第29話 冒険者カード

 俺は今、冒険者ギルド内にあるヘルゲンの部屋の前に来ている。

 アーシャがある程度離れてから訓練を始めたものの、案の定かわし続けるので精一杯だった。


 コンコンコン


「開いてるから入って来い」


 中からヘルゲンがそう言ってきた。

 俺はその言葉を聞いてから、扉を開けて中に入る。


「また会ったですね。お兄さん」

「……先客が居るなら後にしますけど?」


 俺は、ソファーに座るヘルゲンを見ながらそう言った。

 ヘルゲンは、入り口側を向いているソファーに座って居る。

 そして、ヘルゲンの向かいにあるソファーには、膝をついてこちらを見ているアーシャ。

 アーシャの隣には、面識のない茶髪の女性。さらにその隣にも、面識のない青髪の男性が座って居る。

 面識のない2人は顔だけこちらを向けて、訝しむ様な目で俺を見ている。

 嬉しそうなアーシャとは、大違いの反応だ。


「気づかなかったのか? お前なら、感知系のスキルを持っていると思ってたんだが」

「そんな便利なスキル、持ってませんよ」


 俺はそう言いながら首を振る。

 勘違いしてくれるなら、それに越したことはない。


 確かにヘルゲンが言ったように、感知系のスキルは持っている。

 スキルの効果範囲に居る者全てを、感覚的に感じ取ってしまうスキル。

 俺はその感覚がどうにも苦手なようで、その感覚に酔うことがある。

 それは町中など、人が大勢居るところで発動すると起こる。

 だからできるだけ、人が大勢居るところでは使わないようにしているのだ。


 けれどこの先、どんな状況で戦闘になるかわからない。

 町中で戦闘が起きる事だってあるかもしれない。

 大勢の人が襲ってくるかもしれない。

 そんな時、酔うからスキルを使えませんでは話にならないから、一応感覚になれる事ができるように、寝る前に使うようにはしているが……今だ成果は得られていない。


「それじゃあまた後できますね」

「まあ待て」


 俺が部屋を出ようとすると、ヘルゲンが左手を前に出しながら言ってきた。


「そうです。お兄さんを待ってたんですから、帰ったら困るです」

「待ってた?」

「はいです。また後で、と言ったはずです」


 アーシャは両手を腰にやり、得意げに胸を張っている。

 なるほど。俺がここに来るのを知っていたから待っていたと。

 だけど何故、俺がここに来るのをアーシャが知っている?

 …………昨日か。

 昨日来た時にヘルゲンが言ってたな、そういえば。


「わかりました。取り敢えず先に、冒険者カードをもらえませんか?」

「冒険者カードならここにあるぜ」


 ヘルゲンは、目の前の机の上にある木箱を指差しながら言った。

 木箱は両手におさまるぐらいの大きさで、特に変わった装飾はされていない。

 俺はヘルゲン達の間にある机の横まで歩いて行き、机に置いてある木箱を開ける。


 木箱の中には、片手におさまるぐらいの大きさで、透明な、横長のガラス板のようなものが入っていた。

 俺はそれを手にとって見る。

 厚さはあまりなく、重くもない。

 触った感じ、ゴムのように弾力がある。

 これが冒険者カードなら特殊なものになるんだろう、多分。

 でも……


「これが冒険者カードですか?」

「ああ、正真正銘冒険者カードだぞ」

「ですが……何も書いてないですよ?」


 そう、透明なのだ。

 全く何も書いてなく、傷一つない。

 騙されているとしか思えない。


「アハハハ、言ったろ特殊だって。ちょっと貸してみろ」


 俺は、ヘルゲンに言われるがまま、冒険者カードと思われるものを渡した。

 ヘルゲンは特に何かするわけでもなく、普通に受け取った。

 すると今まで何も書かれていなかった冒険者カードに、突然文字が浮かび上がってきた。

 その文字は、最初に貰った冒険者カードとほぼ同じ内容のもの。違うところは、Aと書かれていた場所にS+と書かれていることぐらいだ。


「凄い! 何をやったんですか?」

「アーシャも気になるです!!」

「スゲエだろ? コイツはな、魔力に反応して文字を浮かび上がらせることができる魔法道具マジックアイテムなんだ」


 そんな魔法道具マジックアイテムもあるのか。

 ヘルゲンが特殊と言っていた意味がようやくわかった。


「アーシャもやってみたいです! どうすればできるんですか?」

「これは[魔力操作]ってスキルが必要だ。[魔力操作]は魔法が使える奴が、少し訓練すれば手に入れることができるスキルだ」

「残念です。アーシャはまだ、そのスキルを手に入れてないです」


 アーシャは肩を落としながら言った。

 少しってのは、できるんじゃないかなって思うだけでいいのか?

 絶対違うよな?

 やっぱり、オリジナルスキル様様だな。


「大丈夫ですよ、アーシャ。貴方ならすぐに手に入れることができます」

「本当ですか! お姉ちゃん?」

「もちろんですよ」


 アーシャの隣に座る女性は、アーシャの頭を優しく撫でながら言った。


 お姉ちゃん!?

 確かにアーシャの隣に座る女性は、どことなくアーシャに似ている。

 けど何でアーシャのお姉さんがここにいるんだ?

 そうなると、アーシャのお姉さんの隣の男性は……お姉さんの彼氏ってところかな?

 2人と比べて、あまりにも似てないからな。髪の色も違うし。


「ホレ」


 ヘルゲンはそう言いながら、手に持っていた冒険者カードを俺に投げつけてきた。

 俺はそれを右手でキャッチする。


「ヨウ、お前が[魔力操作]を持ているかは知らないが、魔法を使いこなせるのは大体わかったからな、持っていなかったとしてもすぐに手に入れることができるだろ? どうだ、気に入ったか?」

「中々に面白いものですし、気に入らないなんてことはないですよ」

「そうか、それはよかった」

「ありがとうございます」


 俺はそう言ってから、右手に持っていた冒険者カードをズボンのポケットに入れる。


「それじゃあ、俺を待っていた理由を詳しく聞かせてもらえますか? 冒険者カードを見るためってわけじゃないでしょ?」

「ああ、そうだったな」


 ヘルゲンはそう言うと、アーシャのお姉さんを手で指しながら俺を見てきた。


「お前が俺にお願いしてた、護衛の依頼の依頼主達だ」


 何だって!?

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