第25話「一件落着」

 その後


「皆さん本当にごめんなさい」

 サキは皆に向かって頭を下げて謝った。


「いや、もう済んだことだしな、気にするなよ」

 バンジョウはサキの頭を撫でてそう言った。

「そうよサキちゃん、あんたが辛かったのはわかったからいいよ」

 イリアは手の平を扇ぐように振りながら言った。

「これからは皆で仲良くしましょうね~」

 セイラはサキの手を握って笑顔で言った。

「う、うん、ありがとう」

 サキは涙目ながらも笑顔になった。


「さてと……あの、守護神様」

「エミリーって呼んでくださいな~。で、何ですかガイストさ~ん?」

 エミリーはのんびりした口調で尋ねた。

「ではエミリー様、いろいろ聞きたい事があるのですが」

「ああ~そうですね~、どれからお話しましょうか~」

「ねえ、お話はお家でしようよ。ボクお腹すいたし」

 セリスはガイストの腕を引きながら言った。

「ああ、そうだな」


 一行は家に戻って体の汚れを落とし身なりを整えた。

 そして

「さて、じゃあお話しましょうか~」

 一行はちゃぶ台を囲んで座ってエミリーから話を聞くことにした。


「では、まずこのタカマハラという場所は何なんですか?」

 ガイストが手を上げて尋ねた。

「えーとですね、ここって私の管轄ではありますけど~、実はいくつもの世界の中継地点みたいなとこなんですよ~」

「えええ!?」

 一行は大きな声で驚いた。

「驚いたでしょ~、あ、タカマハラの事は他の世界でも何かの形で伝わってるかと思いますよ~」

「あ、ああ。俺の世界では伝説の聖地として伝わってる」

 バンジョウが答えた。

「ああ、たしかにここって聖地かもしれませんね~」

「じゃあ私がお父さんとお母さんがいた世界へ簡単に行けてたのは、それでだったのですか?」

 サキがエミリーに尋ねた。

「あ~、簡単に行けたのはサキさんの力が凄すぎだからですよ~、そんな事は高位の術者でもそう簡単にできませんもの~」

「え、そうなんですか?」

「そうですよ~。まあ向こう側が受け入れやすくしているのもありますけどね~」


「サキちゃんはご両親の世界とここを行き来してたのか?」

 ガイストがサキに尋ねた。

「はい。食べ物や雑貨などをたまにあっちに買いに行ってたんです。両親は私達が大人になるまで生活に困らないくらいのお金を貯めてくれてましたし」

「そうだったのか」


「あのー、サキちゃんとセリスの両親の世界ってどんなとこなの?」

 イリアが手を上げて尋ねた。

「えーと、ここと違って魔法や気の力はほとんど衰退してますけど、その代わり学問や技術力が凄く発展していますよ~」

 サキの代わりにエミリーが答えた。

「へー、そんな世界もあるんだ。じゃあこの家にあるものってその技術でできたもの?」

「ええそうですよ~、少し魔法や秘術も混じってますけどね~。というかイリアさん、あなたのご先祖様も元はその世界の住人ですよ~」

「へえ……えええええ!?」

 それを聞いたイリアは驚き叫んだ。

「今から三百年くらい前でしたかね~? あなたのご先祖様、チヨさんはとある事が原因で偶然この世界に辿り着いたんですよ~」

「た、たしかにご先祖様のチヨ様は異世界から来た人だとかいう話はあったけど、本当だったんだ。あの、チヨ様は元の世界に帰れなかったの?」

「いえ、私が彼女を元の世界に帰そうとしたら『ここでいいオトコ見つけたいから帰さないで!』って断られまして~。まあ、本人がそう言うならと思って~。そして見事に当時No.1の大魔法使いと結ばれちゃいましたね~」

「そうなんだ。あの、ところでとある事って?」


「……科学の実験で大爆発が起こってです。てか何で惚れ薬作るの失敗して時空の歪ができるくらいの大爆発が起こるのよ? 後で知った時、何度強制的に送り返そうかと思いましたよ」


 それを聞いたイリアは脱力していた。


「あのさあ、俺をこの世界に呼んだのはエミリー様なのか?」

 バンジョウが手を上げて尋ねた。

「違いますよ~。私もついさっきわかりましたけど、ある方達がこの世界にあなたを呼んだんですよ~」

「え、誰だよそれ?」

「サキさんとセリスさんのご両親ですよ~。……お二人は魂だけになった後、別の世界にいたあなたを見つけ出してここへ。セリスさんを守ってもらうために」

(ご両親、俺がどれほど役に立てたかわからんが、なんとか終わったぞ)

 バンジョウは心の中でセリス達の両親に語りかけた。

「あ、帰りは私が送ってあげますからね~」

「あの、俺、平和になったこの世界を旅してみたくなった……いや」

「ええわかってますよ~。でもずっとはダメですよ~」

「ああ、いずれは帰るよ。ってあれ? 俺がずっとこの世界にいるのは何か不都合があるのか? イリアの先祖はよかったのに?」

「ええ、あなたをこのまま置いとくと、いつかセイラやセリスさんが襲われそうですから~」

「だから本気でやらねえって」

「冗談ですよ~。本当はあなたがこのまま帰らない事になったら歴史が狂っちゃうんです。ここや元の世界だけじゃなく多くの世界の歴史が」

「え? 俺がいないとそんな事になるのか?」

「ええ。あなたが今編み出そうとしている武術、それが遠い未来で多くの人の助けになるんですよ。そしてそれは元の世界で始めないと、やはり歴史がおかしくなっちゃうのです」

「そ、そうなのか。うん、わかった。絶対に完成させてやるぜ。って、まだ流派の名前決めてないや」


「……『武天流』というのはどうだ?」

 ガイストが少し考えた後で言った。

「お、それいいな」

「へー、格好いいじゃん。ねえガイスト、それ何か由来でもあるの?」


「いや、何となくだがこれがバンジョウのイメージに合ってると思ってな。どうだ?」

「ありがとよ、遠慮無く使わせてもらうぜ。よし、これから俺の流派は武天流だ!」

 バンジョウはガッツポーズを取り、決意を新たに言った。


「あのお母さん、どうしてお父さんと一緒にいちゃいけなかったの?」

 セイラがおそるおそる尋ねた。

「それはね、その昔一人の精霊とある人間が結ばれたのだけど、その二人には悲劇が待っていたの。詳しくは語れないけど……その悲劇の後に神々や精霊達の間に人間と結ばれてはいけないという掟ができたのよ。でも私はあの人と出会い結ばれ、そしてあなたが生まれた。私はなんとか認めてもらおうとしたけど、ダメだった……ごめんね、セイラ」

 エミリーは目を潤ませてセイラを抱きしめた。

「じゃあ、わたしはお母さんと一緒には暮らせないの?」


「あー、エミリー様。よろしいかな?」

 エミリーの後ろから男性の声がした。

「え? ……あ、あなたは!?」

 振り返ってその男を見て驚いた。


「も、もしかして」

 バンジョウがその男を指さしながら立ち上がった。

「彦右衛門様?」

 ガイストも立ち上がってその男の名を呼んだ。

「そうだ、拙者が彦右衛門だ」

 セリスとサキの先祖、石見彦右衛門がそこにいた。


「うわあ、御伽話の通りの姿だ」

「え、え? あの、てことは幽霊……キャアアア!?」

 イリアは震えながらガイストに抱きついた。

「落ち着けイリア、セリスとサキちゃんのご先祖様なんだから害があるわけないだろが(それと胸が当たって理性が飛びそうだ)」

「わかってるけどそれでも怖いのよ~!」

 どうやらイリアは幽霊が苦手だったようだ。


「あのご先祖様、なぜ姿が見えるのですか?」

 サキが彦右衛門に尋ねた。

「ああ、お主とセリスの力を少し借りて体を作ったのだ。今の拙者は魂だけだからな」

「え?」


「彦右衛門様、あなたいったい何者ですか? ただの人間では……いやもう亡くなられてるからそう言っていいものか? とにかくあなたは」

 ガイストが尋ねると

「ああ、拙者は生前はただの人間だった。けど死後にうちの世界の守護神様が『自分は人間に生まれ変わりたいから後を継いでくれ』などと言ってきてな。何度も断ったがしつこくて、ついには無理矢理ご自分の力を全部拙者に寄越し、ドロンと消えた……まあそんな訳で今は拙者が守護神をやっているのだ」

「そんなんでいいのですか?」


 彦右衛門は沈黙していた。


「あ、あのさあ、何で俺の世界で彦右衛門様の事が御伽話になってんだ?」

 バンジョウが彦右衛門に尋ねた。

「ああ、それはたまたま拙者の世界の事が、そちらの御伽話の作者に見えたのであろうな」

「じゃ、じゃああの河童も実在してたのかよ?」

「あやつはまだ生きてるぞ。もう千歳になったかな?」

「何でまだ生きてんだよ? 人間になったんじゃなかったのかよ?」

「今は言えぬが、後に知る事になるだろう」

「え?」



「ところで彦右衛門様~、なぜ実体化されたんですか~?」

「それはこれから話す事を姿を見せずにしては失礼かと思いましてな。ではエミリー様、最高神アマテラス様があなたに下したお裁きを申しますぞ」

「え?」

 エミリーは後退った。

「ご先祖様、セイラちゃんのお母さんをどうするの? ねえ」

 

 ヒュゴォォォォ……

 セリスの全身から凍えるような冷たい気が吹き出す。


「人の話は最後まで聞け! 見ろセリス、サキや友人達が怯えているではないか!」

 彦右衛門が言ったとおり、全員その場で顔を真っ青にして震えていた。

「あ、皆ごめんね」

 

 セリスは冷気を引っ込めた。


「(下手したら妖魔よりこやつの方が危ない気がする)ではエミリー様、あなたは力を封じたのち、向こう五十年の間、天界などの神や精霊に関わる世界への出入り禁止処分とする。そしてその間は人間として暮らすように、との事です」

「え? あの、それって?」

 エミリーはそれを聞いて戸惑いながら尋ねた。

「まあ、そういう事ですよ」

 彦右衛門はにこやかな顔で答えた。

「じゃあ、私はセイラと一緒に暮らしてもいいと。人間としての天寿を全うするまでは」

「そうでしょうな。ああ、あなたが人間でいる間は拙者がここの守護神を兼ねますのでご安心ください」

「はい……よろしくお願いします」

「お母さん!」

 セイラがエミリーに抱きついた。

「……う」

 エミリーはセイラを抱きしめて泣いた。



「よかったねセイラちゃん」

「本当にね。ねえセリス、一緒にセイラさんと遊んでもいい?」

「うん、いいよお姉ちゃん」



「これで一件落着か」

 ガイストは顔に笑みを浮かべて言った。


「そうだな。さて、拙者はこれにて。皆様方、セリスとサキをよろしく頼みますぞ」

「はい、わかりました。彦右衛門様、いろいろありがとうございました」

「うむ、では」

 彦右衛門は姿を消した。



「ねえ、今日は皆でパーティーしない?」

 セリスが皆に言うと

「それいいわねー。世界が平和になったんだしね」

「じゃあ私が料理作りますね」

「サキさん、私もお手伝いしますよ~」

「わたしもお母さんとサキさんと一緒に作ります~」

「じゃあ俺とセリスとガイストで部屋の飾り付けでもするか」

「そうだなバンジョウ。セリス、道具とかどこにあるか教えて」

「うん! こっちだよガイストお兄ちゃん!」



 その夜は遅くまで部屋の灯りがついていて、笑い声もずっと聞こえていた。

 

 そんな別の世界の古き良き時代のような光景がそこにあった。

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