第8話 紫色の嘘吐き
困ったことに僕はモテる。非常にモテる。きっとそのうちの8割は僕の容姿にキャラクターにキャーキャー叫びたいだけ。残りの2割はマゾか、ドマゾ。だって、僕は絶対振り向かないから。そして、今は学祭前。学祭の素敵な、僕からしてみればバカみたいな言い伝え、その言い伝えを確かめるべく、女の子たちは僕の靴箱にいつもよりもたくさんの手紙を入れる。
「また手紙?」
「そ。僕可愛いからさ。」
萌え袖は基本。可愛く可愛く。それが僕の生き方。かっこいいが似合わない僕の戦い方の一つだ。
「学祭前にしてまた増えたなー。」
「まあ、僕可愛いからね。」
クラスメイトの男子の声に適当に流す。
「で、誰にするんだ?」
「は?全部断るけど?」
「なんで。」
「あかね、いるし。」
約束とかしているわけじゃないけど、と心の中で付け加える。
「日向さん~~?!ずるいぞ紫音!」
「何が。」
「お前知らねーの?日向さん影でスゴイ人気なんだからな?控えめだけど可愛いし、誰にでも優しいし、もう女神とでもいうか、」
あかねが控えめ?わかっていない。そんなのあかねの外面でしかない。僕が知ってるあかねは決して華やかではないけど気が弱いわけではないし自分の意志をきちんと持っていてしっかりしている。
「あかねは女神なんかじゃないよ。」
確かに存在している、普通の女の子。ありふれたような女子。
「ていうか!僕の方が可愛いし?」
「お前は性別考えろよ…」
低めの背。首元ではねるくせっ毛。大きな目。顔立ちは女の子みたいで、色素の薄い髪。僕が可愛いなんて当たり前の話。
「たしかに綺麗な顔してるけど、お前男だからな~」
「んー、まぁ僕も男にもてたい訳では無いからね。」
かと言って女の子にモテたいわけでもない。好きな人にただ、好きになってもらいたい。でもそれはきっと一番難しい。好きな人と両思いになれる確率なんて、1%にも満たない。
「紫音!」
「どうしたの、あかね」
最近は一緒に登校することをお互い避けている。
「辞書、貸して!電池切れた!」
「何限目?」
「2!」
はいはい、と僕は頷いた。
「2限目、移動教室だからその時ついでに持ってく。」
「ありがと!」
話も必要最低限しかしなくなっていたけど、何かあればお互い頼ってしまうのは昔からのくせだろう。あかねの背中を目でおう。
「…ふーん。」
「何。」
「紫音、日向さんのこと、」
「それ以上言ったら今度からテスト前に勉強教えないからね、晃。」
友人は悪い!と平謝りをした。僕は手紙を全部鞄に突っ込んで教室へと向かう。流石に学校で捨てるわけには行かないので家で捨てることにする。手紙を書いてくれた、その時間を僕にあててくれた、そう思うと、捨てにくいけれど、内容が過激なものもあるのだ。僕には少し刺激が強すぎた。ただ、好きだとか、可愛いとか書いてあるだけならなんとも思わないが、あかねのことに触れられると警戒してしまう。
「しーおんっ、」
「岬、何か用?」
「いつになったら私の告白にOKしてくれるのかなって♡」
「一生ないから、安心して。」
いろは荘の住人以外の女子で唯一、素を見せてもいい女子に僕は適当にあしらう。
「ねぇ、紫音。私本気だよ?」
「僕、ビッチは嫌いなんだけど?」
「もう!ビッチって言わないで!男友達全部切ったんだから!」
はいはい、とスルーして僕は歩いていく。
「…紫音が日向さんのこと好きでもいいよ…。2番目でいいから、」
「…それで、僕にどうしろって?岬を見ろっていうの?嘘で好きって言われて嬉しい?嘘の笑顔で嬉しい?…できれば、岬とはいい友達でいたいんだけど。」
じゃ。と手を振って今度こそ教室へと向かった。
「紫音くんおはよー!」
「おはよ!みーちゃん、」
みんなのことはあだ名で呼ぶ。あざとく見せる。萌え袖で隠れた手先を強調して手を振る。この袖は僕のアイデンティティ。
「今日も抜かりないな、紫音。」
「当たり前でしょ。もとが可愛いんだから、みんなの期待に応えなきゃね。」
「…それ、辛くね?」
「…聞かないで。」
僕は肯定した、頷いた訳では無いけれどきっと今の言葉は肯定だ。
「男女逆転喫茶もさ、結局お前の女装見たいだけだろ。」
「女の子より可愛くなっちゃうから申し訳ないな~」
「うん、まあ、それは認めるけど。じゃなくて、嫌じゃないのか?」
「仕方ないよ。」
どうしようもない。第一、この状況を作り上げたのは僕であってほかの誰でもない。
「あっ、ちょっとそのまま、」
目の前にいる男友達の自然な仕草に僕はシャッターを切りたくなる。動かないようにいい、慌ててカメラを取り出す。僕のこの衝動的な行動は本当に面倒だと思う。でもその瞬間を撮りたいんだから仕方ない。きっと写真にしない方が綺麗なものだってあるんだろうけど、僕がファインダー越しに見る景色は実物よりも綺麗で、僕の存在意義。写真でしかきっと、本音は語れない。僕が何よりも写真が好きなこと。僕の不安、想い。全部写真だから伝わって、写真だから素直に表現できる、と僕は思っている。
「俺なんかの写真でいいのか?」
「何言ってんの、晃は晃しかいないんだから、いいに決まってるでしょ。」
はーぁ、と大きなため息をひとつつく。なんか、なんて言っちゃダメだ。僕はそんな言葉を聞きたくて写真を撮るんじゃない。
「ところで、岬のことはどうすんの?」
「毎回フッてるけど?」
「まじかよ。」
僕はまじだよと軽く返す。来る前に買っておいたいちごみるくを取り出し飲みながらさっきの写真を見る。会話はほぼ生返事だ。こんな僕に付き合ってくれるこの友人もなかなかのものだろう。
「あ、あのぉ、紫音先輩、いらっしゃいますかぁ?」
一際間ののびた、甘ったるい声が聞こえた。
「…誰だっけ、あの子。」
「今年のミスコン候補者の1年じゃん、えっと確か、
「あ~、あのなんか苗字と名前で韻踏んでる子ね。クネクネした。」
僕は黙って席を立って彼女に近づく。近くで見れば割と整った顔立ちをしている。黙っていれば可愛いのに、僕はふとそう思った。
「あのぉ、衣純と後夜祭、一緒に回って欲しくてぇ、」
「あぁ、それなら、もう連れがいるからごめんね。」
僕はにこりと微笑んだ。
「日向先輩になら許可もらいましたよぅ?」
「は?」
僕の声のトーンが確実に下がったのがわかる。きっと僕以外はもっとはっきり感じただろう。
「とにかく、僕は君とは後夜祭回れないんだって、ほら、君もミスコンで忙しいでしょ?」
僕はとっさに声を高くした。
「もしっ、このお話を受けてくださるなら、衣純、ミスコン辞退します。」
「僕のせいで後夜祭の実行委員に迷惑をかけられないよ。」
僕は当たり障りないように応えようと必死に頭をフル回転する。頭の出来はいい僕でも少し戸惑うのだ。
「そんなの!」
…あーもう、うるさいなぁ。僕は君と回りたくないって言ってるんだけど?なんて言えたらどんなに楽か。
「とにかく、僕には連れがいるし、君がミスコンに出てる姿、みたいな。」
ニコリと微笑んでみる。諦めてくれればいい。諦めなければ嫌だけど、教室から離れてきつく言うしかない。
「わかり、ました、すみませんでした、」
なんとか諦めてくれた。
「そんなに、衣純の純白ドレス姿が見たいんですね!ミスコン、絶対見に来てくださいね!」
「あっ、」
そう捉えたか…!僕が反論しようとしたすきにチャイムがなって何も言えずに僕は席に戻るのだった。
「紫音くん、あーいう子が好みなの?」
「…違うよ。女の子はそういう話が好きだね。」
「だって気になるんだもん。」
鬱陶しいなぁなんて思いつつもそっか~と笑顔で答える。僕は、モテるから、みんなが気になるのも仕方ない、みんなの、学校内だけのアイドルのようなものでいないといけない。なんで僕なんだろう、可愛い顔してるし、整ってるしそれは認めざるを得ないけど、僕は性格もよくはないし、完全なる猫かぶり。女の子にあざとく可愛く見られるようにしてるけど、それは普通は女の子からしたら嫌だろう。
「はぁ、」
大きなため息をこぼす。1時間目も2時間目もサボってしまいたいけれど生憎なことに僕の好きな英語と化学なので諦めて教科書を取り出した。
頬杖をついて窓の外を眺めると、木々がまるで僕を嘲笑うかのように揺れていた。
好き、なんて伝えられなくて、好きでもなんでもない人に好意を向けられて、きっとあかねは振り向いてくれない。僕もまだ素直に伝えられるとは思えない。はぐらかされるのもいやで、伝えて、ぶつけて、今以上に距離が離れるのも嫌で。
「…」
「物思いにふけってる相原、この問題解いてみろ。」
ちらりと黒板を見て日本語で書いてある文を英訳する。
「They ought to address the problem more seriously.」
「…」
彼らはもっと真剣にその問題について取り組むべきだ、確かに黒板にはそう書いてある。僕の訳で間違ってないはずだ。
「正解。」
ほっと僕は胸をなでおろした。
「あかね、」
一言、たった一言。部活行こうと言うだけ。電子辞書は普通に渡せたし、返してもらうのも普通だったのに、それが言えない。
「日向さん!」
僕があかねを呼ぶ声を遮るかのように知らない誰かがあかねを呼んだ。
「後夜祭、一緒に回りませんか?」
勇者だ、ざわざわと周りの生徒達が注目する。あかねは困ったように笑う。
「…あのさ、僕とあかね、約束してるんだよね、」
僕は割って入った。
「紫音?」
「行くよ。」
腕を引っ張って男の前を通りすぎる。
「約束なんて、」
してないよね、そう続けようとしたあかねの口元に人差し指を添える。
「じゃあ、今約束。後夜祭、一緒に回ろう。まだ、誰とも約束してないでしょ。」
「それはそうだけど、」
あかねの仲のいい子はだいたい彼氏持ちだ。去年は後夜祭一人で回るの嫌だよ、なんて言って僕に泣きついてきたんだ。そして、あかねの仲のいいクラスのグループはほぼ去年と同じメンバーで構成されている。
「ねぇ、紫音。あたしのこと、避けてる?」
「…避けてないよ。」
あかねのこと、あかねと僕のこと、僕のこと、この三つを話すのが今の僕には難しい。すぐにでも気持ちが溢れそうになるし、うまく話せる自信はない。今まで散々、あかねをからかったりしてきたのだから。
「…さくちん先輩。今は大丈夫なの?」
「まあ、まだ私かあさちゃんか蒼先輩の部屋かで、寝泊まりしてるけど落ち着いてるみたい。」
こんなふうに違う人の話なら普通にできるのに。
「大変だったよね、蒼ちん先輩止めるの。」
さくちん先輩のあの一件で、キレた蒼ちん先輩は野球部の鈴木先輩を呼び出して使ってない金属バットをよこせと大暴れし、鈴木先輩とほかの仲のいい運動部の先輩と、コウの3人で止めなかったら酷いことになっていただろう。鈴木先輩も電話で一言、今すぐこいと言われ夜8時頃急いで自転車を飛ばしていろは荘まで来てくれたらしい。
「でもまだ、写真は続いてるって。」
「あの人、認めてないの?」
僕は嬉々として縛り上げたいつかのあの男の顔を思い浮かべる。あの印象が強いのか、たまに校内ですれ違うと泣きそうな顔をして逃げられる。こっちとしてはどうでもいいし人前でそんなことをするのはちょっと僕のキャラ的に宜しくない。
「そうみたい。確かに腕を掴んでキスしたことは認めるし、部屋の前に行って扉を開けようとしたことはあるけど1度きりだって。写真に関しては撮ってあったけどなんていうの、修学旅行とかの写真で好きな子の買っちゃうくらいでそんな際どいものはなかったって。」
「どっちにしろ、気持ち悪いね。」
さくちん先輩は怖がりだ。心配になる。
「今は蒼先輩が知ってるから大丈夫だと思うけど。」
「またいつ暴走するかわからないけどね。」
それもそうね、とあかねはため息をつく。
「早くなんとかならないかなぁ。」
桜先輩のあんな顔見たくないよ、笑ってない桜先輩はなんか違う、そう言ってまた大きなため息をついた。ため息と同時にふっきったらしく、話を変えようとあかねは無理やり笑顔を作った。
「紫音、後夜祭、楽しみだね。まさか、紫音から誘ってくれるとは思わなかったよ。」
「どうせ今年も一人寂しくなきついてくるだろうと思ったからね、先手を打っただけだよ。ほら、僕モテるから女の子避けにもなるし。」
いつものように、毒を吐く。あかねは自分が密かに人気があることを知らない。だから、僕はあかねがそのことに気が付かないように、僕の気持ちにも気づかないように隣を守るんだ。
「今朝、那智さんが、紫音と後夜祭回りたいって言いに来てね、詩音がいいって言ったらいいんじゃない?って言ったの。」
「あ、そうなんだ、」
「紫音、断ったの?」
断ったよ、あかねと回りたいから。とは言わない。絶対に気づかせてやんない。
「那智さん?がわからないかな。」
僕は嘘を重ねる。薄い紫色だった嘘はどんどん濃くなっていく。
「那智さん、可愛い子だったよ。」
「僕より可愛い子なんていないでしょ。」
笑って、おしまい。あかね、僕は君にどう見えてるのかな。
「こんにちはー。」
部室に入る時はなぜかそういう挨拶。おはようでもいいんだろうけど、なぜかこんにちは。こんにちはも何も朝から顔を合わせているメンバーだけど、昔の先輩たちの名残だから仕方が無い。
「紫音、あかね、遅かったな。」
「あー、ちょっと捕まってました。」
僕じゃなくてあかねが。とは言わない。
「だいぶ進んでますね~」
「人事みたいに言うな、」
お前も貼れよ!と蒼ちん先輩がのりと写真を僕に渡す。下書きが終わった大きな模造紙に部に所属してからの写真を貼り付けている。どうしても写真でその色味がないところは全て、美術部の3人が昔書いた絵やその場で書いた絵で補っている。その場と言ってももちろん適当に書いてる訳では無い。馬鹿みたいに真っ直ぐなみんなは手を抜くことをしない。
「下絵のこの部分描いたのあかね?」
「うん。」
すぐに分かる。モザイクアートのテーマは自然で行こうと決めたときからあかねの目が輝いていた。
「蝶々、好きだね。」
「うん、大好き。」
その言葉は僕に向かって発せられればいいのに。そう思いながら僕は再び絵に目を向けた。メインはあかねの蝶。その周りには色鮮やかな花。
「花は琥珀が描いたんだよ、です。」
いつの間にかさっきまで写真を貼っていたあさが僕の方に顔を向けている。確かに琥珀は風景画をよく描いている。
「さくちん先輩は?」
「お恥ずかしながら桜は二人の絵を上手く写真が貼れるように調整したくらいかな。」
広範囲を占めている蝶々と花。さくちん先輩が得意だという人物画を入れるところはない。
「ここに人物なんて入れたらごちゃごちゃしちゃうし、これで丁度いいよね。」
さくちん先輩が全く気にしてなさそうにいう。
「そんなこと言ってますけど。桜先輩も花、描いたじゃないですか。」
ほら、これとかとコウが指を指す。大きな鮮やかな春の花がたくさん描かれている中、目立たないくらいの小さな花が描かれている。
「これ、カスミソウ…」
「よくわかったね、しおくん!」
さくちん先輩が嬉しそうに笑う。よくも何も、あかねが好きな花なのだ。あかねの中学の卒業式の時たまたま会ったとき、後輩からもらったという花束を抱えてあかねは言ったんだ。カスミソウ、好きなんだ、と。
「まあ、僕くらいになればね~」
でも、僕は自分で知ったふりをする。あかねが好きだからとかじゃない。僕は自分自身で気になって調べたんだ、そんな体で話す。花は元々嫌いじゃない。どちらかというと僕は存在感のある花が好きだ。それが小さいか大きいかは関係ない。。春の花ではないけどコスモスみたいな。小さな花なんて昔は気づかなかった。
「カスミソウ、好きです。白くて小さくて、ほかの花をより鮮やかに見せてくれる。影の立役者って感じで。」
でも今は違う。カスミソウはあかねにそっくりだ。一歩引いたところでいつも見守ってる。自分から一番前に出ることはない。だけど存在感はちゃんとあって。ちゃんと存在する理由もあって。そんなふうに僕は思っているふうに話した。
もう僕が思っている感情が本当かも嘘かもわからないままだ。
「嘘みたいなことばっかり並べてないで写真貼り付けなさいよ、紫音。」
「はぁ、嘘じゃないですぅー」
わざと語尾を伸ばす。女の子たちに好評なこの話し方もここでは正直使いたくない。
「しお先輩、この写真、いいね!です」
空気を読まない
「あかねじゃん。幼いな~」
蒼ちん先輩がほら、とさくちん先輩とコウにも見せる。
「あーちゃん可愛い~!」
目がクリッとして色白の肌。そして綺麗な黒髪。遊びやすいようくくっている。いまだからわかるけど、パーマもヘアカラーもしてないあかねの髪は並んでいるみおやりおに比べて綺麗だ。
「そ、蒼ちん先輩たちが小さい頃の写真ってないんですか?」
僕は慌てて自分の写真を貼る場所を探しながら聞く。
「あー、浅葱と桜ならあるぞ。」
「え、やだ恥ずかしい。」
さくちん先輩の言葉を無視して写真を三人でのぞき込む。
「わっ、あさ、髪長っ、!」
茶髪でロングの髪を二つに結ってカメラを睨みつけるかのようにでもさくちん先輩の手をしっかり握って立っている。不思議に思って聞くとあさはちょっと言いづらそうにでも、簡潔に答えた。
「その頃写真撮られるの苦手で。今は、平気だけど、です。」
片手は今より短いけどそれなりの長さの髪を抑えて、片手はあさを安心させるかのように手を握っているさくちん先輩は笑顔でカメラを見つめている。
「…黒髪だったんですね、」
コウがさくちん先輩の顔を無遠慮に見つめる。さくちん先輩はまるで気にしてないように答えた。
「あー、それ、黒染めなんだよね。」
「へ?」
僕達3人とも驚いて視線をさくちん先輩に固定する。
「地毛は今の桜の髪色だよ。小学校の頃ちょっと色々あってね。」
僕ら3人はきっとこの学校の中で一番この3人を知っている。だけど、僕らはまだ1歩近づけない。あかねも、コウも、僕も。3人だけの空気があって、そこには何重もの赤外線が、バリアがはってあるかのよう。
「これ、何歳頃ですか?」
「小4、かな。確か蒼が俊くんのデジカメを勝手に取ってきて撮ったんだよね。」
「俊くんから借りたんだよ。」
俊くん、というのはどうやら蒼ちん先輩のお兄さんらしい。何度か会ったが弟である蒼ちん先輩が可愛くて仕方ないらしく、いいお兄さんなんだろうと傍観していた覚えがある。
「あれ、あさ、これいいのか?」
「真白には許可もらった。」
「真白?」
コウが反応する。
「かわいい!」
あかねが写真をのぞき込む。満面の笑みで苺をカメラに向かって差し出す幼い子ども。あさがそんな写真を撮るところは見たことない。
「弟です。5歳の。」
養子なんですけどね、とあさはすこし暗いトーンで吐き捨てた。
「ほんと、可愛くて。あさ姉って後ろちょこちょこついてきて、カメラ向けるとすっごいいい笑顔向けてくれて。私とはほんと大違いで出来のいい弟なんだ、です。」
弟のことを話すときはいい笑顔をするのに、自分と比べた途端また暗いトーンに戻る。きっと何かあるんだろう。出来のいい、この単語がすごく気になるけれど話はおしまいだと言わんばかりに蒼ちん先輩が僕に写真を貼るよう促した。あかねも絵を描く準備をする。黙々と黙ったままみんなで作業した。完成はまだ見えてこない。何日も何日もそんな日々が続く。一日の作業の時間は短いし、絵で描く所はどうしても遅くなる。写真だけでは共同制作の意味は無いけれど、写真だけだったらもっと早く終われただろう。終わったのは前日準備日の2日前だった。
「前日準備なんだけどクラスのことが終わったら連絡入れてここに集合な。それから作品持って展示用教室に移動するから。で、まあ、わかってると思うけど外で模擬店するクラスの教室使わせてもらうわけだから絶対に汚さないこと。」
蒼ちん先輩がそう言って前日準備前に文化祭前最後の部活が終わった。明後日運び出す作品を美術準備室に入れ、モザイクアートは美術室の後ろで広げておく。それが、いけなかったんだ。きっと。
前日準備日。僕はなんだか朝はやくに目が覚めいつもより早く学校に向かった。美術準備室に人影があった気もしたけどもしかしたら誰か僕のように早く起きた人がいたのかもしれない。それくらいに思っていた。だから、普通に教室に行き、いつものように女の子たちに手を振り、男子とダラーっと先生を待った。僕も男なんだから、なんて張り切って準備をしてるように力仕事をして見せて、乗り気でもなんでもないメイド服の試着をしてかわいいって行ってくる女の子たちに内心当たり前じゃんと思いつつ「僕よりみんなの方が可愛いよ!」って笑顔で言ってみた。楽しくもないけれど楽しそうに準備をした。はやく、部活の方へ行きたいと思いながらクラスの準備を終わらせようと笑いながら手を動かし、話しながら体を動かした。お昼ご飯をみんなが食べてる間もさっさと食べてさっさと準備に取り掛かる。ゆっくりとしている暇はない、なんだかそう思った。
「紫音、」
「あかね、そっちは終わりそう?」
「まだちょっとかかりそうかな。なんか塗装が剥げちゃったりしたみたい。美術部の力駆使してなんとか直してって言われちゃった。まぁ、みんな頑張ってるしやるしかないんだけどね。」
ちょっと大変そうにでも楽しそうに笑った。傷のメイクとかも後で練習するんだって、流石にそれは部活の方行くから断ったんだけどね、なんて右耳から流れてくる。
「そっか、頑張ってね。」
「紫音は、どうなの?」
後夜祭を一緒に見て回ろうと言ってから僕らはまたいつもに戻りかけている。置いていた距離もまた近くなって、今まで通りとはいかないけど普通に話せるくらいにはなった。でもやはり、進んで2人にはならない。
「衣装のチェックとか、ほらあれ、ランチョンマットのチェックとかしてる。試食もあとであるみたい。」
「模擬店だもんね、大変だね。」
「衣装の割に内装は適当だから楽っていえば楽だけどね。」
あーぁ、と大きく伸びをする。もう疲れたよなんて言えば、今日はあたしの前でも猫かぶりだね、なんてあかねが笑った。
「人の目がありますから、」
「さすが、猫かぶりのプロ。あたしには真似出来ないわ。」
あかねがからかうようにクスッと笑う。少し馬鹿にしたようなあかねの珍しい笑い方。僕にだけ向ける表情の一つ。
「あー、もうあかね今馬鹿にしたでしょ、僕傷ついたんだけどー。」
「そんなことないから~。」
幼なじみは僕の扱い方をよくわかっている。まるで駄々をこねる弟をなだめるかのようなあかねの目に写ってる僕は幼なじみの紫音なんだろう。男としては見られなくて、いつまでも薄いガラスの壁があって。その壁はきっとマジックミラー。僕から女子であるあかねの姿は見えるのにあかねは男子である僕の姿は見えていない。
「…見てよ、僕のこと。」
ぼそっと呟くのと、あかねがクラスの子に呼ばれるのはほぼ同時だった。
「じゃ、また後でね、紫音。」
「うんまた後で。」
僕は精一杯取り繕って手を振った。ヒラヒラとわざと長めにしたカーディガンの袖が揺れた。あぁ。なんだか気持ち悪い。
「紫音くーん、」
「今行くー!」
僕も呼ばれたので思いっきり笑みを浮かべてクラスの方へ小走りで移動する。
「日向さんと話してたの?」
「そうだよー」
「仲いいね!」
女の子たちに僕はまた嘘をつく。
「うん、僕とあかね、幼なじみだから。」
ただの幼なじみ、そうニュアンスを込めて。
「日向さん、可愛いよね。」
「あかねが?僕の方が可愛いでしょ。」
あかねが可愛いなんて、僕だけが知っていればいい。可愛いっていうのが女の子であったとしても、僕以外知らなくていい。料理下手な一面も、笑顔も全部僕だけが知っていればいい。だから僕はあかねより可愛らしく見えるようにするんだ。目立つようにするんだ。あかねを、僕から誰も取らないように。
「紫音は男だろーが。」
「いやいや、僕多分女装したらこのクラスの男子大体落とせると思うよ?」
変な自信を被って、可愛い、をより際立たせる。かっこいいが使えない僕の唯一の武器。かっこよければあかねの隣に簡単にたっていられるのに。
「って、なんか言えよ!」
黙りこくった男子に僕は鋭く言葉を放つ。
「いや、お前だってわかってたらあれだけど、紫音ってわからずに迫られたら俺落ちる気がする。」
「新たな扉開くのやめようか。というか、僕の恋愛対象はちゃんと女の子なのでごめんなさーい。」
上目遣いで謝ってみる。ちょっとわざとらしいくらい。そんなふうに確かにふざけて笑った。
「しおくん!」
「さくちん先輩?どうしたんですか」
集合は部室でしょ、そう続けようとした。
「あ、ねえ、君たちしおくん借りていいかな?」
近くにいた男子勢はさくちん先輩にどうぞ、と僕を差し出した。さくちん先輩と蒼ちん先輩カップルは学校内でも有名で僕らのクラスにもあんなふうになりたい、という輩が多い。と、そんなことはさておき僕はさくちん先輩にどういう事かと、問う。
「作品が……とにかく大変なの!」
それだけ言うとさくちん先輩は泣きそうな顔をして、走り出した。
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