第十二話

「遠ざかっていく世界」其の一

 翌日もまた、朝から一道のもとへ、外つ国の話を聞きに人々が集まった。

 昨日と同様に朝食の時間まで話をして、一緒に朝食を食べにいこうという人々の誘いを断り、人々が去ったあと、リュックの中のお菓子を少し食べて、一道はわびしい朝食を済ませた。

 それから、リュックを持って屋敷の外に出る。一道は、昨日からリュックを肌身離さず持ち歩くことにしていた。目を離した隙に貴重な食糧を隠されたり捨てられたりしては、大変だ。この国の人たちは、そんなことはしないかもしれないが、念のためである。

 一道は林に行って、しばらく国の出口を探した。

 最初の日と違って、昼間であるぶん視界は利くが、それでも、暗い林の中は見通しが悪いことに変わりなく、また例の光る石を、今度は五つばかり持っていって道標にしてみるも、やはり林の向こうへは抜けられず、平原に戻ってしまう。何度やっても同じであった。

 真昼をとうに過ぎるまでさまよったあと、林から出てきた一道は、いくらか歩いたところで、辻の横道からやってきた里哉とばったり出会った。


「あれ、一道。どこか行ってたのか?」

「……林だよ。決まってんだろ」

 一道は里哉を睨んだ。

「里哉、これから俺と一緒に出口を探せ。おまえは自由にこの国の外に出られるんだから」

「僕に付いて外に出ようとしても無駄だって、天跳か誰かに言われなかった?」

「天跳は、『たぶん』無駄だって言った。絶対出られないとは限らない。……だって、本当に、俺がどうやってもこの国から出られないなら、おまえに付いて外に出ようとするのを止める必要はないはずじゃないか。千分の一か万分の一かわからないけど、俺に逃げられる可能性があるから、止めようとするんだろ?」

「どうかな。……でもね。どっちみち、今は無理だよ。今日はもう、天跳に傘を返してきちゃった。傘を持ってるときじゃないと、僕もこの国から出る道がわからなくなっちゃうんだ」

「そうなのか?」

 どうりで、宴を抜け出して里哉と林に行ったとき、理土が止めようとしなかったはずだ。あのとき里哉は傘を持っていなかった。たとえ、里哉が自分に協力して一緒に出口を探したところで、自分たちを国の外に逃がす心配はなかったわけだ。

「じゃあ、もう一回傘を持ってこいよ」

「傘は全部天井だ。傘を取るには天跳に頼まなきゃならない。そうしたら、天跳は僕たちを一緒に林へは行かせないよ。おまえの持ってきたビニール傘も、たぶん今頃処分されてる」

「じゃあ……」

 何か言おうとするも、続く言葉が見つからず、一道は口をつぐんだ。


 そのとき、近くの家の戸が開いた。

 家から出てきた人が、一道を見てうれしそうに笑みを広げる。

「一道くん、こんな所にいたんだ。ねえ、ちょっとうちに寄っていってよ。外つ国の話、また聞かせて?」

 一道は強引に家の中に引っぱり込まれ、その間に、里哉はどこかへいってしまった。

 一道を家に上げたその人は、周りの家々や、近くの道を通っていた人にも声をかけ、一道の話を聞きに、たくさんの人々が集まってきた。

 しばらく話をすると、また別の人が一道を家に招き、そこでひとしきり話をすると、また別の家に連れて行かれ……。

 昨日も里哉と別れて屋敷に戻ったあと、屋敷に集まって待っていた人々に、外つ国の話をせがまれたのだ。一道はいいかげん話し疲れてしまったが、期待の目で見つめる大勢の人々を前に、話を拒否して無言を貫けば、それはそれで拷問並みの苦痛を味わうことになるだろう。素直に語ったほうが、まだましというものである。

結局、十軒以上の家を渡り歩いて、ようやく解放されたときにはもう夕方になっていた。


 最後に招かれた家で、一道は、そこにいた人々に天跳の居場所を尋ねた。天跳にしか頼めない、個人的な用事があったのだ。人々の話によれば、天跳は昼間はあまり家にいることがなく、天組の仕事がなければ、気の向くままにふらふら出歩いていることが多いそうで、今どこにいるかはわからないということだった。けれども、そこにいた人々は、昨日里哉がやったようにして、すぐに天跳を呼び寄せてくれた。

「なんだ、一道が呼んだのか。なんの用だ?」

「うん。その……」

 一道は、天跳をひと気のない国の端まで引っぱって行って、そこで用事を告げた。

 その用事とは、天井の傘をいくつかはずしてほしい、ということだった。

 傘が必要なわけではない。天井に開けた穴から降ってくる雨で、服や体を洗いたかったのである。この国にある水は泥水だけだと里哉が言っていたし、里哉が持ち帰ってくれた水は洗濯だけにも全然足りない量だし、だからといって、一風呂浴びて洗濯もできるくらい大量の水を、国の外から里哉に運ばせるわけにもいかない。

 天跳にこんな個人的な都合で傘をはずさせるなんて、ものすごく心苦しかった。なんなら自分でやるから、と一道は一応言ってみたが、天跳はやはりそれを制し、

「仕方ねえな。理土さまには内緒だぞ。わざと国の中に雨を入れたなんて知れたら、ごきげん損ねちまうだろうから」

 と、苦笑混じりに引き受けてくれた。

 一道は、天跳に深々と頭を下げて礼を述べ、そのあと、天跳が開けてくれた穴から降り込む雨をシャワー代わりにして体を洗い、天井から外した傘を逆さにして雨を溜め、その水で、着ていた洋服と下着を全部洗った。

 洗濯が終わる頃、天跳がどこからか着替えの下着や洋服を持ってきてくれたので、自分の服が乾くまで、それを着ていることにした。


 そんなことをしているうちに夜になり、その日は終わってしまった。

 その次の日も、前日とほぼ変わらぬ内容で過ぎていった。さすがに、二日続けて天跳に傘をはずしてほしいとは頼めなかったが。

 この日は、里哉が傘を持っているとき、すなわち里哉が町へ出て行くときを狙って声をかけ、一緒に出口を探してもらおう。そう計画したが、里哉のあとを付けていこうとしたところを、道端に建つ家の者に見咎められて邪魔され、失敗した。そのあとは、結局一人で林へ行き出口を探し、例によって成果なく平原に戻り、それから、また家々を回って外つ国の話を語らされて、一日が終わった。

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