第12話 残骸ー5


 生まれた時のことは覚えていません。

 気付けばこの世界にいて、生きるために他者を貪っていました。

 勿論、両親という存在もなく、仲間と呼べる存在もいませんでした。

 でも、それが何故なのかなんて思いもしませんでした。

 それはきっと、この世界では溢れかえっている物語なんだろうと、考えることを放棄したんです。それに、正直な話、そんなものを紐解こうなんて余裕もありませんでしたからね。


 奪い取れば、奪われる日もやって来る。

 ただ、それだけを繰り返す毎日。

 いま思い出しても、酷く醜い生き方です。 


 私にとって、生きることは苦痛でしかありませんでした。

 でも、こうも思っていたのです。


 ――死ぬことでこの苦しみから解放されるなら、私は生き抜いてやろう。


 理由もなく、事由もないままにこの世界に放り出され、それでも私は悔しいと感じていたのです。


 ――どうして、私はこんな惨めな生活を送らなければならないのか。


 暗い、昏い考えだと思われるかもしれませんが、当時の私を突き動かしていたのは、間違いなくその一心だったのです。


 だからこそ、生き延びるために努力は欠かせませんでした。

 刃物の使い方を覚え、それを投擲する技まで身につけたのです。


 狂っていると恐れられ、壊れていると怯えられた。


 一目を置かれるようになった私には、数人の仲間が出来ました。

 生まれて初めて出来た仲間です。

 信じるに値するものはなく、信用される謂れもない。

 それでも、何故だか彼等達とはウマが合ったのです。


 徒党を組むようになってからは、それまで以上に仕事をしやすくなりました。

 見張り、陽動、囲い、生きる為の選択肢が増えたのです。

 いつしか私は、仲間たちに感謝の念を覚えるようになっていました。


 ――彼等のおかげで、今日も生きながられることが出来た。

 

 しかし、長く続いたその生活にも、終わりの日がやって来たのです。

 名前が売れれば、それ相応の敵も生まれてしまう。

 同業の者ならまだしも、その相手が国家となっては、流石にどうしようもなかったのです。 

 

 私達はすぐさま逃げ出し、数多の街を転々とすることになりました。

 ご存知ですか? 国家というものは、なかなかに優秀なんです。

 逃げれば逃げるほど、逃げ場所が無くなってしまったのです。


 でも、そんな逃亡生活すら、長くは続かなかったのです。

 魔王――そう呼ばれる脅威が現れてからは、追っ手がかかることもなくなりました。

 

 ――ああ、これで私は生きる延びることが出来る。  


 私は胸の内で感謝しました。

 世界の滅びを前にして、私は自身の望みを優先したのです。

 呆れてしまいましたか?

 でも、私の仲間である皆も、同じ様な意見を口にしていました。

 所詮、世界の脅威など、他人の芝生でしかなかったのです。


 ご存知のとおり、この国は未曾有の混乱に陥りました。

 私達はその混乱の最中、必死で足を動かし、必死で落ち延びたのです。


 川をくだり、山岳地帯を越え、私達はやっと、小さな山村に辿り着きました。

 此処まで来れば大丈夫だろうと、私達はそっと、安堵の息を漏らしたのです。

 此処まで来れば大丈夫だろうと、私達はゆっくり、村の中へと足を踏み入れたのです。



 そこは――――地獄でした。



 

 黒い塊が家畜を嬲り、畑を焼き、破壊の限りを尽くしていまいた。

 黒い塊が人を放り投げ、切り裂き、蹂躙していたのです。  


 ――え!?


 私には理解が出来ませんでした。

 アレが何で、何の目的があって、こんなことをしているのか。

 ただ、本能的に感じたことはありました。


 ――逃げないと…………


 でも、何もかもが遅かった。

 黒い塊は爪を伸ばし、仲間の一人を四散させました。

 黒い塊は牙を剥き、仲間の一人を八つ裂きにしました。


 私は一目散に建物の中へと身を隠しました。

 それで安全が確保されるわけでも無かったのですが、そのまま外にいるよりかは、少しはマシだと考えたからです。


 でも、そこには、――――また別の地獄が待っていました。


 仲間の悲鳴が、仲間の断末魔の声が、次々と響いてきたのです。

 私は耳を塞ぎました、目を閉じました。

 それでもその悲鳴だけは、かき消すことが出来なかった。

 目には見えないからこそ、怖いものがある。

 あの時に感じた恐怖を、私はずっと、忘れることが出来ません。


 やはりと言ってはなんですが、私もすぐさま、黒い塊に見つかってしまいました。

 足に爪を穿たれ、引きずり回され、私は外へと放り出された。


 そこで私は初めて、その惨状を目の当たりにしたのです。


 仲間であった彼等は、もう人の形を成していませんでした。

 いや、そもそも、どれが彼等なのかさえ、私には分からなかったのです。


 限界……だったのでしょう。


 私は、そっと目を閉じ、もう一度見開きました。

 すると、もうそこには、何も見えていなかったのです。

 気配は感じれど、その姿は捉えられない。

 気配は感じれど、その姿を見なくてもすむようになった。


 私はそうして、視力というものを失ったのです。

です。

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