ダメ男と介護士の恋
バーバレラ
第1話
プロポーズをしたら断られた。
彼はキスどころか手を握ってくれたことすらない。歩くときはいつも私が腕を絡めて歩く。それだけだ。
でも、彼が私を必要としていることも、彼が私に愛情を感じていることも、私には手にとるようにわかる。
なのに、なんでだめなんだろう。なぜ彼は私を遠ざけるのだろう。
自分が認知症だというだけで。
彼との出会いは、私が勤める介護施設で若年性認知症患者の就労支援を始めたことからだった。
会社の方針として、高齢者だけでなく若くして認知症を発症した人の支えになりたいという思いを制度化したのだ。
会社が経営するいくつかの老人ホームで、 若年性認知症の人をパート職員として雇い、簡単な仕事をやってもらうことになった。
私が勤める老人ホームでも、3人の若年性認知症患者を雇った。ひとりは50歳の女性、主婦の杉山さん。清掃担当の職員について働いている。やることを自分で決めることはできないが、言われたことを言われたとおりに、丁寧に丁寧にやっている。笑顔がかわいらしいお母さん、といった感じだ。
もうひとりは60歳の男性、小野さん。車の整備はお手のものだ。小野さんのおかげでホームの送迎車はいつもビカビカだし、空気圧も万全だ。二人とも、本当にいつも一生懸命だ。認知症を抱えながらいつも前向きに生きている。すごいと思う。私にはきっとできない。
もうひとりが中原さんである。彼だけは他の二人と違った。
私たちは「人助け」だと思っていたので、当然感謝されると思っていた。 他のふたりはそうだった。どんな仕事でも文句ひとつ言わず、謙虚にひたむきにやり、失敗もときにはあったが めげることなく笑顔をたやさない。いつも私たちに感謝の言葉をなげかけ続けている。感謝しているのはこちらなのに。
中原さんときたら、文句は言う、失敗するとすぐ投げ出す。そして「俺はどうせ認知症だから」と開き直って謝りもしない。
何を頼んでも中途半端で真剣にやろうとしないので辞めてもらおうかとも思ったのだが、以外にも入居者の受けは悪くなくて、特に女性に人気があるので、とりあえず来てもらっている。
背が高くて、まあイケメンと言えなくもない。頭はきっといいのだろう。どこだかの商社でえらい人だったらしい。バブル時代に株で儲けて相当お金もあるらしい。
自慢話が多いのでなんとなくそんな過去をもっていることは知っている。
プライドは高いけどストレス耐性は低い、めんどくさいバブルの残骸。それが中原さんの第一印象だった。
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