第2話 浅葱色の特別

「なぁ、浅葱、夏休み初日暇か?」

隣室のクラスメートである琥珀がそう言って美術館のチケットを見せたのは追試が終わった翌日だった。美術館にはなかなか行くことは無い。自由にシャッターをきれないし、絵画や彫刻は綺麗だなとは思ってもそこからどうもわからないのだ。魅力的なものだとは思うがどうも私とは相性が悪いらしい。同様にクラシックコンサートやバレエは苦手だ。同じ歌や踊りでも軽快なものの方がいい。同じ舞台でも劇の方がわかりやすい。

「私より桜ちゃん、桜先輩やあかね先輩と行ったほうがいいんじゃないか?」

二人とも美術部だし、私なんかより話題に花が咲くだろう。

「お前が一番誘いやすいから誘ったんだけど。無理だったら別にいいからさ。」

誘いやすい、そう言われて嫌な気はしない。うん、ちょうど写真以外の芸術作品にも触れておきたいとは常日頃から思ってはいたんだ。苦手だからといって今まで避けていたけれど今回、隣には美術館が大好きな友人がいるわけだ。この友人、琥珀はきっと美術館内の作品のことを問えばきちんと答えてくれるだろう。そう頭の中で思う。

「チケット代も俺が持つし…ダメか?」

「い、いや、行く。でもチケット代はちゃんと出す。そ、そのかわりに蒼に、蒼先輩の誕生日プレゼント選ぶの手伝ってくれないか。」

あと数日の幼なじみの兄的存在の誕生日。毎年何にしようか迷っていつも

写真集やアルバムなどになってしまう。私は撮るばかりだが蒼先輩は飾るのも好きだというから結局写真から離れることは無い。かくいう私だって蒼先輩に影響されて写真を撮ることを始めたのだが。

「なにそれ、俺初耳なんだけど?!俺も用意したいから一緒に探そう!」

前向きな返答に私は思わず笑いがこぼれた。優等生で、奨学生で、しっかり者の琥珀が前のめりで目をキラキラ輝かせている。なんて珍しい光景だろう。私にはその光景がどこか嬉しく感じた。

そして、今日。美術館の日、である。いつもならいじることの無いショートカットにちょっとアクセントで編み込みをして大きめなピンをつけてみる。…編み込みはダメだ。ピンだけでもアクセントにはなるかな、って私はなんでこんなにオシャレをしようとしているんだ。どうせ楽ぅな部屋着姿も何もかも普通なら見せられないような涎を垂らしながら写真集を見ていることだってバレている様な仲なのに。

「浅葱~準備できたか?」

いつもならずかずか入ってくる琥珀の声が遠い。遠慮しているのか入ってきてないようだ。私は昨日から用意していた服にさっと着替え、昨日から準備していたカバンを持つ。楽しみにしていた、昨日眠れないくらいに。遠足前の子供のように。ここにきて、学校がほぼ目の前にあるので近所のスーパーに買出しに行く以外はみんなで行動をとることが多かった。誰かがショッピングモールに行くといえば「じゃあ、6人で行こう」となるのだ。

「おはよう、待たせてごめん。」

「いつもよりは待ってないから大丈夫。」

それは私のいつもの用意が遅いということか。否定出来ないのがまた悔しい。そういえば、今までも特別な日だけは準備が早かったような気がする。

「クラスのやつから割引券2枚もらったんだ。ひとりで2回ってのも考えたけどどうせなら誰かと行きたいな、って思ったんだ。」

「へ~、それで2人でデートなんだぁ~。」

「デートとか、そんなんじゃなくてっ、…しお先輩?」

ニヤニヤしたしお先輩が珍しく上に上がってきてる。1階に住んでいるしお先輩が上にあがってくるなんて今までで三回ほどしか見たことがない。

「蒼ちん先輩に呼び出されてきたら、ちょっとオシャレしたあさと無駄に見た目が整ってるコウが見えたから、これはからかう以外に選択肢ないなって!」

星がとびそうなほど軽くなんてことを言ってくれるんだろう。

「おい、しお~、来たならチャイムならせ、ってあさとコウ出掛けんのか?」

「はい。」

琥珀があっさりと肯定した。いや、確かにあっているにはあっているんだけど、しお先輩のデート発言の時と違ってずいぶんあっさりだ、いや、蒼先輩の質問に答えた、って言うことではあってる、はずなんだ。

「気をつけていってこいよ。二人とも。あと、門限は7時」

普段なら門限とか言わないし、桜ちゃ、桜先輩とデートの時は7時とか平気で超えるのに、私たちには門限付きか。

「はい。分かりました。」

琥珀はまたあっさりと了承した。行こうと、持っていたカバンをするっと取られる。

「い、いい。自分で持つ。」

琥珀が悪いと言いながら私にカバンを返す。何もかも自然すぎる。いつも通りすぎる。こっちはちょっと緊張しているというのに、この違いは何なんだ。

「美術館、た、楽しみだな!」

なぜこんなに吃るんだ。いつもと同じように話せばいいのに。短い付き合いとはいえ、スウェット姿とか朝寝癖がたってるとことか、間抜けな姿だって見せあっている。それでも私にはまだこの現状が理解できなくて、緊張だけが胸を占めているらしい。

「浅葱、美術苦手じゃなかったか?」

ほら、選択教科結局音楽にしてただろ

写真がないのはなんでだって怒りながらなんて笑いながら、琥珀はいう。確かにそういったような覚えもある。私はなんでそんなことを言ってたんだっけ。

「確かに絵とかは苦手だけど、楽しみだ。」

「そうか。それなら良かった。」

どうしてそんな言葉が出たのか、わかりようもないけれど、良かった、と言った琥珀の顔が本当に嬉しそうで、何だかちょっと私も嬉しくなる。

美術館は思っていたより小さかった。とは言っても小さい訳では無い。私が思っていた大きさよりは少しだけ小さかった。

「浅葱。」

ぼーっと建物を見つめていると琥珀に名前を呼ばれる。入場券を買ってくれたらしい。

「お金いくら?」

「割引きいて、1000円。」

ちょっと場所をずれてから急いで財布を出して千円札を渡す。ここでどうのこうの言っている余裕はないし、前に話した時からチケット代は払うと宣言してるので、あっさりと受け取ってもらう。さて、入場となると普段は割と落ち着いた雰囲気のある琥珀の目が、顔が一瞬にして輝く。あぁ、この瞬間を写真に取れたらどんなにいいだろうか。満面の笑みはなかなか撮れない。自然な表情もなかなか撮れない。カメラがあると意識すると人はどうしても自分をよく見せようとするのだろう。

「すごいな!」

苦手意識もぶっ飛ぶくらいに私は美術館を堪能した。隣にいる男がいろんな作品で解釈を教えてくれるから、面白くなってくる。私もつい前のめりで聞いてしまった。大きな声で喋ったりはできないけど、なれない小声の会話もなかなか楽しいものだった。

「美術に対する印象が変わったぞ!」

「それはよかった。もうお昼だしなんか食べに行くか。」

「おう!」

興奮まだ冷めきらない。もうすでに吃らなくなって、いつもの調子でしゃべれてる。それが何だか嬉しくて、いつも以上に楽しく感じる。学校生活以外でこんなに近くにいるのは初めてかもしれない。

「ファミレス行こうか。お子様舌の浅葱か食べやすいような。」

こんな嫌味もいつも通りだ。

「お子様舌ってなんだ!なんなら辛いものだって大丈夫だ!」

なんて嘘。見えを張ってみるけど辛いものは遠慮したい。

「俺辛いのやだ。」

琥珀のこれも嘘だ。本当は辛いものだって平気で、みんなでもんじゃをした時に1人だけキムチ入りを作っていたし、ラーメン屋に行った時はみんなが辛い辛いと言いながら食べた担々麺も平気そうに食べていた。こんなやさしい嘘、乗っかるしかない。

「仕方ないな!ファミレスに行こう。」

そのファミレスだって私の好きなお店だし、きっと最初からそこにしようって考えていたんだろう。気を使いすぎだ、バカめ。

私はグラタン、琥珀はペペロンチーノをゆっくりと食べながら美術館の話や、いろんな話で盛り上がる。

「あ、蒼先輩の誕生日プレゼントだけど。今まで何上げてたんだ?」

「え、写真関係だな。」

1番、無難だったからなどとは言えない。

「なるほど。じゃあ写真関係はやめるか。」

写真以外には何も思い浮かばない。蒼先輩って何が好きだっけ。写真、景色、桜ちゃん…読書も好きだけど本を上げるのは何か違う。

「冬だったらマフラーとか、手袋とかあるのにな~。」

「まず私が男子の好きそうなものがわからないんだよな…。」

口調は男っぽいと言われるし、性格等女っぽく見えないと言われることは多々あるがものを選ぶ時だったりは女目線で見てしまうことの方が多い。

「蒼先輩、多趣味だしな。」

「…それな。」

蒼先輩は写真以外にも趣味がある。音楽鑑賞ならともかく自分でギターを弾くし、ピアノも弾くし作曲もする。読書家で小説も漫画も沢山実家に置いてあるはずだし、絵も上手い。蒼先輩の問題は多分味覚くらいだ。昔から何にでもケチャップをかける。おひたしや目玉焼きにも。お菓子にもつけようとした時は寄ってたかって止めた記憶もある。

「あの人、趣味のための道具は自分で全部持ってるから…昔から変わらない。」

アルバムだとか写真立ては沢山渡してきたが、この二つはあって困ることはないといつだったか言ってた気がする。

「日用品は?ほら、タオルとか、」

「あー、まだそういうのは渡したことないな〜。」

前向きに考えを教えてくれる。とりあえず見に行こうか、となったが、いったんとまる。季節は夏だ。何がいいか、何があるかの下調べとして携帯の通販サイトやらオンラインショップやらで調べてみる。タオルやらTシャツやら探しても気に入るデザインが全くない。どれも蒼先輩、らしくないのだ。

「蒼先輩って綺麗なの好きだよな。意外と。」

「あぁ、うん。それも昔からだな〜。クリスマスとかいろいろ飾ってるよ、しかも綺麗。」

…飾り…。ふと頭の中をよぎった。夏といえば、飾るものはと必死にない頭を巡らせる。

「風鈴…!」

綺麗なものと言われて思いついた。そして夏らしい。ガラス細工の店が近くにあったはずだ。風鈴が蒼先輩の家の窓から揺れていたのを見たような気がする。

「なら、俺コップにしようかな。ガラス細工の。」

そうか、コップという手もあったのか。蒼先輩はものの使い方も丁寧で几帳面で使ったらすぐに片付ける人だから割る心配も少ないだろう。

「さて、行くか。俺会計してくるからさきでてて。」

「ぁ、お金、いくらだ?」

「今日付き合ってもらったから奢る。俺にちょっとくらいかっこつけさせてくれよな。」

でもだのどうのこうの言っている間に伝票と荷物を持った琥珀はどんどん遠ざかる。ここはお言葉に甘えることにしよう。…その代わりに帰り際にアイスでも奢ろうか…。などと考えを巡らせる。

「待たせたな。ガラス細工の店ってどこ?」

「っ、あぁ、すぐ近くだぞ。」

ちょっとだけ反応が遅れる。考え事の途中に話しかけられるとワンテンポ遅れるのは仕方が無いことだ。と、思う。

何気ない話をしながらガラス細工の店へと歩いていく。ガラス細工が並べられた店内はどこか幻想的でふとシャッターを切りたくなった。

「いらっしゃい。」

無愛想ともとれそうな店主がこちらを見ずに行った。ドアにかけてある風鈴の音で気づいたのだろう。ぱっと店内を見渡す。風鈴は隅の方に追いやられていた。

「水色と桜色の二食が使われたのがあればいいなぁ。」

なかなか思うものは見つからない。値段もそれなりに張る。高校生の予算にあう風鈴の中から惹かれたものに手を伸ばす。望んだ2色使われたものではないけれど、蒼先輩を思い浮かべる色をしている。…これがいい。

「あの、これください。」

店主が腰を上げて、取ってくれる。丁寧に箱に入れて貰った。プレゼント用のラッピングは後で自分で買いに行こう。チラリと琥珀を見てみるとコップを見て迷っているようだった。

「もう少し店内見ていくかい?」

「ぁ、はい。」

お金を払った私に店主がそう尋ねる。

「じゃあこれはここにおいておこう。手ぶらの方が見やすいだろう。」

ありがとうございます!勢いよく頭を下げるわけにはいかないが、そのくらいの気持ちで頭を下げた。琥珀の所に寄っていく。琥珀はまだ迷っているようだ。

「青と緑どっちがいいと思う?浅葱なら、」

「私なら青にするな。風鈴もそうしたし。」

「なら緑だな。」

速攻で選んでない色をとって、奥へと進んでいく。琥珀も同じように包んでもらって、次はラッピングを見に行かなくては、と二人で話す。大事にカバンに入れようとしたのを見た店主は新聞紙でまた箱を包んだ。

「…一旦、アパート戻るか?」

「最後に来るべきだったな。」

ガラスが割れたら元も子もない。…ぶつからなかったら大丈夫だろうか、どうせ持って帰るまでに、電車にも乗るんだし…。

「琥珀、やっぱりラッピングを見てから帰ろう。どうせアパートに戻るまでに電車乗るんだし。」

「…それもそうだな。新聞紙の上からタオルでもくるんだし、強い衝撃さえなければ大丈夫だろう」

蒼先輩の誕生日プレゼントのために、ちゃんとしたものを、と思う反面、私はきっとまだ帰りたくなかったんだ。こんな近いようで近くないような距離が楽しいから、もう少しこの時間を味わっていたかったんだ。多分。

「あぁ、じゃ、早く見に行こう!蒼兄、蒼先輩には何色がいいかな?」

「落ち着けって。やっぱりイメージは青だけど風鈴も青だし、違う色でもいいよな。」

青、赤、緑、黄色、いろいろな色を見比べる。…やっぱり青がいいな。しかし、誕生日だから、明るい色の方がいい気もする。…うーん、それなら黄色か…。

「俺は青にする。」

「…なら私は赤にしようかな。」

どうしても悩む。赤だって蒼先輩に似合う色だ。

「いいんじゃないか?」

それぞれが包装紙を買って、帰路につく。家に帰ったら包んで、桜ちゃ、桜先輩たちと蒼先輩の誕生日の計画をねるんだ。サプライズか、そうじゃないかは分からないけど。うんっと盛り上げるんだ。でもその前に、私はもう少しこの時間を楽しんでもいいんだろうか。電車に乗って帰るまでは、二人の距離をはかっていいんだろうか。

「…綺麗、」

「…ほんとだ。」

ビルの隙間から覗く茜色の空がなんだか妙に愛おしく感じた。

「ラッシュの時間帯だな。」

「仕方ないな、」

引っ張られるように、電車に乗り込む。ぎゅーぎゅーに締め付けられて圧迫感がひどい。一気に降りたり、一気に乗ったり、押されたり。身動きが取れない。

「浅葱。ここにいろ。」

「え?」

琥珀に守られるように扉にもたれ掛かる。

「きっついな~。」

私と琥珀の間には触れそうで触れない隙間ができている。きっと、琥珀はわざとそれを作っていて、周りの圧迫から耐えているんだろう。

「琥珀?もう少しこっちよってもいいぞ?」

「ん?大丈夫だから、浅葱は狭くないか」

「大丈夫だ…。」

思ったより距離が近い…どうしようかこのほほの火照りを。どうしようか、何だかいつもより早い心拍数。

「…ついた…」

電車で15分ほど揺れたか揺れてないか。近くの駅につく頃にはクタクタになっていた。ここからまた少し歩いていく。疲れてきたとはいえ、20分ほど歩く元気は残っているし、帰りなので、少しゆっくり歩いても問題は無い。

「大丈夫か?」

「あぁ、もちろんだ」

胸をはる。少し歩けば家だ。部屋だ。慣れないいつもより少し高めのヒールだって脱いでしまえる。痛い足だってゆっくりと休めることができる。ぴょこぴょこっと擬音がつきそうな歩き方が自分でも気になりながらゆっくりと歩いていく。

「浅葱。足見せて。」

「な、なぜだ、」

ここに来てまた吃るのか。ここに来てなんで足のことがバレるんだ。あと少しの距離なのに。問答無用で見られた足は赤くなっている。見た目だけで十分痛そうなくらいに。

「靴擦れか。慣れないヒールなんか履くから…」

黙っているしかない。歩き回るのに慣れないヒールなんか履いたのはミスだ。

「背中乗って。」

「嫌だ。」

「は?痛いんだろ?」

「まだ我慢できるし、我慢する。だから、ゆっくり歩いて…?」

仕方ないな、と呆れたような琥珀が隣でゆっくりと歩き始めた。私の歩き方はいまだにぴょこぴょこ飛ぶようなそしてズルズル引きずるような不格好な歩き方で、恥ずかしい気もするけれど、お互いしゃべらないこの時間がまた新鮮だったりする。

「こ~は〜く〜!!」

「浅葱、今何時?!」

「…ぁ、7時6分…」

蒼先輩が腰に手を当てて待っていて、それを止めようとする桜先輩とあかね先輩。そして面白がっているしお先輩がいる。

「あさちゃん、靴擦れした?」

「ぁ、うん、はい。琥珀がおぶってくれるって言ったけど私が歩くって言ったから、時間過ぎちゃった、です。」

「ほら、蒼。コウくんを怒らないでね!蒼ったら6時半くらいからずっとまだかまだかって言ってたの。ホント心配性なんだから!」

桜先輩に怒られて蒼先輩はしょぼんとしてる。あかね先輩はいったん落ち着いたことに胸をなでおろし、しお先輩はひとりで大笑いしている。

「せっかくみんな揃ってるし、飯食いに行こう。浅葱は絆創膏貼ってからこい。」

何とか立ち直った蒼先輩がそう言い放って、それぞれが財布を取りに行ったりする。ゆっくりと階段を登り、風鈴とラッピングを部屋に置いて絆創膏をはる。それから今度はいつも履いているぺったんこの靴を履いて出ていく。今日の服には少しも合わないけど仕方が無い。部屋を出るとちょうど、琥珀も出てきたところだった。

「その靴だと今日の服には合わないな。」

「ヒールはまた靴擦れするから仕方ない。」

二人揃ってゆっくりと階段を下りていく。階段から少し離れているとはいえ、いつもは遠く感じない距離が遠い。

「…浅葱、足」

「んー?さっきよりマシだぞ。」

琥珀に強がっても無駄だとは思うけど、強がってしまう。でもけして、大丈夫とは言わないし、言えない。

「商店街だろうからうどん屋か?」

「ファミレスかもな。」

ゆっくりと、でも急いで先輩達を追いかける。商店街は、飲食店の電気が目立ち始めている。うどん屋、ファミレス、ラーメン屋。焼肉屋は金銭的に無理だろう。

「ここにしよう。」

「お好み焼き!」

蒼先輩と桜先輩がニコニコとお店を指す。まだ入ったことのない店だ。もんじゃは桜先輩の部屋のホットプレートでやったし…。

「もんじゃもあるし、やきそばとかもあるからね~。」

わぁっと私も琥珀もテンションが上がる。一度食べて以来お互いもんじゃをもう一度食べたいとずっと言っていたから、すごく嬉しい。

「いらっしゃい!」

タオルを頭に巻いたおにいさんがにこにこと席に案内してくれる。お冷を取りに行ってまたすぐに戻ってきて、蒼先輩に声をかける

「蒼ちゃんに桜ちゃん。今日は大勢だね。あ、しおちゃんにあかねちゃんもいるのか。」

どうやら顔見知りらしい。

「今日は後輩連れてきたんですよ。こっちが琥珀でこっちが浅葱。」

「噂のコウちゃんとあさちゃんか。ゆっくりしてってね。」

お冷を置いてすぐにまたどこからか呼ばれたらしく、接客している。おにいさんも楽しそうだし、喋ってるお客さんも楽しそうだ。

「やきそば大盛りとお好み焼きのイカと、豚と、くらいか?」

「足りる?」

「…鉄板焼き頼む」

蒼先輩と桜先輩が仲良さそうに話している。パラパラとメニューをめくって見る。どれも美味しそうに見えてくるのは気のせいじゃないだろうな。

「駿くん!」

さっきのおにいさんは駿くんというらしい。蒼先輩が呼ぶとすぐにやって来た。

「やきそば大盛りとお好み焼きイカ玉豚玉とミックス一つずつ!あと、鉄板焼き」

「ドリンクバーとか付ける?」

「あ〜、うん。6人分付けて~。」

駿くんは一瞬戻ってグラスを置いてまた、仕事の方へ戻っていった。蒼先輩も桜先輩も頻繁に来てるのかな。私や琥珀の名前知ってるんだから、私たちがアパートに越してきてからもちょくちょく来てたんだろうな。何度もデートしてるのも見たし、ご飯食べて帰ってきてたし…。

「あさ、百面相やめろ。」

「へ?」

百面相…って、何?

「変顔やめろってことだよ、あさ。」

「変顔なんてしてないし!です!」

タメ口で話して、慌てて、『です』をつける。いまだに敬語にはなれない。

「コウくん美術館どうだった?」

「よかったですよ。すべての絵について1時間ずつ語りたいくらいです」

「そうなんだ。あたしも行こうかな。」

やっぱり、絵の話となると、私には全くわからない。

「あ、あかね。その時は僕が一緒に行くから!コウとか誘ったりしないでよ?!」

「はいはい。」

小さい子を宥めるようにあかね先輩はしお先輩に返事をした。琥珀は美術館のことを思い出しているのかニヤニヤしている。

「コウも百面相すんなよ~。」

桜先輩と話していた蒼先輩が琥珀に笑いかける。あれ私の時は笑いかけるというより嘲笑っていたような気がする。これが幼なじみと先輩後輩関係の違いなのか…?!

「お待たせしました~。自分たちで焼く?」

「お好み焼きだけ焼いて~。」

「了解~。駿くん頑張っちゃうよ~。」

ニコニコしながらも手さばきはすごくテキパキとしてて、見ててなんだかワクワクする。蒼先輩の家でお好み焼きを食べさせてもらった時はこんなにもワクワクしなかったのに、同じお好み焼きを焼いているはずなのにただ人が違う、場所が違うそれだけで印象はずいぶん変わるもんだ。

「あさちゃん、近いなぁ、」

「ぁ、ごめん。です。」

いつの間にか顔が近づいていたらしい。いい匂いと鉄板からの熱が顔にしみる。…まだ焼けないのかな。お腹のなる音が今にもしそうだ。

「はい、食べていいよ〜。」

わぁっと普段は穏やかなあかね先輩までもが嬉しそうな顔をした。美味しそうな匂いには人間誰も勝てないようだ。蒼先輩が丁寧に六等分した。ほぼ同じくらいの大きさに分けるなんてこの人以外出来ないだろうな。少しずつわけられたお好み焼きを口に運ぶ。

「あふっ、」

口の中でハフハフと言わせながら食べる。

「熱い~けど美味しい〜。」

「ほんとうまいっす。」

「それはよかった。」

私と琥珀の言葉に満足そうな顔をして蒼先輩が自分の分を一口食べた。お好み焼きを食べてる姿も絵になる。写真に収めたいけどあいにくカメラは持っていない。しお先輩の外面っぽくない笑顔もいつもより明るいあかね先輩の表情も、桜先輩の猫舌で四苦八苦してる所も、琥珀が美味しそうに食べてるところも、カメラでは抑えられない。

「イカ玉美味しい〜。」

「だからって僕のイカ玉取らないでよ、あかね!」

「豚玉あげるから許して~。」

いつもなら反対だろうと思われるセリフが二人の口から放たれる。たまの外食やお出かけは新しいことを発見する場で、新しい1面を知れる場だ。その瞬間ひとつひとつをカメラに収めることは出来ないのである程度の脳内記録にしかならないけれど、きっと、細かいことまでは覚えていなくても楽しかった思い出になる。

「あさ、早く食わないと無くなるぞ?」

「た、食べる~!!」

お好み焼きの他にイカ、お肉、野菜、トウモロコシ。もう一つの鉄板の上に並んでいる。うん、美味しそうだ。

「あさちゃんトウモロコシ好きよね。はい、どうぞ。」

桜先輩がとってくれるのをありがたく頂戴し、アツアツのトウモロコシにかぶりつく。他のみんなも次々にイカやら野菜やらを平らげていく。食べ盛り男子の食べるスピードはやっぱり早い。笑って慌てて怒って、コロコロと表情が変わる。ほかの人から見たら何でもないような1日だって、こんなにも特別になる。こんなにも写真に収めたくなる。楽しくて嬉しくて、いつの間にか笑顔が浮かぶ。

「浅葱?食わねーの?」

「食べる!」

自分の分を死守しながら慌ててまた口に運ぶ。

「もんじゃ、食べたいです!」

お好み焼きと焼きそば、そして鉄板焼きを食べ終えキラキラした目で琥珀がいう。

「そうだな、じゃあ何にする?」

「駄菓子とイカが入ってるやつがいいなー蒼ちん先輩。」

しお先輩が、ちゃっかりとリクエストする。ちらっとメニューを確認する。…なんだか嫌な予感がする。

「激辛で!!」

「拒否。」

「じゃあキムチで…。」

わかりやすく琥珀が凹んだ。そして、激辛というのを予想してたかのように蒼先輩は却下した。キムチならまだという事で何とか決まる。

「駿くん、キムチもんじゃとイカもんじゃ一つずつ。イカはトッピングに駄菓子入れて、あと明太チーズもんじゃにケチャップ。」

明太チーズに、ケチャップ…またなんという組み合わせなんだろう…。その場でみんなが凍りついてしまう。それにしても蒼先輩はまだ食べるのか、細いのに体のどこに食べ物を詰め込むんだろう。何度も考え事をして、百面相をして、それでも結局考えてることは全部同じで。何度目かわからない注意を聞いて私は急いでもんじゃを口に運んだ。辛いもんじゃと奇妙なもんじゃの後では普通がすごく美味しく感じる。みんなでつついて食べるのはなんだか幸せだ。

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