第52話 末恐ろしい

 俺がレオさんとの軽い運動を終えて部屋に戻ると、そこには優雅にお茶を楽しんでるアーシャが居た。


「お帰りなさいませ、主」

「遅いです、お兄さん」

「ただいま」


 セバスはそう言うと、アーシャの向かいの椅子を引いてくれた。

 俺がセバスの引いてくれた椅子に座ると、どこからともなくお茶のはいったティーカップをセバスが出し、俺の前においてくれた。

 正直気になるがセバスの事だ、いつ聞いても素直に答えてくれるだろう。


「ありがとう」

「いぇ」


 俺はセバスとそんな軽いやり取りをしてから、アーシャを見た。


「それで、遅いって何か急用でもあったのか? 例えば、トゥーエル王国が攻めて来たとか?」

「もしそうだったとしたら、アーシャはこんなに落ち着いてないです」

「確かにそうだな、ならどうしたんだ?」


 俺がそう聞いた途端、アーシャは少しふくれたような表情を浮かべた。


「ひどいですお兄さん。アーシャの話の途中でどっか行ったのに、忘れたですか!」

「あれ? 話あれで終わりじゃなかった?」

「な訳ないです! あれはただの確認です! まさか一人で何とかできるとは思ってませんでしたけど」

「俺そこまで言ったっけ?」

「そんな口ぶりだったです。でも本当にいろいろと立て込んでたみたいですから、これ以上は言わないです」


 アーシャは俺ではなく、セバスを見ながらそう言った。

 セバスは何も言わず、ただ頭を下げた。

 どうやら俺が戻ってくる前に、二人で少し話をしてたみたいだ。


「そうか、ありがとう。今度は最後まで話を聞くことにする」

「そうしてもらわないと困るです。でもその前に、場所を変えるです」

「別にいいが、ここじゃダメなのか?」

「ダメです。あまり大きな声で話せる内容じゃないですから」

「なるほど、外に聞こえなければここでもいいんだな?」

「それはもちろんいいですけど……」


 アーシャがそう言ったと同時に俺は、[風魔法]で結界のようなものを作り、外に音が漏れないようにした。

 また移動するのは少し面倒だったからな。

 それにMPが減ってはいるものの、全くないわけじゃない。

 ただ心もとなかったから、回復してから行動することにしてただけだ。


「部屋の中の音が、部屋の外に聞こえなくする魔法を使ったから、ここで話をしても大丈夫だ」

「ほんとですか? そんな魔法聞いたことないです?」

「お前、俺なら何でもありみたいな事前に言ってなかったか? ま~良い、少し部屋の外に出てみろ」

「何するですか?」

「いいから部屋の外に出て、部屋の中を見ててみろ」

「わかったです」


 アーシャは渋々部屋の外に出た。

 俺はアーシャが部屋の外に出たのを確認すると、セバスが置いてくれたティーカップを手に取る。


「悪いな、セバス。後で弁償するから」

「いぇ、主のお役に立てるなら、とてもうれしい限りです。存分にお使いください」

「ありがとう」


 俺はセバスにそう言うと、手に持ったティーカップを、床に叩きつけた。

 もちろんそんなことをすれば、ティーカップは割れる。

 そして部屋の外に居たアーシャは、とても不思議そうに俺と床に落ちたティーカップを交互に見る。

 俺はそんなアーシャに向かって、手招きをする。


「凄いです! 本当に何も聞こえなかったです!」

「だから言ったろ? そういう魔法だって」

「これなら内緒話し放題です!」


 確かにそうだろうな。

 けど正直この魔法はあまり使わない。

 俺とセバス達だけなら、この魔法よりももっと内緒話に適してるモノがあるからな。


「それで、内緒話の内容は何なんだ?」

「お兄さんに頼みがあるです。実は……これを集めるのを手伝ってほしいです」


 アーシャはそう言いながら、自身のポケットから漆黒の指輪を取り出した。

 俺はその指輪が少し気になって、[完全鑑定]を使って見てみた。

 そして俺は鑑定結果に、こみ上げてくる驚きと笑いを抑えるので精一杯だった。


『漆黒の魔集指輪』

 装着者に合うよう、自動でサイズが変わる。

 空気中に漂う魔力を集め、装着者のMPに転換する。


 この指輪をつけてるだけで、MPが回復するって事だ。

 だが一つ疑問がある。

 なぜそれほど便利なものを、今まで出会った人間が誰一人として持っていなかったかだ。


 この世界の人間は、隙の大きい魔法をあまり好まないってのが要因としてあるのかもしれないが、それにしても持ってなさすぎる。

 考えられる要因としてはいろいろあるが、アーシャの言葉から推察するに、入手難易度がかなり高いといったところだろうか?


「ちょっとつけてみていいか?」

「いいですけど、それが何か知ってるですか?」

「いや、全く知らない」

「ならきっと驚くはずです」


 アーシャは得意げにそう言ってきた。

 正直効果については[完全鑑定]で把握しているが、またいろいろ言われるのは面倒なので、知らない事で通すことにした。

 つけ心地は、正直かなり良い。


 つけていることを忘れてしまう程、全く邪魔にならずしっくりくる。

 だが、肝心のMP回復が微妙だ。

 回復量が、[光魔法]であるライトの四分の一程度なのである。

 これならゆっくりと休んでいる時の方が回復している。


 だが戦闘中であるならば話は変わってくるだろう。

 ゆっくりと休んでいる暇などない状態で、相手よりもMPの回復が多いのは、圧倒的に有利だ。

 けれどこの世界で、魔法対魔法なんて戦いは滅多にないだろう。

  

 この世界の魔法は、詠唱に時間がかかる。

 相手が詠唱を始めた段階で、その魔法に有効な魔法を詠唱なんてしたところで、相手より早く詠唱できることは、まずないだろう。

 詠唱の早い魔法を連発したとしても、威力が弱すぎて、決定打にかける。


 簡単に言うと、この世界の魔法は効率が非常に悪いんだ。

 けれどそんな効率の悪いものでも、役に立つ状況がある。

 それは、多対多の戦い。


 要は戦争だ。

 強力な魔法は、それだけで戦争の勝敗を左右し得る、戦略兵器になるだろう。

 そしてより多く、より早く発動できれば、戦争に勝てる可能性はかなり高くなるだろう。


 そこまで考えてこの魔法道具マジックアイテムを集めてくれと言っているのなら、末恐ろしいものだ。

 

「どうです? 凄いでしょ!」

「あぁ、怖いぐらいにな」

「その道具アイテム一つを手に入れるのに、最低でも猛者が百人。【覚醒者】の場合覚醒能力にもよるですけど、三十人は必要なほど、入手が難しいです」

「またえらく難しそうだな? それで、俺がその頼みを受けるメリットはあるのか?」

「もちろんあるです」


 アーシャは胸をはりながらそう言った。

 正直この魔法道具マジックアイテムに魅力は感じてる。

 だが聞いた感じだと、かなり危険な感じがしてる。

 そんなお願いをメリット無しに受ける気は毛頭ない。


「金貨十枚と、手に入れた魔法道具マジックアイテムの半分、あとダンジョンに入る権利です」

「権利? どういうことだ?」

「お兄さんならわかるはずです、その魔法道具マジックアイテムの危険性が」

「大体予想はできるが、それがどう関係するんだ?」

「簡単な事です。そんな危険なものをむやみやたらにばらまくわけにはいかないです。だからその魔法道具マジックアイテムが入手できるダンジョンを、この町が管理してるです」

「管理、ね。独占の間違いじゃないのか?」

「お兄さんが手に入れた魔法道具マジックアイテムの半分を渡すと言ってるですよ? 独占じゃなく、管理じゃないですか」

「……なるほど。いいだろう、その頼み引き受けることにする。ただ、五日後でも構わないか?」

「別にいいです! 引き受けてくれるだけで、とても助かるです」


 アーシャは、満面の笑みを浮かべながらそう答えた。

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