第53話 食事
「お兄さん、今日はアーシャのお供をするです!」
俺が宿泊中の部屋のベランダにあるデッキチェアに横になって寛いでいると、勢いよくベランダに出てきたアーシャが、勢いそのままにそう言ってきた。
アーシャに
想像していた以上にMPの回復が早く、正直十分なほど回復はしているのでそれをアーシャに伝えると「ならあと二日ゆっくりしてるといいです」と言われた。
なんでもダンジョンに入るにあたっての準備がまだ終わってないらしいのだ。
やはり管理していると言っている以上、それなりに色々やっているという事だろう。
「ゆっくりしていいって言ってなかったか、確か?」
「そんな事言ったでしたっけ?」
アーシャはかなり大袈裟な動作でそう言った。
絶対わかっててやってるだろ。
「それよりも早く行くです!」
「話を逸らしたろ」
「そんなことないですよ」
そんなに慌ててたら、逸らしたと言ってるようなもんだろ。
もうちょっと上手いやりようはいくらでもあったろうに、それともこっちの方が俺には上手くいくと思ったのだろうか?
だとすれば見事な策だ。
俺はため息をついてから、口を開く。
「セバス、ちょっと出てくる」
「かしこましました」
「やったです!! セバスさんにもちゃんとお土産買ってくるです!」
「よろしくお願いいたします」
「はいです! それじゃぁ行ってくるです」
「お二人共お気をつけて」
そう言って頭を下げるセバスに軽く手を上げながら、俺とアーシャは宿の部屋を出る。
ーーー
「なぁ、そう言えばセバスといつの間に仲良くなったんだ?」
多くの人々が行き交う町中を、半歩前を歩くアーシャについて行きながらふと疑問に思った事を伝える。
「いつって、ここ数日ですよ?」
「俺の聞き方が間違ってた。どうやって仲良くなったんだ?」
アーシャもセバスも、大抵の人とは仲良くできるタイプだと思う。
だがアーシャとセバスでは、仲良くの根本的な意味が違うような気がするのだ。
これと言って上手く表すことはできないが、なんとなくそんな気がするのだ。
だからどうゆう経緯で仲良くなったのか少し気になったのだ。
しかしあまりいい質問では無かったらしい。
俺の言葉を聞いたアーシャはあからさまに機嫌が悪くなった。
「ずっと寝てたお兄さんにはわからないですよね」
小声で言ったアーシャの言葉で、ある程度合点がいってしまった。
そう言えばセバスに俺が寝ていた数日に変わった事は無かったかと聞いたとき「毎日アーシャ様がいらしてました」って言ってたな。
俺はここ数日、消費したMPを回復させる為に一日のほとんどを睡眠に当てていた。何故ならMPの回復は寝ている時の方が格段に効率が良かったからだ。
「……悪かったな」
アーシャは俺の言葉を聞いて、不満そうな顔で俺の事を見てきた。
だが少しすると、いつもの太陽のような笑顔に変わった。
「お兄さんも反省してるみたいだから許してあげるです。それにセバスさんに事情は聞いてるです。あまり詳しくは教えてくれなかったですけど」
「そうか」
セバスの事だ、俺の能力に関しては伏せながら上手く説明してくれたんだろう。
それにしてもこの町に居るあいだ泊まる宿は教えていたけど、まさか本当に毎日来ていたとはな。俺としては冗談半分で聞いてたからな、ホントセバスにもアーシャにも申し訳ない。
「なんならお兄さんが詳しく教えてくれると嬉しいですけどね?」
「悪いがそれは無理だ」
「今ならお兄さんの罪悪感に漬け込んで、少しぐらい話を聞けるかと思ったですが、甘かったようです」
「おい、心の声が漏れてるぞ」
俺の言葉に、アーシャはわざとらしく自身の口を押さえる。
ホント正直というか何と言うか、扱いに困ってしまう。
「今のは聞かなかったことにしとこう。それで、一体どこに向かってるんだ?」
「着いてからのお楽しみです」
アーシャが楽しそうにそう言ってから数分程して、食欲をそそる香りが至る所から立ち込めている場所に来ていた。
「着いたです」
アーシャがそう言って立ち止まったのは、そんな場所でもひときは強い香りが漂う場所だった。
「まさかここで飯を食べるのか?」
「その通りです。お兄さんが昼食がまだなのはセバスさんに確認済みです」
俺はアーシャの言葉を聞いてばつが悪そうな顔をしてしまった。
正直俺はこの世界の料理があまり好きではない。
城で食べた料理は素晴らしく旨かったし、セバスが作ってくれる料理も美味しい。
だが城を出てから立ち寄った食事処はどこも、口に合わなかった。
別に不味かった訳ではなく、どれも食べようと思えば食べれるが、進んで食べたくなる味ではなかったのだ。
「大丈夫です。ここはシズカさんも気に入ってたです」
「静香も?」
静香も俺と同様に、この世界の料理があまり口に合わないのは知っている。
その静香が気に入った…………食べてみる価値はあるかもしれないな。
「はいです。騙されたと思って入ってみるです」
「騙されるのはごめんだが、騙されてみる価値はありそうだな」
「そうこなくっちゃです!」
アーシャはそう言うと、嬉しそうに店と思わしき建物に入っていく。
俺もアーシャに続くかたちで同じ建物に入る。
中は想像とは裏腹に、閑散としていた。
「いらっしゃい! ってアーシャ様じゃないですか。今日はいつもの嬢ちゃん達じゃなく、男連れですか?」
「そうです! アーシャもそういう年頃ですから」
「というとやはりそうなんですか?」
「もちろんです」
「おい」
胸を張って言うアーシャに対して、俺は間違いを正すため口を挟む。
恐らくアーシャと喋っているこのガタイのいい男性がここの店主なんだろう。
だがあまりに人が居ないからって、客の座る椅子で寛いでちゃダメだろ。
「お兄さんは冗談が通じないんですか?」
「そうだぜあんちゃん、ノリがわからない奴だな」
「悪かったな、ノリが悪くて」
「まぁあんちゃんの性格が悪いのは置いといて」
「おい、さっきより酷くなってるぞ」
「ここに来たって事は食事でしょ? ちゃっちゃと作りますんで座って待っててください」
「わかったです」
「……無視か」
「お兄さんも早く座るです」
そう言って先にカウンター席についたアーシャが、手招きをしながら俺の事を呼んだ。
なんか俺の扱い酷くないか?
俺はそんな事を考えながらも、アーシャの座った席の隣に座る。
「……メニューは無いんだな」
辺りを少し見渡してから、俺は確認のように呟いた。
「ここでは基本的にローランドさんが出す料理を決めるです」
「お任せコースみたいなもんか」
「? 何かわからないですけど、多分そんな感じです」
「なるほどな。それにしてもこの店、えらく食欲をそそる香りがするな」
「そんな事を確かシズカさんも言ってた気がするです」
なんというか、本格的なカレーを連想させるようなスパイスの香りというのだろうか、そんな感じの匂いが店内に充満しているのだ。
やはり静香も同じような反応をしてたのか。
だがこの香りは昼食を食べてない俺からすると、かなり辛い。
今にも腹の虫が鳴きだしそうだ。
「そう言えばさっきからよく静香が出てくるが、よく一緒に来るのか?」
「ハイです! シズカさん以外にもルーチェさんとマリーさんも一緒です」
仲良くなったのはセバスと同じ感じだろう。
この感じだと恐らくホワイトとも既に仲良くなってるんだろうな。
なんというか、周囲から先に地盤固めされているような感覚だな。
「セバスは一緒じゃないんだな」
「セバスさんは丁重にお断りされたです。寝ているお兄さんの近くに誰か一人は居ないといけない、といって」
「そうか、それはセバスに悪いことをしたな」
「そうです。だからお土産を買って帰るです。それに最初は他の人達も同じ様な感じで断られてたです。でもお兄さんの話を餌にしたらすぐに釣れたです」
悪そうな顔でアーシャはそう言った。
お土産を買って帰るのは賛成だ。
だがなんか聞き捨てならない事を言った気がするぞ。
俺の話を餌にした?
「おい、変な事吹き込んでないだろうな」
「大丈夫です。お兄さんを餌に話すきっかけを作っただけです」
「本当か?」
「本当ですよ」
まだ幼いくせに色々頭が回るからか、つい疑ってしまう。
というか疑いたくなるような行動を故意的にとってる気がしなくもないから、余計たちが悪い。
「そうだお兄さん、お兄さんが連れてきた勇者さん達当分この町に居るそうですよ」
「だろうな。あいつらの実力じゃ、まだ旅をするのに不足してるものが多いだろうからな。恐らくお前んとこの親父さんに頼んで、鍛えてもらうなり知識を教えてもらうなりするんだろ?」
「よくわかったですね。その通りです」
「まぁ俺だったらそうするだろうからな」
「……お兄さんはあの人達の手助けはしないですか?」
アーシャは、不思議そうにそう言った。
アーシャには一体俺がどういう風に見えているのだろうか?
俺は別に正義の味方でも何でもないんだ、誰彼構わず助けたりしない。
俺は労働に対しては対価を、行動に対しては利益を求める……ように行動しているつもりだ。
俺が守れるものは無限じゃない、どれだけ強くなろうとそれは変わらない。
守るものを無制限に出来るほど、俺は大きな人間じゃないんだ。
だが守ることが出来るものを増やす努力は惜しまない。
その為に力が必要であり、知識が必要なのだ。
「しないだろうな……多分」
「多分、ですか」
「あぁ、多分だ」
アーシャは俺の言葉に少し驚きながらも、余韻に浸るかのように頷く。
アーシャが考えている事は大体予想できる。
俺もまだまだ人間という事だろう。
「どうしたお二人さん、ちょっと見ない間に静かになって」
「少し考え事をしてただけです。それよりも出来たですか?」
「出来ましたよ。ハイ」
店主はそう言うと、俺とアーシャの前にそれぞれ出来た料理を置いた。
俺は目の前に置かれた料理を見て驚愕する。
これは所謂…………
「チャーハンじゃないか?」
「お! よく知ってるな、あんちゃん。これはちゃーハンだ」
なんか微妙に発音が違う気がするが、恐らくは俺の知ってるチャーハンと意味は同じだろう。
だが知ってるのと見た目は少し違うな。
なんというか米一粒一粒が俺の知ってるものより長い。
確か元の世界にも細長い米があったはずだが、それよりも長いような気がする。
「まぁ名前はさておき、とりあえず食ってみな」
「それじゃぁいただくです!」
「いただきます」
アーシャはそう言って、料理と一緒に置かれた木のスプーンを手に取り、食べ始めた。
俺はしっかりと手を合わせてからスプーンをとり、チャーハンをひとすくいして口に運ぶ。
「旨い」
「だろ。やっぱり旨いよな!」
まさにチャーハン。
元居た世界の物と比べても何ら遜色ない味、いやそれどころか、こちらの方が美味しいんじゃないかと思ってしまう程に旨い。
特にこの米、噛めば噛むほど口の中に甘みや旨味が広がってくる。
「美味しいです!!」
「だろだろ!! なのに何で客が来ねえんだろうな?」
「それは多分ローランドさんの問題だと思うですよ?」
「俺の問題ですか? なら仕方ないですな」
店主であるローランドは、そう言って高笑いした。
もう半分諦めてるだろ。
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