この道の自販機の数は、増え続けていくのだろうか。そうだとすれば、いつ、何をきっかけにして、それは増えるのだろう――。


 ああ、また謎が増えていく。

 でも、とにかく、今は。


「とりあえず、用事を済ませて、さっさと帰ろう。近所とはいえ、夜の道は怖いもの……」

 少女は、この前と同じように、赤い自販機の中から適当に一つを選んで、その前で足を止めた。赤い自販機だから、それにはもちろん、ちゃんと「販売中」のランプが灯っている。

 一応、商品陳列窓を覗き込んでみるが、昼間と変わらず、窓の中はやっぱり見えない。値段の表示も、相変わらずどこにもない。

 それでも、昼と夜とでは、何かが変わっているのだろうか。

 少女はポケットから小銭を取り出し、百円玉を一枚、投入口に押し込んだ。

 ガチャコン、と音を立てて、機械の中にお金が落ちる。

 その途端。右下の、いちばん隅にあるボタンのランプが、一つだけ、赤く灯った。


「やった!」

 と、少女は思わず叫んだ。

 昼にお金を入れたときは、まったくの無反応だったのに。ボタンのランプが灯ったということは、普通に考えれば、そのボタンに対応する商品が、購入可能になったということだろう。この自販機は、本当に、夜になると使えるようになるのだ。

「百円だと、一種類の商品だけなのか。ほかのボタンは、あといくら入れたら光るんだろう?」

 それも少し気になったが、百円で買える商品があるのなら、ひとまずはそれでかまわない。


 この自販機で、いったい何が売られているのか。

 その謎が、これで、いよいよ解けるのだ。


「よし。……それじゃあ」

 少女は、ごくりと唾を飲み込んで、赤く光るボタンに指先を近づけた。

 ――自販機通りの自販機を、けっして夜中に使ってはいけない。

 例の噂が、ちらりと頭をよぎる。

 けれども、少女はどうしても、好奇心を抑えることができなかった。

 一つ、ゆっくりと息をして。

 少女は、そのボタンを押した。



          +



 気がつくと。

 少女は、何か、箱のようなものの中にいた。

 顔の前には、透明な窓がある。そこから、自販機通りの道路が見える。

 街灯の明かりに照らされた、その道路の真ん中で。

 何人もの人たちが、何やら黒い布のようなものを取り囲んで、群れ集まっていた。

 彼らは、みな道路にしゃがみ込んで、その黒い布のようなものを、各々の手で貪るように破り、千切り取っている。


 ――なんだろう、あの人たちは。


「箱」の中からその光景を見つめる少女の前で、そいつらは、黒い布のようなものを、音もなくどんどん引き裂いていく。


 ――なんだろう、あの、黒い布のようなものは。


 それは、どこかで見覚えのあるものだった。けっして珍しいものではない。なんだったろうか。身近にあって、ごく日常的に目にしているもののような気が――重さも軽さも、硬さも柔らかさも、ほんのわずかな厚みさえも感じさせない、そんな質感を持った、あれは。


 そのとき。勢いよく切れ端をむしり取った一人が、その勢いのまま、一瞬、大きく腕を振り上げた。

〈そいつ〉の手に掴まれた、ひと塊の切れ端が、街灯の明かりの下に晒される。

 それは、くっきりと五本の指をはやした、人の手の形をしていた。


 ――ああ、そうだ。

 影。

 あいつらが群がっているは、人の影だ。


 でも、そこには、影だけしかない。影の本体である「人」は、どこにもいない。では、あれはいったい、誰の影なのか。


 少女は恐ろしくなり、その場から逃げだそうとした。

 けれども、少女の体は、立ったままで、箱のようなものの中に閉じ込められている。動こうとしても、動けない。

 なすすべない少女の前で、「影」に群がるそいつらは、それをさらに小さく細かく、ばらばらにしていく。

 そうして、やがてそいつらは、地面に散らばった影の欠片を残らず拾い集めると、一人、また一人と立ち上がって、各々の方向へと散っていった。

 そのうちの一人が、動けない少女のほうへと、近づいてくる。


〈そいつ〉は、少女の真正面までやって来て、立ち止まった。

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