「雨を忌む国の民」其の四
緊張しながら屋敷に上がると、回廊を渡ってやってきた理土に出迎えられた。
理土の顔を見て、一道はいっそう身構える。気丈な態度で理土に臨もうとしながらも、勝手に宴の途中で抜け出したことを咎められはしないかと、心臓はすでに縮み上がる準備をしていた。
しかし、理土は平静の笑みで「おかえりなさい」と言ったあと、何一つ一道を責める言葉もなく、今までどこで何をしていたのかすら聞かず、すぐに一道を寝間に案内した。
「あなたのために専用の部屋を用意したから。何もない部屋だけれど、気に入った物があれば、なんでも持ってきて置いてちょうだい。とりあえず、しばらくはこの屋敷で寝泊りするといいわ」
理土は一道に話しかけながら、廊下を奥へと進む。
「じきにあなたの家を造らせるから。やっぱり、里哉の家の近くがいいかしら?……ああ、でも、今は時期が悪いわね。まずは梅雨が明けないと……。少し待たせてしまうかもしれないわ。ごめんなさいね、一道」
前を歩く理土の後ろ髪を睨み、この国に自分の家なんかいるもんか、と一道は心の中で毒づいた。一応屋敷に泊めてもらう身として、それを口に出すのはこらえる。
(それにしても、里哉は、もうこの国に家があるのか……)
まずいな、と一道は思った。
理土が足を止めた。
「ここが、あなたの寝間よ」
理土は自ら障子を開き、その部屋に一道を通した。
寝間は実に殺風景な和室だった。広さはそれなりにあるのに、机や箪笥など、一切の家具、調度品の類が、本当に何も置かれていないのだ。ただ部屋の真ん中に、一組の布団が敷かれているだけだった。
「おやすみなさい、一道」
理土が挨拶を残して去ると、一道は即座にリュックを背から下ろして、布団に倒れ込んだ。
真っ白な布団はふかふかとやわらかく、なんとも言えず気持ちのよい感触だった。一道は、もう半分意識を眠りに浸らせながら、どうにか枕に頭を乗せて、掛け布団を体に被せ、そうして顔から下が布団にくるまれると、その心地よさを味わう暇もなく、気絶するように眠りに落ちた。
布団からはかすかに土のにおいがした。
そのせいか、一道はその夜、西の林へ行って土遊びをする夢を見た。
夢の中で、一道は小学生だった。一道の隣には誰かもう一人いて、二人で何か楽しげに笑ったり話したりしながら、土をこねていた。その誰かは里哉のようでもあり、また別の人間のようでもある。夢の中の一道は、その人のことが大好きで、その人と一緒にいるのがうれしくてたまらなかった。
夢から覚めたときはまだ夜中だった。
目覚めた途端に一道は夢の内容を忘れてしまったが、一道の胸にはしばらくの間、その夢の残滓が染みていた。それは、屋根よりも高くで響き続けている雨音のように、ぼんやりとした、懐かしさだった。
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