第14話 残骸ー7
夜も開ければ気分も変わる。
目を覚ました時、緋水からは、昨夜の倦怠感が嘘のように色褪せていた。
最高の朝とは言い難いが、それだけでも緋水にとっては十分すぎる。
「おっはよー、起きてるー?」
豪快に扉を開け放ち、鈴が元気良く室内へと入ってくる。
挨拶は大事だが、慎み深さも身に付けた方がいい。
そう考えた緋水は、それとなく鈴に注意を促してみる。
「……鈴、勝手に入ってくるのはちょっと……」
「うん? 何よ……、朝からそんなゲンナリした顔して……」
しかし、その程度の言葉では、この少女はビクともしてくれない。今も小首を傾げて不思議そうな顔を浮かべるばかりだ。
こればっかりは二人の相性にもよるのだろう。緋水は泣く泣く、それ以上の追求を諦めた。
「……身支度を整えるよ。鈴は扉の向こうで待っててくれるかな?」
「うんうん、……緋水はぐっすり寝れた?」
今度こそ、やんわりと出て行くように促したつもりだったが、どうしてか鈴はその場を動こうともしない。
――何か、僕は間違ってるんだろうか?
目の前にいる少女はそんな緋水の様子に気付いた様子もなく、花のような笑みを浮かべている。
強いて言うなら、いつもより若干テンションが高いようにも見受けられる。
「……何か良い事でもあった? ずいぶんご機嫌そうだけど?」
「うん? 別に何も? ……というか、せっかくの朝なんだから、もっと元気良くいこうよ!」
理由こそ分からないものの、鈴が何かしらに浮かれているのは間違いない。
だが、緋水はその追求すらも諦めた。
――これは、何を言っても無駄そうだな。
そう考えた緋水は、鈴の両肩を掴み、徐々に二人の距離を狭めていく。
「! どうしたのよ、緋水」
「…………」
「ちょっ、ちょっといきなり過ぎというか何というか、いくら何でもこれは……」
「……鈴、とりあえず、そこで大人しくしてて。すぐに準備するから」
緋水はそう言うと、バタンッと扉を閉めてしまう。
何のことはない、緋水は鈴に無言で詰め寄りながら、自分の部屋から穏便に押し出しただけなのだ。
廊下にポツンと立たされ、鈴の頭は徐々に冷静さを取り戻していく。
――にゃろう! 紛らわしい真似しないでよ!!!
確かに、鈴は自分でも浮かれてしまっている事を自覚していた。
何せ、これまで生きてきた中で、鈴はあの辺境の村を出た事がなかったのだ。
昨夜は疲れ果ててそれどころでは無かったが、目覚めとともに映し出された光景は、鈴にとってあらゆる意味で衝撃をもたらしていた。
見た事のない景色、感じた事のない朝の眩しさ、それらは鈴にとって、十分すぎる刺激を与えていたのだ。そして鈴はすぐさま身支度を整え、緋水の部屋へと直行した。理由は言わずもがな、この感覚を彼と共有したかっただけの話だ。
しかし、彼はそれに取り合う事もなく、鈴を廊下へと追いやった。しかも、考えられる最低の方法で……
――フフっ……、どうやって凝らしめてやろうか?
鈴は自分の行動に落ち度は無いと考えている。
それと同じく、緋水にも自分の行動に後暗いと思う気持ちは無い。
一見、何の問題もなさそうなものだが、結果として緋水はこの後、鈴から凄まじいまでの罵倒と蹴りを浴びせられることになる。
微笑ましくも愚かなやり取りを終え、二人は一階へと足を向けた。
理由は単純、二人が言い合いをしている最中、階下から何とも言えぬ美味しそうな匂いが立ち込めてきたからだ。
「……あら、おはようございます。昨夜はぐっすりお休み出来ましたか?」
「おはようございまーす。もう朝ごはんは出来てますよー」
少女は元気よく緋水の手を引くと、食卓へと引っ張っていく。
鈴もそれにならうかのように席へとつき、目の前の料理に目を輝かせている。
「あらあら、それでは私も……」
四人が食卓についた時点で、朝の食事は始まりを迎えた。
緋水と鈴は料理に舌鼓を打ち、少女は甲斐甲斐しく母親の前に料理を見繕う。
《それは、昨日と何も変わらない風景》
「そういえばー、お兄さん達はいつ頃出て行っちゃうんですかー?」
「僕達はすぐに出て行くよ。……あまり長居しても悪いだろうしね」
「うん、お陰様でゆっくり出来たしね。本当、ここに泊まって正解だったよ」
少女の問い掛けに、二人は笑顔でそう答える。
しかし、少女はそれを良しとしてくれない。
《錯覚してはいけない。同じように見えても、それは似て非なるものだ》
「ええー、もっと居てくれたらいいのにー……」
「こら! そんな我が儘言わないの! お客様にも都合というものがあるんだから……」
「でもー……」
《安心は慢心を呼び、安寧と勘違いさせる》
思いの外落ち込んでしまった少女を見て、緋水の胸に罪悪感が募り始める。緋水は何とか少女を宥めようと考え、その手を少女の頭へと伸ばした。
「…………………ねえ、やっぱり此処にいてよー……じゃないと……」
その瞬間、少女の体から黒い
それは瞬く間に形を成していき、一つの獣と変貌する。
「……此処で死んじゃうよ?
《その一度思い違いが、日常の終わりを具現化させる》
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