嘘の、嘘
「心菜、説明させて」
「会社はどうしたの?」
私はとっくに根負けしていた。有給休暇を消化中の私は、家の中に入りきりのときもあるし、出掛けたままのときもある。けれどガレージにいつも圭介がいるのだ。
門扉に手を掛けながら、私は用心深く聞いた。
「まさか休んでるの? 友達とのつきあいは?」
聞かずにはいられなかった。
圭介から友人を紹介されたときのことだ。――こいつ、カノジョさんとつきあってから連絡してこなくなったんすよ。誘っても『カノジョさんから連絡がくるかも』って断るし。会社もせっかく希望のとこ入れたのに、全然やる気ないし。
冗談を交えて非難していたけれどそれは事実のようだった。友人の声は届かないのか、このときも圭介は私の世話ばかり焼いていた。
「圭介、よく聞いて。仕事も友達も必要で大切なの。失くしてからじゃ遅いの」
「そんなことどうだっていいし今関係ないよ。それより俺たちのことを」
「どうだってよくない」
わかってほしくて語気を荒げた。
「圭介の人生はこれから先も長いの。今ある大切なものを守ってほしいの。なにひとつ、私のために失ってほしくないの」
「心菜以上に大切で、守りたいものなんて俺にはない」
圭介は両手を反らし、踏ん張るようにしている。
「心菜だって俺だけだろ? 仕事も友達も心菜は必要ないと思ってるよな。だったら俺だって」
「――!」
体から、力が抜けた。膝が落ちそうになり壁に背中をつけた。
私は、圭介の私に対する観察眼を甘く見積もっていたのかもしれなかった。
「……それは、……それはね、圭介」
声が震えていた。
想像を超えて圭介は私のことを見ていた。そして真似てもいる。
圭介の言う通りだった。私には仕事への情熱もなく、かといって夢中になれる趣味もなく、友達もいない。だけど子供の頃は人並みに夢や希望を持っていた、友達もたくさんいた。看護師になりたかったし、バレー部も続けたかった。だけどあの日――、
若葉さんの友達が私にすべてを教えてくれたあの日に消えてしまった。
「私と圭介は、ぜんぜん……違うんだよ、私と同じところに落ちる必要なんてないの、きれいなまま生きて行ってほしいんだよ……」
私はあの日から他人と深く交われなくなった。特に同性とは一線を置くようになった。怖くなったのだ。薄っぺらな、悪魔のようなこの性質はいつも見破られているに違いない。そうしてある日突然、“名もなき正義”から断罪されるのだ。私がしたことの何もかもを知っていたのに、何事もなかったみたいに笑っていた若葉さんが私を許さない。私の罪を唐突に白日の下に晒した見ず知らずの女が、いつも私を見張っている。
「もう帰って。二度とここへは来ないで。私たちは終わったの」
伸びてくる手から逃げた。
やっぱり私は、圭介にだけは嫌われたくない、だから本当の私を知ってしまわないでほしい。
「帰って! 帰ってよ!」
「落ち着いて、心菜」
「私の言ってること分からない? もう来ないでって言ってるのに!」
「――――ココ」
蹲る私の耳に道哉の声が聞こえた。
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