「本当のこと」其の三

「嘘だよ、そんなの」

 それは、「否定」ではなく「訂正」の口調だった。

 里哉の顔から、再び笑みが消える。

「おまえ、嘘ついてる」

 と、一道は重ねた。

「おまえの言ったこと、そりゃ、全部が嘘ってわけじゃないかもしれない。この国にあるおまえの家を見たから、そう思うよ。でも」

 一道は一つ息継ぎして、続けた。

「おまえは、そんなことで死ぬほど苦しんだりなんかしない。おまえは、外の世界をそんなにきらっちゃいないし、人が愚痴言ったりけんかしたりすることを……人間の、そういう部分を、全然受け入れずにただ拒絶するような、そんなやつじゃない」

 里哉の表情は、固まったまま、動かない。

 一道は、瞬きをも惜しんで里哉の瞳を睨みつける。


「なあ、里哉。俺たちが小学生のとき流行ったテレビゲーム、覚えてるよな。地図師が主人公でさ、その主人公が、いろんな町とかダンジョンとか探索して地図を作っていくやつ。そうやってできた地図ってのがすごくきれいで……全部で百種類以上ある地図が、スカーフとかTシャツとか、いろいろグッズになるくらい、人気あったんだよな。でも、おまえのうちは余裕なくて、ゲームソフト買えなくて……それで、そのときおまえ、ゲームできない代わりに、本物の町の地図作って、遊んだろ? 俺も一緒に、二人で作った。毎日町のいろんな所に出かけて、道路や建物や川や山の場所を、ノートにメモして。それを、家に帰ってから画用紙に描き直して、色鉛筆で色塗って。――俺たちが住んでる本物の町は、ゲームのデザイナーが作ったような、きれいな町じゃ、全然なくて、人の住んでるとこはごちゃごちゃしてるし、田んぼばっかの所や林の中なんかは、ほんとになんにもないし、そんなだったけど――でも、おまえは、自分たちで作ったあの地図が、好きだった。地図に描いたあの町が、好きだった。でなきゃ、町中全部を描いた地図なんて作れっこない。

 それに、漫画とかゲームとかだって、おまえは楽しんでたよ。漫画の回し読みしたり、俺や他の友達のうち行ってゲームしたりして。俺や周りのやつらほどにはハマってなかったにしてもさ。クラスのやつらとバカ話してたときだって、おまえ、一緒に笑ってたじゃないか」

 強まっていく語気を落ち着けるように、今度は少し長く息継ぎをして、一道はゆっくりと言葉を継いだ。


「確かに、おまえって、外の世界では、ちょっと変わり者だったかもしれない。でも――漫画とかゲームとか、友達とのバカ話とか、そういうものを楽しめるくらいには、普通だった」

「……ふりをしてたとは思わないの? 周りと一緒に楽しんでたのが、演技だったとは」

 里哉は苦笑を浮かべて問い返したが、一道は怯まなかった。

「もし、おまえが楽しいふりをしてただけなら、俺は、おまえと一緒にいて、あんなに楽しくはなかった」

 一道は、真っすぐに里哉の目を見据えた。


 里哉の顔に浮かんでいた作り笑いが、糸を引き抜くように、ほどけた。


 里哉はうつむいた。

 それから長い時間、里哉は下を向いたまま黙っていた。

 一道は、自身も無言で、里哉が何か言うのを待った。


 どのくらい待ち続けた頃か。

 里哉は顔を上げた。

 そして、微笑にもなりきらないような表情で一道を見つめ、一道のほうへ、片手を差し出した。

 握手?

 なぜ、こんなときに。

 戸惑いながらも、一道は里哉の手を握った。


 その手は、ぴたりと冷たい土の感触がした。

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