第7話 夢の欠片ー1

 青年は夢を見る。



 辺境の街は混乱の渦に飲み込まれていた。

 行き交う人々は口を揃え「悪魔がやって来る。もうおしまいだ」と嘆きの声を上げ続けている。 


 その光景を見た少年は誰にともなくこう呟く。

 

「滅びたければ滅んでしまえばいい。価値のない世界に意味なんてない」


 その言葉には何一つ褒めるべき感情が込められていなかった。

 言わばそれは『生への冒涜』に他ならない。

 しかし、それほどまでに少年は追い詰められていたのだ。


 逃れられぬ、自分の業というものに――

 

「ちょっと、そこの君! よかったら見ていきませんか?」


 世界を悲観していた少年は、そんな言葉に呼び止められる。

 またぞろどこかの信仰勧誘かと、少年は声の主を睨みつける様に振り返った。

 

 しかしそこにいたのは、少年と同い年くらいの少女だった。 

 

「ほらほら、もっと近くで見て下さいよ!」


 少女が両手で指し示す先にあるのは、路上に並べられた複数枚の風景画。

 少年は言われるがままに腰を下ろし、その風景画に目を落とす。


 鳥がさえずり、青い空へと羽ばたくさま。

 草木がなびき、風の息吹が一体となったさま。

 そのどれもこれもに、一人たりとて人間は写りこんでいなかった。


「これは、君が?」


 思わず少年はそう口にしてしまう。

 それも仕方のない事だろう。


 これは世界を否定した少年にとって、代え難き理想の有様だったのだから。


「ええ、もちろん全部お手製の代物よ。どう? 良かったら一枚買っていきます?」


 芸術家とは得てして不器用なものだ。

 手探りで始めれば篭絡も簡単だっただろうに、少女は商売の知識を全くと言っていいほど持ち合わせていなかった。

 そんな簡単に物が売れるわけもない。ましてやこのご時勢、趣味嗜好に賃金を払う様な馬鹿が何処にいるというのだろうか。

 

 だが、少年はその絵を見つめたまま微動だにしない。

 まるで、その絵画の中に何かを見出したかの様に、ゆっくりとその手を伸ばす。そして――


「これをお願いします」


 少年が手に取ったのは何の変哲もない一枚の風景画だった。

 無論、その中にも人間の姿などは一切描かれていない。

 そして敢えて言うなら、その絵は別段上手く描かれている訳でもない。

 なぜならそれは、所詮、一介の素人絵師が描いた風景画に過ぎないのだから。 


「ありがとう御座います!」


 少女はその場で弾むように飛び跳ねた。

 初めて自分の絵画に値段が付けられたのだと、初めて自分の書いた絵が認められたのだと、少女はとても喜んでいた。


「それじゃあこれで」

「ありがとう御座います! すいません、宜しかったらお名前を聞かせて頂いても?」


 少年がなけなしの銅貨を払うと、少女はその様な事を口にする。

 だから少年はこう答えた。


「僕の名前は緋水。ありがとう、君のおかげで救われた」と。

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