第23話 少女

「大きな音なんて、俺には聞こえなかったけどな?」

「そんなことないはずです! あんなに大きな音だったんですから、聞こえてたはずです!」


 少女は両手を握り拳にして、必死に訴えてくる。

 訓練に集中しているから気づかなかったけど、どうやら俺の訓練中の音はかなり大きいみたいだ。


「そんなに大きな音だったの?」

「はいです! それはもう凄い音でした。あれは……何に例えたらいいかわからないです」


 少女は先程まで元気に話していたのに、急にしょんぼりと肩を落としてしまった。

 何かに例えるのが難しいほど、大きな音だったってことか。

 これからは同じことが起きないように、防音対策をしっかりと行ってから、訓練をすることにしよう。 


 それよりも何でこんな朝早くに、こんな小さな女の子が一人で行動してるのかだ。


「そっか、例えられないほど大きな音だったんだ。それよりも、こんな朝早くに一人で花を取りに来てるの?」


 目の前の少女は、不思議そうに首を横にかしげている。

 俺、何か変な事言ったかな?

 今言った事を思い出してみても、何が変だったのかわからない。

 俺も少女と同じように首をかしげてしまう。


 少女は急にある方向を指差し始めた。

 少女が指差している方向を見てみれば、先程昇り始めた太陽が輝いている。


「もう日が昇り始めてるです。だからそんなに早くないです」


 元の世界では早い方だと思うけど、この世界ではそうでもないのか?

 でもここに来るまで、誰とも会ってないんだよな。

 てことは、この子の感覚ではってことになるのかな?

 日が昇り始めてるから早くないとか、いつもどれぐらいの時間から行動してるんだ、この子?


 そう考えていると急に、少女は頬を膨らませ俺を指差してきた。

 今度は何ですか?


「それにアーシャは子供じゃないです! 一人で花を摘みに来るぐらい、普通なんです!」


 少女はプンプンと怒りながらそう言って、腕を組んでそっぽを向いてしまった。

 俺はその言動を見て、苦笑いしながら頭をかいてしまう。

 言動からして、明らかに子供であるのに、子供じゃないといっているからである。


「子供扱いしてごめんよ」


 俺は手を合わせながら頭を下げた。


「わかれば良いんです」


 少女は満足そうに頷きながらそう言った。

 俺は単純な子で良かったと、心のそこから思った。


「そういえば、お兄さんはこんなところで何をしてるんですか?」


 今まで聞かれなかったから、忘れたれてると思ってたのに。これまた唐突に聞いてくるな。

 さて、訓練してたことは話さないとして。どう言い訳しようか?

 俺は、顎に手を当てながら考える。


 チラッと少女の方を見てみれば、何かを期待した眼差しで俺のことを見ている。

 一体何を期待しているのか? 

 言っておくが、大きな音に関しては何も無かった。

 いい加減忘れろよ!


「……散歩、かな」

「それだけですか?」

「うん、それだけ」

「ホントにそれだけですか?」

「うん、ホントにそれだけ」

「ホントにホントにそれだけですか」

「しつこいな、ホントにホントにそれだけ!」

「なあんだ、残念です」


 残念!?

 ホントに何を期待してるんだ?

 そんなにも興味が湧く音だったの?

 逆にどんな音だったのか、俺が気になり始めたよ!


 俺がおそらく自分が出していたであろう音に興味を持った時、少女は何かを閃いたような顔をして、両手を叩いた。

 俺はそれを見て、嫌な予感をひしひしと感じ取ることができた。


「散歩ってことはです。お兄さんは暇なんですね!」


 少女はキラキラした眼差しで、俺のことを見ながらそう言ってきた。


「いや、暇ではないよ」

「じゃあ、何をするんですか?」

「何ってそりゃあ……」


 おい! さっきまで素直に聞き入れてくれてたじゃないか。

 何で急に詳しく聞こうとするの!?


 どうする? 何て応えよう?

 訓練のことは言わないだろ。

 となると、訓練以外で今日、俺がやること…………あれ、もしかしなくても俺、暇なんじゃね?

 少女を見て見れば、得意げな笑みを浮かべて俺のことを見ている。


 まてまて、何かあるはずだ、考えろ。

 訓練が終ってから…………歩いて、宿に帰って寝る。

 さすがに早すぎて寝れないよ。

 てか結局暇なんじゃねえかよ。

 

 俺はガクッと肩を落としてしまう。


「どうです、お兄さん? 良い言い訳は見つかりましたか?」


 少女は得意げな笑みを浮かべたまま、顎を少し上げて、腕を組み、俺を見下すように見てきた。

 くっそお~~。

 何で俺は、今日に限って暇なんだよ。

 それにさっきまで単純な子だったのに、何なの急に、何が君をそうさせたの?

 音ですか? 音なんですか!? 俺が音を聞いてなかったことに対する、嫌がらせですか?

 もうホント、どんな音だったんですか?

 絶対俺の訓練の音じゃないだろ。


「……はああ。それで、俺が暇だったら何かあるの?」


 少女は俺のその言葉を聞くと、渾身のガッツポーズをして見せた。

 くっそおお~~。

 一体どんなことを言ってくるんだ。

 話だけなら聞いてやるよ。

 やるとはいってないからな、話だけ聞いてやる。


「はいです。実は、花を摘むのを手伝って欲しいんです」

「えっ」

「聞こえにくかったですか?」

「いや、しっかりと聞こえてたよ。花を摘むのを手伝って欲しいんだろ?」

「はいです」

「それだけ?」


 少女は首をかしげる。


「それだけです」


 嘘だろ?

 花を摘むのを手伝って欲しいだけ?

 俺の嫌な予感外れすぎだろ。


 いやこの子もこの子だよ。

 花を摘むのを手伝って欲しいだけなのに、どんな聞き方してくるんだよ。

 聞き方と内容が一致しないんだけど。


 まあでも、今日俺が暇なのは理解してしまったし。

 花を摘むのを手伝うぐらいならいいか。


「それだけだったらいいよ」

「ホントですか!」

「うん、いいよ」

「やったです! お兄さん、ありがとうです」


 少女はピョンピョンと嬉しそうに跳ね始めた。

 花を摘むのを手伝うぐらいで大袈裟だな。

 それに花を摘むだけならすぐに終るだろうし、そこからまた訓練すればいいだろう。


「花はどこに咲いてるの?」

「こっちです! ついてきてください」


 少女はピョンピョン跳ねるのをやめて、俺に対して手招きをしてから歩き出した。

 俺はとぼとぼと、少女が歩いて行った方に歩き出す。

 見失っても、[魔力感知]である程度場所はわかるから、大丈夫だ。

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