※ 以下の商品は、残酷・悪趣味な成分を多めに含んでおります。※
夜間の使用は厳禁です。
自販機通りの夜<前編>
【危険!!】
【使用禁止】
【ダメ。ゼッタイ。】
【【【この警告に従わない場合・・・】】】
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商品名:? ? ? ? ? ? ?
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どんなに奇妙な光景であっても、それが昔から身近にある、日常的に見慣れた景色であれば、そのおかしさに、人はなかなか気づかないものだ。
たとえば――。
少女にとっては、通称「自販機通り」と呼ばれるその道路が、ちょうどそんな場所だった。
「いったい、何なんだろう。あの、自販機通りってやつは――」
とある夜更けに、少女は、自室の勉強机の上で頬杖をついて、そのことを考えていた。
学校の教科書やノート、問題集、受験用の参考書は、ぜんぶ机の端に寄せて、積み上げて。今、少女の勉強机の真ん中には、勉強とは一切関係のない、一冊のミニノートが置かれている。
そのミニノートの表紙に、少女は油性ペンで〈自販機通りの謎〉と書き込んだ。
「さて、と」
油性ペンの文字が乾いたのを見計らって、少女はおもむろにノートを開いた。そして、シャープペンを手に取ると、そのペン先を、まっさらな一ページ目へと向けた。
「何から書けばいいかな。ええ、と……」
呟きながら、少女は、家から徒歩一分半の近所にある、あの道路のことを思い浮かべる。
――自販機通り。
そこは、人通りの少ない住宅街の裏道に、数十台もの自動販売機がひしめいているという、異様な道だ。
とはいえ、少女にしてみれば、それは子どもの頃から当たり前のようにそこにある、馴染み深い光景であった。そのため、少女は長年の間、その道のことを特に気にかけることなく過ごしてきたのである。
少女が、ふとその道に興味を持ったのは、わりと最近になってからのことだ。
それはおそらく、受験生という期間に突入したことが、一因だったのろう。毎日毎日勉強に追われ、忙しいながらも退屈な日々を送る中、何か勉強とはぜんぜん関係ないことを考えて、気を紛らわせたかったのかもしれない。一種の現実逃避である。
ともあれ、そうしていったん気になり出すと、次々に疑問が湧いてきた。
むしろ、どうして今まで疑問を抱かずいられたのか、少女は自分でも不思議に思った。
考えれば考えるほど。そして、調べれば調べるほど。「自販機通り」と呼ばれるその道は、ひたすら謎にまみれていた。
「よし。それじゃあ、謎を一つ一つまとめていこう」
独りごちつつ、少女は白紙のノートにペンを走らせる。
〈謎①・・・どうして、あんなにたくさんの自販機があるのか?〉
そう書いて、少女は誰にともなく、一人でうなずいた。
やはり、そもそもの謎といえば、そこだろう。あの道に置かれた、自販機の数と密度。
道路の両脇に、向かい合って等間隔に並ぶ自販機の数は、先日少女が数えてみたところ、全部で実に四十八台であった。はるか先まで、途切れることなく行く手に連なる、左右合わせて五十台近い数の自販機。その光景は、もはや自販機の並木だ。
「それから……」
少女は、さらにペンを動かして。
〈謎②・・・あの自販機では、いったい何が売られているのか?〉
謎①の下に、いくらかの空白を開けて、そう書き込んだ。
これもまた、①と同じくらいに大きな謎だ。いや、気になる度合いで言えば、①にもまさる謎と言えよう。
自販機通りの自販機は、なんの自販機なのか、わからない。
売っている商品が、ジュースなのか、タバコなのか、はたまた、もっとありきたりでない何かなのか。あの道にある、どの自販機を、どれだけ隅から隅まで調べても、その答えを得る手がかりとなるものは、まったく見つからないのである。
自販機の正面には、普通の自販機と同じように、大きな商品陳列窓らしきものが、付いてはいるのだが。しかしなぜだか、その窓の中が、どうやっても見えない造りになっているのだ。
別に、窓が板や貼り紙といったもので塞がれているわけではない。だが、窓自体がマジックミラーのような構造にでもなっているのか、中を覗き込もうとしても、ただ窓に寄せた自分の顔がそこに映るだけで、窓の中に何があるのかは、薄っすらとさえもわからないのである。
さらには。
〈謎③・・・あの自販機では、いくらで商品が売られているのか?〉
これもまた、わからないのだ。
自販機通りの自販機には、値段表示というものが、どこにも見当たらない。
売られている商品がわからないだけなら、まだなんとか、「何が出てくるかお楽しみ」というコンセプトの、運試し方式の自販機なのかもしれない、と。そんなふうに解釈することも、できないではないだろう。しかし、そういった特殊なコンセプトの自販機であったとしても、値段表示が存在しないということは、いくらなんでもあり得ないのではなかろうか。
こんな具合に、自販機通りの自販機は、その異様な数もさることながら、そこに置かれている自販機自体もまた、謎の多いものなのだ――いや、商品も不明、値段も不明な自販機なんて、本当にもう、謎が多いどころの話ではない。
「うーん……」
少女は、少し考えてから、またノートに書き込んだ。
〈謎④・・・そもそも、あれは本当に自動販売機なのか?〉
しかし少女は、しばらくノートを見つめたあと、小さく首を横に振って、〈謎④・・・〉以降の文字を消しゴムで消した。
「やっぱり、どう見ても、あれは自動販売機だよね。形や大きさは、よくあるジュースの自販機と変わらないし。正面側には、小銭やお札を入れる投入口も、お釣りの取り出し口もあるし。下のほうには、商品の取り出し口もちゃんとある。……それに、『販売中』の文字が光ってるもの」
少女は、ノートの上の消しゴムのカスを、ふっと息で吹き散らした。
そうなのだ。
自販機通りの自販機は、何が売られているのかも、それがいくらで売られているのかもわからない、ひどくおかしな自販機であるが。しかし、その二点を除いたほかの特徴は、まさしくよく見る自動販売機のそれなのだ。
少なくとも、「販売中」という三文字が光っているからには、あれらが何らかの商品を「販売」するための機械であることは、間違いない。
「あとは……そうだな。自販機の色についても、書いておこう」
と。〈謎④・・・〉の続きを、少女は、次のように書き直した。
〈謎④・・・なぜ、自販機をあんなふうに色分けしてあるのか?〉
ここまで書き出してきた謎に比べれば、これは些細なことにも思える。とはいえ。このことも、なかなか気になる問題だ。
自販機通りの自販機には、その外装に、二種類のものがある。
赤色の自販機と、灰色の自販機だ。
灰色はともかくとして、赤い外装の自販機なんてものは、珍しくない。街を歩いていても、そこここで見かけることがある。
だが、自販機通りにある自販機のおかしなところは、その外装が完全なる「無地」である点だ。つまり、普通の自販機にはある企業のロゴなどが、いっさい書かれていないのだ。正面にも、側面にも、文字も絵も何もない。ただただ、一つの色でべったりと塗装されているだけ。それは、赤色の自販機も灰色の自販機も同様である。
二種類の自販機は、その配置において、特に規則性や法則性はないように見受けられる。道の片側に一方の色のものが固まっているわけでもないし、一つの色を何台続けて並べている、といった決まりがあるわけでもない。赤色と灰色の自販機は、道の両側ともに、ただごちゃ混ぜになって並んでいるとしか思えない。
数の割合に関しては、それも先日数えてみたところ、赤色よりも灰色の自販機のほうが、やや多かった。
「あの色分け、なんの意味があるんだろうな。色分けの基準はわかってるんだけど……」
謎にまみれた自販機通りに関する
「販売中」のランプが点いている自販機は、赤色。
そのランプが消えている自販機は、灰色。
自販機通りの自販機は、すべてそのように色分けされていた。
灰色の自販機に、再び「販売中」のランプが灯ることはないようなので、おそらくあれらは、もう二度と稼働しない自販機なのではないだろうか。
つまり、より正確に言うならば。
まだ稼働中の自販機は、赤色。
もう使われなくなった自販機は、灰色。
自販機通りの自販機は、そういう基準で色分けされているのだ。
「でも、それがわかったところでなあ」
ペンを持ったまま、少女は腕組みして首をひねる。
稼働中の自販機と、もう使われることのない自販機を、色分けする。それって、考えてみれば、ひどく妙なことだ。機械の外装を、わざわざそんな基準で塗り分けることに、いったいなんの意味があるというのか?
「と、いうか。そもそも――」
少女は、腕組みをほどいて、またノートに書き込んだ。
〈謎⑤・・・あの自販機を、どこの誰が設置しているのか?〉
これは、根本的な謎である。
自販機通りに興味を持ち始めてからというもの、少女は今日に至るまでの間、聞けるだけの人に自販機通りのことを聞いて、情報を集めようと試みてきた。
しかし、成果は芳しくなかった。友人に聞いてみても、昔からこの辺りに住んでいるという大人に聞いてみても、これまでノートに記してきた五つの謎は、どれ一つとして解けることがなかったのだ。あの自販機が、何者の手によってあそこに設置されているのかということも、知っている人は誰もいなかった。
考えれば考えるほど。調べれば調べるほど。どこまでも謎が深まるばかりの自販機通り。
それでも、ああいうものが、ああしてあそこに存在する以上は、何か意味があるはずだ。
「意味、か……。〈販売機〉なんだから、それを使って商品を買う人がいなきゃ、意味ないよね。だけど、あんなおかしな自販機を、いったい――」
少女は、ノートに六番目の謎を記す。
〈謎⑥・・・あの自販機を、どこの誰が使っているのか?〉
商品も値段もわからない自販機など、そもそも使う人がいるのかどうか。でも、一向に撤去される気配がないのだから、それは、あそこにある自販機を、誰かが必要として使っているということなのでは?
しかし――。
ついこの前。少女は好奇心を抑えきれず、「販売中」のランプが灯っている赤い自販機の中から、適当に一つを選んで、試しに小銭を入れてみた。だが、投入した小銭は、そのまま機械の中を素通りして、釣り銭口に落ちてきてしまったのだ。紙幣でやっても同じことで、いったんは機械に吸い込まれた千円札が、間を置かずに吐き出されるだけだった。ほかの赤い自販機も試してみたが、何台やっても、どれも同様の結果であった。
――「販売中」のランプが点いた赤い自販機も、実際には、故障中なんじゃないか?
そう訝しみ、それならばどうしようもない、と、少女はあきらめかけていた。
けれど、あるとき、こんな噂があることを知ったのだ。
『自販機通りの自販機を、けっして夜中に使ってはならない』
噂の内容は、ただそれだけで、「夜中に使ってはならない」のがなぜなのか、その理由はわからない。
だからこそ、気になる。
それに、「夜中に使ってはならない」ということは。
言い換えれば、自販機通りの自販機は、夜中であれば使用することができる、ということかもしれないではないか。
少女がこの前、あそこの自販機を使おうと試してみたのは、まだ昼間のことだった。夜限定で使える自販機なんて、まったくおかしな話だが。自販機通りに関して、おかしな話は、今に始まったことではないのだから。可能性としては、否定しきれない。
もしかしたら、この噂によって、自販機通りの謎を、いくらか解き明かすことができるかも。
そう思いながら、少女はひときわ力を込めて、ノートにこう書き込んだ。
〈謎⑦・・・夜中にあの自販機を使うと、何が起こるのか?〉
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