第十七話

「フタリメさま」其の一

 話し終わった里哉がその場を立ち去ったあとも、一道はしばらくの間、立ち上がる気にもなれずにそこに座り込んでいた。


 辺りが暗くなり始めた頃、一道はようやく動き出した。

 屋敷に引き返すのではなく、林に沿って歩いていった。林のそばに住んでいるという「フタリメさま」の家を探すために。

 フタリメさまに会ったとして、それで何がどうなるというのか。土人形となった里哉を人間に戻す方法が聞けるとでもいうのか。わからなかった。もはや自分が何をどれだけ期待しているのかさえ、一道にはわからない。ただ、少なくとも、この異世の国のことを知っておきたかった。自分がそれを知ったからといってなんの意味もないかもしれないが。好奇心でもなく、有益な情報を得たいがためでもなく。里哉を奪ったこの異世の国が、どういう世界なのか、知りたかった。


 やがて、空がひときわ暗い場所にたどり着くと、そこに、土を盛って作った山のようなものがあった。一道の背丈よりもいくらか高いその土の塊には、扉の形をした穴が、洞穴の入口のようにぽっかりと一つ開いていて、中は空洞になっているようだった。これが、フタリメさまの家。この国にある他の建物とは違って、見た目もまったく土そのものだ。他の家々も、材料は土であると、里哉は言った。けれどそれらは、木や石や、いろんな物を使って造った家に見える。この国の力によって、そういうまやかしが掛けられている。なのにフタリメさまの家だけは、見せかけさえも、ただただ土を固めて作った小山でしかなかった。


 ――ごめんください。


 声を掛けて、一道は穴から家の中を覗き込んだ。

 狭く薄暗い空間の中心に、一つ、人影があった。いや、人影といっていいものか。人の形をしているようではあるが、それはやけに小さく、一道の膝までほどの大きさしかない。


 ――フタリメさま?


 尋ねた一道に、小さな人影は「そうだ」と答えた。

 入りな、と促され、一道は狭い入口に体ねじ込む。まだ子どもの自分ならなんとかこうして入口を通れるが、天跳だと無理だろうな、と思った。

 近づいて見ると、フタリメさまのその姿は、これもまた土の塊にしか見えないものだった。仄美や天跳といった他の土人形たちのような人間らしさなど、かけらもない。手足のない胴と首だけの体は、地面の土と一体になって、そこから動くこともできないようだった。肌も、髪の毛も、着物も、土を固めて形を作ったという以外の何物でもなく、その土の表面は乾いており、ところどころひび割れた跡がある。そのうえ、全身の形も顔立ちの造りもひどく歪で、顔に彫られた目の中の瞳は、当然のように動く気配がなかった。

「驚いたかい、他の土人形たちと姿が違っていて」

 線を引かれただけの口を動かすことなく、フタリメさまが言う。

「私は、この国で唯一、理土さまの作った土人形でね」

 私――。フタリメさまは、男だろうか、女だろうか。顔立ちや声からはどちらともつかない。どちらでもないのかもしれない。

「この私を見ての通り、理土さまはあまり手先が器用でない。土細工は苦手なのさ。それに……何より、土人形が土人形に命を吹き込むのは、難しいようだね。だから『三人目』からは人に作らせることにした……。この国の民の話さ。一人目は理土さま。そして、二人目がこの私だ」

 フタリメさまは、そこで言葉を止め、黙って話を聞いている一道に言った。

「何か、私に聞きたいことがあって来たんじゃないのか」

 一道は、うなずいた。

 この国のことを、この国がどうしてできたのかを、教えてほしい。そう頼むと、フタリメさまは、いいだろう、と答えて語り始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る