そういう、あなたもね

Side B

6月1日(水) 放課後


 私は、中庭の一角に来ていた。こんな場所があったなんて知らなかった。なんでそんな場所に来ているかと言うと、下駄箱に手紙が入っていたから。


 『放課後、次に示す場所に来て』


 怪しすぎる。女を呼び出すのが女なんて。なんで女と思ったかは、勘だけど。

 そして来た。だって気になるじゃない。


 そこにあったものはただ一つ、パイプ椅子が置いてあるだけ。まさかここに座れと?

 そう考えて、もう一歩踏み出してみようかと思ったら、足が、体が動かなかった。


「よく来てくれたわね、あんな手紙で。やっぱり私を馬鹿にしているの? それとも、これすらあなたの策略?」

 目の前には、いつの間にか人がいた。どこかで聞いたことのある声。朝倉……涼子……

 私は固まったまま、椅子に吸い寄せられて行き、いつの間にか座ってしまい、また固まった。そして私の周囲は、いつの間にか妙な色の壁で覆われていた。

「長門さんは来ないわ。あなたの大事な人の方に向かっている筈だから。それにこの障壁は一か月かけて入念に張り巡らせた特別製のもの。そう簡単には破れない……」

 大事な……人……ま、さ……か……

「でもね、あっちに残してきた力は20%程なの、残りの力は私にある。その力で、あなたを……!」

 や……め……て……

「ねぇ、佐々木さん…… 今この場所でなら長門さんの干渉はないの。だから、私の正直な気持ちを言うわ。あなたに。


 私は、ここが大嫌いなの。この


 『物理法則と遺伝子が支配する世界』、


 『原因と結果の織りなす連続体』、


 『五分前に世界が出来た事を証明できないために、疑う事を疑うスパイラル』、


 あなたたちが何と呼ぼうが、何を考えようが、何を発信しようが勝手だけどね。私はもうこれ以上耐えられない。


 その、目よ。


 あなたのその目に覗かれるたびに、私は自分が、ものすごくちっぽけな存在に感じられる。私が最も嫌がることは何か、どこに弱みがあって、何が足りないか、何を求めているか、そして私たちがこの先どうなるかを、すべて見抜かれているような恐怖を覚える。


 私があなたの『信念』なんてものに感染したんじゃないか、なんて心配でたまらなくなるの。本当にくだらない。


 私はここを出る。この閉塞感に溢れた希望も絶望も無い、プラスマイナス・ゼロの世界を。自由になるの。その鍵はこの頭の中に。私の鍵よ。涼宮ハルヒの謎を解き明かせば、私はここを出られる。どこまでも行ける。解るわよね?


 あなたの秘密を教えなさい。涼宮ハルヒの謎に迫れる『何か』を。教えないなら、あなたの全てを素粒子レベルに分解してでも探し出すわ……」

 ピピピピピ―――と音がして、朝倉さんが私から離れる。そして、ドゴォーン! と音がして、土煙が舞う。何が起こったの……?


「起きなさい、灯! 出番よ!」

「ふぅぁ……おはようございます……じゃない!? そ、そうだった!?」

 朝倉さんの後ろの地面がはじけ飛び、そこから灯と望さんが現れた。ど、どういうことなの……?


「どうして……? 私達と同じヒューマノイド・インターフェイスでないかぎり、この空間には干渉できないはずなのに……」

 朝倉さんも驚いているみたい……


「干渉は、していないわ。強敵と書いて『とも』と読む人たちの助けを借りたの」

「どういう意味?」

「私たち二人は、みくるちゃんに一年前のこの場所に連れて来てもらったのです。そして長門さん特性の時間凍結寝袋にくるまり、この瞬間まで眠り続けました。ピンチにかけつけるタイミングまでぴったり。宇宙人、未来人、恐るべし!」

 朝倉さんは、ほんの少しだけ後ずさりした。そして、彼女の周りの空間で何かが揺らいでいるように見える……


「解析完了。まったく、武器も装備も持たないでどうやって彼女を助けるつもり? どうして、刀と一緒に冬眠しなかったのかしら? 丸腰で私を倒せると思ったの? 見くびられたものね」

 そう言って朝倉さんは、何かを体から撃ち出した。マシンガンのような連射攻撃。望さんは後ろに下がり、灯が腕でそれを弾く。ものすごい速さだ……

 望さんは私の傍に来た。私をかばう様に朝倉さんとの間に立ちふさがる。

「サイボーグの力なら、装備が無くてもなんとか私の攻撃を防げるみたいね。でも、それももう限界。このまま押し切れば、あなたは粉みじんよ」

 すると、望さんが強い口調で言う。

「攻撃は武器兵器に限ったことじゃないわ。道具は、使い方次第で毒にも薬にもなる」

 何かを取り出した。

「これは、未来の友から託された最新兵器。その名は『ラジオ』よ!」

 次の瞬間、辺り一帯に何かの音が響いた。音といっても、聞き取れるような感じじゃない。なにか鳴っているようなことが分かるくらい。そして10秒ほど経った時、周囲にあった妙な色の壁が破れ、そこから光が差し込む。

「な、なぜ……? どうして……?」

 朝倉さんが頭を押さえてふらついている。そして灯から声がした。


「そして、単独では力が無くても、混ぜれば変化も起きるのです!」

 そう言うと灯は眼鏡を両手で持ち、握りつぶした。

 一気に朝倉さんとの距離を詰め、握った拳を朝倉さんに振るう。

 右手で「赤と!」

 左手で「緑を!」

「混ぜて!」飛び去った。


 朝倉さんは動きが止まった。そこから、わずかにうめき声が聞こえる。それはだんだん大きくなり、からだからオレンジ色の光が見える。それもだんだん大きくなり強烈な閃光と共に、朝倉さんの全てが燃え尽きた。


 体は自由に動くようになったみたいだけど、なんだか、フラフラだ。傍に灯が来て、私を支えてくれた。

「やはり耐え抜いてくれましたか! さすがですっ! マスター!」

 灯は私を抱きしめ、結構強く締め付け、背中をバシバシ叩いた。あだだだだ……

 その後、少し休み、歩きながら色々教えてくれた。


「事前に防ぐことが出来れば良かったのですが、宇宙も未来も変化が大きいらしく、どうにか見つけた情報で、対抗策を用意するのが精一杯だったと……」

充分だよ、本当に。ありがとう……


「長門さんは、キョン殿の方に向かった朝倉涼子に対抗するため、90%の力で向かって行ったそうなのです。そして残りの10%を、あの干渉電波のジェネレータとして我らに託してくれました」


「私の頭ではすべて理解はできませんでしたがね、望さんが使ったラジオは、未来の技術で、コンマ一秒先の未来からの電波を受信することが出来るそうなんです。そして、スピーカーから出る音で障壁の内部の空間に変化を生じさせる。


 長門さんの力なら、攻撃する力を押さえて、障壁をすり抜ける電波も作り出せるようです。託された干渉電波のジェネレータを、外側に配置した私のブレイズ・ブレイドに埋め込んで、そこから電波を放出。共に託されたアプリで、ブレイズ・ブレイドが、内部と共に変化する外側の空間と、放出する電波の差を解析しつつ、電波に乗せるエネルギーを変化させる。


 そして障壁に偏りを生じさせ、極端に薄くなる場所を作る。そこに向けて電波とエネルギーを集中させていく。そうやって障壁を打ち破り、内部にエネルギーを送り込んで朝倉涼子の力を弱める……みたいな話でしたね」


 ふーん。なんだかすごいね。私達みんなが協力したら、世界を救えちゃうんじゃないの?


「そして、私が使った眼鏡のつるを混ぜたもの。あれも正確には武器兵器の類では無いそうなんです。


 赤は朝倉涼子に流れるエネルギーや情報などの『流れを良くする』もの。


 緑はそれらを受け取る際の『抵抗を減らす』というもの。


 それらを、ものすごく強くしたんだそうです。


 そうすると、エネルギーが最も流れやすいポイントにいる朝倉涼子に、エネルギーが集中して流れる。


 そして抵抗が弱い分、受け取るだけ受け取ってしまう。そうすると『熱暴走』というものが起きる。そんなわけで、撃退できたそうです。良く解りませんな……」


 うーん、私も……。でも、なんだか、すごい!

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