第7話 琥珀色の幕開け

夏休みも終わってしまって、今日は2学期初の授業だ。相変わらず写真集を眺めてる浅葱を後ろから発見して俺は欠伸をした。そろそろ文化祭の準備で放課後残ることになるだろう。美術部も写真部も夏休みのイザコザがあったにも関わらず作品は個人のものは大体完成してるし、あとはクラスに協力するくらいだ。

「馬村、この問題解けるか?」

「y=5x+3です。」

「正解。えーと、次の問題は、四条!」

「えーと、y=7x+1、です。」

写真集を見ていたくせにスラスラと答えた。これが国語だったら絶対に無理だったろう。

「大師匠、数学教えて!」

「教えるのはいいけど大師匠やめろ。」

「あっさーの保護者だもん大師匠じゃん」

「俺と浅葱は同い年なんですけど?!」

保護者、なんて言葉嫌いだ。俺と浅葱は対等な友人関係なのに、なんだか違うみたいだ。俺が浅葱の世話をしてるわけでは無いのに、世話をしているみたいになってしまう。確かに少し浅葱の生活に関与しているが基本的には対等なはずなのだ。

「琥珀、今日は部活休みだそうだ、さっきメールが来た。」

「え、あ、わかった。」

部活なしか、クラスの方の準備にかかれるということだけども…このクラスは何をやるんだろうか。

「そういやうちのクラスって何やるんだ?」

「あっさー、聞いてないの?うちのクラスは縁日だよ!ヨーヨー釣りに射的に、くじ引き。景品は各自で持ち寄ってって一学期に決まったじゃん!」

そうだったっけ…と浅葱が不思議そうな顔をした。そういえばそうだったと思い出した俺とは対照的だ。

「景品ってさなんでもいいの?」

「漫画とか写真集とかはやめてね。お菓子なら開けてない市販のものならいいよ。」

俺の問にクラスの文化祭実行委員がいう。

「古着とかは?」

「いいけど、ボロボロのはやめてね。あと、ガラクタもあれば欲しい。なんか小さい頃集めてそうなフィギュアみたいな。」

射的で大きな景品だけでなく小さい景品もほしいから、と笑った。

「下敷きとかでもいいんだよな?」

「浅葱、お前勉強しないから新品のノート出すとかやめろよ?」

浅葱が言いそうなことを予想して声をかける。

「失礼な、勉強はするぞ。下敷きはなくして買っては見つけを繰り返したから新品が沢山あるんだ。うちわ替わりに使おうかと思ってたけど2枚以上使ってあおいでも何も変わらないどころか重いだけだからな!」

なくしては見つけを繰り返すということが第一に気になるのだが、特に気を止めずわかったわかったと声を上げる。

「俺どうしよう…」

「あれはどうだ?ほら、あの小麦粉。蒼に、蒼先輩の誕生日に料理で使おうとして結局使わなかったヤツ。」

「あれ、夏休み中に使っちゃったんだよ、」

思いつくものがない。まさか画集を出すわけには行かないし、新しく買うわけにも行かない。

「あ、あれはどうだ?夏休み中に間違って買ってた色鉛筆。」

「あぁ、それがあったな、」

水彩色鉛筆を買おうとしたのに間違えて違うものを買ってしまったんだった。

「あ、ポストカードもたくさんあるな…」

気づいたら同じものを二枚も三枚も買っていることが多い。モネやゴッホなんか特に多い。

「よかったな!景品見つかったじゃないか!」

「浅葱は下敷きだけか?」

「あー、親からもらったサイズの合わない服とか、間違えて買った文具とか。」

間違えて買った文具とはまた不思議なことだ。

「そういえば写真集とかの予約特典は、いいのか?」

「んー、まぁ物によるかな~。一度持ってきてくれたら見て決める。」

「わかった。」

浅葱の部屋をとっさに思い浮かべる。そういえば開けてはいけないという謎の引き出しが二つ三つあったから、きっとその中の一つが予約特典が入っているんだろう。写真集とかにはそういう特典がつくのがいいよな…。画集はそんなわけにはいかない。

「そうだ、浅葱。今日の昼って、」

「いつも通り学食の予定だが?琥珀は、学食無料だろ?」

特待生である俺は学費、学食費、いろは荘の家賃、光熱費、水道代を学校に払ってもらっている。対価として俺は必ず有名大学に入学しなくてはならない。一つ救われた事は大学を限定されていないことだろう。

「…まあな。」

だが、特待生であることはなるべく口にしたくはないことだ。特に浅葱の前では。ここ、色遠は所詮金持ち学校。偏差値だってそんなに高くない。一人暮らしができるほど遠くて、学校直属の寮やらアパートがあるような学校でもっと偏差値の高いところがあったら迷わずそっちを選んでいただろう。特待生といえど、所詮色遠、そう見られてしまうのだ。浅葱のメールの受信音が聞こえ、浅葱が悲しそうな顔をする。

「…お昼、一緒に食べようってしお先輩からメール来た…」

「あぁ。わかった。」

うなずいて、俺は席に突っ伏す。たまには眠りたい。大きいあくびを一つ、眠れないまま次の授業は始まる。欠伸をかみ殺して、授業と格闘する。いつもなら早く眠るのにここ最近と来たらろくに眠れていない。テスト前や補習前に浅葱に巻き込まれた時と違う。なんだか考え込んでしまって眠れなかったのだ。

「眠そうね、コウくん。」

「なんで今日勢揃いなんですか。」

「え、文化祭の展示について話に来たんだけど。毎年写真部と美術部は一緒に展示してるから。」

はぁ、なるほどと、俺は相槌を打った。そういえば去年文化祭に来たとき一緒に飾っていた気がしなくもない。

「共同制作、今年も作りたいんだけど、」

「個人の作品がどれだけできてるかが問題ね。特に、あーちゃん。」

夏休み中に作品が終わりかけていた俺と、夏休み中に終わらせた桜先輩。そんな中、あかね先輩はやり直しが必要となったせいで、一人まだ終わっていない。手伝うわけにもいかないので俺たちは傍観してる状態だ。

「何とか完成には近づいてますよ。土日つぶしてやってますから。」

「じゃあ、大丈夫そうね。」

「で、今年はどうします?」

去年は確かコラージュで大きな作品を作って展示してた気がする。

「モザイクアート、とか。」

「モザイクアートぉ?」

浅葱の提案を蒼先輩が却下するかのような口調で言う。

「いいんじゃない?モザイクアート。楽しそう。」

桜先輩の楽しそうな笑顔に蒼先輩がため息をついた。

「写真に絵にこれから用意するのか?」

「小さい簡単な絵葉書サイズなら書くから!」

「後で無理とか言うなよ?」

納得したのだろう。蒼先輩はあきらめたように笑ってパンを口に運んだ。

「…それにしてもさ、蒼も、しぃくんも食生活悪すぎるよ!購買のパン以外も食べないと!」

「夜は桜の飯食ってるし、学食行ったりもするから平気だろ。」

自分で作るとケチャップ飯になるしな〜などと、蒼先輩は笑った。

「で、話を元に戻すけどモザイクアートのサイズと、どんな絵にするのか、それから下絵。以上を明日、部活の時間やるから。」

蒼先輩がさっとその場を締めた。異論はないので了承し、話は終了となる。

「2人も購買?」

「いつもは学食なんだけど、です」

「俺は学食タダなので。」

言ってて虚しくなる。なんだかんだ、ここに集まってる俺以外は金持ちだ。詳しくは知らないけど、持ってるものが高いものだったりするし、金銭感覚が違ったりする。

「ホントは、たまにはお弁当作ろうかと思うけど朝遅くてできないんだよね、です。」

「8割の確率で俺がお前を起こしに行くからな。」

毎朝毎朝、夏休みだって俺が部活休みでも写真部があるとき(と言ってもそんな事は夏休み中に1.2回もあったかなかったかだが)は起こしに行ったし、実家へ帰る際の荷物を詰める手伝いもしたし、俺はもうただの隣人なんてくくりではないだろう。対等な関係の友人のはずなのになんだかお嬢様と世話係みたいだ。

「でも最近は起こしてもらう回数減ったぞ。」

「まぁ、確かに。」

と言ってもほんの少しだけだ。どちらにせよ、起こしに行くことも、迎えに行くことも荷物を持つことも何も変わっていない。

「確か、文化祭期間って下校時間伸びるんですよね?」

「そ。部活入ってるやつらは業後1時間は必ずクラスの模擬店だの展示だのの準備をやって、その後下校時刻まで部活の方の準備に回ってもいいことになってる。来週からそうなるからその前にモザイクアートの下準備くらいは終わらせておきたいんだ。」

だから蒼先輩はああ言ったのか。

「しお先輩のクラスはなにやるの?です?」

「…男女逆転喫茶…」

しお先輩が女装するということだろう。想像して見ると違和感がなさすぎて怖い。きっと似合ってしまうだろう。

「あ、あさとコウはなにやるの?」

「俺らは縁日ですよ。ふつーに。」

「お前らがいる時点で景品が普通じゃなさそうだよな。」

蒼先輩がクククッと笑う。

「残念なことに写真集は景品禁止でした。」

「あら、あさちゃん他に出すものある?」

「失礼な、写真集以外にもちゃんと持ってるよ!です」

みんな、心配したのはそこだったらしい。笑い声が大きく響いた。

「桜のとこは何するんだっけ。」

「たこ焼き!」

桜先輩が嬉しそうに告げた。

「余ったらたこ焼き食べれるんだって~」

幸せそうに桜先輩は笑った。

「たこ焼きって毎年売り切れ続出だけどな。」

蒼先輩は苦笑を浮かべた。

「そういう蒼は何なのよ?」

「焼きそば。」

「そっちも人気じゃない!」

二人はやはり独特の雰囲気を持っている。

「…し、紫音は、女装するの?」

「…それは当日のお楽しみ。あかねは何するの」

このふたりは最近なんだか雰囲気が変わった。

「あ、あたしのクラスは、かき氷…」

お盆明けからだろうか。変わったというかなんというか。お互いがお互いを意識しすぎている。それはいい意味でも悪い意味でも。

「…次、移動授業だから僕はもう行きますね。」

食べ終わったらしいしお先輩が一人降りていく。今までだったらあかね先輩も一緒に行っていたのに、今日は一人。あかね先輩は先輩で、ただ黙ってご飯の残りを詰め込んでいた。

「お、俺もそろそろ行きますね、」

「え、次移動教室だったか?」

浅葱は思いっきりキョトンとした。

「いや違うけど、次、英語だぞ?ギリギリに教室行ったらやばいって。」

「あっ、」

急いでパンを口に詰め込んだ浅葱を待って俺たちは2人で階下へと降りていく。屋上から俺たちの教室は少し遠い。予鈴がなってから移動では本鈴には間に合わないのだ。

「せっ、セーフっ!」

「ギリギリだな。」

本鈴前に滑り込んだ俺たちを見て英語の教科担任は、ため息をはいた。

「写真部と美術部か。」

「は、はい。」

「大方、共作の打ち合わせだろう。今日はお前達の顧問がお互い会議と出張で部活できないからな。副顧問の俺も会議だし。本鈴前には来たんだ、良しとしよう。」

まぁ、仕方ないとでもいうように席に俺たちを促す。頭を下げて席につくと、浅葱は写真集を取り出していた。

「四条。今はなんの時間だ?」

「英語です。」

言い切った。

「それはなんだ。」

「…」

黙った。

「…佐々木榛名ファースト写真集榛名日和…」

読みあげた。

「これは没収だな。放課後職員室に取りに来い。」

「!それはひどい!今日は佐々木榛名の胸の形について考察しようと、」

こんな言い訳で先生が返してくれるわけがない。

「没収!」

当たり前だ。流石に危ないと思ったのか浅葱は英語の時間写真集を取り出さなかった。

「四条、馬村、会議は業後1時間後に始まる。それまでに取りに来い。」

授業が終わると同時に先生が俺と浅葱を名指しで呼ぶ。

「なんで俺まで!」

俺が叫ぶと先生は浅葱を一瞥し、

「一人だったら絶対来ないだろう。」

と、息をはいた。瞬間、納得せざるを得ないのが悔しいところだ。

「捕まえてこればいい。馬村に説教する理由はないからな。」

「はい、」

俺が返事をして先生が出てくると浅葱がよってくる。

「琥珀!私を売る気か?!」

「売る気も何も、自業自得、だろ。」

上目遣い。むーっと声でも聞こえてきそうな唸り声。…浅葱とこんなに身長差あったっけ。今更ながら自覚する。

「そういや、浅葱、佐々木榛名って、」

「あぁ、グラビアだ。興味あるなら貸すぞ?」

「いや、興味はない。」

ばっさりと言い切る。

「あの写真集そのまま持っていったとしたら誤解されそうだよな。」

「前に何度か取られたとき、誤解されたらしいぞ。ゲイじゃないかって。」

「は?!なんで?」

スルスルと写真集をカバンから取り出す。

「筋肉…」

「この写真集取られてな。」

浅葱はひとりはははっ、と笑う。さぞ大変だったんだろうなと俺はため息をついた。

「そういや、琥珀前に家で佐々木榛名のあの写真集見てたけど、ああいうおっきいのが好みなのか?」

「は?」

「だから、胸。」

「いやいや、待て待て待て。俺は佐々木榛名よりも、じゃなくて!まず何を聞いてるんだお前は。昼間の学校だぞ?それから俺は足派!程よく筋肉がついてて、細すぎなくて白い足で、ほら、浅葱の足とか、すき、」

今勢いに乗ってとんでもないことを言ってる気がする。

「いや、今の嘘!忘れろ!!」

「わ、悪かった、な、何も聞いてないからな、だから落ち着いてくれ、」

取り乱した俺に浅葱が気を使うかのようになだめ始める。なぜ、あの場で浅葱が出てきた。筋肉が程よくついた浅葱の足は綺麗だし好みの足だが、芸能人にだって好みの足を持つ人はいる、いや、そうじゃなくて、何してんの、俺!!

「…」

沈黙が流れる。

「わ、わりい。ちょっと俺体調悪いみたいだから保健室行くわ。」

いつもより言葉遣いも適当になって謝り、待てという浅葱の声を後ろに教室を走り去った。しかし、熱なんぞない健康体の俺は保健室に行っても教室にかえされるだけなことはわかっている。だから、迷った挙句屋上へ続く階段の扉前、見えないところに隠れるように座った。

「やべ…」

きっと、俺が逃げた教室は少しざわっとした。そんな感じがした。ぼーっと何も考えずに壁にもたれている。体調不良でもなく授業をサボるのはこれが初めてだ。

「…あれ、先客?」

「…しお先輩」

「この、不良め~。」

かわいこぶっているのがよくわかる。萌え袖で少ししか出てない手。声もいつもより明るい。

「俺しかいませんよ。」

「なら、いっか。あ~、」

濁点がついたような唸り声をあげる。しお先輩をかっこいいだとか、可愛いとか言ってる女子たちは一気に幻滅するだろう声が響いた。

「なに、珍しいじゃん。」

「しお先輩よく来るんですか。」

「いや、月2くらい?ここ涼しいし、」

紙パックのジュースを手にしてるあたり何度かサボりに来ていることはすぐにわかった。

「ん、あげる。」

「…なんですかこれ、」

「いちご牛乳。間違えて買ったからあげる。」

そう言って自分の分であろうコーヒーを口に含む。

「いちご牛乳、好きなんじゃないですか。」

「今はコーヒーの気分。」

遠慮なくいちご牛乳を口に含む、甘い匂いが口いっぱいに広がる。

「で、何かあったの。」

「へ?」

「ここさ、理科室前の廊下から丸見えなんだよね。」

それでわざわざ来たのもしれない。

「いや、大したことじゃないんですけど、浅葱に胸が大きい人の方が好きかと聞かれて、浅葱の足が好きとか言ってしまって、」

「うわっ、キモッ。教室でそんなこと話してんの?昼間に?頭おかしーい。」

しお先輩はキャッキャッとでも効果音がつきそうな笑顔を俺に向けた。

「急に俺、正気に戻ってやばいと思って逃げて、」

「何がやばいの、」

「だって浅葱のことそういう目で見てるというか、その、性的な目で浅葱の足を見てると思われたら嫌だなと、」

「なにそれ。バカみたい。」

しお先輩はケラケラと笑った。

「よーし、テストをしよう。コウが一番仲がいい、いろは荘の女子は?」

…浅葱だ。隣の部屋だし、同じ学年だし同じクラスだし。

「いちばん仲のいいクラスの女子は?」

浅葱だ。飯も一緒に食うし、行きも帰りもだいたい一緒だし席も近いし、休み時間もよく話す。

「話をしたいと思うのは?」

…浅葱。いくら話しても飽きない。

「手を繋ぎたいと思うのは?」

「あs…って、なんですかそれ!」

ふといいかけて我にかえる。

「もう答え出てるんじゃないの。」

「いや、浅葱とは本当になんでもなくて、」

「あさのことなんてぼく言ってないけど?」

意地が悪い。こういうとこ嫌いだ。

「浅葱は友達で、隣に住んでて、妹みたいで、」

そんな存在。それ以上でもそれ以下でもない。きっとそうだ。

「あいつが写真集一つで一喜一憂する姿が可愛く見えるとか、そんなの思ってないですから。」

…墓穴だ。これ、絶対墓穴だ。

「ふーん、可愛く見えるんだ、あのヨダレ垂らしたあさが可愛く見えるんだ。」

「ヨダレが可愛いとかじゃなくて!ほらすごい変わるじゃないですか表情とか!」

「だいたいヨダレ垂らしてるけど?」

この人は何を言ってもヨダレしか言わないきがしてきた。

「しお先輩こそあかね先輩とのことどう思ってるんですか。」

「どうって、好きだけど?」

「へぇ~って、え?」

「だから好きだけど?」

すき、suki、好き?!今までそんなこと絶対言わなかったのに?

「なんか心変わりしたんですか、」

「やっと気づいただけ。あかねにただの幼なじみって言われて、なんかやだったんだよね。」

コーヒーを片手にへにゃっと笑った。いつもの意地の悪い笑顔でなく、可愛いことを前面に押し出した作り笑顔でもなく、なんだかとても自然な笑顔だった。

「しお先輩、その顔が一番いいですよ。」

「はぁ?なにそれ。コウのくせに生意気~」

素直にいうとしお先輩は顔を赤くしながらいつものように悪態をついた。

「あさのこと、どう思ってるの、」

「放っておけない、ですかね。」

放っておけないからつい世話を焼いてしまう。放っておきたいのに、放っておけない。だから、目で追ってしまう。

「なんで放っておけないわけ?」

「……え?」

なんでって、放っておけないから。でも、そんなの理由になるわけない。

「す、き、なわけないですよ!」

「なんで?」

「俺、迷惑かけられまくってますよ?毎朝起こしに行って、テスト週間中は勉強を見て、荷物を毎日もたされて、先生に浅葱が呼ばれる時はもれなく俺も付き添わされて俺が怒られることもしばしばありますし、」

「それなら、全部やめちゃえば?問題ないよ?」

そうだ、何も問題は無い。ついでだから、って全部見てられなくて浅葱から取り上げるかのようにやったことだってある。俺がやらなければ浅葱が全部自分でやるだけだ。俺は何も困らない。でもそんなの、きっと

「寂しい。もうあいつがいない生活なんてきっと考えられない。」

「けーご、抜けてますよ。お兄さん。」

呟いた言葉を茶化すようにしお先輩が笑った。

「もう答えほぼ出てるじゃん。」

「…なんか優しいですね、しお先輩。」

「僕はいつだって優しいでしょ。」

どこが、と俺はしお先輩をこづいた。答えを出すのはまだ先でいたい。もう少し今の距離感を味わっていたい。近くて、遠い、そんなふたりの距離。隣にいるのにいないようなそんな、感覚。

教室に戻った俺はクラスメイトから爆笑された。

「あっさーの足の魅力のことはわかったけど謹んだほうがいいよ。大師匠。」

「まさか大師匠にそんな趣味があったとはな~。」

そんな言葉は無視して、近くにいる女子に浅葱のことを聞く。

「浅葱、何か言ってた?」

「顔を真っ赤にして席についたと思ったら表紙がグラビアの週刊誌を枕に寝てたよ。で、今呼び出しされてる。」

それでいないのか、と妙に納得する。

「大師匠とあっさー付き合ってるの?」

「まさか!」

あいつに恋愛感情なんてあるのだろうか。ふとそんなことを考える。

「あっさーのこと、どう思ってるの?」

さっき、俺がしお先輩に投げかけたばかりの言葉だ。

「どうって、」

きっと答えはひとつ。

「友達。」

友達より濃い時間は過ごしているけれど、恋人ではない。友達以上恋人未満なんてことばがぴったりかもしれない。だけど、そんな言葉には当てはめたくない。

「そっか。」

隣にいた女子はそう言って、席についた。もうすぐチャイムがなる。同時に浅葱が戻ってくる。7時間目はすぐに始まってすぐに終わる。授業には集中出来なかった。

「琥珀ー、世界史のノート見るか?」

「いいのか?!」

「代わりに今度数学教えてくれ!」

わかった、と返事をして世界史のノートを受け取る。よくある男子の汚い字かと思いきや案外綺麗な字がノートを横切って走っていた。帰る準備をしていればすぐに副担任がやってくる。出張の担任に変わって少しの連絡をし、さっと解散。逃げようとする浅葱を捕まえて職員室へと連れていく。気にしていない。お互い忘れたんだ、そう言い聞かせるかのようなあまりに不自然ないつも通りに知らないふりをする。

「松山先生なら、会議の準備してるから少し待ってて。」

知らない女の先生がニコッと笑った。廊下で待つと文化祭の準備中の人たちの声が響く。楽しそうな声、困ったような声、大きな声、小さな声。

「逃げるな浅葱。」

俺がさっきのことで勝手に気まずくなっていつもなら捕まえてるのだが捕まえてないのをいいことに浅葱はそろりそろりと逃げようとする。それを声だけで静止し、今度は腕をつかむ。

「見逃してくれ!長い説教は聞きたくない!」

「逃げるから余計長くなるんだよ。あと、俺も説教されるから見逃せない。」

できるなら見逃してやりたいが自分の身だって大切だ。長い説教は俺だって勘弁だ。

「おー、ちゃんと来たな。中入れ二人共。」

堪忍したかのように浅葱はハイと小さな声で返事して中に入る。思ったより先生は怒っていない。写真集のことで怒らないわけにはいかないのか長い説教のあと呆れたように先生は言った。

「四条、お前が写真が好きなことはわかってる。でもお前が入学したのは色遠学園高校普通科だ。ここを卒業するための勉強くらいはしてくれ。」

「…はい。」

「待たせて悪かったな。帰っていいぞ。馬村、付き合わせて悪かったな。ありがとう。」

失礼します、と頭を下げて職員室を出る。すっかりしょげてしまった浅葱の頭をぽんっと撫でる。不思議そうな顔をした浅葱を見てはっとする。

「わ、悪い。つい、」

双子の姉にしていたくせで…声がだんだん小さくなる。

「気にしてないぞ!」

なんだそんなことかとでも言いたそうな笑顔で浅葱は笑った。

「浅葱、帰ったらなんか食べに行くか。」

「!甘いもの!スイーツ!」

Torteトルテ?」

浅葱の好きな店の名を口に出すと嬉しそうにうん!と縦に首を振った。

「着替えたら浅葱の部屋の前で待つから。」

「ああ。」

そう言って互いに部屋に入っていく。着替えずに行ってもいいのだが、どうせうちの前を通るのだ。着替えて荷物を軽くした方がいい。

「お待たせ、」

「行こうか。」

最小限の荷物をもって出かける。隣を歩く浅葱を見て、今更ながら浅葱の小ささに気づく。

「浅葱、身長いくつだっけ。」

「152だが?」

「小さいな~」

俺は182cmだから30センチ差。

「もう少し高いと思ってた。」

「ははは、態度がでかいからか?」

「かもな。」

浅葱も女の子なんだよな、改めて意識するとなんだか恥ずかしい。そこからは黙って歩いて、必要最低限の会話だけを交わす。

「ショートケーキとアップルティーください!」

「ガトーショコラとオレンジジュース」

大学生らしき二人組の会話が聞こえてくる。俺もガトーショコラにすればよかったかな。なんて考えてるとケーキと紅茶が運ばれてくる。

「いちごのタルトとアイスミルクティーでございます。」

ぱあああっと目の前の浅葱の顔が明るくなる。…かわいい。そう思ったんだ。思ってしまったんだ。幸せそうに笑う、浅葱が可愛く思えてしまった。幸せそうにケーキを頬張る浅葱が可愛く感じる。クラスの男子と話してるのを見ると胸がざわつく。ヨダレ垂らして写真集を見ている姿も手抜きのジャージ姿も、白目むいて寝てる姿も見ているのに。

「お待たせいたしました。レアチーズケーキとブレンドでございます。」

待っていたチーズケーキを頬張る。

「Torte来るといつもチーズケーキだな、琥珀は。」

俺のことを浅葱はクラスメイトの中では誰よりも知っているだろう。同じように俺はきっとクラスメイトの中では浅葱のことを誰よりも知っている。それでいい。少しでも近くにいるならそれでいい、わけない。自覚してしまった。自分が浅葱のことが好きなこと。わかってしまった。クラスメイトの中で話したい人が浅葱の理由。世話を焼く理由。美術館に誘った理由。浅葱の前では特待生だということを自覚したくない理由。すべて、浅葱が好きだから。浅葱と対等で痛いから。きっと、それだけのことだ。わかってしまえばもう簡単。

「浅葱、学祭、一緒に回ろう。」

俺の言葉に浅葱は一瞬首をかしげて、頷いた。茶色いショートカットが少しだけ揺れた。

「元からそのつもりだったぞ?」

浅葱の言葉に少し驚いたけれど、これでいい。告白は、もう少し先がいい。まずは、二人、という空間づくりから。少しずつでいい。少しずつ進めばいい。1歩ずつでいいんだ。きっと浅葱と両思いになれる日はまだ少し先の話。

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