第9話太一と未来
エピローグ
義祖母の遺志を継いで三十年、父を含む三人の「星たち」は思い描いた未来を現実として生きてきた。
義伯母朝田晴美は全身に残る痣を夫に見せ過去を告白、かつての態度を謝罪し改めた。
けれど積み重ねた歳月は重く、頭の固い夫との溝を深めてしまうばかりだった。
結局三年かけても和解できず夫とは離婚してしまったが、翌年四十四歳で再婚した。
相手は当時三つ年上の四十七歳、寛容で穏やかな性格で、義伯母のすべてを受け入れた。
その後春日姓を名乗った二人は児童虐待撲滅活動を始めた。
夫妻に子どもはいないが、たびたび父を訪ねてくるその表情は幸せそうに笑っている。
二人は理想の夫婦そのものだ。
義伯父の堤明夫はニューハーフ向けの会社を経営するかたわら、全国の児童養護施設への援助や、性同一性障害者の心身的な自立の支援活動を個人的にも行っている。
ちなみに義祖母の遺産は、遺言通り義伯父たちがかつて世話になった児童養護施設に全額寄付したそうだ。
義伯父もまた、個人資産の一部から寄付を続けている。
また、独立して支援施設を設ける十数名を会社から輩出するなど、社長である義伯父は家庭を築く代わりに、多くのスタッフを育て上げた。
男性の体と女性の姿で同時に生きることで、過去のトラウマを乗り越える姿勢を周囲に示している。
幼いころから知る彼の前進する姿や人間性が、職に生きる僕を今日まで支えてくれた。
そして僕の父、堤陽一は再婚せず、男手一つで僕を育て上げてくれた。
母の思い出をときおり聞かせ、母がいない寂しさを感じさせないほどの深い愛情を注いでくれた。
その愛情を積み重ね、父は家庭ができる幸せと父親になれた喜びを僕に伝え続けた。
また、義祖母から教わった道徳を僕に託し、父から受け継いだ僕は現在、五歳になる双子の娘と息子に引き継いでいる。
父は今年公務員を定年退職し、義伯母の活動への加勢を始めたばかりだ。
活動の中でつまずくことがたまにあるそうだが、それでも父は子どもたちとの交流を心から楽しんでいるようだ。
子どもたちの前進する姿がやりがいでもあると、父は頻繁に語る。
ときおり義伯父とも会っているようで、今でも三人の交流は友情として続いている。
ちなみに父は現在、中古の一戸建てで僕と妻、二人の子どもと五人で三世代同居している。
そして僕、堤太一、三十五歳。
中学教師として生活指導に携わるかたわら、妻と協力し、娘の
義祖母が遺してくれた四人の物語と道徳、僕と妻との馴れ初め、そして二人の子どもに恵まれた奇跡。
子どもたちが大人になり、いつか家庭を持つ日がやって来るかもしれない。
その途中で、くじけそうな日もあるだろう。
喜びだけでなく、悲しい日もやって来るだろう。
もしかしたら、己の生死を考えることもあるかもしれない。
そんなときにこそ、親の気持ちが詰まったこの手紙を読んでほしい。
この封を切るのは、いつになるかは分からないが。
僕や妻が先立った後、自分たちが僕たち夫婦の家族であることを忘れても、これで思い出してほしい。
「よし、完成だ!」
「あなた、お疲れさま」
僕が万年筆を置くと、妻が僕の肩にブランケットをかけてくれた。
「あの子たち、分かってくれるかしら?」
「もちろん。なにしろ前例が実在するのだから」
父たちのように深い、深い絆が生まれることを願って。
僕と妻は、輝きに満ちた夜空を窓から見上げた。
『星よ』
完
このお話はフィクションであり、登場人物及び施設団体は実在しません。
また、作中に児童虐待を描写しておりますが、決して児童虐待及び性同一性障害者の差別を推奨するものではありません。
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