陽動
#4
街の中心部、そこに布陣は敷かれていた。将軍格と思しき男の周りに従う様に騎士然とした兵士が整列している。数は、十、いや二十近いか。戦力の彼我差はおよそ一対二。街に展開している他の部隊と合わせると圧倒的不利は否めない。
しかし、幸運にもこちらは相手に気取られずに喉元まで接近していた。現在こちらの居る地下水路への階段前から、障害となる建物の角を挟んで敵の本陣まで約六百メートル。背後には敵の気配は無い。所々に人一人が入れる程度の細路地があり、それを使う事により敵部隊と肉薄出来る。地の利はこちらにあった。
ここに集まるのは明けの明星でも相応の経験を積んだ歴戦の勇士。少数とは言え戦力的には装備の差があれ、敵一個部隊に匹敵する戦力だ。正面から戦いを挑むのでは無く他の仲間が逃げる時間を稼ぐ陽動作戦である為、不意を突いての電撃戦とあれば数は少ない方が都合が良い。少数精鋭で挑むこの戦いはただのゲリラ戦法、勝利は遠いだろう。
しかし、勝つ必要は無い、形勢不利になろうとも時間さえ稼いでしまえば目的は果たしたも同然。その事実が周りの者の緊張を緩和させる。
俺とフィリクスはその中に混じり様子を窺っていた。フィリクスは周りの男どもと同じく一様に険しい顔をしている。その中の紅一点、ニコルも強い光を眼に灯す。
「……見ての通りだ。連中は五十マルクの向こうだ。まだこっちにも気が付いていない。予定通りに陽動作戦を開始するぞ」
集まった戦闘員に聞こえる程度の声量で話すアイザック。どの顔も数分後に始まる戦いに向けて各々の面持ちを向ける。
因みに、『マルク』と言うのはこの世界の距離の基準で、五十マルクとなると約六百メートルを表す。一マルクにつき約十二メートル、より長距離になると『ガハス』という単位が出てくる。距離はおよそマルクの百倍に相当すると言う。この世界独自の基準であるらしく、まだ使い慣れていない単位のものは違和感を感じる。
「周知の通り、戦力差は圧倒的だ。しかしだ、これが単なる陽動作戦なら話は別になる。勝つ必要は無い。ただ、目立てば良いだけの話だ」
周りは顔を見合わせたり、首を傾げたりしている。その様な事は先刻承知。アイザックの真意を解りかねているのか、いまいち腑に落ちない様だ。するとアイザックはこちらを指して言葉を続ける。
「そこで頼りになるのがこの二人だ。二人は魔術使い、それもそこいらの連中よりも強力な魔術を使う。
その上、腕も立つ。こいつらを使って陽動を行おうと思う。お前さん達もそれでいいな?」
頷く。横に居るフィリクスも同じく頷き同意を示す。周りの反応は驚きや不安、あるいは期待と言ったところか。こちらの賛同を受けてアイザックが周りの意思を纏めるように言い放つ。
「よし、決まりだ。この陽動作戦はこの二人の先鋒でいく。先ずは、詳しい作戦の筋だが……」
彼の言葉による押し出しで周囲の人間の意志は纏まる。作戦の概要を話し始めるアイザック。何れも彼の言葉を逃さぬよう、一点に耳と意識を集中させている。
ふと、横を見るとフィリクスの視線は話をするアイザックでは無く、唯一の女性志願者であるニコルの元に向いていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
扉の向こう側には敵部隊が待ち構えている。アイザックの案内により裏道を通り、丁度敵の側面を叩ける位置に建っている今は無人の店の中に俺たちは集まっていた。元は酒場か何かなのであろう、店の中には幾つか木の丸机や椅子、食べかけの料理の乗った皿や木のジョッキが放置されている。
カウンターの方も料理が作りかけのままになっている。帝国軍の侵攻で皆、逃げ出したのだろう。床には飲み物をこぼした跡や料理が散在している。周りの準備を確認し、アイザックが合図する。
「手筈通りに行くぞ。……頼む」
陽動作戦の第一撃、この一撃が初手の成否を左右する。集中し、片腕で魔力を練り上げ、自らの炎の像を具現させる。
「ーー我が敵を焼き尽くす炎ーー
《アルファイエ》」
具現した火球は片腕から放たれた。火球の進行上にある木の扉は瞬間に赤熱し、破裂した。そのまま火球は一直線に進み、直撃。
不意を突かれた兵士の身体は一瞬にして炎に包まれ、爆音と共に鎧は砕かれ、宙を舞う。
一瞬の出来事に戸惑う帝国兵。焼け焦げた兵士の身体が石畳の上に転がる。
「突撃ィィィィーーッッ!」
間隙を突いて建物から雄叫びを上げて突風の如く突撃していく反乱軍の面々。
先頭は俺とフィリクス、構える武器には魔力回路の光が点っている。
「ええぃ、怯むな! 小癪な反乱分子共を一掃するのだ!」
対して帝国兵は将軍の檄により直様、体制を立て直す。瞬時に陣形を立て直し、横一列に大楯による壁を形成する。この状況でここまで統制が取れている指揮系統。しかし、対する反乱軍も引けは取らない。
距離を詰め、接触まであと十歩程度。赤髪の青年は剣の魔力回路を赤熱させ、炎を纏わせる。意識を燃え盛る炎に集め、魔力を注いでいく。注がれる魔力はガソリンの如く炎を燃え上がらせ、最高潮にまで勢いを増していく。
剣を振り返り、左肩から大きく振り下ろす。炎は叩きつけられ、石畳を焦がし、盾の壁を燃焼させる。
しかし、魔術に対する耐性を備えたこの大楯の壁は炎の奔流を凌ぎきる。威力を集中させた一点突破の強力な魔術なら兎も角、盾の壁一帯を狙った炎の波では表面を焦がす事は出来ても壁を越える事は出来ない。炎の熱でさえ、大楯の魔術耐性には元を魔術による現象であるが為に掻き消される。
……魔術の根本は何であれ、『現象を歪ませる』ものであり、それを本来の状態に復元させる効力のある聖帝騎士団の持つ大楯は、彼の放った炎を分解し、本来の状態、無に帰す。故にアルムの放った炎は元の現象、状態に還元し消滅したのだ。
「おっと、本命はこっちだぜ」
石畳が上げる焼け焦げた熱の揺らめきを切って鋼鉄の鎧が盾の壁の眼前に躍り出る。まだ残り火がちらと燃え残る石畳の上を鋼鉄の脚が深く踏み込み、その頭上まで振り返った大斧を、地面ごと粉砕せんとする勢いで振り下ろす。
「うおぉぉぉぉああぁぁッッ!」
衝撃が走る。雄叫びと共に振り下ろされた大斧は、大楯を両断、いや押し潰した。振り下ろした大斧に石畳が砕かれる共に一瞬地面が揺れる。大斧の余りの威力に斬撃を受けた兵士は一、二メートルほどよろめき、仰向けに斃れる。
……ある程度の魔術を無効化する大楯であっても、それが物理的なものであれば完全には防ぎ切れない。まして、許容範囲を超える威力のものであれば尚更。『強化』の魔術は程度こそあれ、戦場に立つ者ならば誰でも使える程のシンプルな魔術。しかし、そのシンプルさが故に単純な相乗効果で極めて高い威力を発揮する事も出来るのだ。
大斧は返す刃で右方の盾を一枚断ち切った。盾を失った帝国兵は先の兵士の二の舞にならぬ様、瞬時に大楯を手放し体勢を立て直す。それを受けてフィリクスとは距離を取り左右を挟んで一対四の格好になる。しかし、それで陣形が崩れる形となった。
フィリクスの開けた壁の穴を目掛けて後を追う他の反乱軍の面々が雪崩れ込む。フィリクスに注意を向けていた兵士もその対応に追われる。勢いに勝る反乱軍、対して帝国兵は後手に回るばかり。
「何をしている。
気圧されるな、往け!」
しかし、帝国兵とて後手に回るだけでは無い。たった二人の敵に開けられた穴を繕う様に将軍の号令の下、こちらへと集結していく。
反乱軍の当初の目的通りに戦場は混沌とし、乱戦の様相を呈してくる。アイザックを中心に勢いに乗じたゲリラ戦を展開、個としてでは無く集団の力で帝国兵を撹乱する反乱軍。
各々の不揃いな獲物が却ってこの乱戦では有効に働き、決まった獲物しか持たず、全体の数で勝り、勢いに劣る帝国兵は手を拱き防戦に徹する。
もう一つ防戦の要因がある。それは炎の剣を振るう剣士と大楯を両断し得る大斧を振るう鋼鉄の鎧の戦士だ。先の威力を目の当たりにした帝国兵達は俺たちに対して間合いに入らぬよう、しかし隙を与えぬよう、大楯を構えて睨みを利かせている。
剣裁と雄叫び、これが陽動作戦という事もあり、それは声高に街の空に響き渡った。そこに、折を見たかアイザックが合図を送る。
「もう良い! 第二段階へ移行だ」
合図を受けてアルムは魔力回路を通し、炎の勢いを高めて行き先制を狙う。高まる炎の勢いを見て警戒する帝国兵。
そこに増大させた炎を石畳の上に叩きつける。叩きつけた炎は波となり辺りを燃やしていく。炎に阻まれ、帝国兵は大楯を構えたまま身動きが取れなくなる。
その隙に包囲を脱して距離を取り、今一度炎の勢いを高める。後退の指示を出したアイザックは他の反乱軍に距離を取らせる。すかさず反乱軍の相手をしていた帝国兵達は距離を詰めて行く、そこに再び炎の波を振りかざす。
炎の波は帝国兵達の自由を奪う。魔術耐性のある大楯に炎は阻まれるものの、足止めとするには充分。
足止めに成功し、反乱軍一行は建物の中へと後退する。帝国兵達は炎に巻かれている為、直ぐには追っては来られない。急ぎ店の中へと走る。
そこに、突如として地面が隆起し石畳を砕き土色の岩石が炎を消し去る。
「何をしているか! 追え、追うのだ! 愚かな反乱分子共を一人残らず粛正するのだ!」
岩石を踏み越えて帝国兵が迫って来る。全身に鎧を着て、大楯と長槍を持ちながら通常走る速度と変わらない速さでこちらに一斉に向かって来る。
「げっ、あいつらもう追って来たのかよ!」
先に建物の中に入っていたフィリクスが狼狽する。あの岩石は将軍の行使した『地』を自在に操る魔術によるもの。
……アルムの『炎』の魔術同様、必殺の威力を秘めている。魔術使いの魔術の威力はアルムやフィリクスの知り得る現代兵器に匹敵、或いはそれを上回る力。魔術の存在はこの世界の戦いをより破壊的なものにしていた。
「アルム、一発頼む。
連中が中に入って来たら魔術で部屋ごとぶっ放してくれ!」
「わかった」
この際手段は選ぶ積もりはないと。最も効果が高く、最も被害の大きい戦術をフィリクスは選んだ。おそらく今ここに彼が居なくてもアルム同じ行動を起こしただろう。しかし、アイザックはこの店を知人の物だと言っていた。が、今更それは問題では無かろう。
店の中に帝国兵達が押し寄せて来る。鈍い足音を幾つも立てて建物の外に逃げた反乱軍どもを追う。それを店の外から目測通りに、魔導の焔が店の裏口から狙い定める。
火球は店の中へと飛び込み、その中の一人に襲い掛かる。
爆発、炎上し店内は炎が飛び散る。兵士達の悲鳴が聞こえ、建物の中から黒煙が上がる。効果を確認し、アルムは先に行くフィリクスの後を追う。
燃え盛る戦火は瞬く間に燃え広がり延焼しつつあった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
狭い路地を進んで行く。長く細い路は喧騒と剣捌の音が遠く聞こえる。追撃を一旦振り切って手筈通りに裏路地を進む。歩を進めて行く毎に次第に喧騒は大きくなり、殺しの空気が濃厚になる。
路地を出た。そこは道幅二、三人分の通路で正面はアイザック含む反乱軍三名と帝国兵五名が一進一退の攻防を繰り広げる。路端には木箱や建物の入り口となる石段が障害となり通路は一度に一人か二人程度の余裕しかなく、狭い路地の中、身を寄せ合う様に剣裁を合わせる。
アイザックを先頭に俺たちは丁度帝国兵達の横腹を突く形で躍り出る。不意に驚く帝国兵、反乱軍との交戦で注意が削がれている状態の為に対応が遅れている様だ。
数と装備の質で劣る反乱軍が何故帝国兵と互角に渡り合えるか、その理由は地の利を生かしたゲリラ戦法。狭く複雑な裏路地と、戦力の分断、わざと狭い場所を選んでの戦闘、それによる擬似的な一対一の状況に持ち込んでいる。
最初の奇襲が成功し、後手に回る事になった帝国兵を誘い出す事に成功した反乱軍はアイザックの作戦通りにオルクの街の複雑な構造を活かしたゲリラ戦法を取る。
二手に分かれてそれぞれが戦力を分断させ、全滅のリスクを避けつつ地下の仲間の時間を稼ぐ。それがアイザックの作戦だった。フィリクスの居るもう一方の分隊と分かれ敵の横腹を突く。遠く喧騒を聴きながら敵を斃す。
左手に構えた剣の魔力回路に火を入れる。魔力回路を通して剣は赤熱し、炎を吹く。帝国兵の反応より速く懐に踏み込み、上段に振りかざす。
反射的に左手の大楯で庇う帝国兵、大楯の防御面積は広く例え反応が遅れても急所はカバー出来る程だ。しかしそんなものは問題にはならない。
烈火が楯を食い破る。大振りに振り下ろした斬撃は切り口から溶断し身に纏う鎧ごと断ち切る。剣を振り切り、大楯と左腕を失った帝国兵はよろめき、路地の壁に倒れ込む。しかし奇襲を受けて黙っている程、相手も呑気では無い。
すかさず『強化』した槍を隣の兵士が放つ。
剣と槍の搗ち合う音が一つ。槍の軌道を逸らす形で繰り出された炎の剣が『強化』された槍の穂先を鍔迫り合いよろしく凌ぎを削る。剣と槍の接地点から火花のように光が飛び散る。魔力の炎と強化の魔力がぶつかり合い、相反する二つの力が拮抗し互いの魔力を弾けさせた。
だが次第に強化された槍の穂先に炎の剣が食い込んで行く。異変を察した帝国兵は瞬時に槍を引き、大振りに薙ぎ払う。それを瞬時に後ろに飛び距離を取り躱す。着地の勢いを下半身のクッションと右腕の制動で御する。
睨み合い、前衛に回る者を除いて他の兵士は長槍を向けてくる。
「引けーーっ!」
その瞬間アイザックの号令が下された。前衛の者は号令に従い得物を引く。そして距離を取り、路地の奥へと向かって行く。こちらも牽制を向けつつ距離を取り、元来た細路地の奥へと後退する。
「逃すな!」
二手に分かれ、帝国兵は追って来る。前衛二人はアイザック側に、後衛二人はこちらを追って来た。左腕を失った帝国兵は未だ動けずに居る。
路地の奥へと向かう。戦力こそ心許ないが、戦術ではこちらが優位だ。作戦通りに事を進め、怒号飛び交う細路地の中を走り行く。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ぐぁ!」
帝国兵の槍をもろに受けた仲間が倒れる。他の相手をしていた所為で助けが遅れてしまった様だ。……くそ。
「ゲテム!」
「ニコル、出過ぎるな!」
倒れた仲間の仇を討つ為に突出しかねないニコルを言葉で制し、敵兵の相手をしつつ、仲間が欠けた穴を埋めるべく互いの背中をカバーしていく。
アイザックの作戦通りに二手に分かれ、この迷路のような路地の中に誘い込み帝国軍の戦力を分断させるまでは良かった。だが予想より早く敵の増援が来てしまった。
それも他の兵士よりも手強い相手、将軍に匹敵する程の兵士だ。引き連れて居たのは三名程だったが、先程まで戦っていた四名に加えて、敵戦力は八名。対して、一人失ってこちらは四名。戦力比は二対一、路地の中で前後に囲まれている格好でさらに状況が悪い。
「余所を気にする余裕があるのか、舐められたものだ」
目の前の相手は淡々と言葉を発してこちらの様子を伺っている。他の帝国兵と同じ鎧、同じ兵装、兜は鶏冠の様な装飾が為されて居るがそれ以外は同じ。
だが、こいつの放つ雰囲気、数度切り合わせての実力、駆け引きの巧さは他の帝国兵は一味違う。兜から覗く黒の眼光、表情一つ変えない鉄面皮、無機質な声色はアルムとは別種の類の物だ。
あれはただ喋らないだけで、一応の反応はよく見ればある。だがこっちはまるで機械の様な感触を受ける。同じ無愛想でも違いが出るとは全く、勉強になるな。
「なに、あんたみたいなのは慣れて居るんでな。扱い方を心得ている分、余裕があるって事だ」
「ならその余裕が何時まで続くか試させて貰おう」
次の瞬間、攻撃の態勢に入っていた。こちらの反応よりも速く懐に踏み込んで来る。
「っ、《ガド・テルス》……!」
一歩遅れて強化の魔術を自身に掛ける。《ガト・テルス》は防御力を強化する魔術。強力な物になるとアルムの炎の剣をも防ぐ事も出来る。が、急ごしらえの為にそうそこまでは防御力は望めないか。
……『強化』を受けて鎧は強度を増し。並の強化の使い手を上回るフィリクスの魔術は急ごしらえの物であっても充分な強度を付加させていた。
瞬閃。そこに敵兵の槍が繰り出される。他の帝国兵の速度を上回る槍術は強化された鎧に襲い掛かる。
「ぐっ」
二度、三度槍が鎧を穿つ。洗練された槍捌きにより放つ突きは強化された鎧であっても威力を殺しきれず衝撃が体に伝う。その威力に一歩仰け反る。
「フィリクス! ……っ!」
ニコルがこちらに注意を向けた隙を突いて敵兵の槍がニコルを襲う。それを持ち前の反射神経で躱し、距離を取る。
「大丈夫だ、このくらい……」
態勢を立て直し、得物を構え直す。胸と腹の辺りに鈍痛が残る。鎧の強化は間に合ったものの威力そのものは向こうが上か、幸い鎧は無事なものの穿たれた箇所はヒビが入っている。
「この程度では破れんか。中々の魔術だが、それで終わりなら脅威では無い」
感情を挟まない淡々とした戦力分析だ。まだ向こうの手の内を明かして来ない辺り、奴には充分勝算があるらしい。
「そうかい、なら……」
集中し、魔力を巡らせる。疾風をイメージし、疾る己を像にしていく。
「ーー我望むは疾風の健脚ーー
《スラ・テルス》!」
魔術は発現し、両脚を『強化』する。両足が軽くなり、比べ物にならない速さを得た。瞬間に距離を詰め、魔力回路の輝く大斧を振り被る。それこそ瞬間移動が如く次の瞬間には奴の懐へと斧を振り下ろす。
「ぬぅ……」
衝撃が疾った。振りかざされた大斧と敵兵の持つ大楯が衝突する。余りの衝撃に空気が激震、びりびり肌と鎧が揺れる。
……フィリクスの斧は帝国兵の持つ大楯すら両断する威力を持つが、その大斧を彼の大楯は受け止める。より高い魔力で強化された大楯はフィリクスの斧の斬撃を受け止める程に強度を高めていたのだ。
奴の盾は渾身の一撃を受け止め、やや斧の形に形状を歪めながら靭く反発している。力比べか、ならこっちも負けてはいられんなっ……!
「ほう、ここまでやるとは。
貴様、何者だ」
「俺はただの傭兵さ」
「ただの傭兵風情がここまでとは……グメイラに忠誠を誓えば相応の地位に就く事も出来るだろうに」
「お断りだ。誰がこんな虐殺紛いの軍に入るかよ」
不意に奴は力比べを止め、距離を取る。器用なやつ、あの体勢からまた仕切り直すとは。奴は再び睨みを利かす。
「残念だ。ならば貴様は用済みだ、ここで死ぬがいい」
徐々に包囲はじりじりと縮んで行く。絶対数が少ない分、囲まれればそれだけ不利な状況になる。
次第に狭まる包囲、背中を預け正面の敵に集中する。冷や汗が頬を伝っていく。
「……冗談じゃないぜ、こいつは」
大見得を切ったがこれは不味いな。アルムの奴もこうなっては居ないだろうか、二手に分かれた相棒が頭をよぎる。
せめて、ニコルだけは何とかしなければな。絶体絶命の状況の中、他人の心配をしてしまう俺は馬鹿なのではなかろうか?
自嘲気味に己の性分と巡り合わせの悪さに苦笑する。
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