第9話 蒼色の憤怒
朝はいつもより30分早く目が覚めた。いつもは菓子パンだけど今日はトースターで焼いたパンにたっぷりのケチャップと千切りキャベツと焼いたウインナーをのせた即席ホットドッグにコーヒーをつけた。食後にはアロエヨーグルトをつけた。ヨーグルトにもケチャップを入れた。この場に桜がいたら怒られそうだ。
なんだか今日は自分の好きなことをしてもいい気がした。何をしたって許されるような気がする。
「…蒼?おはよう。」
朝食も食べ終わって片付けている最中に控えめに入ってくる桜が目に付いた。
「おはよう。…どうかした?」
「ううん、ちょっと早かったから中で待とうかなって思って。」
制服姿で長い髪をポニーテールにしている。
「いつも以上に早いな。」
「あは、文化祭本番でもないのにおかしいよね。」
「いや、俺もいつもより起きるの早いし。」
そうだね、なんてふたりして笑う。
「制服、着替えるからそこに居て。」
かろうじて死角になりそうなところで着替える。待たせたくないのでさっさと着替えてしまう。
「よし、行こう。」
荷物を持って桜に近寄る。
「っ、びっくりした~」
わざわざ後ろを向いていたらしい。
「ねぇ、明日は雛ちゃんと俊くん来るの?」
うちの学校の学祭は2日間行われる。主なイベントは1日目、2日目、そして2日目の夜に行われる後夜祭。後夜祭以外は誰でも入ることが出来る。そして、ミスコンやらミスターコンやらは後夜祭のイベントだ。
「来るってさ。雛ちゃんと俊くん一緒に。」
「あのふたり揃ってくるとカップルに間違えられそうだよね。」
そうなのだ、兄、俊くんはナチュラルに彼氏みたいな事するし、過保護だし、姉、雛ちゃんは俊くんにだけは甘え上手だ。そして二人共美形な方だからカップルにしか見えないのだ。多分2人に彼女やら彼氏やらが出来ないのはそれが原因だと思う。
「蒼の兄弟ってほんと美形だよね。」
「…俺が言うのもどうかと思うけど親父以外は美形だよ。」
残念なことに父は美形ではない、とはいえ親しみやすい優しい顔をしてるし、目も耳も眉毛も二つあるし、鼻も口も一つずつついている。
「蒼のお母さんはすっごい美形だもんね。」
「…あの人はもう魔女みたいなもんだよ。劣化しかけてるけど。」
否定出来ない。絶世の美女とまでは行かないけど正直そこら辺の女優よりは美人だろう。
「それにしても、雛ちゃんも俊くんも揃ってくるのか、会うの楽しみだな~。」
「雛ちゃんも桜に会うの楽しみだって。昨日電話来ていってた。」
嬉しい!と桜は笑った。いつもより少し浮かれた俺達はそのままお互いの教室へと別れた。
異変が起きたのは午後。テント設置してそこに必要な機材やらなんやらを置くだけの俺達は午前中には準備が終わってしまった。少しだけ時間のかかった桜と合流し、美術室に入って息を飲んだ。
「…モザイクアートが…!」
完成してみんなで喜んで、後は運ぶだけだった。…なんでこんな悪質なこと…。
「桜、2年呼んできて。俺一年のとこ行くから。」
俺は抑えられそうにない怒りをなんとか抑え、廊下へと走り出た。一番遠い一年校舎まで何も考えずに走る。
「あさとコウいる?」
入口付近にいた女の子を捕まえて、問い出す。
「あっさー、大師匠!先輩が呼んでるよ!」
はい、と返事をしてすぐにふたりを呼び出してくれた女の子にお礼と借りることを言って俺はふたりを連れ出した。
「モザイクアート、急いで直すぞ。」
「まさか、破れたんですか?」
「その方が幾分かマシだったな。」
ただ事ではない、コウはすぐに察したらしい。
「…なんだこれ、」
美術室のモザイクアートを見てすぐにコウは呟いた。写真や絵の上に本来ないはずの色が飛び散っている。故意的としか思えない。
「写真はまだいい。データがパソコンにあるから帰ってUSBを取ってくればすぐ印刷できる。問題は、」
美術部の3人を見る。無事なところもあるのだがそれが写真のところばかりなのも気にはなる。絵のところは重点的にひどいのだ。
「絵はまた書くしか…」
「…あの、」
コウがおずおずと手を挙げた。
「完成形じゃないとダメですか?」
「飾るんだから当たり前だろ!」
バカを言うな、と俺は頭ごなしに怒鳴りつける。
「待って蒼ちん先輩。多分、コウには何か考えがあるから、」
紫音に窘められ息をつく。コウはちょっと落ち着いた俺を確認して話し始めた。
「つまり、文化祭1日目にスタンプラリー形式で写真を撮ってきてもらいその写真を貼ってもらう、ってことだな?」
「ケータイでとってもらえればパソコンと同化してプリンターさえ持ってこればすぐに印刷できます。美術部は下絵協力だけって形になりますけど、それなら今から1からやり直してもさして時間はかからない。」
コウはあかねと桜にどうですかと意見を求める。
「桜は賛成!プラ板とか置いてちょっと体験スペース作るのもありかも。ただ見るだけよりきっとみんな来てくれるよ。」
「あたしも、賛成です。」
少し考えて、その案で行こう、そう俺は言った。急いで生徒会に企画変更の用紙を提出し顧問にも伝えて準備を始める。ありったけの予算を出してそれでも足りない分をみんなで出して、パソコンは顧問のものや協力してくれる先生のものを借りることにした。プリンターもパソコン教室にあったものを拝借することになった。
「スタンプラリーは良いけど、なにか景品がないとやらないかも、です。」
「お菓子とか?」
「飲み物とか。」
「そのへんは先生に任せるとか。」
投げやりに浅葱が言う。先生に任せる、それも有りかもしれない。
「文化祭、楽しんでほしいよね、」
「…なら、各学年2クラス以上の写真と、中庭、それから人物ってどうですか?」
桜の言葉にあかねが案を出す。
「場所は指定したいけどなんとなくそれじゃ不利だもんね。各クラスの方がいいか。」
「スタンプ置いてもらえるように頼まないとね。」
「じゃあ、各学年頼みに行こうか。」
みんなが立ち上がる。が、みんなで行くのは時間の無駄だ。そう思って俺は写真部と美術部を分けた。今のうちに下絵をなるべく早く書いてくれと頼み3人で各学年にわかれお願いをしにいく。元々金を取らない部活動発表は敵視されてないのが救いだったのか、どのクラスも快く置いてくれた。美術部写真部どちらかのスタンプラリーだと言われたら判子を押してくれ、と一時期桜が狂ったように作っていた消しゴムはんこを手渡し頼む、それを繰り返し7クラス。
「終わったよ!」
しおとあさがそれぞれ駆けてくる。下絵に貼る写真を印刷するために一度家に帰り、USBやらパソコンやらデータを取りに行く。プラ板を作ろうとか言ってたからトースターを持っていこう。
「…流石にトースター3個もいらないと思うんだが、」
考えていたことは同じらしい。三人ともそれぞれトースターを持ってきたのだ。
「浅葱、戻してこい。」
「はーい、」
一応女である浅葱に戻してくるよう告げ、俺達は浅葱を待つ。紫音はSDカードに。俺はUSBに。浅葱はパソコンにそれぞれデータが入っている。
「…それにしても、嫌がらせの割には手が込んでるよな。」
「昨日施錠しましたよね。」
たしかにみんなで鍵を閉めて、俺と桜で職員室まで返却した。
「…美術室って授業とかで確か使われてないですよね。」
「授業では使ってないけど画材は全部美術室においてあるぞ。」
美術室の隣の隣にある彫塑室で美術の授業は行われる。彫塑室には準備室がないため、美術室が物置となっており、半分ほどの面積を占めているのだ。部員多数の漫画研究会が彫塑室を占領しているため俺達写真部と美術部は美術室を使っているのだが、本来ならば逆だった。
「…漫研って、たまにコピックとか置きに来るよな…?」
「…!確かに…。」
俺達が帰ったあと、漫研の誰かが美術室を開けて施錠を忘れてしまった、などというのも有り得なくはない。
「犯人探しなんて後でいいよ、蒼兄、じゃなくて先輩。」
戻ってきたあさに話は聞こえていたらしい。
「…そうだな。」
嫌な予感、というものは一度よぎるといい結果にしろ悪い結果にしろ終わるまで頭の中をぐるぐる回り続ける。
「…桜のストーカーって何部だったっけ。」
「またそれですか、蒼ちん先輩。」
はぁ、とわざとらしい大きなため息をしおがつく。
「帰宅部ですよ、帰宅部。」
「昨日は補習はないし、俺たちより帰り遅くなったのって許可証を出した漫研と調理部、それから野球部くらいだったよな。」
ぶつぶつとつぶやき始めた俺を見て無駄だと思ったのか、しおは肯定をする。
「…吹奏楽部も、」
「え?」
「いや、吹部は残ってなかっただろ。」
あさの言葉に俺は記憶を呼び戻す。
「でも、楽器の音聞こえた、です。多分、金管楽器。」
「よくわかるね、あさ。」
「親が好きで。」
踏み入れさせないようにか言葉を言い捨てた。
「でも今はそんなことより、文化祭。なんとかしなきゃ、」
「…そうだな、」
話はこれでおしまい。俺たちは無言で展示の会場となる、俺の教室へと急いだ。美術部の三人が下絵を描いているうちに俺たちは設置と写真をプリントする。完成図は前と同じにすることになっているから問題はないだろう。
「さて、あさ、ちょっと俺としおがここに残ってるから美術室見てきてもらえるか?」
「わかった、です。」
あさを追いやり、俺はしおと向かい合う。
「…さっきの話蒸し返すけど、俺、漫研の誰かが怪しいと思ってる。」
「僕は二人に絞ってます。」
「え?」
「誰かは言いませんけど。」
俺はきっとぽかんとしていたんだろう。
「言っておきますけど、あの帰宅部のヤツは絶対ないです。」
なんでわかるんだ、と俺は問う。
「あんなに簡単に捕まえられてまたやるわけない。あいつがもっと前からストーカーしてるならもっとうまく隠してますよ、」
確かに、ズブの素人という言葉が似合う、間抜けなストーカーだった。気がする。しおに捕まえられてたし、色々無計画だったみたいだし、
「…誰にせよ、許せないです。」
「…ぶっ殺しそうになった俺を殴ってでも止めてくれ。」
「その時は運動部に助っ人を頼まなきゃですね。」
だな、なんて談笑しているうちに美術室の方から連絡があった。下絵が完成したらしい。
前作は俺たちだけで貼った写真を今度はみんなで貼る。3人で貼ってた時よりもペースが早い。ルール説明の紙やらも美術部3人がつくり、プラ板の準備なんかを俺達がして、やっと準備が完成した。
「おつかれ~」
先生の間の抜けたような声がして、俺達はしっかりと鍵をかけてから鍵を職員室に全員で返しに行った。今日は俺たちより遅く帰る生徒は誰一人いなかった。
「おはよう、」
朝早く、桜が制服に着替えてやってきた。俺はまだ、朝飯の用意すらしてなかった。
「朝ごはん、これ、」
桜にしては手抜きな朝ごはんがお盆にのって運ばれてきた。
「今日はさ、大丈夫だよね。」
「…あぁ。」
楽しい文化祭、になるはずだ。俊くんと雛ちゃんも来て、写真部美術部の展示も各クラスも大成功して、きっと、
「…あのさ、モザイクアート、多分桜のせいだよね…」
「桜のせいじゃない。」
たとえ桜が原因だとしても、桜は悪くない。被害者だ。桜のストーカーをしてるやつが桜への嫌がらせでやったというのなら俺は許さない。
「…昨日ね、あーちゃんとしおくんと今までの写真を見てみたの、しおくんに預けてたやつ。」
「それで、」
「桜、わからないんだよ…なんで桜なのか。なんで、桜にこだわるのか。」
見たらわかるかなって、思ったけど分からない、と桜は続ける。ストーカーの感性なんか分からなくていい。そう告げようとする俺の言葉を聞かずに桜はおしまい、とだけ発した。食べよう、と勧めてくるサンドイッチは今日は味がわからなかった。
今日のシフトは午前中の開始2時間は教室、それから昼をまたいで写真部の展示。最後に自由時間、というスケジュールだ。桜も全く同じである。プラ板とスタンプラリーさえなければ部活は無人でもよかったのだが、そういうわけには行かない。部活のあの騒ぎを知ったクラスメイトが気を効かせてくれたおかげで明日はクラスの方は入らなくていいらしいので幾分楽にはなった。が、自由時間とやらは少ない。
「焼きそば3つ~」
個数制限ギリギリの数を買っていくやつは珍しい。
「はいよ~」
顔を上げるとしおとあかねが立っていた。ギクシャクしていたふたりだがなんだかんだ一緒にいるらしい。
「あ、あたしも焼きそば3つお願いします。」
そんなに食うのか、なんて顔を俺がしたのだろう。
「これ、僕たち二つずつ食べるわけじゃないですからね、蒼ちん先輩」
金をもらって焼きそばを渡すと、次はたこ焼き!とダッシュする二人。
さっさと食べないと冷めるぞなんて言葉を二人は聞いてないだろう。
「さっきの後輩ちゃんたち2年?2人とも可愛いじゃん。」
「…まあな。」
クラスメイトに言われ俺はへへっと鼻の頭をかいた。鉄板の前にいると暑い。水分がすぐになくなってしまう。今日は自販機は停止しているから、屋台やら、模擬店やらで買うしかないのだがすごく並ぶ。空いているところがないのだ。
「交代の時間だよ~。」
二時間きっかり。女子の声に鉄板の前にいた男子勢は歓声を上げる。暑さから開放される訳では無いが部活展示の教室までの我慢だ。
「交代来たぞ~」
教室へ行くと桜とあさ、それからコウが笑いあっていた。
「スタンプラリーどうだ?」
「意外と好評ですよ。」
ちょっとした列もできていたらしく、今はやっと落ち着いたところだ、とコウが笑った。
「あ、これあかね先輩としお先輩から差し入れって。それからえっと、」
コウが戸惑った顔をすると、あさがその続きをいう。
「俊くんと雛ちゃんが来てシフト聞いてきたから教えた、です。」
「了解。で、お前らは焼きそばもたこ焼きも食べたのか?」
コウがはい、といい返事をして、あさがいつもみたいによくわからない敬語を使って頷いた。
「これからしお先輩の喫茶店行ってきます!」
「あかね先輩のかき氷も!」
「あ、あと屋台制覇しようと思って!」
目を輝かせる二人につい桜と吹いてしまった。大人びた琥珀が年相応に楽しそうに話し、あさもそれにうんうんと頷いている。
「それなら、並んでたから早く行った方がいいぞ。」
俺の言葉にはーい、と2人は元気よくかけて行った。
「元気だねぇ、あの子達。」
「まあ、初めての文化祭だしな。」
桜と顔を見合わせて笑いを落とす。
「おふたりさーん、お客さんですよ、」
「優茉!」
一年生の時のクラスメイトで、桜の友人がひらひらと手を振っていた。その後には元は坊主だった頭に髪が生えてきた野球部がいる。
「拓也も来てくれたのか!」
「携帯で撮ってもいいんだろ?なら、協力できねえかなって。人多いほうがいいと思って、後輩達にも声かけた。部活引退してからスマホに変えてさ写真撮りたいなと」
「やっとガラケー卒業か!」
メールと電話しかまだやり方はわからないけど、と笑う。
「それに、景品もあるって聞いたしな。」
「景品っていってもちっさいお菓子だけどな。」
袋に入った飴だとか、クッキーだとかしかない。景品、というより粗品と言った方が近い気もする。
「…ところで、このフリーってとこはここでもいいの?」
「あ、うん。自分の気に入った場所ならどこでも」
桜と佐々木が話している。
「はい、二人ともこっちむいてー。」
佐々木の声に振り向くと、シャッター音がなった。
「待って、それ絶対俺間抜けな顔してる!」
「見て桜、あんたの彼氏の顔!」
予言は的中。間抜けな顔。
「これ最高!後で送って!」
女の子同士キャッキャッと二人は笑いあっている。そうこうしているうちに他の子たちも入ってきて拓也たちも佐々木もそそくさと出ていった。
「あ、あの、プラ板って、」
「あ!はい、プラ板ですねー、こっちどうぞ。」
スタンプラリー受付の反対側の机と椅子を四角く並べた場所に誘導する。桜が説明している姿を俺はぼーっと眺めるしかない。
「君。」
「は、はい!」
「この写真撮ったのはここの生徒さん?」
話しかけてきたおじいさんは一つの写真を指さした。
「あ、えっと、はい。」
「いい写真だ。私は写真を見るのがすごく好きでね、孫の文化祭でこんな写真を目にするとは思わなかったよ。」
ニコリと笑ったおじいさんにありがとうございます、と遠慮がちに話す。
「どの作品も写真が好きだってことが伝わってくるよ。これからも頑張って欲しい。」
おじいさんにまた、お礼を言って頭を下げるとおじいさんは頷いて、去っていった。
「…」
おじいさんが指した写真は、あさのものだった。あさが突発的に撮ったという、夕日の写真。綺麗だと思ったから撮った、なんて言ってた。見た瞬間、俺は正直言葉を失った。俺じゃ思いつかないアングル。倒れた自転車やらガードレール俺だったらさけてしまいたい障害物。それらがすべて入っているのに、なぜか美しかった。日常をそのまま切り取ったような写真。そんなふうに思えた。
「蒼ちゃ~ん」
ひときわでかい声が聞こえてきた。
「雛ちゃん、」
後ろから俊くんもやってくる。
「ねえ、聞いてさっきね!ナンパされちゃった!」
「俺がトイレ行ってる間に、お姉さん文化祭案内しましょうかー?って高校生に言われてデレデレしてた。」
「でも、ちゃんと連れがいるからっていったじゃん!俊くんだって女の子に見つめられて満更じゃなかったくせに!俊くん、彼女いないもんね!」
「それは関係ありません、桜ちゃんお久しぶり。」
プラ板はいつの間にか終わったらしい。俺がぼーっと眺めてた時間もおじいさんと話した後にぼーっとしていた時間も長かったんだろう。
「本当はクラスの方にも顔だそうと思ったんだけど、まさか朝イチだと思わなくて、先にこっちきたらいないしせっかくだからスタンプラリー回ってきたの!」
はい、と台紙をふたりが出した。写真も綺麗だ。
「…ちょっと悪い。このフリーのとこどこ取ったの?」
「え、中庭の地面。」
「俺は壁。」
俺は理解不能!と声を出すしかなかった。プリントアウトをして、何枚か使えそうなものを貼る。使えなさそうな地面やら壁は先生のパソコンにかってに取り込んでおいた。
「にしても、なつかしー。」
「雛ちゃんも俊くんも色遠じゃないだろ。」
「高校って空間が懐かしいの!俊くん今度、岡西行こう。」
岡倉西高校。俺の父、俊くん雛ちゃんの卒業した高校だ。色遠とは違い、県下で1,2を争う進学校で、国立大学進学者が大量にいる。その中でも俊くん雛ちゃんの成績は今でも語り継がれていると聞く。
「岡西の文化祭つまんないからいやだな。」
「…否定できない~。やっぱ文化祭は色遠のほうがにぎやかだし楽しいよね。でもやっぱ、卒業生じゃないから遠慮しちゃうよね。」
弟の文化祭に堂々と兄弟で腕を組んで歩いたり、ナンパされて喜んだり、さらにはたくさんの屋台に並んだのだろう、両手いっぱいの食べ物の入った袋。これで遠慮しちゃうなどどの口が言うんだか。
「さて、雛、そろそろ他も見に行こう。俺、紫音くんの女装気になるんだけど。」
「そうね、行きましょ。またね、蒼ちゃん、桜ちゃん。」
嵐がやんだかのように静けさが教室を占める。
「にぎやかだったね。」
「うるさいだけだろ。」
「あ、あの、」
控えめに一年生が入ってきた。
「これ、スタンプラリーの、写真なんですけど。」
「あ、ありがとう!」
俺は、慌ててお礼を言ってプリントする。
「あ、桜のクラス!たこ焼き、おいしかった?」
桜が一年生に無邪気に笑いかけた。
「はい!」
「よかった~。あ、これ裏庭の花壇だ。もしかして園芸部?」
「そ、そうです。」
写真を見ただけで場所を当てた桜に一年生は少し興奮する
「なんでわかったんですか?」
「桜、裏庭大好きなの。」
えへへ、と笑って、桜は一年生に携帯を手渡した。幼い顔が赤くなっていく。俺は少し不安になる。一年生が去ると隣でニコニコしていた桜が俺の手のひらをつまむ。
「…蒼、桜はそうだけだから。」
「…わかってる。」
桜は人に向けられる好意に敏感なわけではない。でも、俺の嫉妬には敏感なようだ。
「さて、しおくんたち来ないかなぁ。」
もうすぐ交代だよね、なんて桜の声のトーンが変わる。そうだなとかなんとか返事を返す。
「こーうたーいでーす。」
「結構プラバン減ってるみたいですね。よかった。」
紫音の間の抜けた声と、あかねの声が背後から聞こえる。
「あ、雛さんと俊平さんに会いましたよ。」
「悪いな、うるさかっただろ。」
「爆笑されました。二人に。」
「…申し訳ない。」
あかねがふふっと笑う。
「…さ、二人も早くデートしてきて下さい。」
「あとは僕たちがやりますから。」
二人の言葉に苦笑いを一つこぼして言葉通り二人で教室を出ていく。
「あさちゃんたちの教室行こうか、蒼。」
「そうだな。」
パンフレットを片手に歩いていく。屋台は終わりかけているクラスもある。明日の分も取っておかないと、なくなってしまうといったところだろう。少し静かになってきている模擬店とは裏腹にクラス展示の一年生は今もまだ、にぎやかだ。
「蒼に、先輩、」
「桜先輩も来てくれたんですね。」
にこにこと二人が寄ってくる。
「縁日か。」
「浴衣、似合うわね、二人とも。」
一年生のほとんどはお揃いのクラスTシャツだがあさのクラスは浴衣でそろっている。
「あっさー、こっち景品足りない!」
どうやら、二人は受け付け兼補充係らしい。クラスでのあさはちゃんと高校一年生の四条浅葱で、ちゃんと友達もいるようだ。
「さて、しゃべってたら邪魔になりそうだし、教室の中はいるか。」
「うん。せっかくだから遊ばないとね!」
桜の言葉に俺たちは、教室へと入っていく。縁日、その名の通り、屋台を模したスペースが3か所。
「うまいな。」
「うん、絵はコウくんかいたんだと思う。」
「いや、絵じゃなくて、大道具。」
「あぁ、そうね。演劇部でもいるのかしら。」
俺もCDラックだとか棚とかはよく作るけど、あまり大きなものは作ったことはない。色の塗り方もきれいだし、作るのが好きなやつが多いんだろう。俺は妙に感心してしまった。
「ん~~~~~!可愛い!こんなところになんでいるの~?」
「…え、」
桜が指さしたぬいぐるみはお世辞にもかわいいとは思えなかった。
「え、先輩知ってるんですか?」
「もちろんっ!潜れ、深海生物シリーズのダイオウグソクムシのキングたん!」
一年生の女子と話が盛り上がる。
「実はこれ、くじで引いたらかぶっちゃて出したんです。一番低いポイントでとれるんでよかったらとっていってくださいね!」
「やった~!蒼、取って!」
ハートマークがついてそうな言い方に俺は反論も何もできない。
「深海シリーズ好きな子に会ったの初めて。推し生物はどの子?」
「ハナガサクラゲのハナたんです!」
「あぁ~かわいいよね!私はダンボオクトパスのダンタコたんが推しなの!」
まるで呪文。二人の会話を耳に挟みつつ、ダイオウグソクムシのキングたんとやらのために俺は缶をつっている。
「…大変ですね、先輩も。」
缶釣りの担当らしい男子が苦笑いで話しかけてくる。
「まぁ、桜のためだし…。」
「おお、彼女思いっすね~。…いったい何が可愛いんだか。」
「…そうだよな。」
どうやら、女子の可愛い、は、男子には理解できないらしい。
「狙い通りですね~、この中からお好きなものをどうぞ。」
ゲームを終えた俺は、迷いなく、ダイオウグソクムシを選ぶ。
「ありがとう、蒼~!」
可愛さはわからないが、桜が喜んでいるから良しとしよう。桜が、気の合った女子に手を振って俺たちはあさのクラスを離れた。ちょこちょこといろんなクラスを見て暇になってしまったので写真部美術部の展示教室へと戻る。
「蒼、まだいたのか。」
「いや、暇になったし大荷物で戻ってきたとこ。」
「キングたんだ、」
「え、鈴木君知ってるの?!」
桜のぬいぐるみを見て拓也が声をあげる。
「俺、深海生物大好きでさ、あれ、わかる?デメニギスのデメたん。」
「わかるわかる!」
画像を見せてもらったが、俺も、しおも、野球部員も、同じ女子のあかねも佐々木までその可愛さがまったくわからず首をひねった。
「拓也と佐々木一緒に行動してたんだな。」
「あぁ、私とこいつ従兄弟なんだよね。で、野球部で回るって聞いて仲いい子皆シフトがかみ合わなくて一緒に回らせてもらったの。」
「あ、そうだこれ、」
それぞれが携帯を出した。
「ほらスタンプラリーの!」
「あぁ!今プリントさせてもらうな!」
しおとあかねが携帯を受け取ってパソコンに写真を何点か取り入れた。
「…、あ、間違えてちょっと大目にプリントしちゃった、」
あかねがしまったという顔をした。
「…これって、」
写真を見たしおが野球部と佐々木をにらみつける。
「誰の携帯!」
あかねにしおが強く言う。
「えっと、赤いカバーだけど、」
さっと数人の顔が驚いた顔になる。赤いカバーを使ってるのは4人いて中でも同じ
赤いカバーを佐々木と拓也は使ってた気がする。
「何が写ってんだよ、」
「さくちん先輩。あの写真です、僕が預かってたやつ。あのストーカーが部屋の郵便受けに入れてた、」
さっと桜の顔が青くなる。そんな姿を見て、佐々木が桜の肩を抱きながら拓也をにらみつけた。
「…拓也、なのか?」
「そんなわけ、」
「前に行ってたじゃない、鈴木、桜のこと好きだって、」
「いや、それは、そうだけど、でも俺、蒼と谷崎の事応援してるし、」
必至というわけではないが拓也は少し慌てている。拓也が嘘をついているとは思わないし思いたくもない。でも、拓也でないとすると、他の野球部だろうか。佐々木は桜の友達だし、女だし桜にそんなことする意味が分からない。
「…佐々木先輩ですよね。」
小さな声でしおがはっきりとつぶやいた。
「はぁ?桜の友達の私がそんなことするわけないじゃない。」
いらだった声。
「だってこれ、佐々木先輩の携帯ですもん。」
しおがあかねをかばうように立っている。きっと、携帯が佐々木のだと気づいたのはあかねなんだろう。
「鈴木の可能性もあるでしょ!」
「鈴木先輩は最近までガラケーだったんですから、携帯にデータが入ってるわけはないんですよ。入ってたとしてもここまで画質がいいわけがない。」
ふと、数時間前の話を思い出す。スマホに変えた、そういったのだ。スマホを変えたのではなく、スマホに、変えたのだ。
「答えれば答えるほど墓穴になるぞ、優茉。」
野球部の一人、佐々木の従兄弟らしき奴が声を出す。
「…私じゃない、」
「…お前だろ。証拠もそろってる。」
「やってない!桜の授業中の写真なんか取ってない!」
ぷちっと何か切れた気がした。
「桜先輩の授業中の写真なんて誰も言ってませんよ。」
あかねの冷静な声に、佐々木は崩れ落ちるようにその場に座り込んだ。
「おまえ、」
殴りかかりそうな俺を拓也が止めて、佐々木を従兄弟が連れ出した。
永遠のような一瞬の静寂が流れた。
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