第21話 決意

「それで、これからどうするんだ? 覚醒の為にレベルを上げるんだろ?」


 ヘルゲンは持っていたコップを机の上に置きながらそう言ってきた。

 どうやらコップの中の飲み物がなくなったらしく、空になっている。


「そうですね……とりあえず亜人種と呼ばれている人達に会いに行こうかと思っています。覚醒の為のレベル上げはそのついでに、コツコツして行こうかと思ってます」


 俺はしっかりと見ていた。

 俺が亜人種と言った時、ヘルゲンが眉をしかめたのを。


「……何のために会いに行くんだ?」


 ヘルゲンの声は、少し笑っている表情とは裏腹に、低く威圧感のある声音だった。

 返答しだいでは、と思わせるには十分効果があるだろう。


 俺が亜人種と呼ばれている人達に会いたいのは、単なる興味だ。

 俺が元居た世界には居なかった存在。

 けれど神話や御伽話、最近ではライトノベルなどでもよくでてくる存在。

 気にならないはずがない。

 ただ、それだけの理由。


 そう、異世界人の俺の感覚では、それだけのこと。

 けれどこの世界の人達からすれば、亜人種とはどんな存在なのか、俺は知らない。 

 精霊と契約できることから、崇め奉られているかもしれない。

 はたまた、人間とは少し違うというだけの理由で、迫害されているかもしれない。


 俺にはそのあたりの知識が皆無だ。

 予想はできるが、正解とは限らない。

 自分から情報を集めようとしなかったことは否定しない。

 それは俺のミスで、致命的な失敗だ。

 ならその失敗を、どう自分の有利に持っていくことができるか。


「俺が亜人種と呼ばれている人達に会いたいのは、何も知らないからです」

「どういうことだ?」


 ヘルゲンは先程と同じ声音で聞いてきた。

 けれど表情は先程と違い、眉をしかめて、訝しむような目で俺を見ている。


「そのままの意味です。俺は亜人種と呼ばれる人達が、どんな人達なのか全く知りません。だから会いたいんです。どんな人達か知るために」


 俺が言ったことは全て真実だ。

 亜人種の人達に会いたいのは単なる興味だ。

 だが何故、興味を持ったのか?

 それは、探究心。

 話としては知っているが、見たことががない、未知の存在。

 そんな存在に興味をそそられるのは、仕方ないことだ。

 俺の中では、自然なことであり、さも当然のことである。


「ただ知りたいから、か。……お前は、亜人種達の現状を知って何をする?」


 ヘルゲンの声音は、最初より優しくなってきている。

 それとは裏腹に、表情はより訝しむものになってきているが。


 現状を知って何をするか? 

 俺の中で、その質問の答えは出ている。


「何もしません。ただ知るだけです」


 俺は知りたいだけなのだ。

 何かしたわけじゃない。

 何かできるわけでもない。

 俺にできる程度のことなら、この世界の人達が先にやっているはずだから。

 俺はただ知っておきたいだけなのだ。


「フン、何だそれは?」


 ヘルゲンは鼻で笑った。

 俺は分かる。

 完全にバカにされている。

 知りたいだけってのが悪かったのか?


「いやあ、悪い悪い。お前のことを少しでも疑って」

「いいですよ。でも、せめて説明はして欲しいですね」

「ああ。実はな、亜人種と人間は中が悪いんだ」

「悪い、というのはどの程度なんですか?」

「それはもう、何時戦争になってもおかしくないほどに、悪い」


 ヘルゲンは、悔しそうにそう言った。

 だが俺は仕方がないことだと思う。

 人間に限っていえることではないが、自分達と少しでも違うものを恐れ、なくそうとする。

 それが人間はかなり強いほうだと思う。

 そんな中で、そういった差別をなくすことは不可能だろう。


「といっても一部だがな。中には仲のいい人間と亜人種も居る。亜人種の奴等に会いたいなら、西にあるオエステア大陸を目指すといい」

「わかりました。ありがとうございます」

「おう、でも2日はこの町に居ろよ。S+ランクの冒険者カードを渡さなくちゃいけないからな」

「すぐ貰えると思っていたんですけど、意外に時間がかかるんですね?」

「S+は特殊だからな、作るのに時間がかかるんだ」

「そうなんですか。それじゃあ、もしオエステア大陸までの護衛の依頼があったら、取っておいて貰ってもいいですか?」


 護衛の依頼を頼んだのは、道がわからなかった場合困るからだ。

 後、ついでにお金を稼げるからってのもある。


「仕方ねえ。あったら取っておいてやるよ」

「ありがとうございます。それじゃあ、2日後また来ますね」


 俺はヘルゲンに頭を下げてから部屋を出た。


ーーー


 俺は、泊まっている部屋の扉を開けて中を見渡す。

 中にはセバスとホワイトしか居ない。


「あれ、他の皆は?」

「……主、そのことに関してお話があるのですが、よろしいでしょうか?」

「うん、全然大丈夫だけど」


 セバスから話ってなんだろう?

 いつもは少し微笑んでいるセバスが、真剣な表情で言ってくるぐらいだから、よっぽど大事な話なんだろう。


「ありがとうございます。……実は私達、主とは別行動で旅をしようと思っているんです」


 このタイミングでの別行動。

 理由は大体予想できる。

 けれど、それでも、本人の口から聞きたい。


「……そっか。一応理由を聞いてもいい?」

「はい。理由は、今のままでは、主の足手まといだからです」


 やっぱりそうか。

 セバス達のステータスも、普通の人達よりは、かなり高いだろう。

 だが普通じゃない人達は?

 例えば、俺が模擬戦で戦ったSランク冒険者の3人。

 もし、彼等が敵であったとしたら?


 俺は勝てる。

 例え皆を守りながらであろうとも。

 けれどセバス達は、無理だろう。


 セバス達は、俺に守られるのではなく、俺を守りたいと思っているらしい。

 今までの相手なら、正直俺が手を出さなくても、何の問題もなかった。

 けれどあの3人、覚醒者と呼ばれる人達は、おそらく俺か、同じ覚醒者じゃないと相手をすることはできないだろう。

 俺が模擬戦で戦ったのを見て、そのことを感じてしまったのだろう。

 別に俺は気にしないというのに。

 けれど、何を言っても取り合ってくれないだろう事はわかる。

 皆、頑固だからな。


「今のままではってことは、強くなったら戻ってくるって事だよね? 強くなるあてはあるの?」

「はい。何でも、エルノさん達も師匠に鍛え直してもらおうと思っていたらしく、一緒に鍛えてもらえるように話をつけました。……自分達から離れておいて、厚かましいお願いだとはわかっています。それでもどうか、お願いします」


 セバスはそう言うと、頭を下げてきた。

 ホワイトも頭を下げている。

 エルノさん達の師匠か……少し気になるな。

 まあでも、鍛えているところを俺に見られたくないだろうから、行かないけどな。


「わかった、いいよ。皆が強くなって帰ってくるのを楽しみに待ってるよ」

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