第3話 蒼色の気持ち
今日は、俺が生まれた日、らしい。俺が生まれた日に俺の意識はハッキリしてないし、何月何日に生まれたかなんて自分の記憶にはなく母子手帳にかかれた日にちでしか確認が取れない。写真やら何やらは生まれたその瞬間をとっている訳では無いし、その当時のことには正直興味が無い。ただ、1つ年をとるだけのこと。と思っていた。3年以上付き合っている彼女や妹のような幼なじみが嬉しそうにプレゼントだと手紙やら何やらくれたり『おめでとう』だとかいろんな言葉をくれたので、それがただ嬉しかったりした。
『もしもーし、蒼ちゃん、おはよ~、雛ちゃんですよ~』
朝っぱらから鳴り響いた電話に出ると能天気な雛姉の声が頭に突き刺さる。
「おはよ、雛ちゃん…。」
普段はしっかりと親父の仕事のサポートをしているはずの雛ちゃんはオンオフの切り替えが素晴らしい。どちらも素でただメリハリがあるだけなのだが二重人格にすら見えてくる。そんな雛ちゃんはオフの時はただの迷惑な人間に成り下がる。声はでかい、人目を気にしない。そして今はオフ。もちろん声がでかい。
『蒼ちゃん、もう桜ちゃんには祝ってもらってるわよね?どうせ隣で寝てるんでしょ?』
「一昨年から毎年のことだからわかってんだろ。」
『うん、もちろん。ぁ、でもまだ子供できることしちゃダメよ?!』
キンキンと頭に響く。
「しねーし。」
『そうよね、二人ともしっかりしてるもの、大丈夫よね。蒼ちゃん、お誕生日おめでとう。また誕生日プレゼント渡すから桜ちゃんと一緒に帰ってらっしゃい。俊くんも会いたがってるから。』
相変わらず過保護な
『それにしても、蒼ちゃんはリア充なのに何で俊くんは彼女できないのかしら?』
「知らねえよ。」
顔は悪くないと思うのよねぇ…などという家族から見た贔屓目を軽くスルーして、ベランダへ出る。
「桜が寝てるから声抑えてくれ。」
『あら、ごめんね。そうだ、あさちゃんは元気?昨日たまたま桃子おばさんに会ってね、気にしてたみたいだから。』
「元気だから心配しないでいいって伝えてくれ。こないだ同い年の奴と美術館行ってたし、お好み焼きもよく食ってたし毎日写真集見てヨダレ垂らしてるって。」
俺の誕生日のための電話だったのか何なのかわからないが、どんどん世間話へとなっていく。浅葱があまり家に連絡を取らないのがよくわかる。だから、桃子おばさんは雛ちゃん、俺経由で浅葱の様子を知ろうとしてるんだろう。
「蒼〜?」
「起きたか、桜。雛ちゃん、切るぞ。」
『はーい、またね、蒼ちゃん。桜ちゃん。』
桜の声も聞こえたのだろう。桜の名を呼ぶ時は少し大きなはっきりした声だった。
「蒼、おはよ。電話、雛ちゃんだったんだ~」
「そのうちに俊くんからも電話くるだろうな…。」
「蒼って不思議だよね、普段喋ってる感じとかお父さんお母さんの呼び方は普通の男子高校生って感じなのに兄姉のこと呼ぶときはなんか可愛くなる。」
親父、お袋、俊くん、雛ちゃん、いつもこの呼び名で過ごしてきたから俺には違和感はない。
「朝ごはん作ろっか。」
「フレンチトースト食べたい。」
「え、やだよ。朝はお米から。」
料理をする桜に決定権があるので俺の希望は聞き入れられないらしい。作ってもらえるだけありがたいか。
「蒼何時に寝たの?桜、一緒にアルバム整理しててそのまま寝た気がするんだよね。てか、桜も何時に寝たの?」
手際がいい。喋りながらも手を動かしている。後ろからその姿を見るのがすごく好きだったりする。あさだったら問答無用シャッターを切るだろう。そのくらいスムーズでなんだか綺麗で、その空間が雰囲気が別次元になる気がする。…あ、いや、俺の部屋であることには変わりないんだけども…。
「桜は0時半くらいに寝てたな。俺は多分2時くらい。アルバムまとめてそのまま床で寝ようとしたら寝ぼけた桜に寝巻きの裾掴まれて寝れないなと思ってたらいつの間にか寝てた。」
「ちょ、嘘でしょ?!」
慌てる桜に笑ってしまう。
「ほんと。」
残念なことに事実だ。警戒心がない寝顔に理性をどうにか保って、どれだけ苦労したか。
「あ、お味噌ないの…仕方ないなぁ、インスタントならあるよね?蒼。」
「そこの棚にある。ちなみにご飯なら冷凍庫。」
「わかった~。」
インスタントだと言ったのに鍋を使う音がする。…気のせいか。
「桜、味噌だけ使ってたりしないよな?」
「うん、ちゃんとかやくも入れたよ?ネギとか切ってたから、使いたくて。」
そういうことか、と少しだけ安心する。やがて、できたよ~という声が聞こえて声とともに朝ごはんが運ばれてくる。ご飯、味噌汁、キャベツ、目玉焼きにウインナー。目玉焼きにケチャップをつける。
「…醤油とかソースはよく聞くけどケチャップ…ねぇ?」
「本当はご飯にも味噌汁にもかけたい。飲料水以外のすべてにかけたい。」
流石に親にも姉兄にも桜にも全力で止められているのでご飯にはケチャップはかけない。パンだったらハムかなにか焼いてキャベツと挟むとかすればケチャップかけても違和感がないのに、米になった瞬間に違和感がすると言われるのはどうもげせない。
「それにケチャップライスってあるだろ。」
「それは別!」
だから、こうして我慢してるだろ、とは言わない。目の前で作ってくれたところを見てるのにその前でケチャップを大量に味噌汁に投入できるわけがない。多分、いつも1人で朝ごはんを食べている時ならインスタントなので遠慮なくやる。でも作ったものに目の前でこれでもかと言うほどケチャップを入れられたら嫌だろう。
「朝ごはん食べたら部屋戻って着替えてくるね。あ、今日は7時からコウくんの部屋で蒼の誕生日パーティーだからね!」
「…あさの部屋じゃなかったのか?」
昨日はあさの部屋でやると聞いていた。隣の部屋だから準備聞こえるかもしれないななどと勝手に思っていたのだが。
「…写真集が片付かないらしいの。あーちゃんの部屋はしおくんがダメって。しおくんの部屋は物がなさすぎるじゃない?いまだにサイドテーブルでご飯食べてるみたいだし…。桜の部屋は物で溢れてるし。」
確かに桜は荷物が多くて、3人入れればいいというぐらいのスペースしかない。荷物のほぼ多くが漫画と部活用の用具だったり参考書だったりするから、場所をとる。服もクローゼットの中には入りきらないらしく、よく収納に困っているのを見た。
「了解。」
「だから、準備があるから3時くらいからひとりで時間潰してね?」
「別に一人でも大丈夫だから。それに…絶対戦力外の奴いるだろ…。」
去年も戦力外通告をされた奴は俺の部屋につまみ出されていたし、先輩やら、後輩やらの誕生日のときは俺は戦力外だった。
「そうね。その時は蒼の部屋に行かせるわね。」
「それまではちゃんと俺と桜二人の時間あるわけ?」
「午前中はここにいるけど?」
午前中、ということは午後からはしばらく1人か。アルバムの整理するか、久しぶりにギターを弾いてみようか。誰かに本を借りて久しぶりの読書もいいかもしれない。ここ最近は写真ばかりだったし、たまには他のこともやりたい。
「ごちそうさま~。洗うから蒼のお皿も持ってきて~。」
「ごちそうさま。俺洗うから、桜着替えてきたら?」
流石に寝間着替わりのジャージでいたくはないだろう。
「じゃあお言葉に甘えて。」
桜が玄関から出ていくとすぐに階段を降りる音が聞こえた。くっと伸びをして二人分の食器を洗う。冷たい水が気持ちがいい。洗い終えると急いで着替える。俺もいつまでも寝巻きでいるわけには行かない。
「蒼~、入るよ~。」
一息ついてコーヒーを入れようと湯を沸かしたところで玄関から声がする。
「おー、紅茶飲むか?」
「飲む~。」
自分の分のコーヒーと桜の分の紅茶。ここに二人でいる時はいつも飲んでいる気がする。俺は昔紅茶にケチャップを入れて飲んだことがトラウマで紅茶が飲めず、桜はコーヒーをブラックで飲んで以来飲みたいと思わなくなったらしい。
「蒼、何しようか。」
「…夏の課題って結構量あるよな。」
「そう言うかなって思って持ってきた。理数系教えて!」
俺は理系。桜は文系。得意分野がまるっきり違う。
「理数系だけか?」
「英語もお願いします…。」
社会国語は割といい成績をとるのに、英語数学理科が苦手だから、とテスト前やら長期休暇やら毎回教えている。一つ救いがあるとすれば、早めに聞きに来ることと、努力していることだろう。あさのように追試に引っかかることは無い。そのかわりテスト前は睡眠時間2時間とかで生活しようとするから包丁を握らせないようにするくらいはしないと危険で仕方が無い。向き合って黙々とお互いの課題をすすめる。当たり前だが理系は理系科目、文系は文系科目の課題が多い。化学か、化学基礎かの違いだったり、古文のペースの違いだったりが原因である。
「蒼はやらないの?」
「やるけど、午後にやろうと。桜は午後から準備するんだろ?その間、一応ひとりのはずだし。」
課題をやっていたらバカ騒ぎされることはないだろう。あさとしおが揃うことを除けば。
「それもそうね。」
今は桜に教えることに集中だ。数学も理科も自分が好きで今まで勉強してきた科目。自信はある。英語はなんだかんだ昔から興味はあったし知ることは楽しいので問題は無い。教えることに関しては全く自信はないがまだマシだろう。
「…もしかしたら、地理教えてくれって頼むかもしれない、」
実際は文理で社会の範囲は違うが、なぜか、桜は地理も勉強しているらしく、テスト前に教えてもらうと、苦手なはずの地理も大概クラストップとなる。
「OK~、」
桜は真面目にコツコツとやっている。俺はいろいろ手を出して、ただ時間が進むか、桜が呼び止めるのを待つ。こんなふうにお互いが別のことをしながら時間を潰すことも多くなって、お互いその時間すら心地よくなった。外に行くのも悪くは無い。それでも何も言わなくても、ただ一緒にいるその時間が妙に嬉しかったりする。
「蒼、準備行くね!」
「おー、」
もう3時か。昼飯食って少ししか経ってないのに、もう3時。時間が経つのは早い。そして桜が部屋を出るとほぼ同時にドタバタうるさい足音とおとなしめな声がする。
「おっじゃましまーすっ」
「すみません、蒼先輩。コウくんの部屋に向かう前に厄介払いされました。」
「あー、うん、来るだろうなとは予測してた。…あさは?」
「あさは料理もそこそこできるし、飾り付けセンスもあるからかりだされてます。変態でバカのくせに。」
しおとあかねが普通に入ってきて座り込む。
「コーヒーか紅茶飲むか?」
「あ、あたしがいれますよ。蒼先輩、コーヒーですよね?」
「あぁ、じゃあ頼む。」
こうして見ると、あかねは料理上手のように見える。カップを持っているだけでもえになるし、なによりおとなしくて家庭的な見た目なのだ。
「しおは料理しないのか。」
「僕、何でも塩をかけちゃうから…」
「…しおだけに?」
「面白くないですよ蒼ちん先輩。」
見た目の割に料理べたなあかねは論外である。まず形がすぐ崩れる。そして焦げる。火事未遂を起こしたこともある。オーブンで焼いたりはできるが生地を作る段階で失敗する、ということで料理は壊滅的なのだ。
「あかねはお湯を入れる系しか作れないんだからそれよかマシですよ。」
「失礼な。」
あかねがお盆に3つカップを置いて運んでくる。俺はコーヒー。あかねとしおは紅茶らしい。
「俺宿題やるから、お前らも持ってきたら?」
「え、そういうと思ってもう既に持ってきてますけど?」
「…戦力外通告は分かってましたから…!」
しおはあっけらかんとあかねは悔しそうにいう。さっと宿題を広げて始める。言葉は少ない。時折誰かが飲み物をすする音だけが聞こえる。
「あの、この空間苦痛なんですけど、蒼ちん先輩。」
だいぶ宿題が進んだ頃にそう言われる。しかし、もう聞かないふりだ。もう少しキリのいいところまではやっておきたい。なるべく早く終わらせて夏休みは受験勉強に精を出したいし、写真だって撮りたい。
「音楽流したい~。」
「紫音、うるさい。」
あかねが堪りかねたのか口を開く。しおはもうすでに自分の分を終わらせたかのようだ。
「夏休み前から出された時にやってたからほぼ終わっちゃってるんだよね、あかねのわかんないところ教えようか?」
「嘘を教えるからいや。」
「ちぇっ、ばれたか~。」
この幼なじみ共はいつになったらくっつくんだろうか。絶対両思いだ。絶対お互いだけ気づいてない。
「あかね、そういや昨日なんで制服着てたんだ?」
「あぁ、学割貰いに行ったんです。終業式の日に貰うの忘れて。」
「あかね、学校行ったの?!行く時は僕に声かけてっていったじゃん!」
「だって職員室に行くだけだったんだもん。それに紫音に言わなきゃいけない理由はないでしょ。」
いきなり言い合いを始める。普段は大人なあかねだが、自分のことに関与されることを極端に嫌う。そのためか、しおが関与しようとすると一気に不機嫌になる。
「あかねは一人にしたら危険だからっ、僕が面倒見なきゃっ」
「はいはい、わかったから、二人とも落ち着け。しおはあかねに関与しすぎ。あかねは口調がいつもよりきつい。」
とめる人がいなければこの二人の言い合いはいつまでも続く。そして今この場に止められるのは俺しかいない。
「はーい…」
不満そうなふたりが黙り込んでお互いにやりたいことをやり出す。しおは俺の本棚をあさり、あかねは宿題の続きに手をつける。
「蒼、あーちゃん、しおくん、準備できたからおいで。」
少し早めにきた桜を見て俺はほっとため息をついた。
「いっぱいごちそう作ったから、早く行こう?」
険悪な雰囲気を感じているのか感じていないのか、桜はしおとあかねの手首をとった。
「蒼、早く!」
…もしかしたら早く作ったご馳走を食べたいだけかもしれない。
「あ、蒼に、蒼先輩!こっち座って!です」
お誕生日席、という奴だろう。1人だけ上座に座る。左右に桜としお。しおのよこに何だかんだであかね。桜の横にはあさが座る。その横にコウが座った。
「お誕生日おめでとうございます!」
声を揃えたかったのだろう後輩達の声はバラバラだった。タイミングだったり、おめでとう、です、という奴もいる。もちろん、そんなのはあさだけだが。
「あー、しお先輩合わせてくださいよ!」
「みんなが僕に合わせればいいの!ていうか、あさでしょ一番の問題は!」
「そうね、あさちゃんだけおめでとうございますって言ってなかったわよ。」
「えー、おめでとうですの方が言いやすいじゃん、です。」
こんな時でも言い合いになる。でもその言い合いを見てるのも止めるのも心のどこかで楽しんでる自分がいる。
「はいはい、まず、食べよう。蒼、号令。」
「ぁ、いただきます。」
誕生日の人が号令し箸をつけたのを見届けたらほかも箸をつけていいというルール。なんだか、どれを選ぶか見られるのは照れくさい。近くにあった唐揚げに箸を進める。それを口に入れると満足そうな二つの顔と、がっかりした顔が目に写った。
「なんだよコウ、その顔は、」
「賭けてたんだよ~、です。蒼先輩が唐揚げに箸をつけるか、ちらし寿司をよそうか!」
「桜とあさちゃんは唐揚げにしたんだよね~」
人で賭け事をして遊ぶな!と言うも謝る気のない2人はきゃっきゃっと笑うだけ。
「…約束通り俺のケーキ選ぶ順番最後ですね…。」
賭けたのはケーキを選ぶ順番らしい。
「よかった~、唐揚げを蒼の近くに置いといて。蒼は絶対右手付近にあるものを最初にとるからね~。」
「そうそう。昔からずっと変わらないくせだよね~、です。」
彼女、と幼なじみ、という立場をふんだんに利用し、コウには隠した上でこの賭けをしたのだろう。用意周到過ぎる。
「てゆーか、2人に有利すぎるじゃないですか!俺より蒼先輩と付き合い長いんですから!」
「ケーキの方が大事だもん。」
「ケーキ大好きだもん。」
あさと桜が平気な顔で言い切った。ケーキやらスイーツに関しては別らしい。とにかく自分たちが食べたいものを死守したいらしい。
「はい、ケーキの前に飯な。ケーキは最後だから。」
なんでこんな時まで俺が仕切っているんだか分からない。ゆっくり落ち着いて食べられるまではもう少しかかりそうだ。
「さくちん先輩。このポテトサラダ誰が作ったの?すっごく美味しい~。」
「それ、俺が作りました!」
「え、じゃあ、こっちの唐揚げは?」
「桜だよ。」
ということは、ほかの料理も誰かひとりが担当しているのか。
「このミルフィーユかつは!?」
「俺です!」
「じゃあ、このマリネは?」
「桜!」
これは、それは、と聞いていく。
「このちらし寿司は?」
「俺と桜先輩です!」
ついに1度も、あさの名前は出てこなかった。
「あさは何してたの…?」
「料理のセッティングと、スイーツ作りだよ、です。」
スイーツ作り…?
「ケーキ小さいなあと思ってシュークリームとかゼリーとか作ってもらったの。ねー、あさちゃん。」
「ねー。」
とにかく今並んでいる料理に関わってないことだけわかった。そして、コウが何でも出来すぎる。不思議なくらい何でもできる。狡い。
「俺も料理覚えようかな…。」
「何でもケチャップ入れるからだめ!」
思い切り桜にダメだと拒絶された。ケチャップいれて美味しくなるならいいじゃないか…。そんなふうに何でもない話をしながら料理もケーキもスイーツも食べ終える。流石に食べすぎたな、と頭に浮かぶ。
「蒼先輩!誕生日プレゼントです!」
「俺からも!」
どこかに隠してあったらしい包装紙に包まれた箱を渡される。
「ありがとう。」
開けていいかと問えばふたりして頷く。そういえば俺、コウに誕生日のことを言ったっけ?と思いながら開ける。
「ぁ、コップちょうど欲しいと思ってた。ありがとな、コウ。」
「いえ、」
ガラス製の緑のコップ早速使おう。また丁寧に箱に入れて次はあさがくれたものを開ける。これもガラス細工なのだろうか。毎年もらう写真関係のものよりも小さいし箱に入っている。
「風鈴か。…俺、こういうの好きだわ。ありがとあさ。」
「蒼先輩、気に入った?ですか?」
「あぁ。色もいい色だな。」
ぱっとあさの顔が明るくなる。本当にあさはわかりやすい。
「蒼ちん先輩、これは僕から!」
「…おい、しお?何かなこれは?」
「え、シャンプーですよ」
「…育毛剤って書いてあるのは気のせいか?」
しっかりと育毛剤入と書いてある。
「だって、蒼ちん先輩、将来ハゲそうだし!」
「ハゲない!もし将来ハゲたら自分で買う!」
なぜ後輩に今後の頭皮の心配をされなければならないんだ。される必要ないじゃないか。しかし、よく買えたな、しお…、
「あたしからも、これ用意しました。」
「えっと、」
「新しい分野にも挑戦してみましょう!蒼先輩!」
「あ、うんわかった、それよりなんだこれは説明を求む。」
本か、漫画か。それとも画集か。それなりに重さがある。
「まさか、ボで始まってブで終わる系統の漫画か?!」
「残念ながら違います。」
怖いのですぐに開けてみる。
「…シロくんのお散歩…絵本かよ!」
「絵本の絵って可愛いじゃないですか。」
いやたしかに可愛いけれども、高校三年生にもなって絵本が欲しいかと言われたらノーコメントだ。ついでに言おう。俺は高三男子だ。
「あ、えっと桜はね、これ…。」
開けてみて、と言われ素直に開けてみる。
「シルバーアクセサリー、欲しかったんだ、ありがとなっ桜。」
ずっと欲しいと言っていたシルバーアクセサリー。そのまま付けてみる。
「蒼ちん先輩似合いますよ~。」
「うん、すっごくかっこいいです。桜先輩センスいい~!」
2年生二人がワーッと盛り上げてくれる。こう言われるのは素直に嬉しい。桜が、選んでくれたというのも嬉しい。もちろん、みんなそれぞれネタのヤツも若干2名いるが、俺のために選んでくれた事実が嬉しい。
「みんなありがとな!」
「そればっかり言ってるよ蒼先輩、です...?」
「お前敬語おかしい!」
ついつい、気恥ずかしくなってあさに向かって大声を出す。
「いつものことでしょ、です!」
「はいはい、蒼もあさちゃんも落ち着いて~。」
こんな馬鹿騒ぎがその後も続いたのだった。
「はぁー落ち着いた。」
みんなそれぞれ解散して、部屋に戻る。桜も俺の部屋に一緒にプレゼントを運んだ後、自分の部屋に戻ってしまった。貰ったコップはシンクの上に置き風鈴は、早速ベランダ前のカーテンレールにつける。そして身を投げ出すようにベッドの上に座った。さっきまでバカ騒ぎしていたから、少し息が抜ける。…そういえば、俊くんからの電話が来ていない。
「はい、もしもし。」
直後になった電話に出る。
『蒼、誕生日おめでとう!』
「俊くん、うるさい。」
思った通り俊くんからの電話だった。雛ちゃんと違って、比較的大人しい兄だけれど、こういうイベントごとになると一気にうるさくなる。
『雛は朝電話できたみたいだけど、俺朝仕事だったから…。日付変わる前に電話できてよかったって今心底思ってる…』
「別にいつでもいいのに。お盆にでも俺家に一度は帰るし。」
『今日言いたかったんだよ。どうせ、桜ちゃんたちみんなに祝ってもらったんだろ?』
「うん。さっきまでバカ騒ぎしてた。」
俊くんと2人落ち着いて話しているとさっきの馬鹿騒ぎがなんだか、懐かしくなる。こんな時間も嫌いではないが、さっきの方が正直楽しかった。
『…受験生頑張れよ。外部受けるんだろ?』
「親父に聞いたんだ?色遠ならエスカレートなのにって言われたよ。」
『まぁいいんじゃないか?俺は応援する。で、学部は?』
「…映像学科の写真表現コース」
写真が好きだ。腕前にはそんなに自信はないけど写真が好きだということだけは自信がある。大学4年、その間だけでも写真にずっと触れていたい。
『写真好きだもんな。いいんじゃないか。』
「うん。やれるだけやるつもりだ。」
『そうか。じゃ、そろそろ切るな。また帰ってくるとき言えよ、迎えに行くから。』
それだけ言うと俊くんは電話を切った。俊くんは何も言わない。絶対に反対しない。だからすんなり、好きなことをやりたいって話せる。親父もお袋も、雛ちゃんも写真は趣味で終わらせられないのかと度々言う。それは無理だ、嫌なんだと何度説明しても聞き入れてもらえない。
「…月が綺麗だ。」
すっかり暗くなった月夜。ベランダに吸い込まれるように出て、カメラを向ける。シャッターを何度も切る。シャッター音が風鈴の音と混じるようになる。感情的に感覚的に写真を撮ることは少ない。それでも、きりたくなったのは、今日という日を忘れたくないと思ったからだろうか。せっかくだ、みんなで撮った写真をたくさんある写真立ての一つに入れて飾ろうか、そんなふうに思いながら、ベランダの戸をしめる。撮ったばかりの月の写真は、いつもより感情的に感じる。印刷は後回しにしよう。誕生日は、毎年訪れるけれど、同じ日は二度とない。今日のような馬鹿騒ぎだって来年は、再来年は、できるかわからない。どんな年になるのか、どんな18歳になるのか。まだ分からないけれど、そのうち分かるんだろう。そしてその頃には次の1年について考えているのだ。
「…寝よ。」
ぐっと大きく伸びをした。もう、風鈴の音はしない。
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