素章
空っぽとは、いっぱいの反対だ。
Side B
6/2(木)朝
キョンと一緒に坂道を上る。話しながら上るといつの間にか学校に着くから良いんだよね。
「長門さんと灯が、両方とも眼鏡をはずしちゃったから一気に雰囲気が変わったように感じるよ。考えてみれば、何で眼鏡かけていたんだろうね、あの二人」
「そうだな、視力の調整はいくらでも出来そうだし。もしかしたら、特殊な機能があったのかもな。『伊達眼鏡』なんてネタも仕込んでそうだからな」
校門を過ぎた時、遠くから奇声が聞こえた、そしてだんだん大きくなり、近づいてくる……
「マイスター! せ、窃盗事件ですっ! いや、誘拐ですっ! 私の大切な友がっ! い、い、愛しいしとぉぉおーーーー!!?」
望さんが地底で過ごしていた亡者の様に私にすがりついてくる。
「の、望さん、ど、どうしたの…… お、落ち着いて、ね、ね?」
私は、望さんの頭や背中を撫でたり、一緒に深呼吸したりして、落ち着かせた。途中からキョンも手伝ってくれていた。
「私が持ち歩ている、お守りみたいなものなんですけど…… それが、消えてしまったんです。入れていた袋ごと…… で、でも、おかしいんです。袋にはちゃんと紛失警戒や盗難防止用の魔術をかけておいたのに…… 解除方法は私しか知らないのに…… 無理に引き離せば何らかの痕跡が残るはず…… 一体どうやったのか…… うーぬぅ……」
望さんは、また怪しい表情になって来た。それで私は、
「う、うん。それは、大変な事態だね。酷い話だね。うん。探してみるよ。だ、だから色々教えて? ね? で、でもさ。また作ろうよ。私もやる。私にも魔術師の素質があるんでしょ? だったら、作り方を教えてよ。一緒に作ろう? ね?」
そう言いながらキョンと別れ、望さんと一緒に校舎へ向かった。
Side A
6/2(木)昼
朝からすごいものを見てしまった。しかし、もう慣れてきてしまった。ちょっと異常な感じだけど、それを見ているのも面白いような…… これは不謹慎か。
昼食の後、中庭をぶらついていると、なにやら異形の……じゃない。上杉さんが居た。
「……ふぅ、ふぅ……ギッ!」
上杉が俺を睨んだ。
「こ、こんにちは……見つかりましたか? そのお守り」
「ま、まだよ…… 私の『ウィル・ロック(Will Rock)』はどこに……」
うぃる・ろっく?
「ロックって言うと、大きいんですか、お守り?」
「いいえ、大きさは、その辺に落ちている小石くらいよ」
「……なら、ストーンなんじゃないですか?」
「いいじゃない別に! 何かの曲に影響されたわけじゃないわよ!」
「は、はぁ?」
その後、上杉さんの話に興味が湧いたので、しばらく聞いていた。
その『ウィル・ロック』というのは『意志の石』という意味らしい。
毎日自分の魔力を少しずつ込めて、お守りにしておく。
今の自分には何か明確な使用目的は無いが、こうしていると少し落ち着くので、毎日続けている、と。
そして、
「あ、あなたに頼みがあるの……」
「頼み? 何です?」
「こ、これを……」
メモ帳とペンを渡された。
「私はこれから、トランス状態に入って、予言を語るモードになるわ。その時私の口から語られる言葉をメモしてもらいたいの。私くらいの力の者だと、占いという感じだけどね」
「占いに予言……やっぱり、魔術師がやると、未来を言い当てる何かがあるんですか?」
「あるわけないわ! とりあえず何かのきっかけが欲しいだけよ! どうにかなって結果オーライならそれでいいの! 後からどうにでも言えるの! だからやるの! 悪い!?」
「べ、別に…… あ、やりますよ。はい。準備できました」
上杉さんは、椅子に座り深呼吸してから、声を上げた。
「はあああぁぁぁ…… きえあぁぁぁぁー!! けふっ
揺らして回る 意志の石は
七つ目の音に 助けられ
十二の入れ子の 奔流を
回りながらも 滑り行く
繰り返される 旋律は
重さと速さを 極めんと
固い岩をも 巻き込んで
重き鋼と 化すであろう
……かはぁ。ど、どう?」
「……さあ?」
俺は、書き留めたメモを手渡した。
「どうです? 何かわかりますか?」
「……さっぱりわからないわ。これじゃ、ジャンルの一つに傾倒した者の、ただの妄言よ。これで終わらせてなるものか!」
また、上杉さんは走りだした。元気な人だ。ほんと……
俺が地面に落ちたメモを拾うと、どこからともなく朝比奈さんが駆け寄ってきた。
「キョン君! そのメモ、ください!」
「ええ、いいですよ。どうしたんですか?」
「ええと、その、指令が来て…… 今後の可能性も考慮し、そのメモが、どこかの時代に置かれる事は避けねばならない。ということで……」
「ほぉお?」
何だかわからないが、俺はそのメモを朝比奈さんに渡した。
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