第2話

週に一度のカラオケレクの時間、機嫌さえ良ければ明るく盛り上げてくれる中原さんに進行をお願いした。

業務に走り回りながら様子を見ていたが、今日はえらくご機嫌で、イントロにナレーションを入れながら懐メロを流し、入居者も喜んでいた。あらまあ、なかなかやること、と安心し業務に専念していたら、何やら聞き覚えのあるメロディーが聞こえてきた。英語?

中原さんが「ホテルカリフォルニア」を熱唱しているのだった。

ちょっとちょっと、そんな誰もしらない曲を・・・と思ったのだが、ウケている。女性の入居者が、きゃーきゃー言っている。

うまいのだ。ノリノリで歌っている。歌がうまければ何でも喜ぶんだなぁ、別に懐メロばっかりやる必要ないんだ、中原さん、初めていいことしたね、と感心したのも束の間「じゃあ次はレッド・ツェッペリンね」と。

老人ホームで「天国への階段」はちょっと…

しかし、美しいギターのアルペジオに入居者はうっとり。押さえ目のシャウトで歌い上げ、拍手喝采を浴びて益々ご機嫌な中原さんなのだった。


「中原さん、ありがとうございました。歌、上手なんですね」

「俺、昔バンドやってたんだよ。今度ギター持って来てやるよ」

「まあ、素敵。じゃ、今日は上がってください。お疲れ様でした」

「なんだよ。まあ素敵、って。もっとこう、え、じゃあモテたでしょ、とか、きゃーカッコいいとかないの?まゆみちゃん」

「あゆみです」

「ねぇ、あゆみちゃんだけ何で下の名前で呼ばれてんの?」

「他に伊藤が二人いるからです」

「ふーん、伊藤まゆみか」

「あゆみです」

中原さんは、じゃあね、と帰っていった。なんだかいつも帰りたくなさそうなのは気のせいなんだろうか。

いつもスタッフとしゃべりたそうにしているが、みんな忙しくて構っていられない。

基本、若年性認知症支援の雇用は3時間に設定している。認知症がある場合、体力はあっても様々な機能低下をなんとか気力で補いながら気をはって行動するため、非常に疲れてしまうと考えられるからだ。

他の二人はそうだ。時間になるとほっとしたようにニッコリ笑い、みんなにお礼を言って帰って行く。それでも顔には疲労感が浮かんでいる。間違えないように、忘れないように、必死なのだ。

でも、彼らにとっては、ここでの3時間の仕事が社会との繋がりを支えているようだ。

中原さんはというと、覚えようとか間違えないようにしようとか、全く考えていない。何を頼んでも「わかんねぇな」とすぐあきらめてしまう。

病気が進行しないように、とも思ってなさそうに見える。「投げやり」というかんじ。

しかし、休むことなく毎日早く来る。まあ、早く来ても外の喫煙所でタバコを吸っているのだが。

そして入居者に話しかけては楽しそうに笑っている。たまに居室に入って話し込んでいるときもある。

この前、商社の役員だった男性の部屋で長々話していた。後でその男性入居者に聞いたら、投資について意見交換をしていたという。

「いやぁ、久しぶりに話のわかるやつと話しておもしろかったよ。呑みに連れてってやりたいくらいだ」と。

中原さんには決まった仕事を頼むことはできないが、まあ「話し相手」という入居者が一番必要としている役割を果たしているようなので、徐々に他のスタッフにも受け入れられてきたようだ。人を見下したようなしゃべり方は相変わらずなのだけれど。

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