ブラボー! 一人じゃ出来なかったんだ

Side A

6/2(木)放課後

 最近のハルヒは、なんだかこう、普通の女子だ。もちろん相当目立つのには変わりないが、なぜかそう感じる。長門や古泉、朝比奈さんとの会話も、こう、棘が無い。何だろうな、これ……

 俺が長門とオセロで遊んでいると、全員が示し合わせたように「急用が出来た」と言って帰って行った。そして長門はハルヒを伴って何処かへ行く。一緒に下校か? まあ、それもいいか…… 俺の傍を通る朝比奈さんが、机の上に本のしおりらしきものを置いた。そこには、「みんなが帰っても、部室に居てください」と書かれていた。指を口に当てて、声に出さないように促している。ううむ……


 それで、俺が一人部室に残っていると、コンコン、とドアがノックされる。「どうぞ」と俺が言うと、失礼します、と幼い声がして、朝比奈さんが入って来た。


「あ、あの、突然すいません」

「いや、大丈夫ですよ。えーと、それで、何でしょう?」

「は、はい。あのー、私と時間遡行してほしいんです。つまり、過去に一緒に行ってもらいたいんです」

 か、過去か…… そういえば朝比奈さんが時間を移動するようなのは見た事が無かったな。そして、それを俺も体験できると。ほう。

「は、はい。いいですよ。行きます」

「ありがとうございます!」

「それで、『いつ』へ行くんですか?」

「二日前です」

 そりゃまたずいぶんと……近いな?


「そして、探し物をして欲しいんです。あの、これを……」

 そういって朝比奈さんは、紙を差し出した。すごく、くしゃくしゃになっている。相当な時間が経っているか、たくさんの人が触ったか…… うん? いや、ちょっと、これって……


         揺らして回る  意志の石は


         七つ目の音に  助けられ


        十二の入れ子の  奔流を


         回りながらも  滑り行く


         繰り返される  旋律は


         重さと速さを  極めんと


          固い岩をも  巻き込んで


           重き鋼と  化すであろう


 昼休みに俺が書いたメモじゃないか。俺の字だ。だが、さっきの紙じゃない? いや、同じなのか…… うーん、わからん。


「あの、私は何も知らされていなくて、その、分からないんです」

「ええ、信じますよ。で、これを手掛かりに探すものって……まさか……」

「そうです。上杉さんの『ウィル・ロック』なんです」

 ……? 無くなったものを探すのに過去へ行くのか? まあ、それも一理あるが、さっきの予言が示すのは未来に起こることじゃないのか? 過去の事は予言っていうんだろうか…… うーむ、わからん。

「あ、あの、お願いできます?」

「あ、はい。やりますよ。それで……」

 その時、腕がビクッとなって止まった。朝比奈さんもビクッとなった。朝比奈さんに謝りながら、本棚を見る。

 昨日、佐々木が、少しの間本棚を見つめていたよな。さっきその辺が目に入った時に何か……

 そして俺は気付いた。そこにあるものを取り出してみると……何もない……

 いや……これで良いんだ。俺は出したものを戻し、不安な顔をしている朝比奈さんの所へ向かう。

「あ、すいません。それで、どうすれば良いんですか?」

「えーと、ちょ、ちょっと待ってください。あ、良かった……ちょうど五時です。……それじゃ、あの、目を閉じて、両手を出してください」

 俺は言う通りにした。俺の手に朝比奈さんの手が重なると……


5/31(火)

「はい。もう、目を開けて大丈夫です」

 ……ん。もう着いたのか……二日前ってことは、五月三十一日……光の感じが違う……朝か?

「は、はい、着きました。二日前の今、八時です。えーと、すいません。私、ここまでの情報しか与えられていないんです。手掛かりは何も……」

 いや、たぶんあれは……

「ちょっと待っててくださいね」

 そう言って俺は、さっきの……さっきでいいのか? まあ、とにかく本棚へ。

「やっぱり、今もこうなのか……」

「何なんですか? この本棚に何か……」

 この本棚は、長門の趣味の増殖と共に混沌としてきたのだ。小説だけにとどまらず、マンガにDVDにCD。そして、誰の趣味だか良く分からない実用書なんかも混ざってる。まあ、それはそれとして……

「この部分です。この七つっていうのかな……」

 俺が指差したところに並ぶもの。左から


 太陽の簒奪者

 月は無慈悲な夜の女王

 火星年代記

 オペラ座の夜 [CD]

 2001年宇宙の旅 [DVD]

 人形つかい

 2001年宇宙の旅


 これでピンとくる人間って、物凄く限定されると思いますけどね。俺しかいないんじゃないか……」

「あ、あの……」

「これ、曜日ですよ。きっと。

 太陽と月は日と月でしょう。

 で、火星は火

 オペラ座の夜っていうのはクイーンのアルバムで、クイーンのヴォーカルがフレディ・マーキュリー。マーキュリーは水星だから、水。強引過ぎる……

 映画の2001年宇宙の旅は、目的地が木星だから、木

 人形つかい、という小説の重要な要素が金星、だから金

 小説の2001年宇宙の旅は、目的地が土星だから、土

 だと思うんですけどね」

「ほぁー……」

 そして俺は、それらを取り出す。これで外れだったら、滅茶苦茶恰好悪いぞ……どうだ……?

「うん? 何だこれ?」

 取り出したところに、小石が一つ。それと本がもう一冊。

「これなのか?」

 俺がそれを取り出すと、朝比奈さんが声を上げた。

「あ、そ、それです! そうです! すごい!」

 すると、朝比奈さんは懐から上品な巾着袋を取り出した。それで持って帰れるように用意してきたんだろう。俺はその中に小石を入れた。このサイズじゃ、ロックとは言わないよな。

 そして、奥から出てきたもう一冊の本、タイトルは『月の影 影の海』の上巻か…… って、おい、これは、まさか……

 本をパラパラとめくっていると紙が出てきた。貸し出し期限とかが書いてある。ああ、あの図書館か。そこにもう一個ある、ということか?

「朝比奈さん。次の手掛かりみたいです。図書館に行きます。たぶん今から行けば九時を過ぎると思うんで、行きましょうか」

「はい。あ! どうしよう! 靴……」

 そうか、今この時間には、俺達が二人ずついるわけだな。この時間ならもう学校に来ていたと思うが、俺が持って行くと、俺のが消えて、消えた記憶が無いからダメなのか……頭がくらくらしてきたぞ……

 その時、ピリリ、と音がして朝比奈さんが何かを取り出して、それを操作している。後ろを向いた。見られるとまずいのかな。

「あ、あの、えーと。この時間の自分たちの靴を持って行っていいそうです。上の人が、さっきまでいた元の時間平面の下駄箱から、こっちに持ってくるそうなので」

 へえ、そんなことができるのか。でも、何でタイミングよくそれを知らせてくれるんだ? 見てるのか? 未来から?


 考えても答えは出ないと思ったので、俺は朝比奈さんと図書館にやって来た。日本の小説のコーナーの……あった。シリーズが揃ってる。ちょうど一冊無いから……

「お? あった。それと……」

 石に何か貼り付いている。とにかくそれを剥がして朝比奈さんに石を渡す。なんだか興奮してないか? 朝比奈さん。

 で、張り付いていたものは小さく折りたたまれた紙で、広げると、写真だった。

「えーと、これは、あそこじゃないか? 光陽園駅前公園」

「あ、そうです。私、よく見ます。この滑り台」

 滑り台の傍にマジックで書かれた丸がある。つまり、ここに埋めたって事か?


 俺達は、公園に向かう前にさっき持ってきた本を返しに行った。よく見ると、紙に印刷された貸し出しカードの名前は『朝比奈みくる』となっている。未来人の遊び心か、嫌がらせか……未来の朝比奈さんかな……。それにしても借りたのが五月三十日ってことは、一日前か? 分からないな、ほんとに。


 光陽園駅前公園の滑り台。スコップも無いから手で掘らないといけないかと思ったが、ずいぶんと柔らかいポイントがあった。まるで、少し前に掘ったり埋めたりしたような土だ。そして、そこを掘ると。

「あった。うん? また……」

 石に折りたたまれた紙が貼りつけられていた。それを広げると。

「あれ? これって……」

「そ、そうです。この公園の、あそこです! あのシーソーです」

 そしてまた丸で囲まれた部分がある。うーん、どういう基準で選んだんだろう……


 シーソー付近にはさっきと同じように掘り返したような場所があったため、見つけるのに苦労は無かった。掘るのも簡単だ。

「おお、出てきた。はい、朝比奈さん」

 俺はそれを朝比奈さんに渡す。朝比奈さんの顔がにぱっとなったようだ。

「こ、こんなに簡単にいくなんて思ってなかったんです。キョン君、すごいです!」

 褒められてしまった。照れ笑いを隠せないぞ…… おっと、そうじゃなくて!

「でも、今度は何も貼り付いてませんでしたね。最後の手掛かりがどこかにあるのか……」

 そう思って、今掘っていた穴の底を見る。なんか変だな……

 もう少し掘ってみようかと思って手を入れると、何だか妙な感触を捉えた。

「何だこれ? ダンボールか?」

 穴の底にダンボールが敷いてあった。よく見ると何か書かれている。

 イラストと、吹き出しに……『Machine Head, Strange Kind of Woman』……?

 よく見るとそのイラストは、どこかで見たような特徴を備えたデフォルメキャラだった。にぱっと笑った顔、これは、まさか……伊達か……?

 よく見ようと思って、ダンボールを取り出す。すると、その下に空間があり、そこから鍵が出てきた。

「これって……駅前のコインロッカーですかね……」

「ええ、そうです。でも、この数字は?」

 おそらくこれは、六番のコインロッカーなんだろう。で、その『6』という数字の下に『66』と手書きで書いたメモ用紙が貼ってあった。うーん、まあ、なんとなく言いたいことは分かった。かもしれない。


 そして、駅前のコインロッカーに来た。六番のロッカーの数字の下に同じように手書きのメモ用紙が貼ってあり六が三つ並んでいる。つまり、ここで正解ってことか。

 鍵を差し込み、扉を開ける。

「あ、ありました」

「ああ! よかったー!」

 朝比奈さんは心底安心したようだ。巾着袋にそれを入れて懐にしまう。

「キョン君、ありがとうございます! 本当に、本当に、ありがとうございます!」

 ああ、こちらこそ、久々に面白い体験でしたよ。ありがとう、朝比奈さん。


 俺達は少しだけ休み、元の時間平面に戻ることにした。

「あ! どうしよう! このまま戻ると、土足で部室に着いちゃいます!」

「えーと、外の何処かに行くわけにはいかないんですか?」

「あ、あのダメなんです。え、えーと。靴を脱いで行きましょう。あ、私なにか袋を買ってきます!」

 そう言って朝比奈さんは50枚入りのビニール袋を買ってきた。俺達はそれに靴を入れる。朝比奈さんがそれを左腕で抱えた。

「じゃあ、また手を出してください。そして目を閉じて」

「はい」

 俺は言われるとおりにした。朝比奈さんの右手が俺の手に……


6/2(木)

「はい。戻ってきました。目を開けて大丈夫です」

 ……ん。文芸部室。なるほど、戻ってきたみたいだ。

「キョン君。お疲れ様です。本当にありがとうございました!」

「いや、そんなに大げさにならなくても……」

 俺達は、お互いに頭を下げ合っていた。そんな時、体に風を感じた。なんだろう? 窓は閉めているのに……? 気のせい、か?


「えーと、私、これからこの『ウィル・ロック』を上杉さんに返してきます。キョン君はこれで……」

「あ! それ! 危険です! なんだか危ない気がします! だから、俺も行きます!」

 そう言って、朝比奈さんと一緒に下まで降りると、亡者の様な足取りで歩く人影が見えた。目が怖い。

「え、えーと、行ってきます」

 そう言って朝比奈さんは、上杉さんに近づき

「あ、あの、これ見つけました! 上杉さん、探してたのこれでしょ?」

「ふがっ!!」

 上杉さんは朝比奈さんに襲い掛かる……ような勢いで迫る。なんだか唇を奪いそうな予感がしたのでおれが止めに入った。

「はいはい。落ち着いてね。どうどう……指に噛みつかないように……」

「かはぁぁ……わ、わたしのぉ…… ま、まい、らぁぁぶ…… まい、ぷれぇえしぃゃぁああぁー……」

「はい。正気に戻ってください。その側溝に溶岩は流れてませんからね。落ちても助けませんよ」

 上杉さんは呼吸を整え、たぶん正気に戻った。

「あ、あ、ありがとう、みくる! 私、絶対、お礼をするわ。そして、あなたは親友よ! もう、組織やら立場やらは関係ないわ! 私は決めたのよ!」

 そう言って朝比奈さんを抱きしめ、頬ずりをし、目が怪しい雰囲気に。俺が二人を引き離し、再び落ち着かせる。そして、上杉さんは、妙なことはしないと誓ってから、朝比奈さんと途中まで一緒に帰るようだ。朝比奈さんも嬉しそうなので、俺が止める理由は無い。


「おおー。戻ってきたぁー。わが友よー。さんばでぃ、べた、ぷちゅ、ばぁく、いんちゅあぷれーす。うぃー、うぃーる、うぃー、うぃーる、ろっきゅー」

「あんた、それ…… いや、もういいか…… じゃあ、また明日。さよなら」

 そして、俺も家に帰った。

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